怠惰な英雄の最後
艦隊と部隊の全滅を確認したアセアンのAP部隊残党は現場の判断で撤退を開始した。
シド達が必死でシオン戦艦の左側を死守した甲斐がありあれ以来、主だった損害は出ていない。
「どうやら、敵部隊が壊滅したようだな」
「あとはファザーファミリーだけか……」
「あのクソガキ共か……なら、大した脅威にはならないと思うが……」
ブリュンヒルデは相変わらず、ロアの事を酷評であり、軽蔑的にロアのいる方に目線を向ける。
ただ、リリーはそちらの方角に熱い目線を向ける。
そこには移動するシオン戦艦下部で戦うロアの姿だった。
リリーの目にはかつての同僚の姿が映る。
同じ中隊に同期で所属、苦楽を共にしてきた。
内気で爪を噛む癖などはあったが、正義感が強く、人がいつか争いの無い世界を作れるように代わりに自分が戦うと愚直なまでに人類の可能性を信じていた。
今のその想いは変わらないだろう。
だが、その想いは固執によりあまりにも醜い姿に変わっていた。
「ツーベルト……」
リリーは彼への想いを募らせる。
彼の人を信じる想いに惹かれ、市民を守る為に命令違反までした彼の事を尊敬もしていた。
また、同期とは言え、直接ガイアフォースに入隊した自分と転属で同期となった彼との間では先輩と後輩のような関係があった。
新兵同然だった自分に色々、教えてくれたのは彼だ。
だが、今の彼はあの事件を機に変わってしまった様だ。
責任を無実のアリシアに擦り付け、逆恨みをして人類の可能性を信じないという彼女を絶対悪の様に扱っている。
ツーベルトは新兵だった自分が世界の混沌とした争いを目の当たりにして自分の戦いに悩み苦しんだ時にこんな事を言った。
人の叡智はいつか全てを乗り越えるさ
彼の口癖だった。
人の知恵はいつか全てを乗り越える。
だから、リリーの戦いは無駄ではない。
リリーの戦いもその為の布石になるはずだ。
彼はそう励ました。
だが、今なら分かる。
そんな都合の良い話はない。
何の目的意識もなく、「いつか、いつか」と他人任せの様にして棚からぼた餅を期待するのは愚かなのだ。
明日を誇り、怠惰になっている者にはそんな叡智によるいつかは永遠に来ない。
「ツーベルト。今のお前にその叡智はあるのか?」
リリーは遠目で彼に問いかけるが彼がそれに答える事はない。
彼の目にはもう、リリーの事は映っていない。
ただただ、己の貪欲を満たす為に武力を振るうだけの醜い男がいるだけだった。
すると、吉火から通信が入った。
「各機に告ぐ。スカイフォースとガイアフォース、ワルキューレはスカリーの対象に回ってくれ」
「了解した」
「……了解した」
「了解、ワルキューレ!わたしに続け!」
ブリュンヒルデが先陣を切り、その後にシド達が続いていく。
リリーはツーベルトに背を向け、発進しようとした。
だが、もう一度彼の方へ振り向き、存在を確認する。
異形の化け物に成り果てた彼を彼女は見つめ「さようなら」と呟いた。
「……全機、わたしに続け」
リリーはそのまま部隊を引き連れ、スカリーの元に向かう。
彼女は気持ちを振り払う様に急ぎ早に機体を発進させた。
◇◇◇
シオン戦艦 下部
「このぉぉ!」
シンは”アサルト”を繰り返しながら、四方八方から”来の藍陰”でロアに切りかかる。
ロアはシンの存在をすぐに検知、転移と同時に彼と目と目を向い合せる。
シンは弱点であるコックピットを優先的に狙う。
ロアはシンが懐に入ってくるのを狙い、左足を軸に右足を蹴り入れる。
シンは即座にスラスターを噴かせ、後方に下がる。
それに合わせ、”ネェルアサルト”でロアに急接近足を振り上げた隙を突きに行く。
だが、ロアの振り上げた足は竜を彷彿とさせる異形の怪物が宿った様に足から口生え、それが伸び、その口に生える獰猛な牙がシンに迫る。
だが、それで怯むシンではない。
”来の藍陰”で生えてきた敵の左足を切断、更に迫る。
だが、ロアとて馬鹿ではない。
右足の影に隠れていた右手からも竜の口が生え伸び、シンに迫る。
「しまっ……」
だが、そこに1本の赤い大剣が投擲され、竜の顔を歪め消し去った。
飛んで行った赤い大剣を”アサルト”による空間転移でギザスは右手でキャッチする。
「すまん、助かった」
「礼は良い、気をつけろ」
ギザスは素っ気なく答えた。
シンは”アサルト”の優位性と勢いに任せていた自分を顧みる。
ギザスのサポートが無ければ、かなり不味かった。
シンは”アサルト”で一旦距離を取った。
”来の藍陰”を魂の”空間収納”に格納、機体の”空間収納”から新たに両手持ち神光術式大型レーザーマシンガン”パニッシャー”を取り出す。
それを右腰に構え、両腕で保持、シンは敵の脚部目掛けてレーザーを放った。
シンはコックピットを狙うのは現時点で確実ではないと判断、敵の腕や足を削り取る事にした。
