02.私は対象外です!
王太子殿下と面談をした翌朝、私は王都のほぼ郊外にある小さな小さな私のお店の開店準備をしていた。
このお店は、ティメアウス王国での協力者になっていただいた宰相の奥様、ヴァルター公爵夫人が手配してくださったのだ。
目立たない場所でひっそりと家業と副業に励みたいという私にぴったりな場所だ。
薬屋をしていると、街で情報集めしたり、王宮騎士団に回復薬を届ける口実で怪しまれずに王太子殿下にお会いできるので便利な副業なのである。
赤い屋根に白く塗った外壁、そしてチョコレート色の扉が可愛らしい私の居城。1階部分はお店と工房で、2階は居住スペースだ。
お店はお客様が1人入るといっぱいになってしまうような大きさだが、壁一面に棚を取りつけたため商品はたくさん置くことができる。
お店の中と外を掃除して、仕上げに看板を外に立てれば開店準備の完了だ。
カウンターの内側の椅子に座って注文書を確認していると、カランと音を立てて扉が開いた。
視線を上げると、マクシミリアン殿下が笑顔でこちらを見ている。
二度見どころか、五度見してしまった。
王太子殿下がこのような寂れた地域に来るはずがない。似ているだけで、他人の空似なのではと現実逃避で考えた。
しかし、この陽に当たると透けるような金色の髪に海のように深い蒼色の瞳と、彼が身に纏っている仕立ての良い服には王家の紋章が入っており、彼は紛うことなき王太子殿下である。
実際に、扉の外に護衛騎士らしき人影が2つほど見えるから間違えではないだろう。
「昨日ぶりですね、リタ」
「え、ええ……あの、いかがなさいましたか?」
「突然お邪魔した無礼を許してください。リタに伝えたいことがあって伺いました」
おかしい。
殿下は昨日まで私のことをブルームさんと呼んでいたはず。
プロフェッショナルの勘が、微かな違和感を拾う。ひとまず、不敬にならないよう私は椅子から立ち上がってカウンターを出た。
「どのようなご用件でしょうか?」
「お伝えしますので、手を出してください」
そう言われ、戸惑いながらも彼の方に手を差し出す。すると、彼はその手を取って急に跪いた。
この国のやんごとなきお方の突然の奇行に驚きのあまり、言葉が喉に詰まって出てこない。
お師匠様の元で修行をしていた際に何度か見たこの仕草……プロポーズされている、のだろうか?
いや、そんなはずはない。だって彼は私の正体を知っている。
それなのに、運命は私の味方をしてくれず、悪い予想の方が当たった。
「リタ・ブルーム、私と婚約してください」
「お……お断りします、私は
「存じています。昨日もそのことでお話しましたね」
「殿下は私の誓いをご覧になったはずです……!」
そう、私たち
というのも、
私たちは王族に誓いを示すために繁栄の魔法を披露する。そして、王子が然るべき乙女と結ばれ彼らの心が通い合えば魔法は発動してその国に繁栄をもたらすのだ。
繁栄の魔法を彼らの前で使うのは、私たちの誠意の証。
私もこの国に初めて来た日、王宮に挨拶をしに伺った。
そこで私は繁栄の魔法を使い、必ず殿下に良きお相手を見つけますという誓いを彼ら王族にたてた。
マクシミリアン殿下はその涼やかな目を細めて私に微笑みかける。麗しい御顔なのだが、今は見惚れられる状況ではない。
彼は私の本当の仕事も、自分との関係も、全て知っているはずなのに……一体どういうことなのだろう?
もしかして、
……いや、このお方はそんな事はしない。
ヴァルター公爵夫人に彼の人となりを伺ったところ、幼少期より冷静沈着で真面目なお方と聞いている。
それに、以前は窮地に立たされた私を助けてくれたこともある。困っている人を見過ごさない彼が、人を翻弄して楽しむわけがない。
「困りましたね。このまま想う人に伴侶候補を紹介されるなんて、心が引き裂かれる思いです」
「うっ……」
プロフェッショナルとしては、
しかし、そうは言っても私が対象外であることに変わりはない。
「説明不足でしたら申し訳ございません。私たちは王国を助ける裏方なのです。そのため、私たちは対象外であることをお含みおきくださいませ」
「それは……あなた方は恋愛してはいけないという決まりがおありなのですか?」
「そのような決まりごとはございませんが、私は王国に誠意を示した身です。それなのに候補者を引き合わせずに自分が相手になるなんて言語道断でございます」
「へぇ……決まりではないんですね?」
心なしか、殿下の声の調子が少し落ちた。それだけなのに、妙に緊張感を与えてくる。
それとなく彼の手から離れようとすると、彼は私の手を自分に引き寄せた。気づけば、手の甲に彼の唇が触れている。
なんということだ。
あまりの事態に呆気にとられてしまい、ただ立ち尽くしてしまう。瞼を閉じている彼の顔を凝視した。
手にキスしてもらうのは今までも挨拶で経験したことがあるのに、先ほどまでの彼の言葉を思い出すと、どうしても頬が火照る。
もう耳まで真っ赤になったことだろう。
どうにかご説明してこの場を収めなくてはならないが、眉目秀麗な殿下のご尊顔が手に触れているだけで頭の中がこんがらがり思考がまとまらない。
顔を上げた彼と視線がぶつかると、一瞬だけ、それまで静謐としていた彼の瞳に得体の知れない影が宿った。気がした。
「リタ、私から逃げない方があなたのためですよ。覚悟してくださいね」
「わ、私のどこにそう思っていただけるものがあると仰るのですか?」
「……そうですね、これからゆっくりとお教えします」
「申し訳ございませんが、
「あなたは、
「うっ……」
「それでもプロフェッショナルなのですか?」
「ううっ……」
耳が痛い。プロフェッショナルを持ち出されると何も言い返せなくなる。
それに今日の彼は強情だ。何を言っても説得できなさそう。
一見すると物腰柔らかで慈愛に満ちた表情を浮かべているのに、芯が強いと言うべきなのか、全く聞いてくれそうにない。
しかし、王子と魔法使いが結ばれてしまうなんて前代未聞だ。この事態を収集させなければならない。
……過去には
なぜなら、王子が
結局その国は衰退して、他国に侵略されてしまった。
……うう、なんだか頭が痛い。確かに、今のこの状況は頭が痛いのだが、これはそんな隠喩じゃなくて生理的な痛みだ。
痛みを堪えようにも、眩暈まで併発してしまい体勢が崩れる。王太子殿下が支えて声をかけてくださるのがわかるが、何を言っているのかはわからない。
こんな時に体調を崩すなんて、お師匠様に顔向けできない。
王太子殿下にかける言葉を必死に探すにも、ぐにゃりと視界が歪んで意識が遠のいてしまった。
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