06.物語を紡ぐ人(※マクシミリアン視点)

 寂しい、と初めて人に伝えた。

 それぐらい特別な相手だ。


 リタ・ブルームは、おとぎ話に出てくるような人間だ。


 花のような色の髪、透き通るような白い肌、淑女のお手本のように振舞う一方で、ときおり覗かせる少女のような微笑み。

 

 鈴を転がすような声で異国の話を聞かせてくれて、幻想的な魔法を使う。


 彼女の魔法は美しい。


 これまで私が見てきた魔法というのは、闘いのためのものだった。人を傷つけるか、もしくは敵の攻撃で負傷した兵士を癒すもの。血の匂いがつきまとっていた。


 でも、彼女が使う魔法は違う。祈りに似ていた。


 初めてこの国に訪れた日、淡い空色の装束を身に纏い、その祈りのような魔法を見せてくれた。 


 彼女が魔法で灯した温かな光はこの国を包み、やがてそれは光の雨となって大地に降り注いだ。

 

 人間と同じ見た目をした、別の生き物だと思った。決して触れてはいけないような、穢れのない存在。人間界の理を知らない、おとぎの国の使者。


 その印象も相まって理想ばかり話すお嬢様かと思えば、話してみると世間知らずというわけではない。

 家業の特性上、幼い頃より数多くの国を巡っており、むしろ私の知らない世界を見てきた。


 そんな彼女と話すのは楽しかった。いつしか王宮に姿を現す日を楽しみに待つようになった。


 初めこそ執務室に来てまで愛や伴侶について説こうとする彼女を煩わしく思っていたのだから、絆されてしまったのが可笑しくて笑いたくなる。

 

 愛が何になるのだと、ずっと思っていた。

 

 1人の女性が国を傾けることがあるというのに、国民に充てるべき時間を浪費してまで探して何になるのだと。


 私は、民を想う次期国王とならねば居場所がない存在だというのに。


 公務は全て自分がして、ただ法に触れるようなことをしないそこそこの家の娘がお飾り程度で居てくれたらそれで良かった。いや、その方が良いと思っていた。


 仮に愛したいと思う相手に巡り合ったとしても、母上のようにすぐにいなくなってしまうかもしれないというのに。その喪失をまた味わえというのかと。

 今思えば、自制していたのかもしれない。 


 彼女と会って話をしていたのは、父上からの命があったのと、彼女が私の知らない世界の話を聞かせてくれるからだった。

 彼女が話す愛についてはまだ、納得していなかった。


 その気持ちを悟られない程度に適当に流して、彼らを満足させておけばよいだろうと思っていた。


 しかしそうしているうちに、彼女の言っていることが腑に落ちた。他でもない、彼女と会うのに部屋とお茶の準備を指示している時のことだった。


 薔薇の花柄の茶器を探して欲しいと口にして、気がついた。


 彼女が喜ぶ姿を見たい

 彼女の話を聞きたい

 彼女はどんな反応を見せるのだろうか

 彼女に自分が見てきたものを聞いて欲しい

 彼女に悩みを共有できたらどんなに良いだろう


 いつのまにか自分の心の中を占めていた存在。この人を中心に私の世界が動き始めていた。

 それなのに、彼女は裏方に回ろうとして、挙句の果てには仕事が終わればこの物語から退場しようとしている。


 私とティメアウス王国のためを想って話しかけてくれる彼女。そのひたむきな想いが、全て自分が背負うべきだと思っていた心に微かなゆとりを与えてくれていた。


 なるほど、これからこの国を一緒に支えていく相手がいたら心強いだろうなと。だからこそ、真に心通わせられる伴侶が良いだろう。


 完全に甘えだが、この人が隣に居てくれたらどれだけ心強いだろうかと考えるようになった。


 しかし、その気持ちに反して彼女は私の隣に別の人間を据え置こうとしている。

 私が結婚すればこの国からいなくなってしまう。改めてその決まり事を思い出すと、寂しいと口にしてしまった。


 口を突いて出た言葉は明確な形を持ってしまった。


 眩しい彼女。いなくなってしまったら、自分はどうなるのか予想できない。いや、そうはさせない。人間界にいるのだから、手立てはある。


 おとぎの国の使者のような彼女だって、人間だ。私の言葉一つで人間らしい翳りを見せることだってある。


 初めてその影を感じたのは、彼女の師匠は今どこにいるのか尋ねた時のことだった。

 

 興味を持った。触れられない幻のような人が、自分と同じ暗いものを持っていたことが嬉しかった。


 幻と人間味がないまぜになった彼女が美しいと思った。美しいものに手を伸ばしたくなる。初めて欲しいと感じた。それなのに目の前から逃げようとしている。



 初めて人に執着する。



 寂しいと口にしてしまった。声に出してしまった感情をしまうことは不可能だった。

 

 父上とあまり話せないのも、母上に永遠に会えないのも、後妻の王妃と腹を探り合いするのも、異母弟と距離をとらなければならないのも、仕方がないことだと割り切っていられる。



 しかし、彼女のこととなれば話は別だ。

 彼女は、これからの私の物語を紡ぐ、特別な人なのだから。



 手を伸ばし、人間界に引きずり降ろしてでも傍にいて欲しい。

 だから今は、少しでも時間稼ぎができるように、私のことで頭をいっぱいにさせておこう。

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