わたしも譲れない、彼女も譲れない
ランスロットと言う竜は口から高熱のブレスを吐いた。
ブレスを吐く竜はいるが、この竜のブレスは蒼い。
かなり高温に熱せられた高位の炎であるのは見れば分かる。
当たれば、無事では済まない。
だが、当たればの話だ。
「ふん!」
アリシアは”来の蒼陽”を高速で振り、吹き荒れる剣風でブレスを防ぐ。
無闇に振らず、ブレスが止むまでかつ熱がアリシアに届かないように”来の蒼陽”を振る。
3太刀ほど振り回し、ブレスは勢いを失う。
「ほう、中々、やるではないか。では、これでどうだ!」
ランスロットは再びブレスを放つ。
見た目はさっきと同じだが、さっきとは違う。
今度のブレスはさっきよりも勢いがある。
発せられる風圧も重い。
アリシアは五太刀ほど振り回し、ブレスを抑える。
「なるほど、わたしに挑むだけあるならば、それ相応の礼をせねばならんな!」
ランスロットは突然、駆け出しブレスを吐きながら突進して来た。
巨体とは思えないほど素早い体当たりと力強いブレス……”来の蒼陽”で防ぐ訳にはいかない。
アリシアも走り出しブレスを躱しながら、ランスロットの懐に入り込み、彼の左前脚を斬りつける。
左足から鮮烈な血飛沫が飛び、アリシアの体が竜の血で赤く染まる。
ランスロットとも思わぬ痛みに左脚を払う。
その一撃は素早く回避するアリシアの動きを読んだ上で蹴り、アリシアは直にその一撃を受けて大きく飛ばされ、岩盤が変形するほど叩きつけられる。
「……強い」
「驚いたな……あの竜ですらわたしに傷をつけられなかったが……」
互いに互いの強さに感嘆する。
(これがEXクラスの魔物……)
(人間など矮小だと思ったが、少々侮っていたか……)
互いが互いにお互いの評価を改める。
アリシアはEXクラスの魔物をSランクより一段階強いくらいと今までの魔物と比べて考えていたが、その甘さを痛感した。
ランスロットも矮小で貧弱な人間の強さを改めて直す。
「矮小などと侮ってすまん。あなたは確かに強い」
ランスロットは突然、慇懃な態度で頭を下げた。
彼にとっては人間がここまで強いとは想定しておらず……正直、舐めていた事を恥じた。
「あなたを相手に手加減など無粋だった。今度は合理的に行かせてもらう!」
すると、ランスロットの姿が徐々に小さくなり、その大きさは人間と変わらない大きさとなり人型になっていた。
“身体変化”と言う”変成魔術”の一種と思われる。
竜のような爪と牙を持ち皮膚は鱗に覆われ、隆起した筋肉と尻尾まで生えていた。
「この姿になるのは久しぶりだ。だが、この巣の中ならこの方が合理的であろう!」
すると、ランスロットは突如、姿を消す。
アリシアは必死に姿を追おうとするが、いつもの間にか後ろから気配がした。
“来の蒼陽”で後ろから放たれた拳の軌道を逸らし力加減を感じて払い退けた。
ランスロットは大きく後方に跳躍、距離を取る。
「今のすら退けるか……気配を絶ったつもりだったが……」
いや、直前まで気配は無かった。
アレに気づけたのはアリシアが気配に気付く前から体が反射的に動いただけなのだ。
アリシア自身は全く気づいていない。
強い……正直言えば、今までの獣と別次元だ。
獣のような強さに人間以上の理性と思考を併せ持ち達人のような武技を持った獣だ。
自分はこの獣に勝てるのだろうか?
