我が御名で裁きを告げる

 数日後 月




 AD艦隊は無傷のまま地球圏に迫っていた。

 各コロニーに在留する地球統合軍とも戦闘があったが、ブラックホールの壁の前では地球軍の艦隊のレーザー砲などあって無いようなものだ。

 ある程度、近づかれた時点で圧倒的な重力に引き寄せられ、戦艦は金属ミンチになるしかない。


 通信の類もブラックホールの近くでは送る事も出来ない。

 故にこの事は地球には届かなかった。

 ブラックホールの壁は一度も途絶える事無く地球に迫り、遂に月まで来た。

 地球側の人口衛星からではあまりにも強い重力を感知、移動型ブラックホールが地球に迫っていると錯覚していた。

 誰も宇宙統合軍の攻撃とすら思っていない。

 宇喜多の時と同じだ。


 宇宙軍の力を目の当たりにしても敵を潜在的に見下しているから事実を呑み込めないのだ。

 現に一度起きた出来事を既に忘れ、地球側では移動型ブラックホールに対する緊急会議とシェルターへの非難勧告を出しているくらいだ。


 あれが宇宙統合軍によるものと知るのはアセアンとGG隊くらいなモノだ。

 逆に双方とも目の前に戦闘に集中する。

 アセアンにとってはGG隊さえ倒せば、混乱した地球圏を征服できるチャンスでもある。

 ブラックホール騒ぎで軍や警察は市民の避難誘導や騒ぎの収拾に追われ、加え、月までブラックホールが迫っている事もあり、既にほとんどの軍人が基地のシェルターに逃げ込んでいる。

 この状態で奇襲をかければどうなるか言うまでもない。


 ちなみにGG隊もこの事態を軍に伝えはしたが「与太話は信じない」と言われ、聞き入れられなかった。

 彼らの目の前の事で精一杯でGG隊の話を聞く気が無いようだ。

 況して、災いを目の前にして我先に逃げる者が圧倒的に多い中、冷静さを持った人間も少ない。




「総司令。地上のアセアンから連絡です」


「なんと言っている?」


「鳥は巣に籠ったそうです(敵はシェルターに籠ったそうです)」




 ノウマンはそれを聞いた高笑いが止まらなかった。




「くははははは!そうか!情報は本当だったのだな。馬鹿な地球人だ。ブラックホールを見せれば、反撃すると思っていたが、よもやそこまで判断能力が落ちているとはな。奴らは猿にも劣るな。同じ霊長類とは思えないな」


「資源を搾取するだけの豚の頭脳など、その程度の者かと……」


「うむ、うまく事を言う。では、豚は豚らしく我々の餌食になって貰おう!」




 1000にも及ぶAD艦隊が地球と目と鼻の先まで来た。




「もはや、我らを阻む者はいない。全艦!降下準備!」


「待ってください!前方に機影を確認!これは蒼い閃光です!」




 ノウマンはモニターに目をやるとそこに撤退したはずの蒼い機体が佇んでした。

 装備された刀を両手で握り締め、こちらに向けている。

 戦闘の意志がある事は伺える。




「来たか蒼い閃光!たった1機でも失わぬその闘気には敬服する。しかし、勝つのは我々だ!今こそお前を倒し我らの勝利を盤石にする!全艦!押し潰せ!」




 AD艦隊は最後方のケルビムⅢの基軸にブラックホールの壁を維持、スラスター全開でネクシレウスを押し潰そうと迫る。

 巨大な巨人の壁がアリシアに迫る。




『体調の方はどうですか?』


「お陰様で凄く良好だよ」


『では、問題なく。斬れますよね?』


「あなたが共にいるなら、斬れぬものはありません」




 アリシアは目を閉じ、”来の蒼陽”を天高く上げた。

 意識を集中させ、体をリラックスさせる。

 リシアは深く息を吐く。

 ”来の蒼陽”はアリシアの気持ちを反映、応える様に刀身に蒼い光が収束し始め、アリシアは更に詠唱で認識を拡大、強化を行う。




「我が御名みなイリシア・アイ・アーリアが告げる。我はこれより裁きを執り行う。これは不義を裁く剣である。不法を裁く剣である。偽善を裁く剣である。偽りを裁く剣である。高慢を裁く剣である。今、古の法に基づき汝らに火の裁きを下す!」




