説教……そして、彼
「わたしは一体どれだけの人間を殺したのですか?」
「最低でも10億人分は殺しただろうな」
レベットの顔が俯き目を見開き青ざめる。
「10億……それじゃ、わたしはただの大量殺戮者……戦争ならとんでもない英雄だ……」
レベットは首を力無く垂れながら泣いていた。
その罪を覚えている訳ではないが、自覚はあった。
自分の行いが知らず知らずの内に他人を不幸にした。
それも1人や2人ではない。
自分の知る限り100人以上不幸にしている。
1000人殺しただけでも十分驚愕に値するのに1人で10億人殺したなどその辺の戦略兵器にも勝る破壊兵器だ。
戦争なら殺した数だけ英雄になれると言われる。
だが、レベットにとってこの数は皮肉でしかない。
平和を築こうとした願望と真逆の結果を生んだのだから。
「殺して……」
「……」
「殺して下さい……こんな罪わたしには背負い切れない!」
レベットは張り裂けんばかりの声を漏らす。
「オレが嘘を言っているとは思わないのか?」
「あなたはわたしが平和指導者になった動機を知っていた。わたしはそれを誰かに語った事はありません。無論、マスコミにも……だって、それだとただの自慢話でしょう?」
「そうだな。確かに自慢話だ」
「でも、あなたは知っていた。憶測で話した訳ではなく的確に確信して答えた。なら、並行世界のわたしがあなたに心を許して話した可能性も頷けます。それにあなたの口から語られるわたしは少し違うところもありますが、わたしと親密でないと知りえない内容ばかり。それこそ、簡単に偽装できる話でもなかった。ならば、あなたの語ったことは紛れもない事実なのでしょう……わたしは殺されるに値する者と理解するに足ります」
「……」
シンは黙って彼女の言い分を聞いた。
シンは目を閉じて熟考する。
(俺は……どうしたいんだ?)
ここで彼女を殺せば、シンの目標は1つ達成される。
彼女は悪魔で神に害を為す存在だ。
ここで彼女を殺す事も正解だろう。
何せ彼女の願望を叶える為に多くの命が死に過ぎた。
このまま野放しにした場合、反省したように欺き、再び平和活動をする可能性もある。
人間とはそう簡単には反省しない。
泣いてはいるが、反省したように欺いている可能性もある。
(だが……)
この涙を嘘と……思いたくない。嘘と片付ければ何か間違っている気がする。
彼の中で葛藤が渦巻く。
レベットに対して怒ってはいないが、許してはいない。
そんな復讐心と彼女の涙を信じてみたいという慈悲が彼の中に渦巻く。
だが、悪魔とは愛を損なう存在。
信じたモノを簡単に裏切る存在だ。
彼女は悪魔なら彼女は愛を受けても無駄にして、感謝もしない。
だが、シンの中で不意に思い浮かぶ。
アリシアも今のシンと同じ様に”英雄”に語りかけた。
多くの英雄は最終的に自分の罪を認めなかった。
だが、レベットは認めた。
必死で事実を受け止めようとしている。
それに彼女は平和指導者になった動機を誰にも語っていない。
悪魔の本性しかないなら見栄を張り動機を誰かに話しても不思議ではなかった。
だが、彼女は動機を語った事がない。
それは紛れも無い真実であるとシンは確信していた。
彼女がこれまでと違うなら……シンの中でそんな感情が沸いた。
「レベット。ここからはお前が決めろ」
レベットはその声に耳を傾ける。
「たった1つだけお前の罪を贖罪する方法がある」
「えぇ……」
レベットはあまりの内容に呆気に取られる。
そんな方法があるのが信じられない様な顔だ。
「ただ、お前の中の後悔は消える事はない。お前は一生その想いを抱えるだろう。だが、もしアリシア・アイの言い分に従順に聞き従うなら、例えどんな事を言われても信じ聞き従い信じると誓えるなら、お前の罪を消す事だけは出来る。この言葉を信じるか信じないか?それはお前が決めろ」
「……」
レベットは悩んだ。
自分はどちらを望んでいるのか?
