07.ヒロイン候補に目的を伝えます

 その日私は、乙女ヒロイン候補者に会いに行った。


 待ち合わせ場所は貴族たちが買い物をする通りに立つ高級ブティックで、彼女の職場だ。


 私は身分を隠すために変装したブラントミュラー卿と一緒に彼女に会いに行く。ブラントミュラー卿は闇夜を彷彿とさせる黒髪に切れ長の目に金色の瞳を持つお方で、王太子殿下の護衛騎士の1人だ。


 彼は私の護衛兼サポート役として、乙女ヒロイン候補者に会いに行くときはついてくることになっている。

 

 今は使用人の服を着て変装をしている彼だが、本来は若くして伯爵家の当主であるためか、イマイチ貴族感が否めない。


 初めはそんな彼との行動に戸惑っていたが、殿下の命のであるから仕方がない。台本を用意してなんとかうまく立ち回っている。


 彼にはメルダースと名乗ってもらい、公爵家の使用人という設定で動いてもらっている。

 

 精悍なお顔立ちでめったなことでは動じないし口数が少ない方なので、不愛想な受け取り方をされることもあるようだ。しかし、さりげなく痒いところに手が届くお方だ。


 高級感のあるロイヤルブルーの扉を開けると、ブティックの支配人がすぐに彼女を呼んでくれた。ヴァルター公爵夫人が連絡を入れてくれていたのだ。


 私たちは公爵夫人の代理で公爵家の領地にある孤児院に寄贈する服を彼女に依頼することになっている。


 乙女ヒロイン候補の彼女は縫製室から出てくるなり破顔して手を握ってくる。白金色の髪を控えめに結わえ、白いブラウスに紺色のスカートといったシンプルな服装でも、気品のある華を感じさせる佇まいの女性。


 眼鏡の奥から覗くぱっちりとした目は翡翠色の瞳が輝いており、見るとこちらもつられて笑顔になる。


「お久しぶりです! ブルームさん! いつ見てもその優しいラベンダー色の髪が素敵です! それにその蜂蜜のような色の瞳……とろけるようで本当に素敵です! まるで花の妖精のよう! 素敵すぎて語彙力が消えます! 素敵です!」

「ありがとうございます、クラッセンさん」


 そう、彼女こそが私が見定めた乙女ヒロイン。名前はフローラ・クラッセン。平民で、貴族令嬢御用達のブティックで針子をしている。


 初めて会ったときから妙に興奮気味で話しかけてくるのだが、これが彼女の個性。相手の長所を瞬時に見つけて心から称賛できる才能をお持ちなのだ。


 他人を褒める時は饒舌に喋るのだが、自分のことを話すとなると途端に内気になってしまうのだ。


 しかし、それは可愛い愛嬌だと思う。彼女の心の美しさは確かなものであるのだから。


 彼女は、世の中の女の子たちをより素敵にする服を仕立てたいという一心モットーで働いている。公爵夫人からそんな彼女の働きぶりを聞いて、調査していたのだ。


 初めて接近したとき、彼女は仕事の休み時間に幼い女の子に服を作ってあげているところだった。


 お店から少し離れた路地裏で、店で出た生地の端切れを片手に、同じく平民の幼い女の子と話をしながらどんな服を作るか打ち合わせをしていた。


 その様子を眺めていると、ブティックの支配人が出てきて彼女のことを教えてくれた。

 なんでも、仕事はもちろん熱心で、仕事以外でも時間を見つけてはお金のない平民の子どものために無料で服を作ってあげているのだとか。


 お客様からの評判も良く、お店に来た令嬢たちの話を親身になって聴いて服を仕立ててゆくので、わざわざ彼女を指名するお客様もいるそうだ。


 実際に令嬢たちの間では彼女に仕立ててもらったドレスを身に纏うと恋が成就するといった噂が流れているようだ。


 彼女のそのプロフェッショナル精神と心優しさに感銘を受けた。そして私の第六感的なものが、「この子だ!」と言ってきたのだ。


 ヴァルター公爵夫人に協力してもらい、孤児院の子どもたちに服を作って欲しいと言って彼女に接近中なのだが、今日は本当の目的を告げようと思っている。


 私たちは支配人に空いている部屋に通してもらった。普段は貴族令嬢の接客に使う場所のため室内はとても広く、調度品も豪華だ。

 ベルベットのさわり心地が良い布張りのソファに腰を掛ける。


 クラッセンさんは豪奢な意匠が凝らされたテーブルの上に布の見本やデザイン画を広げ、デザインのイメージについて説明してくださる。


「素敵なデザインをありがとうございます。みんな喜びますわ」

「そう言っていただけると嬉しいです。本当はお姫様のような服を作ってあげたかったのですが……」

「クラッセンは本当に女の子をお姫様にする魔法使いのようですわね。私はむしろそんなクラッセンさんをお姫様にしたいですわ」

「わわわ……私は無理です!」

「いいえ、無理ではありませんわ。実は私、クラッセンさんをティメアウス王国の未来のお妃にするためにずっとあなたのことを見させていただいていましたの」


 私は彼女の前に手を出して、その中に魔法で薔薇の花を出した。結びネクトーラの魔法使いの礼装と同じ、淡い空色の薔薇。


 これは結びネクトーラの魔法使いが乙女を定めた時に贈る花だ。これを乙女に受け取ってもらえば、次のステップとして殿下に引き合わせる。


「私の本当の仕事は結びネクトーラの魔法使いと呼ばれる特別な魔法使いです。私たちを迎え入れてくださる各国の次期国王に、心清き未来の妃を引き合わせるのが私たちの仕事なのです」


 クラッセンさんはしばらく状況を呑み込めていなかったようで、口を開けたまま呆然と薔薇の花を見つめていた。

 

 無理もない。私が口にしたことはあまりにも非現実的であるのだ。

 その上、目の前で見せた魔法は貴族や騎士でない限り見る機会がそうそう無いため、何が起こったのかわからなかったようだ。


「わ、私には無理です!」



 部屋中にクラッセンさんの声がこだました。

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