そんな不安が過ぎるが……だからと言って引き下がれない。
本当は怖いがでも勝たないとならない。
負けられないのだ。
負けたくないんじゃない。
負けられないのだ。
帰る為に……生き残る為に……引き下がれないのだ。
「行くぞ!」
ランスロットは再び姿を消す。
アリシアも気配を注意深く探りながら、加速する。
互いに高速で移動、有利なポジションに常に移動しながら、鬩ぎ合う。
アリシアは”来の蒼陽”で彼の腕を斬ろうとするが、彼もアリシアと同じように神力で自分の腕を補強、”来の蒼陽”が通らない。
アリシアも彼の拳や蹴りを”来の蒼陽”で逸らし、体を捌いて受け流しながら攻防を続ける。
だが、徐々に不利になっていく。
“制約”の影響で思うように体が動かなくなり、全身が震え始め、体が悲鳴をあげる。
アリシアと意志と関係なく有らぬところから体液が漏れ、交感神経の高揚を下げようとする。
ランスロットが再び加速したのに合わせ、アリシアも加速しようとしたが、アリシアの意志に反して体が拒絶して動きが鈍る。
そして、彼の拳がアリシアの腹に食い込みアリシアは彼と共に後方に飛ばされ、岩盤に叩きつけられる。
その瞬間、アリシアの体から血が一斉に吹き出し肉が抉れる音がして金切り声のような悲鳴を発した。
「終わったか……」
ランスロットは倒れたアリシアを見下ろす。
これほどの相手と合間見えた事は無かった。
久しぶりに拮抗する相手と実戦と呼べる者をした。
人間でこれだけの力を有したのだ。
きっと、矮小な人間が行うようなお遊びの戦争ではなく本物の戦いを経験した高潔な戦士だったのだろう。
(名前を聴いておけば良かった)
だが、彼女は事切れている。
もう出血も酷く、生きてはいないだろう。
(微かに思考は残っているかもしれないか……なら、わたしの思いは伝えるべきか)
「あなたは良い戦士だった。もしまた、会えたら今度も良い試合を……」
そう言いかけて拳を彼女の腹部から離そうとした瞬間……事切れたはずの彼女が動き始め、右腕でランスロットの左腕を力強く握り締めた。
「ば、馬鹿な……」
ランスロットは悪寒が奔るほどの戦慄をした。
体なんてまともに動かないはずない……死ぬ寸前とは思えないほど力強く鋭い眼光でランスロットを睨みつける。
ランスロットの背筋が寒くなり思わず、怖くなり掴んだ彼女を体諸共、何度も岩盤に叩きつける。
だが、彼女は全然、離す気配すらない。
「わたしはぁぁぁぁぁぁぁ負けないぃぃぃぃぃぃ!」
もう、執念としか言えないような強い意志を感じる。
過去にランスロットを倒した武功が欲しかった痴れ者達がいたが、そんな低俗な奴らとは違う。
奴らは最後には命乞いをしてランスロットに焼き殺され、踏み殺されたが彼女には一切そんな貪欲を感じさせない。
もっと純粋で清らかな心で何か切実にランスロットを超えようと挑んでいる。
絶対に譲れない意志の強さでランスロットに挑んでいる。
「わたしは絶対に!帰るんだぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
握っている左手の”来の蒼陽”をランスロットに振り翳した。
凄い握力で握られ逃げられず、ランスロットの体は剣に斬られ、盛大な悲鳴を上げ思わず、彼女の手を無理矢理振り解く。
ランスロットも彼女も共に深手を負い満身創痍だ。
ランスロットは嬉しかった。
命の危機ではあるが、嬉しかったのだ。
ランスロットはここに来てから醜い戦い、誠意の欠けらもない戦いばかりを強いられた。
それが800年前だ。
自分が何者かも忘れ、力の大部分を失いながら世界を歩いた。
だが、人間は自分が獣という理由だけで自分を敵と定め、取り立てた理由もなく武功の為に滅ぼそうと悪意満ちた剣で自分を殺そうとする者達に辟易、嫌気が刺した。
だから、ランスロットはこんな洞窟に篭り密かに過ごしていた。
自分がなんの為にここにいるのかも分からないままに……ただ、彼女の帰りたいという気持ちがランスロットの心を微かに揺らし記憶を思い出させた。
(そう、わたしも帰りたいのだ)
今は名前すら思い出せない我が主や自分の兄弟達の元に帰りたいと思い出したのだ。
それが叶うか分からないが、少なくともそれを思い出せるだけの誠意が彼女にはあり、それが非常に気持ち良かったのだ。
生きる目的をランスロットは得たのだ。
自分を睨みつけ剣を構えた彼女の瞳にはまだ力強い意志が灯っている。
満身創痍の状態だが、まだ足掻こうとするその健気さは尊く思えた。
だが、ランスロットも譲れないのだ。
仲間の元に帰らねば……と本能が疼く。
ランスロットも気力を振り絞り、力を込める。
ランスロットも彼女も次が最後の一撃だと勘づいていた。
だからこそ、その全てをかけようと全身の力を込める。
ランスロットも譲れない、アリシアも譲れない。
だから、引くわけにはいかない。
その一歩を踏み出そうとした瞬間、彼女の目の前に1人の老人が現れた。
彼女はそれに驚いたようで動きを一瞬止める。
その後、彼女の腹部に老人が1発叩き込むと彼女は気絶した。
ランスロットも何が起きたのか分からず、呆然と立ち尽くし動きを止める。
老人は気絶した彼女をその場に置き、ランスロットに歩み寄り「パーフェクトヒール」と詠唱、ランスロットの傷を癒した。
老人は満身創痍だったランスロットを見つめて頭を下げて「すまない」と謝罪した。
ランスロットはこの男には何か惹かれるモノを感じた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます