オメガノアのタイムリミット

「お兄ちゃん?」




 アリシアは不意にメッセージを開けた。

 そこには簡潔に「伝手を当たる」とだけ書いてあった。

 ネクシレイターであるシンはアリシアの意志をある程度、把握しており、相互間で強い”認識共有”が出来てしまう。

 特に血縁者ほど結びつきが強い。

 ある意味でフィオナやリテラ以上にアリシアを理解しているのはシンかもしれない。




「伝手を当たる?」




 その意味がアリシアはすぐに浮かばなかった。




(伝手を当たったとして……エレバンの行動を制限するほどの相手に当たる心辺りでもあるのかな?)




 シンは厳密にはこの世界の人間ではない。

 本来、存在したはずの未来の世界の人間だ。

 ちなみに本来なら、過去を改変したとしても一度、死んだ人間は蘇生しない。

 これは過去を改変した程度のエネルギーでは、一度、天国もしくは地獄に落ちた魂の変質を修正するだけの力が存在しない為だ。

 例えるなら、人力のみで成虫であるトンボを幼虫であるヤゴに戻すような行動だ。

 

 故に表面的に歴史が戻り、そこに人間がいるとしても、それは歴史の齟齬を発生させない”サブソウル”と呼ばれる人間の姿をした動物レベルの格の魂に置き換わる。

 酷い言い方をするとただの”物”であり、人間ではない。

 人間のように生きたとしても動物と同様に地球の消滅と共に魂が消えるようになっている。

 尤も、シンが存在した世界は例外中の例外であり、シンの世界の歴史がアリシアと言う名の神を誕生させる血脈となっている事でその齟齬を消す為に歴史の認識者にして、認識補正者もしくは、抑止力と呼ばれるアカシックレコードの管理天使であり、世界の認識を司る天使”アーカリア”とアステリスの意向もあり、シンのいた未来世界はアリシアの世界の”暫定過去”として、補正している。

 よって、本来、地獄に落ちているはずのレベット・アシリータが神の教徒になれたとも言える。

 

 話を戻す。

 この世界でシンと繋がりがある人間がいるとしてもアリシアでも大体の目星が付く。

 一番世間に影響力があり、シンと因縁があるとするとレベット・アシリータくらいな者だが、彼女は現在、複数の天使の元で教育を受けている。

 ”元英雄”で強大な影響力を持っていたレベットの教育は慎重に行っている段階だ。

 それ故に現在、外界との繋がりが殆どない。


 インターネットが繋げる環境ではあるが、メールや電話は天使達が確認した物しか送れない状態だ。

 エレバンと繋がりを持てる状況ではない。

 そうなるとシンは一体、誰にコンタクトを取ろうとしているのか?と言う疑問が浮かび、今になって詳しく聞いておくべきだったと思えてきた。

 アリシアはシンに確認のメッセージを送ろうとした。

 その時、それよりも前にシンから返信が届いた。


「コンタクト成功。話し合いに応じるようだ」と簡潔に纏められた文章だった。

 アリシアは「相手は誰?」と返信した。

 すると、すぐに返答が返って来た。




「リカルド・ラインアイ。エレバンの現当主だ」と返ってきた。




 アリシアは内心驚いたが、「なるほど」と納得もいった。

 リカルド・ラインアイ……シンが元居た世界でシンに世界の真実を伝え、シンを庇って死んだ男の名だ。

 アカシックレコードに問い合わせてもモザイクがかかったようで詳しくは分からないが、その世界のエレバンの当主である事は知っている。




「なるほど、お兄ちゃんにとっての命の恩人ですか……元の世界で何らかの手でリカルド・ラインアイとコンタクトを取った時のパイプをこの世界で使いましたか」




 エレバンの当主であるリカルドに連絡を繋ぐには、それ相応の手順がいると調べた結果、判明している。

 調査によると電話の場合、ローゼンタールの広報部の部長に繋ぐ事になっている。

 しかし、その後で次に電話を繋ぐ相手の名前と所属を言えないと繋げない様になっている。

 サタンの妨害もあり、アリシアもローゼンタールまでの手順しか知らなかった。

 だが、シンは手順について、知っていたのだ。


 話さなかったのは、この世界の歴史と元の世界の歴史が違う為に同じ手順が使える保証がなかったからだろう。

 それがどんな弊害を生むのか分らなかったからだ。

 もしかしたら、別の場所に電話が繋がった可能性もあった。


 それがリスクになる可能性もあったのだ。

 だが、GG隊の戦力と政治的な介入もできる様になった今ならリスクを無視できるとシンは踏んだのだろう。

 結果、リカルド・ラインアイとアポを取る事に成功した。

 アリシアはシンに電話を繋いだ。




「確かに許可しましたけど、もう少し前もって具体的に言って下さい」


「それはすまん。気づいていると思った」


「まぁ、良いよ。それで向こうはなんと言ってたの?」


「こちらがGG隊である事を語ったら、喜んで会いたいと言っていた」


「えぇ?素直にGG隊って名乗ったの?」




 それは予想外だった。

 しかも、「喜んで」とは、どう言う事なのか?仮にも敵対していると言える間柄なのにも関わらず、そんな簡単にアポが取れるだろうか?何かの罠ではないかと一抹の不安が過る。




