陽の決闘1
試合開始時刻
8人の選手が各々の壇上に上がる。
香苗を含めた7人の選手は各々の意気込みを語る。
大会に対する意気込みや勝利宣言、正々堂々戦う事を宣言する者もいた。
最後にアリシアの番が回ってきた。
綾は司会席から様子を伺う。
気を見た限りでは既に乱れは整っている。
流石と言うべきなのだろうが、どことなく雰囲気が違う。
綾から見れば無理して平静を装っているのが痛々しい。
「あーご紹介に預かりました。アリシア・アイです。若輩者なのにこの栄誉ある舞台に招待された事誠に恐縮です。ですが、これも勝負事なので先輩方が相手でも全力で挑ませて貰います」
無難な宣言に会場は大きく湧く。
命罪流でも彼女の名は轟いている。
滝川・吉火の弟子と言う認識もあるが、それ以上に強いのだ。
公式に任務記録もそうだが、全員の周知となったのは天空寺との決闘だ。
チートコードを使った相手に勝ったと言う事実は彼等を震撼させた。
試しに同じ条件を再現して挑んだ者もいたが、勝てた者はいない。
その実力と決して奢らない謙虚さと愛くるしさから彼女のファンになった者もいるくらいだ。
吉火に対する因縁など忘れるくらいにだ。
尤も、選手の中には未だ因縁を引きずる者もいるが……。
綾は司会席からパイロットに搭乗を指示、パイロットはこれから15分間機体を改造する。
パイロット間では改造内容を知る事は出来ないが、観客は知る事が出来る。
命罪流既存のメンバーは身内と言う事もあり、何となく改造の目星がつく。
彼らが気になるのはまるで未知のアリシアだ。
彼女の戦闘はオラシオMkⅡを使った事は知られている。
機動力と運動性も高い機体を使うのも知っているが、どんなパーツを使い機体を組み立てるのかまるで未知なのだ。
あの事件の戦闘データは事件捜査を名目に警察がデータを機密にしているのでこちらに開示情報が回らない。
正樹が取得した情報も警察によりロックされ、命罪流出身の万高生からも回ってこない。
アリシアは皆が注目している事に気付いているが、そんなものをアリシアは気にしない。
別に目立ちたい気持ちなどは無いから目線が気になる事もない。
アリシアはオラシオをベースに機体を組み上げていく。
主武装は腰のハードポイントに長刀2本である。
まずは鋼筋と関節を調整して腰と脚の可動域を上げ、出力を上げた。
刀は腕で降るわけではない。
腰の動きと脚の動きを合わせて刀を振るので腕力はそこまで必要としない。
そこまでは命罪流にとっては標準的な仕様だった。
だが、通常よりも鋼筋の性能と量が多く使われていた。
筋力量が多い程パワーがあるが制御が難しくなる。
鋼筋出力はパイロットの身体能力の対比が望ましいとされる。
制御するパイロットの筋力に見合えば制御し易いからだ。
会場に人間からすればアリシアの見た目はその筋力出力に相応しくない体格をしている様に見える。
実際はこれでも足りないのだが、通常のAPでは彼女の筋力を再現し切れないのだ。
選別した動力も彼らの意表をつく。
核融合炉を使うAPは大型であればあるほど総合出力が上がり、エネルギー容量も高い。
一般的には継続稼働し易い大型炉を入れるのだが、アリシアは敢えて小型炉を3機搭載した。
だが、小型炉には優位点がある。
軽い事。
それに回復速度だ。
炉心の大きさが小型な分、反応材である水素の反応が大型炉よりも速く行われる。
継続稼働には向いていないが瞬発力には特化しておりエネルギーを消費してもすぐに回復する。
それに合わせてなのか、スラスターも世界最高性能の出力を出せるスラスターを複数機採用している。
機動力と運動性のパラメーターが明らかに異常な数値を出す。
ハッキリ言えば、バランスが悪く使い熟せるか、懐疑な機体だ。
会場では「こんな機体使い熟せるのか?」とか「大会だから見栄を張ってるだけなんじゃね?」などと聞こえる。
