何故、わたしだったのか?
アリシア1人に幾千幾万幾億の人間の本質、人間の本性が汚れたスピリットの雨のようにアリシア1人を傷つける。
福音が終わるまでの世界維持の為に彼女が身を削り守って来た恩を仇で平然と返す。
その上で人間は食べて飲み食いして、1日を過ごし、争い合いをしていた。
その愛を人間は知らぬはずはなく平然と裏切り、アリシアの心を弾丸で容赦なく抉る。
瀕死の重傷を負った者を労る事もなく十字架にかけた挙句、無慈悲に罵声を浴びせ、彼女を徹底的に非難、殺そうとする。
その存在を塵一つの存在すら許容しないとばかりに彼女を容赦なく殺しにかかる。
彼女は碌な抵抗も出来ず、成されるがまま心を砕かれていく。
自分が何者で……なんで非難されているのかも分からず、悲痛の断末魔をあげてもそれを喜ぶように人間は自分の悲鳴を楽しむ。
野卑で洗練さを感じさせない錆びついた刃毀れをしたような言葉の刃を無理矢理体に突き刺される。
力任せに刺すその刃は加減がわからないのか突き刺す度に意図しないところまで勝手に壊れ、彼女の心を殺していく。
徐々に自分の形が分からなくなり、体が闇に同化していく。
「わたしは……わたしは……」
自分を維持しようと自分の名前を弱々しく縋るように思い出そうとする。
それが自分を維持する為に必要だと本能的に分かるからだ。
だが、もう自分の名前すら思い出せない。
自分が何者で……なんでこんな仕打ちを受けているのか?それすら記憶が混濁、崩れるように忘れていく。
頭の中でフラッシュバックするように様々な景色が流れては消えていく。
大切な記憶も大切な人達の名前も顔も忘れたくないと思った一生の喜びも感動した事も全てが壊され、奪われていく。
自分が一体何をして……なんでこんな理不尽を受けているのか分からない。
ただただ、心は闇に溶けていく。
(わたしは……なんなの……なんの為に生まれたの……なんの為に生きて来たの……わたしには……何もない。生まれて来た意味すら始めからなかったんだ……わたしは世界にとって邪魔な不純物でエラー……あるだけで邪魔な存在……そんなわたしが生まれたいみなんて……始めからなかったんだ……消えたい)
その言葉を自分に投げ掛ける度にそのようになっていく気がした。
でも、どうでも良い事だ。
どう考えても自分は不要なモノだ。
ゴミみたいな自分に始めから世界に居場所等なかった。
自分が何を唱えようとそれはゴミのようなモノで誰も必要としない。
自分にはなんの価値もない。
生きている価値もないただのゴミだ。
アリシアの心は大穴が空いたように何も無くなった。
過去も現在も未来も自分と言う存在すらも全て失った。
自分を認め、自分を必要とする者などどこにも……。
お姉ちゃん
どこからか声がした。
それが自分を呼んでいる声だとなんとなくだが、分かった。
だが、その人の顔も名前も思い出せない。
声は何度も「お姉ちゃん」と呼び掛けている。
アリシアの失われた声が叫ぶようにその声に訴えかける。
「誰なの!この暗闇の中でわたしを呼ぶのは、誰!」
「見つけたよ」
その時、光が現れ闇に溶けたアリシアの身体を照らす。
そして、光の球体がその中から現れアリシアの中に入り込んだ。
その瞬間、アリシアはかつて救われた時のように魂が癒され、軽くなった。
その声の主は背後から優しく抱擁した。
◇◇◇
ある女の歴史を見た。
世界が生まれた時から存在する女の話だ。
女は男と共に産み落とされ、色々思索を繰り返しながら“神”と呼ばれる者になって言った。
銀河を創り、惑星を創り、そこに野を創り、花を創り、川や水を創った。
女は野原の上に佇み、その出来栄えに納得しているようだったが、何か納得がいかないようだ。
「何が不服なの?」
アリシアはアステリスに尋ねた。
「別に不服はありません。ただ、寂しいと思うだけです」
「寂しい?」
「この世界にはわたしとあの人しかいないから喜びを分かち合えない」
「天使がいるでしょう?」
アステリスは首を横に振った。
「それは……少し意味が違いますね。天使は我々のやる事に同調して首肯している節があります。わたしは共感をもって貰いたかった。様々な意見を分かち合う共感を持てる者達が必要だった」
「それは出来たのですか?」
「わたしの目の前に最高の完成品がいるではないですか」
アステリスはこちらに振り向いた。
その笑みは荒れた心を静めるような優しい笑みだった。
今のアリシアが荒んだ心から気力を取り戻すくらいの力をくれた。
「ねぇ聞かせて、何故なの?何故、わたしを神にしたの?」
長年の疑問だった。
何故、彼女は無数にいる人間の中から自分を選んだのか?