 その言葉に応える様に刀身に光が貯め込まれ、蒼い閃光が神々しい光を放つ。

 御言葉を紡ぐ事で紡がない時に比べて遥かに増した光が一気に天高く迸る。

 まるで火山が天高く噴き上げる様に宇宙に蒼い光が伸びていく。


 その光は剣から零れ出て、まるで水が流れ出る様に光の川が剣から流れる。

 川は周りを包む様に流れ出て、世界を包む。

 まるで周囲にある汚れを燃料の様に巻き上げる。

 その光は確約とした己を意志を世界に示し照らす様に激しさを増す。

 高次元に干渉せんとするほどの高次元の炎の力が剣に宿り、剣の輝きが最高点に達した。




「アスタ!ガニマァァァァァァァァ!」




 アリシアの言葉が世界に響き天から振り翳された蒼炎がAD艦隊に迫る。

 あとは一瞬の出来事だった。

 ”来の蒼陽”の剣としての効果も合わさり、破壊不可能とされたブラックホールの壁はチーズでも切り裂かれた様に切断され、圧倒的なエネルギーがAD艦隊に放たれた。

 あまりの莫大なエネルギーに鉄壁と言われた多重バリアは簡単に剥ぎ取り、ケルビムの装甲は溶けながら吹き飛ばす。

 吹き飛ばされる友軍と凄まじい蒼い光を見たノウマンはすぐに下方に緊急回避をした。

 友軍がやられた爆発の反作用を利用して一気に地球圏に迫る。




「良い判断です……ですが、逃がしません!」




 アリシアはノウマンの乗ったケルビムⅢを追いかけ、地球に降下した。

 ノウマンは我を疑う様に呟いた。




「馬鹿な……まさか、あれほどの……あの女はまさしく……」




 化け物だ。




 それが彼の最後の言葉だった。

 アセアンが海面からケルビムⅢを確認したと同時に蒼い一閃が通り過ぎ、ケルビムⅢを一刀両断した撃墜した。




 ◇◇◇




「すいません。遅れました。ネクシル1戦闘行動を継続します」




 こうしてGG隊の戦力がインドネシア海域に揃った。

 世界は終わりへと向かう。

 それは世界中の人間が誰もが知っていて知らないふりをする。

 人とは逆らいたがる生き物であり、怠惰で高慢な生き物だ。

 従順な道から敢えて背く様な事をしたくなる子供のような事をする。

 他者を支配し弱い者から搾取したがる社会体制……自分の生きる道が輝いてみるばかりに正義と考え、自分の道を振り返らない愚者。


 誰かが言った。

 破滅に先立つのは心の驕り。

 この世界は果たして驕っていないと言えただろうか?


 宇宙の民の侮る事をした。

 弱い立場の者から搾取した。

 貪欲を叶える為に他者を踏み躙る事を義とした。

 他人の犠牲に感謝すらしない。

 感謝がなければ、争いを生むしかない。

 お互いがお互いの正義を欲深く語りあいぶつかり合う。


 他人に譲り自分を犠牲にしなければ、そうなるしかない。

 その事に感謝する精神も必要だ。

 正義に固執するあまり口先だけの正義を語る事もあった。


 それは侮りであり、高慢だ。

 口先だけで人間が納得すると思い込んだ侮りと言う名の無礼と侮辱だ。

 正義を語るには証が必要だと知らぬ人間などいるのだろうか?


 ただ、面倒くさいと言う怠惰になっているだけではないか?

 面倒くさいという自分を変えない犠牲すらしないから、そこに愛など無い。

 そんな者が自分の変わる事を嫌い世界が変わる事を強要する。

 果たしてこれは政府や国、軍隊に限った話だろうか?


 子供がテストの点が悪かったと言う理由で叱ると言い訳にして怒りをぶつける親はこの地上に1人も存在しないか?

 忍耐と柔和が足りているだろうか?

 それが無いのも自分を犠牲に出来ない愛の無い争いを好む者だ。

 怒りを抱く者や口を制する自制心の無い者は無知を好み無知しか得ない。

 酒の勢いで暴言を吐く。

 これも口を制する事の出来ない立派な無知だ。


 将又、資産家の家で跡継ぎ教育を「あなたの為だから」と正当化していなだろうか?

 それはあなたの為と言う言い訳で本当は自分の貪欲の為ではないだろうか?

 その貪欲はいずれ人を傷つけるだけだと知らないはずはない。


 貪欲な者は欲望を際限なく求め、いずれそれが他者への侮りと高慢に繋がる。

 金を求める者は更に金を求め、金を貯め込む。

 それに欠くことはない。

 酒を欲する者も更に酒を欲する様に。

 まるで喉の渇きを潤す為に海水の飲んでいるのと同じだ。

 更に乾くに決まっている。


 これらの奢った者は最終的に自分の力で生きていくと言うだろう。

 謙虚、謙りも忍耐もしなくなる。

 感謝を忘れ不満を持つ者が次第に高慢になるのだ。

 それが不和と言う平和に反する行いだと知らない者はいないだろう。

 況して、そんな人類だからこんな世界を維持する為に愛を施す者と敵対する道を選びたがる。


 これで人類史が永遠に続くと思う事が思い上がりに等しい。

 本当に救われたと思う者は忍耐も犠牲もするであろう。

 または、手と手をクロスして重ね握り閉め「神様救って下さい。お願いします」と心から本気で切に願い謙虚にならなければ助けは来ない。

 アリシアも多かれ少なかれ、そんな人間しか救っていない。


 滅びの時は迫っている。

 人間の言い訳はもう聞かれない。

 滅びると分かっていながら自分達の固執を捨てられない者達は今後どうなるのか?

 その答えを知るのは切に生き残りたいと願った者だけだ。

 この世界の終わりはもう2ヶ月も残されていない。


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