ヒロインを助ける心優しき魔法使いの受難
柳葉うら
01.つかみどころのない王子様
おとぎ話に出てくる、心清き
彼らは王国の中にいる数多の乙女の中から、王国の未来の物語に記されるべき次期王妃、つまり、ヒロインを探し出す。
貴族家から見つけ出せばさりげない助言を、平民から見つけ出せば、王妃となるべく教養と礼儀作法を教える
王族とその関係者のみが彼らの存在を知っており、この世界の大いなる力から祝福を受けた
彼らは祝福の力を王国に分け与え、引き合わせた王子と
そのため好待遇で迎え入れられるのだ。
そんな
普段は街の薬屋として働いて影を顰め、王太子が適齢になれば
その王国で繰り広げられる素敵な恋物語を支える、裏方なのだ。
それが私、リタ・ブルームの職業でありブルーム家の家業だ。
今日も家業のため、王宮へ赴き王太子殿下と面談しているところ。
一見すると陽の当たる明るい応接室でテーブルを挟み、お茶を飲みながらの優雅なお仕事だが、今日も手抜かりなく殿下のご要望を伺う所存だ。
私は殿下のお話に相槌を打ちつつ、ティーカップを持ち上げる。
王宮の茶器は形もデザインもおとぎ話に出てきそうなほど可愛らしい。
薔薇の花のモチーフが散りばめられたティーカップに口をつけると、異国から取り寄せたらしい紅茶の香りが鼻孔をくすぐる。
目の前で微笑みながらお話しているのは王太子殿下、マクシミリアン・イェルク・ティメアウス様。
金糸のような髪に深い蒼色の瞳を持ち、いつも穏やかな微笑みを称えておられる、おとぎ話の王子様さながらなお方。
御年22歳。
幼少の頃より国王陛下の政務を補佐してきた手腕も然ることながら、その端正なお顔立ちと気品に満ちた立ち振る舞いが数多の女性を魅了している。
しかし他方でひとたび剣を握れば雄々しい一面を覗かせ騎士の方々からも一目置かれているのだとか。
そんな全方面から好感度が高いこのお方は故クラウディア王妃殿下の御子でこの国の第一王子。
弟君はいらっしゃるが、国王陛下はこのマクシミリアン様を王太子にお選びになったとのこと。
将来は大陸の4分の3ほどの国土を誇る大国ティメアウスを治めるため、並々ならぬ努力を重ねてきたお方だと協力者の騎士の方から聞いたことがある。
物腰柔らかで、彼の落ち着いた声は聞いていると安心するのだが、なんだか壁を感じざるをえないのが悩みどころ。
好きな女性像も、どのような夫婦関係を築きたいのかも、訊ねてみても曖昧な返答しか返ってこない。
私が修行でさまざまな国に滞在していたため、外交やティメアウスの歴史についての話題なら彼も会話を弾ませるのだが、恋愛の話になると途端に返答が彷徨い始める。
彼と話していると、雲をつかむような気持ちになる。つかめそうでつかめない。
その絶妙な加減に、笑顔の裏に何か隠しているのではないかと勘繰ってしまうこともある。
まあ、将来の国王陛下となるお方が大っぴら過ぎても困りものなのでこれぐらいの方がよろしいのだろう。
そこから本音を見出すのが私の仕事だ。
それに、こうして時間を取ってくれるようになっただけでもまだ進歩した方だ。
最初は執務室で彼の仕事が終わるまでずっと立ち尽くすしかなかったのだ。
彼の気持ちもわからなくもない。この国の将来を担うのだから、一分一秒も惜しいことだろう。
しかし、彼はあまりにも恋愛に無関心すぎた。
実は国王陛下からもこのことでご相談を受けており、全く浮いた話がない王太子殿下が恋愛に興味を持たれるようにして欲しいと命を受けていたのだ。
この国の将来を一緒に支える相手を選ぶのだからこそ、最善の伴侶を紹介したいから気持ちを教えて欲しい。
そう伝えて他国でお師匠様をサポートしていた時の実績を話すうちに、彼は時間を取ってくれるようになり、場所も用意してくれるようになった。
信頼関係の構築、プロフェッショナルとしてこの成果は感慨深い。この1年の努力が功を奏したのだから。
「殿下、実は2日後に候補者に会いに行って参ります。お会いしていただく日を楽しみにしてくださいね」
「……もう、探していらっしゃるのですね」
彼は口に運びかけていたティーカップをソーサーに戻した。かちゃり、と音を立ててテーブルに置かれてたカップの中で、琥珀色の水面が揺れる。
殿下はミルクを入れずに角砂糖を多めに入れる。その方が疲れた頭に良いのだそう。
「ええ、実はほぼ確定している方がいらっしゃいます。最後にもう一度話してみて決めようと思っております」
「仕事が早いとは、さすがのブルーム一族の末裔ですね。
「ふふ、お上手ですね」
「ところで、この結婚を終えたらブルームさんはこの国を出てしまわれるんですよね?」
「ええ。それが決まりですし、次の国が待っておりますので」
ふと気づくと、殿下はじっと私の目を見つめている。深い蒼色の瞳。海の中に潜ったらこのような色の世界が広がっているのかもしれない。
視線がかち合うと、彼はいつもの微笑みを浮かべる。そして、すっと手を伸ばしてティーカップの縁をなぞった。
貴婦人のドレスの裾のような、可愛いフリルが形どられたティーカップの縁。
それをなぞる、長く形の整った彼の指は芸術作品のようで、浮き上がったり沈んでいったりするその動きを、じっと眺めてしまう。
「……寂しいですね」
「大丈夫ですよ。
それから二言三言お話して、今日の面談は終わった。
面談の後、殿下はなんと、恐れ多くも宮殿を出るまでお見送りまでしてくださった。今までにないことで驚いたが、それと同時に嬉しくなった。
恋愛に興味を示されなかった殿下だが、
つかみどころのない殿下だが、私が見つけた
いえ、そうなるように私が全力で素敵な
殿下と
私はまだ気づいていなかった。浮かれていたのは私の方だったのだ。
その時は、まさか翌日に殿下が目の前に現れるなんて予想だにしなかったのだから。
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