あなた……

 アリシアは胸の内を明かし始めた。

 誰かの為に生きる為に自分を徹底的に殺して来た女が今、始めて自分の欲を語る。

 民を救う機械と時に思えるほど、自分に冷酷な女が自分の想いを口にしたのを正樹は始めて聴いた気がした。




「あなたは心の中でいつもわたしを見てた。神としてのわたしでも兵士としてのわたしでもない本当にわたしの事だけを見つめて……本気で好きなんだって知ってた。でも、答えられなかった。本当は怖かったの。その想いに応えて甘えたらわたしは神としての使命を忘れて多くの命を殺してしまう。それにわたしは誰かの者にはなれない。成る資格なんてなかった。それにわたしがあなたのモノになったらあなたを不幸にすると思った。こんな日常的な戦いの渦の中にいる女の傍にいたらあなたを不幸にするって……だから、わたしは……それ以上、馴れ合わないように……」




 アリシアは神になった。

 だからこそ、責務があった。

 民を救う為に己の安息を犠牲にして全ての民を愛した。

 だが、その中に誰か特定の人物を愛する気持ちを入れれば、その人を愛する事に力を使ってしまう。


 民への愛が薄れ、民が死ぬのではないか?そんな自分の想いと神の使命との葛藤に鬩ぎ合いながら、ずっと1人で抱え込んで過ごしていた。

 加えて、自分のような幾千幾万の敵を殺してきた血に塗れた女の側には常に戦いが渦巻いていた。

 正樹は知らないだろうが、正樹の知らぬところで何度も暗殺者を仕向けられた事も多々ある。

 時に万高校生に扮した傭兵が不意打ちを仕掛けた事もあった。


 そんな女が身近に誰かを持てば、その者を不幸にするのは自明だと思えた。

 万が一、人質にでも取られて冷酷な判断を下さねばならなくなった時、自分が真っ当でいられる自信がなかった。


 だから、誰とでもそれ以上深く関わる事を避けた。

 民とは民との関係を維持して仲間とは仲間との関係を維持して、それ以上の関係を築かないようにして来た。

 アリシアの心の中には民達と自分の間に目に見ない溝がありそれ以上、踏み込ませないように踏み越えないようにして来た。

 それで誰も不幸にはしない。

 それでハッピーエンドになりこの関係が維持されると思っていた。

 

 だが、彼は違った。


 自分の命よりアリシアの命を優先して、死んだとも言える状態にまで落ちたにも関わらず、力をつけてあの時から変わらずただ、自分だけを見つめ、溝を越えて自分のいるところまで踏み込んできた。

  だからこそ、分からない事があった。




「ねぇ?どうしてなの?」


「ん?何が?」


「なんで、わたしなんかを選んだの?」




 アリシアはずっと疑問だった。

 なんで正樹はそこまでして自分の側にいたいと思うのか?

 自分は人間とは違う。

 普通の女の子のように遊んだりはしない。

 オシャレをするわけでもなく好かれるようなところを見せた記憶も無く、自分のどこに好かれる要素があるのか分からなかった。


 だが、正樹はネクシレイターになる前から自分の事を気にかけていた。

 人間だった時の彼から見れば、自分といても楽しくはない女に見えてもおかしくないはずだ。

 だが、彼は今も昔も全然変わっていない。


 見た目が特段、良いわけでもない(個人感覚)。

 身体も傷物で見るに堪えないところもある。

 しかも、血の香りが身体に染み渡り、目的な為なら他の事を気にも止めず、猛進するようなこんな女のどこが良いのか?アリシアにはそれが分からなかった。




「そうだな。最初は一目惚れだったさ。それに任務で一緒に付き添っていて変な奴だと思って、奇異な眼差しで見つめた時もあった。でもな……」




 正樹は内に秘めた覚悟と想いを口にする為に息を深く吐き、落ち着かせる。




「お前は凄く美しく思えた」


「ふぇ?」


「お前はいつも誰かの為に一生懸命で利己心なんて一切なく他人を生かす為に懸命だった。本当は小心者で誰よりも自分の弱さを知っているのにそれでも自分を奮い立たせて、本当は戦う事に向いてもいないのに戦えない奴らが戦いで失わず、傷つかないように戦う後ろ姿はカッコ良かった。それも普通の人助けとは違う。お前は誰も手を差し伸べない悪人の為にすら命をかけて生かそうとして身体が傷付いても……それでも身を削った。そこまで他人の命に関心がある奴を俺は知らない。神の品格だったかも知れないが、お前自身は心の底から喜んでやっていた。自分を犠牲に誰かを生かそうとする”朽ちる麦の品性”は俺は強くも美しくも思えた。だからこそ、俺は夢想した。もし、お前の側にいられたらどんなに幸せなんだろうなって……」




