悪魔に騙される人間
「ペンタゴンは今、宇宙に上がっている。そして、ファザーはアリシア・アイにより破壊された。だから、侵入するだけなら簡単だった。それだけの事だ」
ロアの言葉に真っ先にビリオが問い詰める。
「一体、何を言っている!どう言う事だ!説明しろ!」
流石にロアも何も考えようとしない子供の様に喚く態度に辟易、わざと考えようともしない悪辣とも取れる態度に「あぁ?てめえの脳みそ空か!」と悪態を吐く。
彼等知らないのもある意味仕方がない事だ。
彼等は離れたところで最重要人物として軍に保護され、政務や情報の仕事に従事していた。
しかし、ヘルビーストの構成が強くなるに連れ、政府としての機能が立ち行かなくなり、辛うじて保っている。
CIAもヘルビースト相手では情報戦も殆ど役に立たない。
情報戦は”メリバの騎士”には有効だったが、今ではその勢いも衰えている。
ヘルビーストに関して使える情報と言えば、人工衛星からの情報だが、それは軍でも出来る事だ。
何分、情報を統括する必要性がある以上、それも軍に任せている。
つまり、この2人はやる事が何もない。
有事に際して待機をしているだけであり、いつ、ヘルビーストに襲われるか怯えながら、生活をしているのだ。
その所為で軍の忙しさも相まって伝わるべき情報も伝わっていない。
ペンタゴン……強いてはとある機密である”ファザー”が宇宙に上がった事も気づいてはいなかったのだ。
ペンタゴン内で戦闘があった事も完全防音で気付かず、通信のタイムラグも相手とのやり取りで薄々遅いと感じていたが、地球が混乱している為に起きていると考えていた。
そんな2人にお構いなくロアは話を進める。
「まぁ、そんな事はどうでも良い話だ。それより俺が聞きたいのはヘルビーストとやらを止めたくはないのか?と言う話だ」
「止めたいに決まっている!」とビリオが猛然と迫る様な面持ちでホログラム越しに机を強く叩く。
ツーベルトの言い方に焦燥感を覚え、苛立ちが顔と態度に現れ、睨みつける様にロアを見つめる。
この2ヶ月、いつ襲ってくるかも分からない敵に怯え、とてもではないが生きた心地がしなかった。
いつ襲われるかも分からず、まともに睡眠すら取れず、目には微かに隈が出来ている。
「ならば、俺が止めても良い」
その言葉に2人は息を呑む。
「止められる……本当に止められるのか!」
多少の荒事が得意なヒュームよりも完全な為政者であるビリオの方が感情を露わに藁にも縋る様な思いでロアに確認した。
ヒュームは情報屋だけにこの出自不明の男の出方を伺う。
尤も、ヒュームも限界が近く、鍛えた精神力で限界の所で踏ん張っているが、心の中では壊れんばかりの軋みを上げ、今にもその魅惑的な要求に呑みそうだった。
「止められる。ただし条件がある」
「それはなんだ!」
「俺は今、アリシア・アイの妨害を受けている。妨害の所為で完全には地球からヘルビーストは一掃出来ないだが、現状、9割のヘルビーストの鎮圧が可能だ」
そこにヒュームが話の意図を要約する。
「つまり、お前は9割方の侵攻を止められるが完全に止めるにはアリシア・アイの討伐が必要だと言うのか?」
「その通りだ。現在、我が力。お前達の言うところの陽炎の巨人はアリシア・アイからの防衛行動と神を殺す為に力の大半を使っている」
その点でいくつかの疑問が浮かんだ。
1つ、巨人が現れてからこの事態が起きたのだから、ヘルビーストが発生したのはこのロアが原因ではないか?と言う疑問。
2つ、アリシア・アイ討伐のメリットだ。
2人には過去にアリシア・アイ討伐を指示した前科がある。
今でこそ思う。
あの時、彼女の手を取っていれば、こんな事にはならなかった。
“オメガノア”がなんだったのか知る由はないが、少なくともヘルビーストへの対策は開示して、世界平和を促していた事は事実だ。
2度も同じ事を繰り返して、それこそ問題がないのか気になるところだ。
「貴様らの疑念には答えてやろう」
ロアは相変わらず、不敵な笑みを崩さない。
まるでこの2人の事を脅威とすら抱いていない様だ。
実際、今のロアにとってこの2人等、権力と言う人間が保証しただけの不確かな力を行使するだけの虫に過ぎない。
虫に恐怖を抱く人間は少なくとも多くはいないはずだ。
その気になれば、ロアはこの位置からも2人を灰にする事も出来る。
だが、この2人にはまだ、利用価値があるからやらないだけだ。
本来、見ているだけで腹立たしいほど無能で鈍足で役立たず、生かしておく気にもならないが……だからこそ、無知で愚かで扱い易いのを彼は知っている。
彼にとって人間が掲げる正義、道徳、人理全ては悪魔が築いたモノだからこそ、詐欺師の様に言葉巧みに騙せば、簡単に争いを生むと確信していた。
