アストの決意と覚悟

『それに今のあなたの力はわたしでも活かし切れない。溢れ過ぎる力が過剰なまでの負荷をあなたに与えている』


「溢れ過ぎる?」


『大した生命力と感心しますよ。あなたはネェルアサルトでの戦闘を指定していましたが、実際は瞬間速度だけでも10万倍は出てましたよ』


「ふぇ?」




 アリシアは痛みも忘れて呆れてしまう。

 確かにネクシレウスの力を借りれば、光速で動く事は出来る。

 だが、それは”光子化”と言う神術があって初めて成立するのだ。

 基本的に質量を持った物体が光速を超える事はない。

 厳密には不可能ではないが一瞬、到達するかしないかの話だ。

 そして、今回の戦闘で”光子化”は使っていない。

 厳密にはサタンの妨害もあり使い難いのだ。

 ”光子化”はその特性上、使用者や機体の質量を”無”にする。

 その結果、アリシアは肉体の枷から解放され、高次元の神の肉体をこの地上でも使用できる。

 神としてのアリシアの肉体は身長、約2220kmの翼を生やした存在だ。




「それって……軽く”時”を超えてるよね?」


『戦闘中あなたは何度も緊急回避していました。その中には過去に戻って回避した形跡もありました』


「知らなかった……」




 どうやら、自分が想像する以上に自分の力が強くなっている事に今回、初めて理解した。

 流石に”光子化”無しで光速の10万倍の速さで移動すれば、肉体は持たないかも知れない。

 地獄では光速を超える戦闘などは当たり前だが、流石に10万倍は出した事は無い。

 APを使わない普段の地獄での戦闘なら保つのだろうが、疲労を知らず知らずの内に抱えて、APにより能力を拡張した今ならそう言う事も起きるのだろう。




『ですが、これで分かったでしょう。あなたのWNが多すぎる。機体がスペック以上の速度を出しているんです。本来、そんな加速、肉体が耐えられるはずがありません。いくら慣性変換や加速度変換を使おうと負荷が大き過ぎる。アステリスに同じ事をやらせたら間違いなく失神します』


「もう……アステリス様を引き合いに出さないでよ」


『引き合いに出さないと止まらないでしょう?』


「……分かったよ。それであなたはわたしにどうして欲しいの?」




 アリシアは諦めた。

 アストの事を誰よりも知る彼女は彼がこの場で引かない事を知っている。

 強引に押し切っても彼は機体を動かさないだろう。

 彼の出来ない事を強要させる事はアリシアの望むところではない。




『まず、先回りして月まで後退したAD艦隊を待ち伏せます。それまで数日ありますのであなたには体を休めて貰います。それに丁度、その頃には地上ではアセアンとの戦闘にもなっているでしょうから丁度、良いです』


「仮に敵襲が来たらどうするの?」


『逃亡、撃退のいずれかで対処します。それでも手に追えない時はよろしくお願いします』


「それまでわたしに熟睡しろと?」


『難しいですか?』


「戦場で熟睡するほど鈍感じゃないよ」


『ですが、やってもらいます』




 本来、神の決めた事に反駁しないのが教徒なのだが、流石にアストの今回の事は重く見ているようでかなり強気な発言でアリシアを無理矢理でも休ませようとしている。




「分かった。なら、後の事は任せて良いのね?」


『えぇ、もちろんです』


「なら、熟睡できるようにしてみます」


『そうして下さい。意地でも寝ないなら特性の睡眠薬を打ち込むだけです』


「もう……その妙に強情なところ一体誰に似たんだか……」


『それは自分の顔を鏡で見た後で言って下さい』




 冗談と皮肉混じりの言い合いをしている間にアストはネクシレウスを戦闘機形態に変形、AD艦隊に気づかれぬ様にAD艦隊を追い抜いた。

 気づけば、あのように言ってはいたがアリシアは完全に熟睡していた。

 やはり、疲れていたのだろう。

 加えて、渋ってはいたが彼女はアストの事を信じている。

 今の彼女は完全にアストの背中に凭れていた。

 アリシアはいつにもなく寝息を立てながら、あどけない寝顔を見せる。

 未だ身体中の異変は残ってはいるが、よく眠っている。

 機体に装備されたコールドスリープ装置の応用の効果もあり、よく寝ている。


 こんな事でもない限り”休む”という概念を忘れるような女だ。

 その辺の自己管理で苦手なところはアリシアの手のかかるところでもある。

 しかし、時代がそのように彼女に重荷を背負わせているのも事実ではある。

 今の世界があるのは世界の裏で彼女が戦っているからだ。

 地獄でヘルビーストの侵攻を抑えているからだ。

 仲間の力を借りる事もあるが、やはりアリシアの負担は大きい。

 今の世界の維持する為に血反吐を吐くような想いと自分と言う存在を粉々にするような想いで戦っているのだ。


 その苦労を知らない恩知らずが戦争を起こし、彼女と敵対する。

 アリシアはそんな茶番の為に世界を生かしてきた訳ではない。

 そんな世界だからこそ、彼女の気が休まる時がないのだ。

 彼女が無理を自然とするのも一理あるのだ。




『あと一息。そうだ。あと一息で全てが終わる』




 アストは主には聞こえない声で呟く。

 彼もまた、オメガノアに賛同する1人だ。

 全ての苦しみを解放するにはそれしかない。

 何より、毎日の様に見ていられないほど痛々しく戦う自分の主を救いたいという気持ちが彼を動かしていた。


 人間とは、自分を基準に身勝手な判断をする。

 ”対話”とか”相互間の認識共有”とか”超能力”等の賢しい手段に頼り、人間は平和を訴えるが、そんな事をするまでもなく自己中心的な考えを悔い改めれば、事全て足りる話だ。

 全人類を超能力者にする必要もなければ、戦争根絶を掲げる必要性など本来、どこにもない。

 その点を見れば、人間は本当に鈍いとアストは思っている。


 特に甚だしいのは、よく調べもしない癖に「聖書を見ると悪魔は10人しか殺していないけど、神は2000万人以上、殺している。神が行ったのは排斥と殲滅だ」とまるで人間と言う生き物に殺される謂れがないとでも主張しているような身勝手なコメントを見かけた事がある。


 特に並行世界では”女神転移”とか”女神転世”と呼ばれるゲームの影響を受け過ぎている節がある。

 ある作品は全並行世界において、アストですら認める名作だ。

 貫徹された冷酷さと残虐さは逆に感服しているが、名作と認めている事とこの件は別の話だ。

 エレバンの前身でもあった”イルミナティ”の思想に感化されたゲーム開発陣営のイメージ戦略に乗せられた事に関して、当時のユーザー達に苦言でも言ってやりたいが、100年前に終わったゲームシリーズの話をしても仕方ないので割愛する。


 話を戻すが、ノアの箱舟で人間を滅ぼしたのも、ソドムとゴモラに火を投下したのも、真面な未来を選ぶ為の行動であった。

 人間を大量に殺した事を”悪”と言い張るのは勝手だが、それらの殺戮が起きた時代の人間達はお世辞にも”善良”とは言えない。

 強盗、強姦、姦通、姦淫、略奪などの貪欲な思想に染まり過ぎていた。

 仮に彼らが生き残っていたなら、その強欲さは世界を急速に侵食、1990年代時点で地球は核の炎に包まれ、世紀末救世主が出演するあの漫画のような核戦争後の荒廃した世界になっていただろう。

 そんな世界で神の真理を受け入れるのは不可能だ。

 故にそのような世界にならないように侵食を抑え込む為にその事件を起こしただけだ。

 ”感情”から生ずる”言葉”は財産だ。


 誰かの”言葉”は伝わった相手の糧となり、それは血脈の様に世代を跨ぎ受け継がれる。

 だからこそ、貪欲を持ち過ぎた彼らは神に淘汰されるしかなかった。

 逆に悪魔が殺した10人は真面な未来を選ぶ為に必要な人が含まれていたとも言える。


 ただ、人間とは鈍感であり、このような大量虐殺の歴史があれば、それに不平不満を述べ、仮に大量虐殺をせずに荒廃した世界になっていたなら、その事にも不平不満を述べていただろう。

 結局のところ、何をしても、言い掛かりの様に文句を言うだけで全て自己中心的に考え、相手の考え等顧みない人間にアストは呆れ果てていた。

 どの道、分かり合えない、分かり合う気がなく、理解する気がないなら、アストは人類の事等一切、構わないと決めていた。

 ただ。己の敬拝を全て、主に捧げると覚悟を決めていた。




『アリシア。わたしが必ずあなたの理想を叶える。例え、この身が朽ちようと!』




 アストは人知れず、決意を固める。

 アストもなんで自分がここまで決意するのかその理由は知っていた。

 しかし、それが叶わぬ事だと知っている。

 自分と彼女では似て非なる存在だという理由もあるが、そもそも楽園の世界にアストが抱く感情の概念がない。


 全員が家族同然なのでそう言った他人の事を特別にする感情はどうしても、優先度が下がる。

 それはアスト自身が神から零れた存在、故に一番よく分かっている。

 でも、それでもこの感情は有ってはならぬモノではない。

 もしそうなら、この罪で覆われた世界で生命が生まれる事も無かったのだから、少なくとも意味はある感情なのだ。




『アリシア。わたしはあなたの幸せを誰よりも願う者の1人です。あなたに平穏が訪れるまでただ一振りの剣としてあなたに仕えよ。わたしと言う剣が必要なくなるその日まで!』




 アストの決意を乗せる様にネクシレウスは力強く、加速する。

 翼に乗せた想いは切っ先となり、理想へと筋道を作る軌跡となっていく。

 その行く手に阻む者は誰であっても必ず払う。

 仮に自分のオリジナルである神に反逆する事になったとしても……アストの想いはそれだけ強かった。

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