 正樹は自分の想いを口にした。

 口にすればするほど、言いたい事が溢れてしまう。

 本当はまだ、口にしたい気もしたが、憔悴しているアリシアに長話をするのは無粋と考えたので区切った。

 だが、言葉は尽くした。

 自分の想いは全て伝えた。

 後は答えを貰うだけだ。


 アリシアはなんとか頭は働かせ、その言葉を陳謝する。

 呆然と天井を眺め、目を閉じる。

 アリシアは自分の気持ちがどうなのか?整理する。

 正樹と過ごした想い出を噛み締め、自分がどうしたいのか?それにどう答えるのか?それは答えて良いのか?と考える。

 だが、その時、過去にアステリスから導きを受けた時の言葉を思い出す。

 



 思うままに自分のみらいを描きなさい。




 思うままの未来。

 アステリスはそう言っていた。

 少なくともアリシアが出したい答えを縛る者は誰もいない。

 それでもアリシアは今回の件で戸惑いその答えが欲しかった。

 自分が信じている者の答えて欲しかった。

 アリシアは僅かに残った力を振り縛り、時間を超えた意識の中でアステリスが何を言いたかったのか探る。

 残ったアステリスの意志は優しく囁いた。




 愛は素晴らしいモノですよ。あなたにもこの素晴らしさをいつか分かち合う事をわたしは切に願います。

 それに大人は自分で物事を判断する者ですよ。

 あなたは自分の愛くらい自分で決めなさい。




 アリシアは答えを得た。

 そもそも、答えを仰ぐ必要など無かった。

 愛を縛る戒め等、この世にはない。

 自分の弱い心がアステリスに縋っただけだった。

 アステリスは既にアリシアを自由にしている。

 自分は本当にその自由を歩んで良いのか?と思ったのは自分が戸惑っていただけなのだとアリシアは気づいた。

 そろそろ、時間のようだ。

 自分の意識が徐々に遠退いていく。

 その前に伝えねばならない。




「正樹、顔をよく見せて」




 正樹は促されるままにアリシアが見えるように顔を近づける。




「あぁ……」




 正樹は呆気に取られた。

 不意を突くようにアリシアは両腕を正樹の後ろに回し、引き寄せ、自分の唇と正樹の唇を合わせた。

 憔悴し切った体とは思えないほどの力強い接吻を彼女は押し込む。

 自分の想いを彼の心に刻みつけるように深く深く刻み込む。

 

 これが自分の答えであり、その答えは心胆に込める「選んでくれてありがとう。好きだよ。正樹、愛してる」とネクシレイターとしての人の心を読む力でも聞こえる声で正樹に想いを告げる。

「ああ、俺もだ。愛している」と正樹もネクシレイターの力を使い、彼女に想いを伝える。

 この報せはネクシレイター間で認識共有され、歓喜の声が上がる。

「ようやくか」「待たせ過ぎだよ」「おめでとう」と言う声が聴こえていた。


 どうやら、皆は少なからず、「この2人が結ばれれば良い」と言う類の事は思っていたと……この時、2人はようやく知った。

 意外と色んな人にはアリシアの心胆は筒抜けだったと思うと自分だけ思い詰めていたのが馬鹿にみたいに思えた。


 アリシアは両腕の力を抜くとお願いを正樹に託した。

 自分はこれから深い眠りに着くので正樹に今後の方針を決めて欲しいと言う趣旨を含めて様々なお願いをした。




「わかった。お前の願いは確かに受けた」




 正樹の言葉を受けアリシアは安堵、微笑んだ。

 次第に安心したのか彼女の瞳が重くなり意識が遠退いていき、安息の時が近づく。

 だが、その前に最後の力を振り絞り正樹に言葉で伝える。




「後はお願いします。……」




 アリシアはその言葉を最後に糸が切れたように眠りにつき体の力が抜けた。

 もう正樹の声すら届かないほどの深い安息に入った。

 年頃の健やかな少女のような寝息を立て、穏やかな寝息が調律された笛のように穏やかで心落ち着かせる音色を奏でる。

 こうして、女神は全ての仕事を終え、安息した。

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