再世……そして、女神は楽園を喰らう
「あなたは?」
「オリジン。君にそう名付けられた君の弟にして、原初の神さ」
彼の言い方に多少、違和感を覚える。
こんな大人びた話し方をしていたのかな?と疑問にアリシアは思い、首を傾げる。
「疑問に思うのも無理はないね。体より中身の成長が思った以上に速いみたい。普段だとなんか……甘えたい衝動もあったからね」
彼は頭を後ろに抱え「あはは」と笑ってみせる。
顔は弛緩して笑って太々しくもあったが、急に真顔に代わり顔を改める。
「さて、もう時間がない。もうすぐ、サタンが世界の全てを呑むだろう。そうなれば、あとは破滅を繰り返す永遠が続く」
「えぇ!サタンってあのサタン!そんな事態になってるの!」
アリシアは慌て、身体全体で驚きを露わにする。
アリシアはさっきまで受けていた殺意等に晒された影響がまだ残っているようで記憶が混濁しているようでさっきまでの戦いの事も忘れていた。
中々、見られない子供らしい素直で可愛らしい仕草だが、今はそれに和んでいる余裕はなかった。
「そうだね。大変だ。だからこそ、僕は……僕達は責任を果たさねばならない」
オリジンは重たい口を開き、毅然とした態度で慇懃にその決意を双眸に宿らせる。
その意志の強い瞳は誰かによく似て、鋭く心を刺し貫くような意志が宿っていた。
「かつて、僕はオリジンプログラムを起動させ、世界を創り、その過程で神が出来てしまった。だが、僕は外の世界で出る事を恐れ、永遠に0次元に閉じ籠った……本当は一緒に考えるべきだったんだ」
「わたしはサタンを生み出しただけでなく神と謳いながら、預言を果たすことが出来ず、高慢な振る舞いをした。そこをサタンにつけ込まれ……剰え、サタンに押し負け、天の世界を守る責任まで破棄してしまった。その責任は重いです」
2人の口はとても重かった。
まるで自分に申し訳なさそうに謝罪しており、その顔を暗く影を落とす。
「だけど、姉さんが来てくれたから僕は外に出る勇気を貰った。だからこそ、気づけたんだ。僕は命ある者の責務を果たさねばならない」
「わたしも神と名乗るには烏滸がましい不遜な者ですが、それでも神としての意地があります。だからこそ、その責務を果たさねばなりません」
そこでオリジンがアステリスを気遣うように確認した。
「決意は固まった?」
「
アステリスは皮肉混じり微笑みをオリジンに向け、オリジンは「余計なお節介か……」と頭を抱え、苦笑した。
2人は互いの顔を見合わせ、互いの意志を確認する。
「ミダレが時間を稼いでいる。早く儀式をしよう」
「ぎ、儀式って、何するの!」
アリシアは不吉な単語に慌てる。
何かとても不安になりそうな単語に非常に過敏になっている。
だが、ここで万が一にもアリシアに断られると破滅する。
オリジンは慎重に言葉を選ぶ。
「今から僕とアステリスの力を姉さんに移植する。それがあれば、あのサタンに勝てるはずだ」
「い、移植……て、そんな事をしたらあなた達はどうなるの?」
流石、というべきかも知れない。
自分の存在を保つので精一杯で自分の事すら曖昧な中でまず、他人の事を気遣える辺り感服する。
少なくとも愛が無ければ「あなた達はどうなるの?」とは聴けない。
「そうですね。少なくとも今のわたし達は残らないでしょうね」
「それって……死ぬの?」
記憶が曖昧な彼女でも漠然と直感的に理解出来た。
それが魂すら残さないほどの死を意味すると簡単な肉体的な死とは全然違うと言う事には気づいた。
「姉さん。気持ちはありがたいよ。でも、僕達の意志は変わらない。仮に姉さんが拒んでもやるよ」
オリジンは烱々な眼差しでアリシアを見つめる。
その意志は鋭く洗練され、力強く重い。
アリシアの心に確かに響き渡り、まるで巨大な岩のように動かない強い意志を感じる。
何が彼の意志をそこまで強くさせたのか気になりはした。
それがアリシアであると言う事等、この時のアリシアには分からなかった。
でも、その意志が自分ではどうしようもなく動かせない物だと言う事だけはその時、わかった。
ならば、どうすれば良いか?
