転世の蒼炎魔王

転世前のプロローグ

 ある国があった。

 138億光年大銀河群のその中心部に位置する1つの惑星。

“アーリア”と名付けられたその惑星は生まれてからまだ1ヶ月しか経っていなかったが、その民は偉大な指導者の元で不平や不満、高慢と言うモノを捨てる事を努力、健全な心で生活する事で平穏な日々を過ごしていた。


 僅か1ヶ月前までは混沌と争いばかりに満ち溢れた地獄のような世界で生きていた我々だが、指導者の導きに従い、その民となった事で母星が破滅するほどの災いから逃れ、この惑星に住むようになった。

 その過程で多くの者が死んだが、それはその者達の責任と我々は割り切る。


 指導者が正しい事を教えたにも関わらず、固執と偏見で平和を愛する彼らをその者達は否定した挙句、自滅したのだ。

 今となってはその民は獰猛な獣のような本性故に死んだとこの惑星の皆が思っている周知だ。

 死んだ事は残念ではあるが、それは彼らの自由故に死んだのだ。

 負うべき責任を負わず、無責任に自由と言うモノを乱用し過ぎて死んだのだ。

 指導者の責任でも我々の責任でもない。


 今となってはその母星がどうなったのか知る気すら起きない。

 僅かな生き残りはいるだろうが、それも彼らが選んだ道なのだ。

 争いたくない我々とはなんの関係もない。


 面倒な頭の可笑しい人間とは、関わらないのが一番だ。

 それはどの世界でも常だ。

 新たな惑星の開拓は指導者と友好関係にあった国の支援もあり、順調に進んでいる。

 生活水準も人知で知る貨幣に依存したシステムではないので最低限の衣食住は完全に満たしている。

 物資の供給も指導者が齎した業で滞る事無く生み出しているので貨幣経済のような有限の資源の再配分などをせずに済んでいる。


 土地の問題も神術や齎されたテクノロジーにより、3.9次元と言う疑似4次元空間を作る事で惑星も見た目以上の広大な土地を手に入れた。

 土地問題で困る事はそうそう、起きない。

 問題になった時は惑星を作ればいいと言う話になっている。


 本来なら我々は遥か高次元に旅立つ予定だったがある戦いで高次元の可能性は消え去り、この惑星に住む民も可能性も摘み取る事に加担してしまった事で高次元への旅立は全ての並行世界の可能性として消された。


 それも自由の乱用による因果応報であるので誰かに文句を言うのはお門違いだ。

 その代わりに得たのは付かぬ間の休息だった。

 我々の敵とも言える巨大で強大な存在が消え去り、全ての世界である程度の戦いは沈静化しただろう。


 だが、その撃破は完全ではなかった。

 中核とも言える“存在”と呼ばれる敵は倒したが“存在”の端末とも言える眷属が各世界には存在しそれがあの戦いの余波により拡散した”存在”の残滓を受けて新たな“存在”になろうとしている事がつい先日、確定的な事実となった。


 いつかこうなるとある程度、予測していた我々はこの為に軍備を増強して各世界に介入する組織体制を作っていた。

 アーリアの民は人口総数が少ない事で規模はまだ小さくが、いずれ、過去に死んだ民達は受肉するだろう。

 加えて、指導者の元で培った和合や前回の戦いの時に高次元の可能性の芽を摘んだ事への負い目から何らかの形で軍備増強に関わってくれた者いたのでなんとか形になっている。


 既に先行部隊として危険度が高い世界や惑星、銀河系に視察も兼ねて隠密に向かわせた。

 これは客観的な事実だが、我々の軍備で負ける敵はまず、いないはずだ。

 侮っている訳ではない。

 ただ、我々の戦闘価値観とこれから戦うであろう者達とでは戦闘価値観が違い過ぎるのだ。


 例えば、宇宙人の侵略を受けた星で人類の存続を願う女に全人類救済計画を一任させたとする。

 その為の兵器を造り、人間の意志が量子世界や物理に干渉すると言う基礎理論を作り、認識の重要性を説いた天才科学者の女だ。


 それだけ見れば立派な事だが、その女は人の意志の物理的な影響を知っていながら、高慢な振る舞いなどをしていたらどうなるだろうか?

 認識の重要性を説いておきながら、高慢に振る舞う。


 それが争いを生む意志だと知らない者などいる筈がない。

 誰でも人から高慢に振る舞われ、見下されたら不快に思い、時に暴力沙汰になり、敵意と争いを生む。

 そう思い、そう思われた時点で認識され、争いを生むとその女は理論で知っているはずなのに行いは全く伴っていない。


 それが量子世界で働き、過去、現在、未来で戦いと言う因果を生むのだ。

 そんな女に任せた時点で人類はそうなる事を潜在的に知っていたと言う事になる。

 少なくとも我々の量子力学ではそれが定説だ。


 これも我々の世界の諺だが、「自称天才と正義の味方は馬鹿と同じ」だ。

 天才である事に愉悦を感じ、肝心な小さな事に忠実になれず、道化のように操られた口先だけの愚かな人間の例えとして最近、作られた創語だ。


 つまり、その女の戦争はそれだけ次元が低い。

 そんなモノは我々からすれば、演劇戦争、茶番戦争、冗談にならないお遊戯戦争のようなモノだ。

 我々の軍備はそんなお遊戯をする為に用意されている訳ではない。

 お遊戯に出て来る玩具と本物の戦争をしている兵器では次元が違うのだ。

 玩具の拳銃で戦車の装甲を貫けないようにだ。


 だから、規模は小さいが、そもそも戦争しても負ける要素は少ない。

 負けるとしても指導者が戦った“存在”と同等の敵になら負けるかも知れないくらいの可能性だ。


 今のところその点は心配ない……と思ったんだが……どうも神の権能が失われたこの世界では不測の事態が起こると我々は今日顕著に感じた事になった。




「何!ドリームホールが発動した!?」




 彼女の診断をしていたマリナ・ベクトから連絡を受けた。

 本来はそれが起きないように機械的な補正をかけておいたのだが、外部からの干渉なのか?


 ドリームホール……正樹も1度、経験した現象だ。

 高次元に達した生命体が眠りにつくと低次元に意識が落ち、そこで受肉すると言う現象だ。

 低次元とは高次元の存在になれば、夢と大差がなくなる。

 だから、油断して寝てしまうとどこかの世界で受肉してしまうのだ。

 尤も本体が目を覚ませば、自動的に戻って来れるが、受肉中の影響も目覚めた瞬間に本体にフィードバックされる。

 体を鍛えれば鍛えられ、傷つけば傷が付く、その世界での大怪我もそのまま反映される。


 今は彼女にそのリスクを負わせるのは危険だ。

 だから、厳重にドリームホールしないようにしたんだが……考えても仕方がない。

 なんとかして引き戻せないかやってみるしかない。

 正樹は焦燥感に駆られながら、急いで妻の元に走り出した。




(アリシア……死ぬなよ)

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