そもそも、何故、新たに神を創る必要があったのか?それだけは分からなかった。
「あなたに愛があったから」
「愛?」
「あなたは覚えている?地球に落とされたその日、誰もが地球に落とされる事を嘆いていた時、あなただけは「他の人の罪はわたしが背負うから他の人の罪を軽くして」と懇願した事を……」
「そんなこともありましたね」
何故、その時、そうしたのか?理由は覚えていないが、何故かそういないとならないと思える本能のようなモノがあった気がする。
「それを本能のように思える利他的な愛はわたしの中で深くこびり付いていた。だから、もしあなたが天の国に帰ってくるならあなたは特別な民として迎えようと考えていました」
「なら、それで良かったのではないんですか?わざわざ、神にしなくても……」
「今のわたしをその目でみれば分かるわ」
そう言われてアリシアは”戦神眼・天授”でアステリスを覗いた。
そこには”創造偽神”と書かれた表示が存在した。
「えぇ……嘘……」
「これが真実なのです。権能を失い、民との約束を違えたと認識された時点でわたしは徐々に偽神となり、サタンに操られる日も近くなると悟った。だから、わたしの代わりとなる神を立てる必要があった」
(そうか……そう言う事なのか……いつか、自分がサタンに取り込まれる事を予期して自分と言う神を創った……だから、あの暗闇の中でわたしを裏切るような事をしたのはサタンに操られた部分によるモノなんだ)
「イリシア、ごめんなさい!」
アステリスは慇懃に頭を深々と下げ泣く。
アリシアはそれにどうして良いのか分からず、呆然とする。
いつもなら「頭を上げて下さい!」と言うとは思うが、未だ記憶の混在が激しく、記憶の欠落もあり、呆然とアステリスを眺めた。
「わたしが未熟だった故にサタンを創り、善悪の実まで創ってしまった。わたしはただ、共に歩む者を創りたかった。それだけなのにこんな……」
アステリスはアリシアに近づき、彼女の頬を撫でた。
その瞳には次第に涙を浮かべ、泣き始めた。
「あなたは一生懸命やってきた。あなたは一番祝福に預かる必要があるわ。それなのにこんな……こんな仕打ちまで受けるなんて……与えてしまうなんて……酷すぎる……」
アステリスはその場で泣き崩れた。
顔を手で覆い、涙を隠し泣いていた。
アリシアはどうしていいか分からなかった。
この人がなんで泣いているのか何を謝っているのかさっぱり分からなかった。
でも、自分の為に泣いてくれているのはわかった。
「お母さんはわたしが……必要なの……」
アリシアはそれを聴くのが怖かったが、恐る恐る尋ねた。
聴かずにはいられなかった。
自分は彼女にとってなんなのか明確にしたかった。
「必要に決まっています!」
アステリスは泣き叫びながら訴えた。
その顔は本気で自分の事を気にかけ、心配しているとアリシアでも理解出来た。
「そっか。良かった。わたしにはまだ、居場所があるんだね」
「元々、無くなってなんて、いないさ」
突如、自分の横から声がした。
そちらを振り向くと何もないところから男の子が現れた。
「誰?」と思った。
流石に多くの悪意に晒され、記憶の混濁が未だ残り知っている事と知らない事に斑があり、目の前の少年が誰か分からなかったが、知っている気もした。
それに自分とよく似た容姿をした男の子だった。
これはどこか太々しい笑みを浮かべ、こちらに歩み寄る。
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