自由な英雄の最後
別の場所
イゾルデからの砲撃が止み思う存分、戦えるようになった繭香はキラースと空戦を繰り広げていた。
キラースのネクシル・リビフリーダ・ヴァイカフリは”アサルト”による転移を繰り返しながら、繭香の放つミサイルを避け、繭香に狙いを定める。
繭香は機体の運動制御用のスラスターを噴かせ、最小の労力で小刻みに避ける。
繭香がベネリM4ショットガンとミサイルを主体にした戦法である以上、”アサルト”を使うキラースとは相性が悪い。
ただ、全く無意味ではない。
キラースは”アサルト”を頻繁に行なっている。
その分、本人のWNが減少し動きが鈍くなって来ている。
「はぁ……はぁ……あいつ、化け物!あんだけ動いて疲労一つ見せないなんて!」
キラースは繭香の化け物級の体力に畏敬の念を込める。
繭香もアリシアにより鍛えられているだけあり、並みの兵士以上の体力はある。
加えて、元々、WNの保有量が多かった事もあり、”ネェルアサルト”を連続しようした程度では息は上がらない。
そして、敵は繭香だけではない。
リビフリーダの機体内でロックオンアラートが鳴る。
「く!またか!」
キラースは光学回避システムを駆使して放たれるレーザーを避ける。
普通の機体には敵のレーザー予兆すら探知出来ないが、”オルタ回路”を搭載したこの機体なら神術を使ったレーザーを避ける事も可能だ。
だが、体力の落ちているキラースの動きは徐々に鈍っていた。
その所為で動きが鈍り、単調になっていた。
その動きをリテラに読まれ、左腕部を貫かれ、破損する。
そこから黒い飛沫が上がるが、すぐに機体から腕が生え変わる。
「く、くそ!」
破損は再生するもやはり、それ相応の体力が持っていかれる。
まるで自分の腕が失われたような感覚があり、その所為で反応も鈍くなる。
「中々、しぶといわね。回避も始めよりも手馴れてきている。速い内に倒しておかないと脅威になりかねない」
分隊長であるリテラとしてはキラースがサタン化した事は脅威でしかない。
今すぐにでも処理をしないとならないという焦燥感があった。
そこで繭香がある案を出す。
「リテラ。1回で良いから敵のWNを大幅に削ぐ事は出来る?」
「どこかに当てられさえすれば可能だけど……」
「なら1度だけで良い。敵の動きを鈍らせて。わたしがその隙に接近して一気に破壊する」
リテラは繭香が何を考えているか理解した。
要するに繭香は敵が”アサルト”で逃げるなら、怯んだ僅かなに隙に一気に接近して”アサルト”する前にマンナを質量兵器の様に突撃させ、機体諸共リビフリーダを撃墜しようとしている。
確かにこのまま小さな決め手にも欠ける攻撃でコックピットを狙っても埒が明かない。
敵の運動性の高さもある。
ミサイルや狙撃の数を打っても致命傷にはならない。
なら、一撃必殺で仕留めるしかない。
だが、それは繭香にかなりの負担を強いる事でもある。
敵が”アサルト”するよりも速く……しかも、敵が回避する間もないほど速く加速しなければならない。
当然、体への負担は大きい上、精神的にも負担だ。
「繭香。やれるの?」
リテラは繭香の意志を確認した。
「大丈夫だよ」
繭香はそっと微笑んだ。
その微笑みは何処かアリシアを思わせるところがあった。
彼女と同じ自分の身をお構いなく犠牲にしても目的をやり通す。
そんな顔だ。
ネクシレイターとの間では、その顔が出来れば、十分可能と判断できる。
「分かった。行って!」
「はい!」
リテラを合図に繭香は勢いよく飛び出した。
繭香はミサイルを一斉発射しながら搭載された神光術式大型レーザーマシンガン”パニッシャー”を乱射する。
「小癪な!」
キラースは”アサルト”を駆使して転移、ロックオンから外れる。
だが、繭香はキラースの気配を感じ取り、先回りして出現場所に照準を合わせながら、高速移動する。
キラースは予測通りの場所に転移、繭香は間髪入れず、神光術式大型レーザーマシンガン”パニッシャー”とミサイルを応酬を見舞う。
さっきよりも対応の速い攻勢にキラースの顔が歪んだ。
“アサルト”で転移する前に神光術式大型レーザーマシンガン”パニッシャー”を回避しながら、持てる火力でミサイルを撃墜していく。
だが、意識が攻勢に転じた事で僅かな回避に対する意識が疎かになった。
その隙を見逃すリテラではない。
リテラとキラースとの間に目には見えない形で目が合う。
「通った!」
リテラの感覚が捉え目が合ったと確信する。
スナイプの極意は敵と目が合った時だ。
その感覚がこの戦いの中で一番良い確かな手応えを感じさせる。
リテラは2発の光線を放った。
キラースも敵の目線に気づき、即座に回避する。
だが、回避の為に避けたはずが、2発の軌跡はリビフリーダの左腕と左脚を撃ち抜いた。
被弾により各部から黒い血飛沫が飛び、大量のWNを途端に削られ、”アサルト”を実行するまでの僅かな隙を生んだ。
「まさか、これほどなんて!」
キラースは敵との驚異的な技量差に舌を巻く。
確かに気配を感じ避けたはずだった。
だが、敵の行動はキラースの予測を大きく超えていた。
本能的に避けた自分とは違う。
敵は本能と英知を持って攻撃を仕掛けてきたのだ。
明らかに次元が違う。
その事実に落胆する中、容赦なく加速して来る機影が見えた。
「貰ったよ!ミダレ!」
繭香はこの隙を逃さまいと”ネェルアサルト”を最大限に駆使して突撃してくる。
前方に”神力放出”の派生である神術”障壁”で作り上げたバリアを展開、衝撃波の干渉を抑えながら、最大速度で突っ込んでくる。
その速度を出しながら、ミサイルを全弾発射する。
ミサイルよりも速く飛んでいく繭香は更に加速していく。
「くそ!舐めるな!」
キラースは直線的に飛んでくる。
キラースは左右マウントハンガーの複数のレーザー砲と右腕の実戦配備型レーザーライフルの順に一斉に繭香に向けて放つ。
繭香は超光速の中でその攻撃を避け、かつ更に加速をかけようとした。
今の自分にこの速度で細かく避ける芸当は出来ない。
左右マウントハンガーのレーザー砲がマンナの装甲に被弾、ユニットに搭載された左右”ネェルアサルト”増幅器を1機ずつ破損させる。
だが、繭香は被弾覚悟で突撃する気でいたので繭香は更に加速をかけた。
「まだだ!もっと速く!攻撃が届くよりも速く!」
その励起した意志がWNの干渉として現れ、量子回路に流し込まれる回路そのものの機能が飛躍的に上がる。
“ネェルアサルト”の出力は設計限界を大きく超え、機体質量のゲージが過剰消失、マイナス値に突入する。
「うううぅぅぅぅきうぅぅぅぅ」
繭香は体にかかる加速度を引き千切るように加速を続ける。
“量子回路”のお陰でコックピット内の慣性が軽減されているとは言え、人間には到底耐え難い苦痛が繭香の体を襲う。
息が苦しく、身体中が悲鳴をあげる。
正直、今にも減速したいと思う。
だが、苦しくなるに連れて昔の事を思い出す。
苦しくても苦しくても報われる事が無かった。
夜遅くまで勉強させられ、睡眠時間も碌に取れず、遊ぶ事すら殆ど無かった気がする。
だが、そんな無理をすれば、成果が実るはずもない。
なのに、元父は努力足りないなど無責任な事を嘯くのだ。
自分が苦しんでいる間中、夜遊びをしていたくせにと言ってやりたかったが我慢出来ず、言っても元父は聞きはしない上、全て自分が悪いと決めるのだ。
だが、この苦しみは報われる苦しみで決して無意味ではないと今の繭香は知る。
苦しんだだけの報いはある。
多分、そうでなければ、自分がここまで戦闘をする事も出来なかったのだ。
全ては自分を救ってくれた人と不器用ながら自分の事を思ってくれた今の父と周りにいる人達のおかげだ。
(そして、この痛みはわたしを救ってくれた人が歩む過程で受けた痛いと同じかそれ以下だ……あの人はわたしを救う為に薔薇の様なわたしを抱いてくれた……ならば、わたしがこの程度の痛みに耐えられぬはずがない。あの人と同じところに立ち同じ痛みを受けているならわたしの側にはあの人がいる)
繭香の中に笑顔で微笑みかけるアリシアの顔が見えた。
彼女が共にいて今までの自分に出来ない事があったか?
その答えは簡単だ。
無い。
繭香は躊躇いを振り払い機体の速度を更に上げた。
徹底的に容赦なく自分の体の事を厭わず、加速する。
今が躊躇う時で無いと悟る。
体への痛みは更に増していく。
意識が遠退き、まともに制御も出来ない。
すると、視界が徐々に変わって行った。
放たれたレーザーが逆に戻っていく。
まるで銃口に吸い込まれるようにレーザーが戻っていくのだ。
「まさか、これ……」
繭香は体を蹂躙する痛みの中でなんとか理解した。
キラースの動きは寸分違わず、戻っていく。
まるで時間が戻っている様だった。
そう……繭香は今、ほんの少しだけ過去に向かっていた。
所謂、時間遡行だ。
全てが白黒の世界に変わり、世界の時間が戻る中で自分だけが、その中を突き進む。
まるで重力から魂が解放されたかの様に……繭香は全てを抜き去り、時間の壁を突破した。
「いっけぇぇぇ!」
そして、キラースが事実を知覚した時にはコックピットに衝撃が奔り、あまりの衝撃が機体を引き裂いていく。
全身が強固にできたリビフリーダを持ってしても耐え難い衝撃が機体に奔り、火花を散らす。
そして、ネクシル・リビフリーダ・ヴァイカフリはあまりの衝撃に空中分解した。
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