英雄を捨てた女

 忘れ去られた溢れる日のような暖かい記憶と人生の大半を占めていた最悪な人生が回想される。

 大半が自分のトラウマや黒歴史で埋め尽くされている事に本当に呆れてしまう。





(どんだけ、根暗なのよ)




 思わず、自分の人生を自嘲する。

 自分は黒く染まり過ぎたとその黒さに嫌気もさす。

 本当に救いようがない。

 その大半と言うか8割はどこかの糞叔父の所為だと彼女の主観で客観的に判断すると言うより、誰が見ても叔父が無実と言う者はいないだろう。

 そんな事を言う奴がいるならそいつの神経を疑うかその男も叔父と同種かのどちらかだ。


 だが、残りの2割はどう考えても自分の落ち度だ。

 高が2割かも知れないが、それでもその罪の支払う報酬は死だと自分で断言出来る。

 叔父には負けるが、人から見れば、かなりの悪行を為してきた。


 でも、ミダレはどこかで求めていたのかも知れない。



(この地獄が終われば良い……そうか、終わるのか……これがわたしの咎……終わりなんだ)




 彼女は自分の人生の終わりが差し迫っている事を悟る。

 彼女の回想は終焉を迎え、暗闇に閉ざそうとした。




 全ては終わった。




(これでようやく……終わる……もう疲れた。こんな虚しい事を続ける事にもう疲れたわ……)




 彼女の心の瞳は魂の消失と共に閉じかけようとした。




 あなたはわたしみたいにならないで……



 その言葉が電気のように体を流れた。

 その瞬間、体が驚いたように目が開き光を見た。

 その先に1人の人影を見た気がした。

 人影は何も言わなかった。

 ただ、ミダレが目の覚ました事を確認すると踵を返したように光の中に消えていく。

 その素っ気なさ太々しいその態度と背中……忘れるはずがなかった。

 ミダレは彼女の名を呼ぼうとした。

 だが、光が輝きを増し辺りが真っ白になったと共にその人影は消え、最後の走馬灯を見た。


 それはアセアン戦役直前のユウキとの会話だった。

 ユウキは出撃準備中に突然、無言で注射器を受け取れと顎を仕切りに動かし促してきた。

 ミダレは黙って両手でそれを受け取る。




「何これ、注射器?」




 ユウキの唐突とも言える非礼はいつもの事なので気にするだけ無駄と分かっている。

 諦め気味にその事には触れなかった。

 それよりもこの怪しい注射器の方が気になる。

 注射器とは言ったが、正確には注射器の形状をしているだけでシリンジに部分に液体などは入っていない。

 手で触れた重みからしてシリンジ内に何か機械が入っている。


 注射器同様押し込みピストンの部分には何かのスイッチが付いている。

 人の親指が丁度、押し易くフィットする感触だ。

 余程、確実に使って欲しいのか誤作動が起きない程度に押し込みに抵抗がある。

 針の先端には明らかに輸血用の針よりも太い針の先端が光に反射、その鋭利さを際立たせる。

 短めな針だが……正直、こんな太い針を刺したくないと言うのが心情になると言うより、どこに刺す物なのかすら分からない。

 明らかに得体の知れない物体に警戒するミダレの気持ちを察したのかユウキがいつものように解説を始める。




「それはインプラントチップよ」


「インプラント?インプラントって?あのインプラント?」




 ミダレは訝しげに首を傾げた。

 それほど、馴染みのない言葉を聞いた。

 この時代のインプラントとはまず軍事間では馴染みのない死語となりつつある言葉だ。

 昔はインプラントやサイボーグにより兵士の能力を底上げしようと考えた時代もあったらしい。

 その時代から色んな問題を孕んだ技術ではあった。

 倫理観もそうだが、何よりパーツの劣化が早い。


 脊髄癒着式のコンピュータなら小さな回路に常に電気信号が通い続ける為、いつか交換が必要になる。

 それを戦闘用に使うとなれば、パーツの負荷も底上げされる。

 しかも、癒着している都合上、交換はほぼ不可能という点がインプラント技術の兵器としての弱点だった。


 加えて、時代が悪い。

 HPMが発達したこの時代ではインプラントがHPMで壊れる可能性があった。

 壊れないまでも確実に不調を来す事から戦場での兵器としての安定性が地に堕ちた。

 その為、軍隊の入隊資格にはインプラントをしていない事が絶対条件になっているほどだ。

 そう言う訳でインプラントするというのは兵士にとっては快活な気分にはなれない話なのだ。




「その中にはリバースコンバータが内蔵されているわ。無論、HPMの対策もしてある。」


「それで?これは一体何に使うのよ?」




 ミダレはユウキを問い詰める。

 詰まる所、それが知りたい。

 得体の知れないモノを「はい、そうですか」と体に打ち込むほどミダレはお人好しではない。

 そこまでユウキの事を信用してもいない。




「結論を言えば、それを使えば英雄因子を消せるわ」


「……はぁ?」




 ミダレはまた、首を傾げた。

 解せぬ事を言われ顔が凍り付く。




(何を言ってるの……このおばさんは?)




 そう思わざるを得なかった。

 なんでこの力を手放すような道を選ばねばならないのか?と言うのが、率直な疑問だった。




「おばさんは酷いわね。わたしはまだ、20代よ。30代に近いけど」




 どうやら、聞かれたようだ。

 ネオス同士はある程度、”認識共有”が出来てしまうのは偶に不便でならない。

 ミダレは潔く開き直る事にした。




「おばさんに片足突っ込んでるじゃない」


「まぁ、子供からすればそうかもね」




 その時のユウキは感慨深く目線を落とし面影が少し暗かったと今になり気づいた。

 その時の自分は気付かず「ふっ!何よ。ガキ扱いして!」と鼻を鳴らし、頬を少し膨らませ不満が殊更に現した。

 その時のユウキが何を考えていたのかは知らない。

 ただ、「危ないと感じたら首筋にでも打ち込みなさい」とだけ告げ、その場を立ち去った。


 その後ろ姿はいつも通り太々しく明瞭としていたが、今のなっては何かを危惧して自分を気遣っていたのかも知れないと思えた。

 ネオスとしての勘で言うなら「きっと、単なる実験としてのモルモット」9割と「まだ、やり直せる」と告げている1割な気もした。

 実際、彼女の本心がどっちだったのか今となっては分からない。


 走馬灯が終わり、僅かに余力が出た彼女はコックピット内の横付けしておいた注射器を手をかけ、首筋に落ち込んだ。

 無意識だった。

 ミダレ自身、あまり理解出来ていないままに手に取っていた。

 しかし、今の走馬灯がユウキのメッセージであり、ミダレの生存本能が互いに吸い寄せた結果だったのかも知れない。


 すると、見える世界が変わった。


 自分の中の異物となっていた”英雄因子”という重りが消え去り、その穴を埋めるように心に満たされるモノを感じた。

 その時、幼少期の楽しい思い出が蘇り、彼女の荒んだ心を癒し潤した。

 その時、初めて分かった気がした。

 ユウキは確かに高慢で自己中で独善的ではあったが、生徒の将来を少しは考えられるマシな一面があったのだと……ミダレは微かに微笑んだ。

 それと同時に自分にこんな苦しみを与えた奴が誰なのかも……その時、知った。

 ミダレの肥大化した”英雄因子”を糧にして、更なる力を得ようとミダレを利用しようとしている醜悪な悪の権化を感じた。




(そうよ……まだ、終わる訳にはいかない!あの前髪、癖毛野郎……この借りは必ず返させてもらうわ!)




 そこでミダレの意識は途絶えた。

 それからしばらくして目を覚ますと軍の回収部隊に友軍として拾われ、持っていたエレバンの権限を利用、ユウキと一時過ごした基地に戻った。

 そこで機体を組み立て、ユウキの所持していたデータからロアの背後に”ファザー”という奴が存在しており、”ファザー”が自分の親玉だった事も知った。


 ミダレは機体を組み上げ、”ファザー”の居場所を突き止め、破壊に向かった。

 だが、ファザーがいた地域が空に浮上して宇宙に上がるのを見てそれを追跡、そのまま宇宙に上がり、エレバンの味方識別機能を使って機銃の弾幕を擦り抜け、内部への潜入に成功した。

 その後は吉火達の知っての通りだ。




「なるほど、リバースコンバータの技術を応用して魂内部のSWNをZWNに変換したのか」


「そう見たい。だから、かつての力はもうないわ。まぁ、パイロットの戦技が体には染み付いているみたいだけど……それは能力と言うより癖ね」


「君の事情は概ね理解した。それなら不安要素はないようだ」




 吉火は心成しか安堵の笑みを浮かべる。

 相手がサタンである以上、どんな狡猾な罠を仕掛けているかまるで予測出来ないからだ。

 ネクシレイターになったとは言え、それすらサタンの罠である可能性も捨てきれなかった。

 だが、ミダレが本当に家族であると分かり良かったと思えたのだ。




「今後とも我々に協力してくれるか?」




 吉火は念を押す。

 改まった表情でミダレの意志を確認する。




「元々、そのつもりよ。私だけじゃあの癖毛野郎潰すのは難しいそうだから協力するしかないでしょう。それに……」




 ミダレは何か思うところがあるのかうつむき加減に考えて込んだ。

 何か決心がついたのか俯いた顔を上げ、吉火の目を見て、断言的に答えた。




「それに受けた恩は少しでも返さないとならない。ユウキが望んだ人類存続はこんな形じゃなかったはずだから……」




 どんなに言い訳しようと今のミダレがあるのはユウキのお陰である事に変わりはなかった。

 それはミダレがよく分かっている。

 ユウキはただ、自分を実験台にしただけで借りの貸し借りなどユウキは考えていない。


 それでもミダレは借りたままと言うのが癪だった。

 それでは自分の責任から逃れている気がしたからだ。

 だからこそ、今の自分に出来るのは彼女の意志を継いで本当の意味での人類存続を果たす事だと覚悟を決めた。

 その覚悟を胸にミダレは地球圏に到達した。

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