09.世にも物騒なお茶会
こんな物騒なお茶会に招待されたのは生まれて初めてだし、この先だって二度と御免だ。
というのも、街に薬を届けに行って家に戻ろうとすると、平民に変装したブラントミュラー卿を筆頭とした護衛騎士の方々に捕まり殿下主催のお茶会に連行された。
物騒なことはされていない。むしろ、皆さんとても申し訳なさそうな顔をしていた。
私は家に残してきたシャトー・ベルベットのケーキへの未練を断ち切って、彼らに続いて行く。
王宮に続く隠し通路を通されて王宮の薔薇園に辿り着いた。こんな外国から来た小娘に教えてしまって大丈夫なのだろうか?
そんなことを考えながらも薔薇園に足を踏み入れた途端、甘い香りが迎えてくれる。いつもならこの香りに迎えられるとわくわくとするのだが、今日は冷や汗が流れる。
殿下には内緒だが、実はここの薔薇園には何度も来たことがある。ここの庭師見習いと知り合いで、彼に連れてきてもらっていたのだ。
今日の訪問も彼との何気ない談笑だったら、どれほどよかったものか。
遠い目をしたままさらに奥まで案内されると、ガゼボに設けられたガーデンチェアに殿下が座っていらっしゃるのが見えた。
「急に呼び出してすみません。あまりにも天気が良いのでぜひご一緒にお茶をしたくて」
「お招きいただきありがとうございます……」
ああ、世の婦人たちが聞いたら卒倒してしまいそうな台詞だ。
恐れ多くも私に仰ってくださるなんてもったいない。そのような素敵な言葉はぜひ
そして
普段の秘密裏に行われている面談ならいざしらず、薔薇園でお茶しているところを見られたらあらぬ噂が流れてしまわないか心配だ。
不満を言っている場合ではないわ……リタ、気を取り直してこの状況をチャンスに変えるのよ。
このお茶会を利用して、殿下とクラッセンさんが惹かれ合う演出を考えなければ!
今のところは2人にはお茶会で会ってもらおうと思っている。とりとめもない会話でお互いの共通点や良さに気づいていただけるようにさりげなく誘導したいものだ。
私はプロフェッショナル精神を奮い立たせて笑顔を作り、殿下に微笑みかける。促されるままにガーデンチェアに腰かけた。
「ルートヴィヒから聞きましたが、
殿下はいきなりこの話題を切り出した。ルートヴィヒとは、ブラントミュラー卿の名前だ。殿下と彼の付き合いは長く、親しみを込めてそう呼んでいるらしい。
「ええ、どのようなお方か気になりますか?」
「いえ、どちらかと言えばリタの普段の生活の方が気になりますね」
「……殿下がお聞きするに値しないお話ですわ」
間髪入れずに否定されるとちょっと心が折れそうになってしまう。私は薔薇を見るふりをして視線を外し、心を落ち着かせた。
王宮の薔薇園は離宮の近くにある。その昔、王女様がいらした時に建てられた離宮だ。
背の高い生垣に小ぶりの薔薇を絡ませた壁や薔薇のトンネルが並び、迷路のような場所だ。普段は見上げるように眺めていたが、ガゼボからだとよく見渡せる。
ここは、王女様が住まわれていた離宮に人を近づけないように作られた迷路のようにも思われる。
陽の光に照らされたやわらかな色の緑の壁に、鮮やかな大輪の薔薇の花のアーチ。王宮から離れた場所だが、庭師たちが丹精に手入れしているのがよくわかる。
プロフェッショナルの仕事は見ていて気持ちが良い。
結局私は殿下に普段の生活の話をすることになった。
不本意ではあったが、「本日は面談ではないのだから別の話題にしましょう」と圧を込めた笑顔で殿下が仰ると断れない。
話していると、風が髪を吹き撫でていった。
少し風が強くなってきたようだ。朝は穏やかな天気だったから髪を下ろしていたため、髪が風になびく。私は髪を耳にかけて顔に当たらないようにする。
「そのピアス、ずっとつけているんですね」
「ええ、これはお師匠様から頂いたお守りなんです」
「……一つ屋根の下で暮らしていた、あのお師匠様ですよね?」
妙な雰囲気を感じ取る。心なしか、空気が殺伐としてきたのは気のせいだろうか。
目の前の殿下は朗らかな表情で、且つ穏やかな声で仰っているというのに、なぜだか嫌な汗をかいてしまう。
修行で戦好きの国に滞在していた時でさえ、こんなに身の危険を感じるお茶会を経験したことはない。
彼の言っているピアスとは、私が肌身離さずつけている薔薇の銀細工のピアスのことだ。
花の中心に小さな赤い魔法石がはめられており、お師匠様がその石に守りの魔法を込めてくださっている。
「一緒に住んでいたのは、彼の元で修行していたためです。
「一緒に生活していると恋心を抱いてしまうのでは?」
殿下の言葉に、心臓が跳ねた。
昔のこととはいえ、心に秘めていた恋だ。不意に指摘されると動揺してしまう。動揺を知られたくなくて咄嗟に目を伏せた。
「昔は……そうでした。でも今は違います」
「ふ~ん?」
殿下がガーデンチェアから立ち上がった。私のすぐ真横に立ち、身体をかがめて覗き込んでくる。
陽の光に当たった蒼い瞳は宝石のようだ。しかしその奥には、得体の知れない影のようなものが見え隠れしているような気がする。
いつもと同じ微笑みのはずなのに、見ていると息を忘れてしまいそうになる。
「それなのにまだ、彼からの贈り物を身につけているのですか? 妬いてしまいますね」
「これはお師匠様が私を守るための魔法を込めてくれたお守りなんです! 母からも決して外すことのないように言われています」
「お母上からも……?」
殿下は眉根を寄せ、思案を巡らせる仕草を見せた。彼の意識を逸らせたようで胸を撫でおろす。しかし、彼はすぐにまた視線を戻してきた。
蒼い瞳が逃がすまいと近づいてくる。
「家族ぐるみの付き合いがあるのですね。心底羨ましいです。リタ、私があなたのお師匠様にどうして嫉妬しているのかわかりますか?」
「お、恐れながら、それは仲の良い友人を盗られてしまったという錯覚なのではないでしょうか?」
「それは本当に錯覚ですね。私があなたに何を言ったか覚えていますか?」
「で、ですが私たちは歳も近く、興味を持つ話題が近しいため友人と言った方が……」
「私はあなたを伴侶として欲しいと思っています。その気持ちが錯覚ではないことは自分が一番よく知っています」
殿下の手が伸びてくる。
「それなのにあなたは私の婚約を断り、片思いの相手から貰った物を身につけているだなんて……この気持ちをどうしたらわかってもらえるのでしょうか?」
彼の手がピアスに触れる。その瞬間、バチっと音がした。空気を切り裂くような音。お師匠様の魔法の威力を思い知った。
傍で控えていた護衛騎士たちが音を聞きつけ構えて現れると、殿下は片手を挙げてそれを制した。
「私が勝手に彼女の魔法具に触れた。大事ではない。戻ってくれ」
彼の言葉で、張り詰めていた空気が解かれた。騎士たちは静かに頷くと、また物陰に消えていく。
「で……殿下、手を診せてください!」
先ほどの音は周囲に聞こえるほどの大きかった。殿下は護衛たちを安心させるために大丈夫と仰っていたが、怪我をしていたらと思うとぞっとしてしまう。
守りの魔法の影響で手を切っている可能性がある。彼の手を取り掌を上に向けて、指1本1本に触れてみて傷がないか確認した。
目視でも触わってみても、異常は無さそうだ。
「血が出ていなくて良かったです。痛みますか?」
「……」
「殿下?」
返事がなくて見上げると、彼はもう片方の手で顔の下半分をおさえて私を見ていた。普段は穏やかな瞳が、今は揺らいでいる。
「少し痛いかもしれません。もう少し触れていてくれたら治ると思います」
「痛むのであれば治癒師に治していただいた方がよろしいかと……」
手を離そうとすると、彼は顔を抑えていた方の手を引き寄せて両手を握ってくる。力は込められていないが、なんだか動かし辛い。
どうしてそうなるんだと思っていたその時、エーミールさんの声が聞こえてきた。声がした方を見ると、彼は控えていた護衛たちに包囲されている。
どうして彼が王宮に……?
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