アリシアは考え、結論を出す。
「それをすれば、サタンに勝てるの?」
「勝てるかどうかは姉さん次第だよ。でも、心配はしていない。勝てる確証ならある。」
オリジンはなんの曇りもない瞳でアリシアを見つめる。
それはもはや、確定された未来でも観てきたような確信に満ちていた。
「なんで、そこまで断言出来るの?」
アリシアはそれが不思議でならない。
アリシアは今でも自分にはなんの価値もない無力な存在だと思っているからだ。
そんな自分に期待をなんで添えるのか分からない。
代替えになる人間がいないにしてもなんで自分が勝てると確信出来るのかその理由が分からない。
代替えがいたならその人の方が相応しいと思ってしまう。
「なんでか?今の姉さんは分からないだろうけど、姉さん見た目に反して凄いよ」
オリジンは素直に屈託のない意見を述べる。
全ては事実だからだ。
「それにあのサタンを倒すにはわたし達の力を受け継ぐだけではダメなのよ。何より魂の強靭さが無いと絶対にダメ。それこそ、地獄の炉で洗練され、数多の迫害や神にすら迫害された苦難を乗り越え、世界からの虐げすら乗り越え、虐げた
「現に姉さんはあんなに満ち溢れた虐げる声の中で僕の声だけを聞き分け、それに答えた。自分がどんな苦境でも愛する民の声を聴き分ける姉さんの強さだ。だから、誇って欲しい。それが姉さんの弱さであり一番強さだ」
そう言われてもアリシアには自分の凄さは分からなかった。実感も湧かなかった。
弱さを誇れと言われても困ってしまう。
ただ、この2人が自分を本気で信じている事だけは理解出来た。
その気持ちには答えねばならないと自分の心から沸き出る感情が疼く。
アリシアは目を閉じ、両手を胸に当てる。
耳を澄ませて聞いてみると虐げる多くの声の中に隠れてはいるが、確かに自分を求める声がする。
自分の事を待望する声が聞こえる。
少しずつ思い出していく。
大切な者達との記憶、思い出、感情全てが戻り、自分の名を呼び、呼び求める声が彼女の形を”再世”させる。
今なら聞こえる。
一歩一歩、死に近づきつつある仲間達の声も今、この瞬間も自分の帰りを待つ仲間の声、小さな体で必死に祈りを捧げ、自分に呼び掛けようとする小さな仲間の声も聞こえる。
全世界の人間は自分の再臨など望んでいない。
寧ろ、また虐げるだろう。
でも、自分の帰りを待ち自分の居場所となってくれる者達の愛を彼女は裏切れなかった。
(世界や神や悪魔が自分の全てを否定してもわたしは自分の待ち望む民を守る。彼らの為なら自分の命は惜しくはない。そうやって、守ってこそ自分の為でもあるのだから!)
彼女の中に光が灯り燃え上がる。
その目はいつも以上に鋭くも力強く試合すらも感じさせる蒼い宝石のような輝きの瞳に変わる。
2人はそれを見て安心した。
2人は右腕をアリシアに突き出し、詠唱を始めた。
アリシアも静かにそれを受け止める。
「我、アステリスが結ぶ。我は極上の生きた肉となる我は極上の生きた血となる。我はパンとなり葡萄酒となる。この生きた食べ物は朽ちる事を知らずこの食べ物は価なしに飲む事は許されない。これを飲む事が出来るのは神に造られし神、神に迫害されし神、神を愛した神である」
「我、オリジンが結ぶ。我は至高の生きた剣となる我は至高の生きた盾となる。我は金鋼となり銀鋼となる。この至高の武器は折れる事を知らずこの武器は鋼の信念なき者が振るう事は許されない。これを振るう事が出来るのは神に名を与えた神、神を教え導いた神、神を愛した神である」
「「その名はイリシア・アイ・アーリア。汝、この力を背負う責を自負するなら値なしに飲み……まだ見ぬ、明日を掴め!」」
時間が無い中で2人は短い言葉で端的に自分達の想いを伝えた。
その中に2人の全てが籠っていた。
それが分かれば、アリシアには十分だった。
短いが言葉では言い現し切れない言葉だ。
「その誓い飲みます。あなた達の願いはわたしが叶える!」
アリシアは別れを感じさせない清々しい青空のような笑みを2人に浮かべる。
最後の瞬間、2人は安堵したように静かに目を閉じ、微笑んだ。
2人は光となり、彼女の中に吸い込まれ、糧となる。
その眩い光は周りの闇諸共、闇の声を払い退けた。
その光の前に闇に覆われた者は抗う事すら出来なかった。
そして、アリシアも詠唱を始める。
「我、イリシア・アイ・アーリアが告げる。我は生きた食べ物の糧とし剣で強め食べ物に結ばれし全ての者に捨てられた虚無となった楽園を喰らう。我は楽園を食べ、剣で強める。我の魂、壊れるまでこれを続ける。壊れぬ限り楽園を喰らい終えるまで続ける。神々の赦しは既に下った。今こそ、我は鬨の声をあげる!
そして、世界はこの瞬間、喰われた。
人類が目指したが捨ててしまった楽園への道は今、閉ざされた。
楽園は崩壊し4次元、8次元、16次元、32次元、64次元、1000次元、10000次元、100000次元、1000000次元……それよりも遥か先、神すらまだ到達していない楽園と言う可能性全てをその身に宿した。
世界中の何者にも勝る魂はその全てを受け入れ、その全てを抱えても耐え切り、自らの糧とした。
こうして、神々に寵愛された神はその願いを受け、再び戦場に舞い戻る。
女神はここに”再世”を始める。
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