宴での一幕
ラグナロク イザヴェル
アリシアの周りには彼女と親しいグンが護衛についている。
アリシアは蒼を基調とした丈の長いドレスに赤いバラのような花飾りをポニーテールで着飾っていた。
その姿に誰もが息を呑んだ。
「何という事だ……アフロディーテ様に勝るとも劣らぬ美貌だと……」
「しかも、アレで戦神オーディンやウラヌス、ポセイドンを倒すほどの猛将だと……なんの冗談だ?」
「な、なんて膨大な神力だ!アレは神なのか……既にその域にはいないぞ!」
いつぞやのパーティでも似たような事を言われた気がするが、その時は政略結婚させる話などがあったが、ここではその類はなく寧ろ、実力を看破している節がある以上、人間よりは分を弁えていると言うべきかも知れない。
膨大な神力云々言っていた人は両目を抑えて喘いでいるが何故か分からず、グンに尋ねるとどうやら、魔術開発系の一族の主任職をしている男であり、魔術に非常に長け魔術観測に秀でているようだ。
アリシアの神力は確かに感知できるモノもあるが、通常感知されない高位の神力は基本的に誰にも感知されない。
それだけ次元の差が開いているからだ。
ただ、その人はどうやら、それを見たらしく周りには突然、何かに苦しんでいるだけの男に見えるようだ。
それはそれで可哀そうなので”神力偽装”と言うスキルを応用して、高位神力の気配を遮断すると男の喘ぎが収まった。
ここにいる間は気を付けた方が良いようだ。
アリシアはグンと共に席に付くとグンと世間話をする事にした。
「最近、どうなの?」
「悪くない……あなたのおかげ」
「わたしは大した事はしてないよ」
「でも……あなたのおかげ」
グンは深々と頭を下げる。
流石に祝いの席でそこまで下げられると流石に気恥ずかしくはある。
アリシアはすぐにグンを宥めた。
「あなたには本当に感謝してる……おかげで妹達が救われた」
「それはグンがお姉ちゃんとして頑張ったからだよ。わたしは大した事はしてない。わたしが信じた通りにしただけだから」
「それでも、だとしてもわたしは……あなたに恩義を感じてる」
グンは何か考え込んだ。
何か決断しようとしているのが目に取れて分かった。
一体、何を考えているのか敢えて読まないが、きっとそう悪い選択ではないと確信できた。
「アリシア……わたしと契約して……」
薄々、感づいたところもあったが、それがこの場でいる可能性は低かった。
もう少し後になると思っていたがどうやら、グンの因果は思っている以上に良かったようだ。
妹達の事があるとしても自分の立場や柵を無視してもそれでもアリシアと契約を結ぶ事を自分で決める。
それには確かに光る強さがあった。
なら、自分がこれに応えないのは失礼だろう。
「分かった、なら……」
アリシアは2つ返事で了承、神力で形成した刃で人差し指を静かに切り、滴る血を飲むようにグンに進める。
グンは自分の指を切るその行為に一瞬、驚いたようだったが一切躊躇わず、アリシアの血を啜った。
その時、グンの目は確かに開かれ、偽神としての彼女はこの場で死に新たなグンとして生まれ変わった。
「どう、生まれ変わった感じは?」
「……なんか、目が回る」
「あはは、少ししたら慣れるよ」
「それで仕事はいつやめれば良い……?」
「……ふぇ?」
今、何か凄い変化球が自分に目の前に現れたような呆気に取られた。
「えっと、どういう事?」
「あなたに仕えると言う事はワルキューレをやめる事……だから、やめる」
(あぁ、そう言う意味で捉えたか……確かに仕えると言うとそうかも知れないけど、ちょっと典型過ぎるな……ちゃんと説明しないと)
「別にやめなくて良いよ」
「……良いの?」
「うん、良い。寧ろ、今の仕事を真面目にやってくれた方がわたしも助かるからやめるとか考えなくて良いよ。働かないのは問題だけど、働く分には真面目な仕事なら続けて問題ないよ」
アリシアの事を優先するあまりラグナロクでの職務を放棄するとラグナロクの人のイメージが悪い。
他にもグンみたいに契約してくれる可能性がある人がいた時にアリシア・アイの一派はイメージが悪いと思われて契約を逃したらアリシアにとっても本末転倒だからだ。
GG団体にもGG団体の活動よりも仕事や学業を基本的に優先して下さいと頼んでいるほどだ。
アリシアと契約した以上、よほどの事でもない限り今の仕事を「やめろ」とは言わない。
どうしても今の仕事が辛いなら転職すれば良い、場合によっては仕事をやめれば良い、基本的によほどの理由がない限り、不労所得で生計を立てないかつ、犯罪以外はどんな仕事でも就いてもいいのだ。
「本当に……良いの?」
「うん、本当に良いよ。わたしとしてはあなたが妹達の前で真面目に働いて頑張ってくれた方が嬉しいから」
アリシアはグンに微笑みかけた。
グンはそれに安堵したようで胸を撫で下ろす。
どうやら、アリシアとの契約を自分の全てを捨ててでも決死の覚悟でアリシアに仕える気でいたようだ。
それこそ、自分がワルキューレや妹達と永遠に別れる事になっても……それでもアリシアへの恩を返そうと覚悟していたようだ。
それはそれで凄く嬉しい。
自分の幸せを犠牲にしてまで自分に全て捧げようとするとはアリシアが彼女を誇りたいくらいだ。
それだけの信念と愛があるなら彼女と契約した甲斐があったと言える。
「どうやら、話は終わったみたいだな」
そこに黒いタキシードのような正装をしたロキが現れた。
「ロキ、待っててくれたの?」
「まぁな……取込み中みたいだったからな。こっちも話があるんだが良いか?」
ロキはそう言ってアリシアの左隣の席に座った。
「それでお話とは?」
