トラウマ
「それではわたしも自分のシュミレーター確認させて貰います。綾さん宜しいですか?」
「えぇ、今開けるわ」
綾は鍵を取り出しシュミレーターのコンソールを開いた。
そこに流れるプログラムをアリシアは見つめながらコンソールに触れ、念の為にプラグラムの内容を確認しながらスキルでサタンによる量子的な妨害工作を想定して術を施す。
これで”英雄因子”が介入してもプログラムが改竄される事はないので実質、”英雄因子”は不発に終わる。
10分ほど呆然と眺めると「問題ないみたいですね」と納得した。
「アレで分かるの?」
「わたしはSEとして働けるだけのスキルはあります。その気になれば、建築や大工仕事も熟せますから……作る事に関してはそれなりに精通しているつもりです」
元々、アリシアにも物作りの気質があった事もあり、神の力も相まって色んな工作するのは得意な方だ。
ここに来てからもかなりの数の武器を作った。
その正確な数はアステリスすら知らない程多い。
元々、兵士の適正が無い彼女は技術者肌なのだ。
「凄いのね。兵士としても有能なのに技術者としても有能なんて余程努力したのね」
「そうありたいものです」
「きっと、親御さんも鼻が高いでしょうね」
この時、綾は知らない。
彼女は知らず知らずのうちに地雷を踏んだ事を……アリシアの顔から影が落ちる。
「そんな事……ありませんよ。きっと、疎んでいると思います」
「そんな事ないわよ。そんな風に思う親がいる訳がないじゃない」
綾は気づかない。
綾はそれが親の在り方だと思っているが、それは綾の固執である。
それが無性にアリシアの心を抉る。
「そう……なんでしょうか?」
「きっとそうよ。一度御両親としっかり話せば……」
「今まで信じていたのに手の平返して化け物と罵り唾を吐きかけ、ナイフで殺そうとした両親と?ですか?」
今の言葉に綾は凍り付いた。
アリシアは強く優しいと思っていたが、その時の彼女はどこにでもいる繊細で優しく弱弱しい少女そのものだった。
(唾を吐きかけ、殺されかけた?)
綾の思考は緩やかに言葉の意味を受け取る。
それよりも前にアリシアは感情が抑えられなくなり、涙を流しながら走って何処かに去って行った。
「待って!」と言おうとしたが途中で言葉が詰まった。
綾は自分が犯した行いと今までの事を振り返る。
綾は自分の考えに固執して親が子供を見捨てる事は無いと当然の様に考え振る舞った。
結果、彼女のトラウマを掘り返すような事をした。
今、思えば彼女は綾の養子になる話を渋っていた。
初めこそ、実の両親から離れ、こちらに入籍する事に抵抗でもあるのかと思ったが違う。
彼女は両親と言う者に不信感を抱いているのだ。
その時、ようやく自分がとんでもない事をしたと自覚した。
さっきの話を整理するに今まで普通に育てられていたのだと思う。
だが、両親はある日彼女の能力を疎んで迫害を加え、殺そうとした。
能力に秀でていると言うそれだけの理由で今までの関係を捨てたのだと考えられる。
元々、屑な両親ならまだ救いようがあっただろう。
だが、彼女の言動から彼女自身、両親の愛されていた事を感じていた。
その上でその愛と言う信頼を些細な出来事で簡単に壊された。
彼女は恐れているのだ。
仮に綾と養子となり、愛を注がれても、呆気なく裏切られる事を……。
アリシアの実の両親を酷いと言うのは簡単だ。
だが、人間とは誰もが思いがけないような事を仕出かす。
天の元に特別な人間はいない。
アリシアの両親にあり得た事は誰にでも同様に起き得るのだ。
流石の綾も自分はそんな事をしないと思っているが、そんな彼女を慰める言葉が見当たらない。
一番信頼すべき両親すら信頼出来ない彼女は何を信じているのか?
親に施された愛を簡単に失えば、愛など信じないだろう。
なのに、彼女はその逆だ。
報告にある限り、間藤・繭香を救う為に自分の体に鞭を入れ、他者からの迫害に耐え、嘲り蔑視からも耐えた。
決して愛を知らないわけではない。
その辺はまだ、望みがあるが残念だが、今の綾にアリシアを慰める言葉はない。
「余計な事、言っちゃったな……」
綾は慚愧の念に堪えない。
言った言葉を取り返せないが、あのアリシアをあそこまで思い詰めさせる言葉を自分は吐いてしまった事が悔やまれる。
あんな娘が欲しいと本気で思っているのに自分がした事は娘にする事でない。
(やはり、わたしはミランダの様にはいかないか……)
親として不完全な自分が歯痒くて仕方なかったがもうすぐ、試合が開始されるので司会席に付かねばならない。
綾は想いを押し殺し司会席に向かう。
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