ヴァイカフリはレーザーマシンガン”パニッシャー”の射線から逃れようと”神力放出”もしくは”魔力放出”の発展であり、応用に属する”高速移動術”の派生である”クイック・ターボ”と言う機体の各面からWNを放出する事で加速する事ができる瞬間加速に秀でた移動術で移動する。
「行かせるか!」
ギザスは”アサルト”で跳躍、ロアの退路を塞ぐように両手持ちで大剣を振り翳す。
ヴァイカフリは左腕でそれを防ぐ。
同時にシンの両手持ち神光術式大型レーザーマシンガン”パニッシャー”による援護が邪魔でならない。
ロアは即座に過去の自分の紅い機体を10機複製、シンに当たらせ、ロアはギザスと向かい合う。
「そんな剣1本、押し切ってやる!」
剣と左腕で拮抗、軋みをあげる。
サタン化しているのもあり、やはり機体スペックでネクシル・グレーアが押され始めた。
「押せ!グレーア!」
『ラジャー』
女性型TSグレーアはオンアクチュエーターの出力を上げ、前方に対してスラスターを展開、更に”ネェルアサルト”を起動して、ヴァイカフリを力業で押し通す。
大剣の使い方はアリシアが使うような刀とは、根本的に違う。
技量も必要だが、ある程度力業の方が良い。
刀の斬るに対して大剣の潰すに近い斬るだ。
繊細な事を考える必要がない分、扱い易い。
単純に質量兵器がヴァイカフリの左腕に食い込んでいく。
「クソ!まだまだ!」
ロアも対抗して、ヴァイカフリの出力を上げる。
ZWNの影響下で性能を十全には活かせていないが、それでも基本スペックの高さが拮抗状態を作る。
だが、それはギザスの狙い通りでもあった。
「捕らえたぞ」
その瞬間、ネクシル・グレーアの腰に仕込まれた可動式のワイヤーハーケンが至近で射出された。
ロアはギザスとの拮抗状態を作る事に意識が囚われ、ハーケンを避ける暇も無かった。
ハーケンはヴァイカフリの両肩にめり込んだ。
ロアは思いがけない攻撃に即座に警戒心が働き、強引に”アサルト”を起動させようとした。
ZWNの強いシオン下部では安定はしないが、SWNの大量消費を覚悟すれば、1度だけなら遠くに逃げられると判断したのだ。
機体の”アサルト”の駆動音が鳴り響く。
だが、すぐに出力が落ちたように唸る音が消える。
「な、何故だ!」
「だから、お前は甘んだよ。硬直時間が長い拮抗状態を好き好んで作る馬鹿がどこにいるんだよ!」
ロアはその時、理解した。
敵は初めから敵の手の平の上の出来事だったのだと……
「原因はこのハーケンだな。こんなモノ!」
ロアは空いている右腕で左肩のハーケンを引き抜こうとした。
「斬らせると思うか?」
無論、それを許すギザスではない。
両手で握っていた大剣をヴァイカフリの左腕に食い込ませたまま離し、”空間収納”から新たな武器を召喚、背部に手を伸ばし、そこから素早く剣を取り出し、そのまま斬りかかった。
その赤い一太刀はまるですり抜けるようにヴァイカフリの右腕を過ぎ去った。
その瞬間、左腕から血飛沫のように黒い液が噴き出し腕が海面に落ちる。
ギザスは血払いするように剣を払う。
「ば、馬鹿な……」
「お前に使うのは惜しいが、主から賜わった神造兵器クリムゾン・リッターは他の剣とは斬れ味が違うんだよ!」
今の剣はギザスがネクシレイターとなり、ネクシル・グレーアも貰った日に自分の主から渡された神造兵器の1つだ。
この剣の能力の1つには”因果切断”があり、原因と結果を繋ぐ道筋を切る力を有している。
これにより、”英雄因子”を持つ者の因果律を切り裂き、無にする事ができる。
ギザスはそのままヴァイカフリのコックピット目掛けて剣を振り下ろす。
ロアは即座に後ろに避ける。
だが、ハーケンが食い込み、思うように下がれず、クリムゾン・リッターの餌食になる。
ロアは無事だが、コックピットには深く傷が入り、黒い血飛沫が飛ぶ。
ギザスはすぐにクリムゾン・リッターを”空間収納”に戻し、ヴァイカフリに刺さっている左腕の大剣を再び、両手で握り、腕と腰を力を使い振り斬った。
左腕からも更に血飛沫が飛ぶ。
すぐに回復するだろうが、少しの時間を稼ぐには十分だ。
加え、ハーケンに使われる特殊合金がWNの干渉を抑えており、回復するにも時間がかかる。
「いまだ!イケ!」
ギザスはシンに合図を送る。
シンはそれを合図に”アサルト”で背後に回り込んだ。
全てはこの時を為に……ロアは背後の気配に気づいたが時、既に遅い。
「ツゥゥゥゥベルトォォォォ」
彼の雄叫びが刃に想いを乗せ、コックピットに突き立てる。
全てはこの時の為に懇願と宿業を断たんとする気迫に刃が蒼く輝く。
そして、輝きを放つ長い刃がネクシル・ヴァイカフリのコックピットを貫き、ヴァイカフリが複製した分体達10体も消えた。
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