「まとめて説明してやる。陽炎の巨人により、ヘルビーストが現れた。確かにその通りだ」
その言葉に2人は食い入る様にツーベルトを睨みつける。
だが、そんな2人を御構い無しに話を続ける。
「だが、それは陽炎の巨人の力をアリシア・アイに利用されている為に起きている事だ」
彼はこの後、その根拠と基礎理論を開示に説明した。
概要を纏めるとこの様な内容だ。
勿論、事実を一部交えた巧みな嘘の内容だ。
アリシア・アイは確かに高次元の神であり、それは地球創造の神の直系であると言う事だ。
アリシア・アイが何故、”陽炎の巨人”を利用するのかと言う理由はアリシアが神だからと説明した。
神とは頑迷の如き実行能力で自分が定めた計画を一切変更せず、預言を成就する一種の概念兵器の様な存在であり、預言成就の為なら人間とは一切交渉しない存在である。
概念拘束兵器により運命的に定めた世界の終わりである火の災い、火の裁きを確実に遂行する為にこの地に降りたのがアリシア・アイである。
アリシア・アイは一部の神好みの人間を選別した後に不要な障害となり得る人間に災いで抹消しようとしている。
2人に断食を命じたのも2人を通して人類の意向を量子的に確かめ神好みの人間を選別する為だと説明した。
そして、選別後の抹消計画が”オメガノア”であり、”オメガノア”が発動しなくても1時間で世界が滅びるとは聖典の預言で運命的に滅びる様に仕組まれたからである。
全てが神の掌の上で踊らされた自作自演であると説明した。
そして、ロアは自分の事をそんな神の危険思考に危機感を持つ神に諫言した事で楽園を追放された天使であり、神の暴走を止めるべく”陽炎の巨人”を用意していたが、巨人は神に利用された。
その影響で、ヘルビーストと言う災いを生みヘルビースト殲滅の為にADやソル等の戦略兵器と言う名の火の災いの火種が世界に蔓延、いずれヘルビースト殲滅の大義の為に人間が人類滅亡単位の戦略兵器を使用、自滅すると言う神のシナリオが発動しようとしているという説明をした。
トドメの一押しに人間レベルで分かる量子力学的な推論等を餌にする。
尤も、書いている事は人間が望む情報を織り交ぜながら、自分の理論が正当である事を偽装した嘘の情報を混ぜている。
だが、その嘘は人間の知能では分からない。
寧ろ、その部分を見て「新発見だ!」と感嘆の声をあげるのが容易に想像出来る。
尤も、分かり易さはあるが、アリシアの開示した精確な論文とは違い、嘘が混じっているが大学で量子力学を学んでいた2人にとっては自分達が読んでも分かる内容の方が自然と信憑性が増す。
そして、最後にこじ付けた様にこう付け加えた。
「神であっても命を弄ぶ事は許されない。気に入らないからと言う理由で人類を滅ぼす高慢を許して良いのか?全ては神に隷属されたシナリオの中で濡れ衣を着せられ、裁かれる。それが我慢出来る事か?人類の未来も希望も可能性も神の気まぐれと高慢に全て奪われるそれで良いのか?」
尤もらしく煽って見せる。
自分達の死が差し迫り命を侵害されていると感じる彼等にはさっきまでのツーベルトの無礼な態度が気にならなく成る程、その言葉は魅惑的な果実に見えた。
自分達の生きる権利を侵害する悪を打倒しなければ……彼等の中で決意が芽生えた。
彼等は予想通りロアの言葉を鵜呑みにした。
未熟な者は何事も信念が無いからこそ、簡単に信じ込む……全くその通りだとロアの心胆では笑いが止まらなかった。
ロアは更にトドメを刺した。
「では、証明と行こうではないか」
ロアが右指を鳴らした。
「状況を確認してみろ。今なら総司令とも取り合える筈だ」
2人はすぐさま総司令に連絡を取った。
総司令は先ほどよりも忙しなさがなくなり、こちらと連絡を取れる余裕が出来ていた。
なんでもさっき程、世界各地のヘルビーストが急に進撃が収まり収拾できた様だ。
未だヘルビーストとの戦闘はあるが、少なくとも9割方のヘルビーストが消滅したと報告して来た。
2人は「次の通信は世界の存亡がかかる話になるかも知れない。追って連絡する」と一度通信を切った。
2人は間髪いれず、ロアに助けを乞うた。
もはや、恣意的とも言える判断で2人はロアを無条件に信じるまでになっていた。
助けない
「大軍の伴い。アリシア・アイを殲滅しろ!神を殺すのだ!」
人類の総意志は悪魔に従う道を選んだ。
この決定は世界で最も残虐で残忍で残酷な選択をした。
人類は己の無知、故に自分達の首を絞めた。
いや……それすら人類の望む悪辣、無慈悲、無関心な希望、未来、可能性と言うモノかも知れない。
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