アリシア・アイが只者でない事は理解できた。
だが、それがなぜ、罪の贖罪になるのか理解できない。
普通に聞いたら詐欺商法の様にも聞こえる。
だから、レベットは確かめた。
「アリシア・アイは何者なんですか?」
「地球の所持者。高次元生命体。別名神と呼ばれる存在だ」
「神……彼女が……」
信じられない話ではあった。
あまりに色んな事を言われ、過ぎて頭が混乱しそうだ。
しかし、事実が呑み込めない中で聞き逃さないように必死で事実を整理しようと呟いていた。
「今、話した事は事実だ。地球の法は地球の所持者が決めるモノだ。罪の赦しもその法に基づいての事だ。彼女の法に従うという事は彼女の民になるという事だ。何せ、国の法とはその国の民にしか守れないからな。彼女を受け入れる、受け入れないは勝手だが、責任は自分で取れ。彼女が人智を超えている事くらいお前でもわかるんじゃないか?今までの彼女の行動が神である事の証と見るか見ないかはお前次第だ」
シンは伝えるべき事を全て伝えた。
これでも決断できない様では、彼女は救いようの無い愚か者だ。
そこまで行くと最早、哀れみしかない。
(さぁ……お前はどう答える?お前は平和の使者か?それとも悪魔の使者か?)
この決断の時だけは悪魔も神も介在できない。
WNの運命論も介在しない。
全てはこの時、この瞬間に決まる。
ネクシレイターによる福音はそれまでの人間の魂の価値と居場所を求める場だ。
悪魔に属して世の一時の快楽と栄光に溺れ悪魔の眷属になるか?
神に属して世の一時を忍耐して永遠の快楽と自由を掴み神の民になるか?
問われるのはこの2択だ。
人類史の中で何度も人類に問われた事だ。
実際の史実として2020年まで神と神が遣わしたネクシレイターの原型となった人間達がアリシアとシンと同じ様に福音は伝えた。
アリシアやシンと同じ様に彼らも正しさ故に人に異端視され、迫害された。
それでも神の声は人に届く。
欲する者には例え、悪魔側に属していても届くのだ。
だが、それでも伝わらないなら責任はその人間にあり神は一切の責任を負わないと言った。
今までの人類同様、レベットに問われているのはそれだけ重要な事なのだ。
道端で宣教している人に声をかけられ、疑ったのならその人を質問攻めにすると良い。
どんなに攻めても神の力が宿るモノはボロは出さないはずだ。
そして、神とは誰よりも謙虚である為、人に仕える。
だが、神は高慢ではない。
人を隷属しようとはしない生かす存在であるが故に人に仕え生かそうとするのだ。
人理的な神ではそのような考えは浮かばない。
神が人の上に君臨し人に命令を下すと考えるのが圧倒的だ。
本物は1つしか無い以上、答えも1つしかない。
加えて、本物は反論の余地を与えないが偽物は疑念の余地を与える。
尤も、固執を持つと何かと理由をつけて、疑念を持つのでその限りではないかもしれない。
だが、質問しているこちらが恥ずかしい思いをするかも知れない。
アリシアとレベットの会話の様にだ。
その上でどう思うかはレベット次第だ。
ただ、ロアや真音土の様に人の誠意を無視する人間は一生苦しむ事になるかも知れない。
「……」
レベットは考え込む。
今の言葉を疑うよりも自分は本当に許されて良いのかと思う気持ちが芽生える。
数多の命を奪った女が許されるに値するのか?と思い悩む。
「言っておくが許されて良いのかと考える必要はない」
「えぇ?」
まるで心を読んだ様な的確な返答に驚く。
「お前の様に英雄として大きな罪を犯し悔い改め男もいる。そいつは許されて良かったと言っていたぞ」
吉火の事だ。
彼も大戦中英雄として多くの人間を殺した。
彼もレベットと本質的には変わらない罪人だ。
吉火もアリシアに救われる前の似たような葛藤をしていたのだ。
「お前だけがその悩みを抱えたわけじゃない。それを忘れるな」
レベットはその時に思う。
自分はまた、やってしまったと。
自分の悩みが自分1人の物と思い上がり1人の力で何とかしようとしていた。
悩んでいるなら素直に聞けば良かった。
少なくとも今の彼はそのくらいの事はしてくれたはずなのだから……。
「わたし……自分が思っていた以上にダメ人間の様です。あなた達の支え無しでは生きていけない程に」
シンは微かに眉を動かした。
「すまん。それはつまり?」
「あなたの言う法に従います」
レベットは大きな決断を決め、命をもぎ取った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます