正しい心
そこには自分と同じ歳、もしくは歳下と思わしき少女が立っていた。
上田・美香は息を呑む。
女性である自分があまりの美しい容姿に惹かれてしまったのもそうだが、新米兵士である自分でも分かるほどに圧倒的な力量さを感じる。
銃と剣。
常識的に考えれば、銃の方が速く攻撃出来る。
自分が優位なのは違いない。
だが、彼女のあまりの威圧感に引き金を上手く引ける気がしない。
引いてみなければ分からないかも知れないが、そんな迷いを抱いている時点で付け入る隙を与えると本能で察する事ができた。
すると、突如、自分が持っていたSIG SAUER P238ハンドガンが後方に飛ばされ、飛ばされたSIG SAUER P238ハンドガンの銃身が彼女の剣先に刺さる。
「そんな風に考えている時点で隙を与えていますよ。上田・美香少尉」
「えぇ?嘘……まさか、読んだの?わたしの心を?」
「読む事も出来るけど、その必要はありませんでした。あなたは正直な人だから顔に出てます」
完敗だった。
目の前の彼女には付け入る隙が全くない。
まるでコンピュータの様に正確な動きをしている。
とても人間とは、思えなかった。
「ですが、その迷いは今回だけ評価しましょう」
「えぇ?」
「もしあなたがわたしに敵意を示したならわたしが口を開く前に発砲しています。ですが、あなたはそうしなかった。それはわたしとコンタクトを取ろうとしない限り、そんな事はしない。少なくともあなたにはその考えがあったはず……上官の意向に背いてまでわたしの事を考えたのはここではあなたが初めてです。その想いと誠意をわたしは確かに受けました。ならば、それに応じた報いを与えましょう」
「報い?」
「願いを3つまで叶えます。何を言っているか分からないなら質問は受け付けますよ」
「えぇ?3つ?願い?」
突然の申し出に状況が読めない。
なにが、どうして、どうなったら、願いを叶えてくれるのか、理屈が分からない。
だが、そんな上田・美香を歯牙にもかけず、目の前の女性は話を進める。
「ただし時間制限はある。わたしはこの世界には残り8時間しか現界出来ない。それにコックピットの回線越しにわたし達の会話を聞いている者達と相談してはなりません。向こうから話しかけた時点で願いは叶えない。わたしはあなたの願い以外は聞き入れない。それも報いた量に応じて3回までです」
美香は悩んだ……困惑した。
だが、状況をひとまず整理してみる。
この彼女が何者なのか分からない。
彼女の条件では基地の上官達との会話は禁止されている。
少なくとも彼女は只者ではなく超人的な剣技があるところから……もしかすると何か叶えると豪語するだけの力があるかも知れないと考えられる。
彼女がもし本当に願いを叶えられるなら慎重に言葉を選ばねばならない。
まず、その為には彼女が何者なのか?そこから、聴かなければならない。
「質問いいですか?」
「わたしが何者か?ですか?」
「えぇ」
「そうだね。人類史に名が記された神の後継者。要は神ですよ」
「神?あなたが?」
俄には信じられない返答が返ってきた。
神と言えばヨシュア、エホバと呼ばれたりする神が代表的だが……どう見ても見た目が自分と同い年くらいの女の子にしか見えず、神には見えなかった。
「神ですから外見は自由に設定できますよ。確かに神としては新米で若いですが、あなたよりは実年齢は上ですよ」
「……ちなみにお幾つですか?」
「地球の年齢よりも上とだけ答えておきます」
(つまりは年上と言う事?だとしたら、目上に対して礼儀とかを気にした方が良いかな?)
そんな事を考えながら、美香は次の言葉を熟考しながら選んだ。
言葉を慎重に選ばねば、奈落に落ちてしまうような緊張感が彼女を支配していたからだ。
美香の勘が彼女に対して何とも言えない警戒心を抱かせる。
「神様なら先程の戦い……剣で戦う必要があったのですか?奇跡の力で一掃すれば良かったんじゃ……」
「う~ん。怒らずに聞いてね。あの程度の軍勢相手に奇跡を使うのは割に合わなかった。だから、刀で殲滅した。わたしは住んでいる世界では軍人で中将をしている身ですから、コスト意識があるんですよ。納得いくかな?」
美香は得心して頷く。
どうやら彼女の軍属らしい。
それなら敵を殲滅する上でコスト意識を考えるのは当然なのかもしれないと納得した。
それに奇跡を見せなかったとは言え、生身であの軍勢を葬ったのは十分奇跡に等しい。
嘘は言っていないと考えられた。
「では、この世界のいる敵を殲滅して下さいと言うのは?」
美香が真っ先に願うとしたら、まさにそれだった。
自分の私欲よりの人類の存続を優先した。
少なくとも美香は人類の牙となり、刃となる事を目指して軍の厳しい訓練に耐えて来たと言う自負心があった。
アリシアは彼女の想いに微かに微笑んだ。
自分の欲ではなく誰かの為に自分のチャンスを活かそうとするその心は喜ばしかったからだ。
「あなたは優しいのですね。自分の為にではなく他人の為に願いますか……ですが、報いた量には叶いませんね」
「他の願いはいりません。それだけを叶えてほしい」
美香は切に懇願する。
自分の私欲を犠牲にして人類が助かるなら他は要らないとすら思った。
だが、アリシアは首を横に振った。
「残念だけど、願いを1つに集約したとしても報いる事は出来ない」
「何故ですか!」
美香の思わず、声に力が入り、その声色は震え必死さが伝わる。
誰かの為に必死になれる良い品性だとアリシアは心の底から思い、それを尊く思った。
だが、この問題はそれとは別だった。
「この世界の人類はかつて我々の神の存在を否定した。この世界では丁度、1948年に神が再臨した際に福音を行った。この世界の歴史では世界各地で大きな人影を現れ、救いの福音を宣布したはずですが、どうですか?」
美香はその質問に首肯して、頷いた。
確かに学校の歴史でそんな話を聞いた記憶がある。
ローマ・カトリックの公式見解では質の悪い悪戯であると発表されたと歴史で習った。
「未来に大きな災いが起こる。だから過越を受けろと宣布しました。ですが、それだけの奇跡を見せたにも関わらず、誰もその福音に従わなかった。それどころか、カトリックと結託して、壮大な悪戯で片付けてしまった」
その時の彼女はどこか哀れんでいる様な悲しそうな顔を覗かせた。
それは無理もないのかも知れない。
必死に奇跡まで見せて分かり易く救いを伝え与えたのに誰もが恩を仇で返し、相手に不平不満で返し、言いたい放題に曲解して”悪戯”で片付け、救われるはずの人の道すら塞いで全員が不幸になる道を選択した事は悲しくもなる。
「”過越”は旧約の教えであり、やる必要がないと”過越”を拒む事は不法を行う事を愛した事になり、その人類の意志は人類が自らの意志で滅びる事を同意した事になる。その意志決定は過去、現在、未来の人間の意志を確認して、それら全てに同意を求めるモノでもありました。過去における神の破却は今の人間にも無関係ではない。量子世界の理としてそれが成り立っているのです」
「つまり、神は何十年も前からこの戦いを予期していたのにその救いの機会を人類が拒んだから救わないと……」
「救ったとしても無意味なのですよ。残念な事に……人は畏れない。見えないところで不法を行う。畏れない者達を救っても破滅を呼ぶだけです。あなた達に言うブラックビーストもインセクト・エイリアンもあなた達の不法を重ねた結果で世界に舞い込んだ悪の芽です。我々の神はそれを止めようとしたのに拒んだのはあなた達です。いわば、この戦争も戦いもあなた方の自業自得です」
美香と通信越しの司令部の人々は今、世界の真実を聞いた。
あまりに壮大な事で与太話、作り話の類だとも考える者もいたが、確かに1948年に世界各地で巨大な人影が未来の災いを伝えていたのも事実として確認出来たからだ。
実に非現実的な話だが、辻褄は合っていると思えた。
だが、それを非現実的だと頑迷に認めない声の方が多かった。
「あなた方人類は平和を願うと言いながら、その実、真逆な事をする。高慢や不和を生み人類敵対生命体を今も呼び込もうとしている。人の意志や言葉は世界の事象に干渉するものです。軍や政界のトップが高慢なら余計に争いしか産まない。そう言う事ですよ」
今の彼女の会話を聞いて美香も含めた数人が気づいた。
今、世界を救うヒントを言わなかったか?と……つまり、人の意志次第で戦争に勝てると言う事ではないか?と彼等は気づいた。
強ち、嘘は言っていない。
この世界の”総意志”を殺せば、確かに人類の意志は変わり、世界が再構築される。
顕在的な変化はなくても潜在的な変化は起き、今よりは良い未来にはなる筈だ。
ただ、それは殺す”総意志”の影響力にもより、3人殺して成立する世界もあれば、100人殺して成立する世界もある。
その要素に更に絡んで来るのが”潜在集合無意識”と言う要素による補正であり、世界の過去、現在、未来と言うのが、固く定まっている為であり、影響力が小さい1人、2人の”総意志”を殺した程度では”潜在集合無意識”の補正で変化は起きない。
この世界の”潜在集合無意識”は強大なので強大な”総意志”が3人もしくは、普通の”総意志”を1000人殺せば、世界が変わるようになっている。
「さて、美香。まだ、願いが残っていますよ?何を願います?」
美香は悩んだ。
今の話を聴いた上で一体、何をすれば良いのか?どうすれば良いのか?どうすれば、彼女のルールに背かず、世界を救えるのか?
美香の中では最後まで私欲ではなく世界を救う為に知恵を絞り、知略を巡らせる。
そこで不意に思った。
彼女が神であり、この世界は正しくない世界だから、裁かれると言う趣旨の説明を受けた。
なら、自分が正しい心を持って、人類を先導して行えば、世界を救えるかも知れないと……1人の人間の力なんて大した事はないが、ここにいるのが”真の神”だと言うなら1人でもそれだけの力を行使するだけの力を与えられるのではないか……そのように美香は考えた。
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