帰るところを失った

「手間取らせやがって」


「魔物風情が、生意気な」




 2人の男が悪態を吐く。

 馬は炯々な眼差しで敵を睨み返すが、逆にそれが彼らの感情を煽る。




「下等生物が……そんな目でオレ達を見ようなんて、図が高い。死ねよ」




 男の1人が手持ちのDTI7アサルトライフルで動けない馬に狙いを定め、引き金を引こうとした。

 まさにその時、彼の側面から高速で飛翔する物体が接近、蒼い金属製の槍が深々とコックピットを抉り、男の1人は絶命した。




「なんだ!一体何が!」




 もう1人の男が慌てふためきながら、辺りを見渡す。




「そこまでです」




 凛とした声量を持つ女性の声が響き、声のした方向を向くとAPの足元に1人の女性が立っており、その左手には僚機を穿った投擲槍を携えていた。

 その投擲槍を見て、この女が僚機を殺したと一目で分かり、彼は動揺する。




「な、なんだ貴様は!」


「森の番人とでも名乗りましょう」


「き、貴様!我らが紅翼騎士団と分かっていての狼藉か!名を名乗らぬとは不敬であるぞ!」


(名前……そうだ……いずれ人間の世界に出る際に名前や苗字は必要だよね。だとしたら、わたしが名乗るべきは……)


「我が名を知るが良い。わたしはアリシア。アリシア・ズィーガーランドです」




 この時からアリシア・ズィーガーランドと名乗る蒼い英雄の物語が始まった。




「ズィーガーランドだと!ふざけるな!そのような見え透いた偽名を語るとは益々不敬であるぞ!」




 男は恐怖に押し潰されない為か虚勢を張るような大声で喚き散らす。




(ふぇ?偽名?偽名を語ったつもりはないんだけど……)




 何か妙に出鼻を挫かれたような気がするが、半ば恐慌状態の相手に何を話しても無駄なので聴き流す。




「それと……これはあなたへのプレゼントです」




 アリシアは”空間収納”からあの首を刺した棒を取り出し、右手に握り前に翳した。




「そ、その首は……」


「副団長を名乗る不届き者がいたので、首を狩らせて貰った」




 男は機体を一歩後退る。

 APと言う圧倒的な優位性を諸共せず、副団長の首を狩ってしまった彼女を恐れていた。

 俄には信じられないが、投擲槍の投擲を見てもそれは明らかだった。

 だが、彼のその現実を素直に直視出来ず、目を逸らす。




「ハッタリだ!この人形に勝てる人間などいるはずがない!」




 男はアリシアに向け、左の腰のハードポイントに搭載されていたナックルガードを取り出し、左手に装備、左腕で殴りかかる。

 それでも避けようとしないアリシアに男の顔が不敵に笑い、勝利を確信した。

 だが、拳がまるで頑丈な何かにぶつかったような手応えを得た。




「な、何!?」




 男は思わず間抜けな声を出す。




「この程度ですか?その機体は搭乗者の肉体スペックも反映する機体です。わたしを倒すにはもっと鍛えないとダメですよ」




 アリシアは右腕の力を一瞬だけ敵を押し、すぐさま手前に引き直した。

 APは人体感覚に似せられ、それがダイレクトスーツでフィードバックされる。

 武術において手前に人間を倒したいなら、まずは1回その方向とは逆に力を込め、相手の感覚に記憶させ、それを狂わせるようにすぐさま倒したい方向に力を加えるのは鉄則だ。

 前のめりに倒れた機体がうつむせに倒れこむ。




「お、おのれ!」




 男はすぐに立ち上がろうとするが、自分の左に脇腹に何かが掠めるような鮮やかな痛みがあった。

 恐る恐るそちらに目をやるとそこには1本の槍が突き刺さりダイレクトスーツ越しに血が滴り落ちる。

 更に間髪入れず、槍を引き抜かれ、今度は右脇腹を掠め血が滴る。




「次を心臓を抉る」




 冷たく重い一言が彼の背筋を冷たく、震え上らせる。

 これら全ての事が彼女が意図した事であり、こちらを殺さないのも全ては彼女の支柱にあると言うのは理解した。




「これが最後です。今すぐこの首を持ったお前の仲間と飼い主に伝えろ。この森で狼藉を働くならお前達の国まで死を告げに行くと」




 そうして、アリシアは”空間収納”から首を取り出し目の前の地面に放り投げ、突き刺した。

 男は白目を向いた副団長の顔に怯え、叫び声を上げながら森へと去って行った。




「行ったね……これで効果があると良いのだけど、まぁ無かったら徹底的に叩けば良いか」




 相手を殲滅しないまでも高く付く相手と思わせておけば、それだけで牽制できる。

 これは生存戦略の1つだ。




「さてと……」




 アリシアは傷ついて横たわる馬に近づいた。

 馬は詳細通りなら警戒すると思ったが、意外な事に特に威嚇する事もない簡単に間合いに通してくれた。




「今、治すから。パーフェクトヒール」




 アリシアはリバインから教わった……と言うより教わって思い出した”神回復術”を使い馬の傷を癒した。

 馬は元気になった事を現すように大きく嘶いた。




「良かった。これで大丈夫だね」




 アリシアの微笑みに馬も首肯した。




「でも、まだ血が完全に戻った訳じゃない。良かったらあなたの群れとか巣まで付いて行くけど……」




 すると、馬の顔が微かに悲しそうな顔を見せて力なく嘶いた。

 そして、屈み込み首を振った。

 まるで「乗れ」と言っているようだった。




「良いの?」




 馬はまた、嘶いた。

「肯定」と言う意味だと分かった。

 アリシアは馬に跨ると立ち上がり、馬は風のように駆け始めた。

 凄い速度の中で速度を維持しながら制動、小回りの効かせながら、森の中を駆け抜ける。

“神力放出”から派生した”高速移動術”系統の“小回り”と”力場操作術”系統の”慣性操作”による合わせ技だろう。

 どんな魔物にも負けるつもりはないが、機動力に関しては彼の方が優れているのは認めざるを得ない。


 それから10秒も経たない内にある水辺に着いた。

 透き通った水と差し込める溢れ、日が幻想的な綺麗なところではあるが今回は少し違う。




「これは……」




 その凄惨さにアリシアは息を呑んだ。

 そこには無数のライトニング・ユニコーンの死体が転がっており、贓物が辺りに霧散、首と体が四散しており、骨は剥き出しになり、その血は池を赤く染めていた。


 辺りの草木を見てみると焼き焦げたような跡があり、ライトニング・ユニコーンが逃げられていない事から恐らく、群れでこの池で水を飲もうと休息を取っている最中、襲われた。

 そんなところだろう。

 そして、この馬は運よく逃げられた。

 つまり、馬は帰るところを失ったのだ。

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