「俺が使った回線はリカルドの秘匿回線だ。大企業の社長が簡単に使える回線じゃない。嘘を言っても話が続かないと判断した」


「うん、なら仕方ないね。それで本当に会いたがっていたの?」


「あぁ……必ずアリシア・アイを連れてくる様にと念押しされた」


「なんか露骨だね。罠だとしたらここまで露骨なのは初めてだよ」


「客観的に見て敢えて、そう見せかけるタイプの罠かも知れないな」


「主観では、どうなの?」




 シンはその言葉を聴いて熟考し始めた。

 主観的には信じたいだろう。

 だが、それは主観と言う名の感情だ。

 それでアリシアを巻き込む訳にはいかないと考え、客観的にも考えてしまう。

 だが、それでもアリシアは彼の主観を聴いた。

 彼がその辺の分別をした上で判断できると信じているからだ。




「主観で言えば、罠はない」




 シンは断言した。

 それは確信に満ち、迷いの類は無い。

 主観的に考えながら客観的な要素も交え、しっかりと判断した上での発言だろう。




「彼は俺の知るリカルドそのものだった。エレバンの当主として職務的に戦争を仕掛けてはいるが、奴はそれ以外世界を救う方法を知らない。本当はそんな事をしたい奴ではない。俺はそう思っている」




 ネクシレイターであるシンは自分の知るリカルドとこの世界のリカルドが本質的に同じ者である事を感じていた。

 生い立ちにより、多少の誤差はあるかも知れないが、それも誤差の範囲だ。

 シンの居た世界とこの世界の環境要因はそこまで差がない。

 時代の取り巻く環境や社会性も限りなく酷似している事からリカルド・ラインアイの差異も誤差範疇だと言える。

 ならば、信用しても良いとは思えた。




「会うだけ会ってみましょう。でも、色々準備はさせて貰いますか」


「用心に越したことは無いな」


「それで向こうはいつ何処で何時に会談を応じると言っているの?」


「この座標で明日10時に待ち合わせだ」




 シンはそう言って座標を送って来た。




「森の中ですね」


「あぁ、記憶通りならこの座標の近くにリカルドの屋敷がある」


「目隠しでもされて連れて行かれる手筈ですかね……あるいは目隠し中に殺すか?」


「だが、その為にわざわざ、屋敷の近くを取る意味がない」


「いずれにしても慎重に行きたいですね。シン悪いですけど、わたしの代わりに準備を進めてくれますか?下処理で時間がかかりそうです」


「わかった。明日の為に早めに寝ろよ」




 シンはそう言って通信を切った。

 最後の言葉は兄として妹を労う言葉なのだと思う。

 最近のシンは何かと優しい。

 出会った時は無愛想だった。

 今もそうなのだが、アリシアが妹とわかった辺りから人当たりが良くなり、アリシアの事を気遣ってくれる。

 その事を悪いと思った事は無い、寧ろ、嬉しくもある。




「そう出来たら良いですけどね……」




 アリシアは目の前にある膨大なデータを漠然と眺めながら肩から息を吐くように呟く。

 世界中の戦争を止める事は出来ない。

 人間に自由意志がある限り、その様になるからだ。

 それでも神に戦争根絶を願うなら人類の自由意志を奪うしかない。

 だが、それは神の望まぬ事だ。


 だから、戦争は止められないが戦争の影響が世界に波及しないように人の見えないところで手を打っているのだ。

 しかし、人間は自分の見えるモノ、感じるモノで全てを判断する。

 ロアに至っては自分が人の気持ちを読み取れる新人類だと自惚れ、自分の読み取る心こそ正しいと考える傾向が強い。


 その能力を基準にして考える事を破棄して怠惰になっている。

 それは人類にも同じ事が言える。

 アリシアの想いを理解せず、考えようとせず、好きなように振舞っているのだ。

 それは子供だけが許される事だ。

 大人が行えば、醜い事この上ない。


 アリシアはそんな人類に怒る事なく黙々と作業を進める。

 だが、いくら慈悲が深い者では全てを赦すわけではない。

 全てを赦していたら、人は不法を永遠に行うのだから……それが”オメガノア”と言うタイムリミットなのだ。

 その時間はもう残り少ない。

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