「あぁ、ユースティティア達からの呼び出しについては聴いているか?」
「聴いています。あなたの立ち会うのですよね?」
「そうだ。それ故に少し不安でもある」
「不安ですか?」
「ユースティティア以外にもアフロディーテも今回の席に参加する。この2人が揃ってわざわざ、オレに「来い」と言う事はまず、無い。酔狂とかでもない。何かかなり重要な話なんだろう」
それはそうなのだろう。
ユースティティアはオメガノアについて知っている。
単にアリシアと顔合わせがしたいとかそう言う話ではないだろう。
「その事を一応、念を押しておきたかったのさ」
「そうですね。単なる顔合わせではないでしょうね」
「一応、覚悟をしてるんだな。なら、オレから言う事は今はないな。今はゆっくりと楽しむと良い」
そう言ってロキは席を立ちあがりどこに去っていくとロキに群がる人々の一団が見える。
「やっぱり、ロキって有名なのね」
「軽いけど、アレでもこの国の代表……繋がりを持ちたい人は一杯いる」
改めて、ロキと言う男を見ると軽いがとても気が使え仕える品格すらある。
アリシアにとっても理想的な男性かも知れない。
自分が結婚などをするなら彼でも悪くはないかも知れないとも思ったが、そんな日は永遠に来ないとも思った。
「さてと、そろそろ、お腹も空いたしご飯食べよ~と。えへへ、美味しそう……」
アリシアは見たこともない料理に思わず、顔が破顔してしまう。
それから色んな料理をお皿に取り手で吸収していき、どんどんと平らげていく。
ここでの料理とは経口食ではなく淡白い光の球体に手を触れ、神力を補給すると言った方法であり、食事を取って生命活動して神力を生成して生きるよりはこちらの方がダイレクトでアリシアとしては好ましい。
光の球それぞれ、情報が違う為に味も違い経口食のような満腹感とは程遠いので幾らでも食べられる。
それでも神力の許容量によって1日に食べられる量には限界はあるのだが、アリシアの豪快とも言える食べる量を見たグンや他の者達も目を引くほどだった。
上品に食べている以上、何を言わなかったがそれでもかなりの健啖に流石に目を引く。
アリシアは次々料理と手で吸収、舌鼓していると1人の男性が近づいて来た。
あからさまにこちらを見つめる視線にグンは警戒するが、男性は何事もないように動じずこちらに近づいて来た。
「そこの美しい方?」
「うん?」
アリシアが振り向くとそこには1人の好青年風の男性が立っていた。
男性は微笑みを絶やさず、こちらを見つめて来る。
「わたしに何か?」
「よければ、わたしと踊ってはくれませんか?」
「わたしと?」
好青年ではあったがアリシアは彼に微かな違和感を覚えていた。
一応、警戒をしておく。
「ところで……」
「あぁ、これは失敬、わたしはミトースと申します」
「ミトースさんですか……わたしは……」
「あなたの名前は存じていますよ。アリシア様、この会場であなたほど輝いている者はいないでしょう?」
(世辞だろうか?そう言わせて警戒心を解こうとしているのか?)
どうしても、初対面となると先に警戒心が先行してしまうのはアリシアの悪い癖ではあるが、この人物は少し妙な気配がした。
少なくとも完全に気を許してはならない程度には……。
「そうですか」
肯定も否定もせず、微笑み返した。
ミトースもそれに微笑みで返し手を差し伸べた。
「それで躍って貰えますか?」
「わたしで良ければ……」
そう言ってアリシアは彼の手を取った。
ただ、ダンスなどした事はないので殆どアドリブで行くしかない。
そう思い、相手の動きを探りながら動作を決め鋭く捌いていく。
それでいて上下左右にステップを踏みながら回転、ドレスが華麗に舞う。
ただ、その有様に次第に周りで踊っていた者達が離れ固唾を飲んで見守る。
(これは……ただの実戦……でも、綺麗)
グンはその動きに感嘆としていた。
実戦そのモノと言える体捌きであり、大変参考になる。
それは激しく、鋭く、情熱的で凄まじいエネルギーを感じさせる。
曲も次第に「魔王行軍狂奏」に変わり、その様は
それから10分ほどでダンスは終わった。
「いや……アリシア様、中々有意義な時間でした」
「そうだな、中々楽しかったよ」
「この有意義な夜をもっと過ごしたいところですが、もう時間が迫ってしまったようです。名残惜しいですが、わたしはこれで失礼させて貰います」
そう言い残しミトースは体を優雅に反転させ、会場の出口に向かって立ち去りながら右手を振りながら去っていく。
「あの人……何か変」
「うん、変だね。嗅ぎ回っているドブネズミってところかな?」
「追う?尾行をつける事も出来る」
「今は深追いはしなくていい。それに彼ならワルキューレ10人がかりでも遅れは取らない。寧ろ、ワルキューレが危険だからやらなくて良い」
グンはアリシアの判断に従い、頷いた。
戦士としてのアリシアの見立ては絶対である以上、ワルキューレでも勝てないのだろう。
妹達を無駄死にさせたくない身の上としてはアリシアの判断を断る理由はなかった。
「まぁ、近い内に何かしてくるだろうからその時に何とかしましょう。それよりご飯冷めちゃうから食べ直そう?」
そう言って何事もなかったように席に戻りご飯を食べ続けた。
その後、帰り際に気に入ったご飯も”空間収納”に仕舞い込み後で食べる事にした。
「空間収納に入れておけば、腐る事はない」と喜んでいたが、グンのその顔に何かの憂いを隠す笑みに思えて少しだけアリシアの事が心配だった。
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