皆が天空寺との決闘を知りながら、アリシアに対してまだ懐疑的な意見を多く持つ。
アリシアは手早く設定していく。
設定していくパラメーターがどんどん変化していく。
あまりのパラメーターの極端さに周りは目を見張る。
装甲値は軽量化の為に極端に薄く機動性と運動性のパラメーターに関係するものは凄い勢いで伸ばされていく。
そして、15分経過した。
「機体設定終了!1分後試合を執り行う。フィールドは山岳地帯。プレイヤーはランダムにスタート地点に配備されます。2人以上のプレイヤーが同じ所に落とされる事もあるから要注意です」
綾の合図でパイロット各員は構える。
「開始5秒前!3!2!1!」
そして、スタートを知らせるアラームが鳴り響く。
◇◇◇
アリシアは山岳地帯の南に落とされた。
そこは山の麓に木々が生い茂り少し開けた場所だった。
辺りを確認するが1人しかいない。
レーダーを確認しようとしたその時、気配を感じ、スラスターを噴かせた。
瞬間移動の様な加速でその場から離脱、機体を反転させた。
それはまるで1つ1つの動作が加速された様な細かな制御だった。
すると、アリシアが元居た場所に目掛け背後から芯が炭素素材で出来た薙刀で迫る水連弐式カスタムと呼べる機影があった。
アリシアは一度距離を取り、刀を抜刀した。
「凄い……あそこまで気づかなかった……」
アリシアは正直、感心した。
神としての高い認識能力を持つアリシアはレーダーが無くても気配で敵の居場所が分かる。
レーダーは補助に過ぎない。
ただ、敵に心の揺れが少ないと言う表現が正しいだろう。
揺れが少ない程、アリシアは感知し難い。
ギザスの様に心を読み取るエスパー兵士にすら本来の思惑を読ませない程、心を整え殺気や敵意すら出さない達人程読み難い。
だが、今の薙刀の使い手はギザスと同等かそれ以上だ。
何者かは知らないけど、武人として精神の制御はアリシアに迫る……いや、超えているかも知れない。
不意にそんな事を覚える一撃だった。
その時、ある事を思い出す。
全体の自己紹介の時、唯一何も話さず、マイクを素通りした鬼面を付けた男がいた。
多分、その人だ。
アリシアは確信した。
◇◇◇
「……!」
男も鬼面の下で驚いていた。
一撃必殺の技を始めて躱された。
今まで剣聖と言われた鳳凰にすら避けられた事のない一撃を避けて見せた。
しかも、あの化け物の様な機体を完全に使い熟している。
自分の機体も相当な化け物だが、敵はそれ以上だと分かる。
恐らく、身体能力を極限以上に高めた達人と見える。
自分を遥かに超える体術の使い手だと分かる。
男は不意にある少女を思い浮かべる。
綾に訳もわからず、誘われ参加した大会に日本人とは思えない異国の蒼い髪の少女がいた。
言動からして命罪流の新人に思えたが漂う覇気が尋常では無かった。
恐らく、彼女だ。
男は確信した。
◇◇◇
そして、お互いに確信してしまった。
何か因縁めいた宿命。
交わったら刃と刃を交えねばならない様な使命感。
殺し合う為ではない。
名誉の為ではない。
正義の為でもない。
だが、互いに語り合う為に刃を交える。
普通に話す為に刃を交わさねばならない。
一言話す為に一太刀交えねばならない。
そんな関係が成り立ってしまった。
それから始まったのは剣と薙刀の応酬。
互いが互いに武器を打ち付け合い、先に敵の行動を読もうで反撃しようと剣を交え読んでは反撃、読んでは反撃を繰り返す。
鍔迫り合いはしない。
当たった瞬間に全てを読み取り反撃する。
剣を打ち付け合う事は本来、しないのだが、相手の情報を少しでも欲しい時は打ち付け合うのも手だ。
この2人の域はそこまで拮抗していた。
互いに敵の事を知らず脅威と思うからこそ打ち付ける。
その応酬は激しく更に加速していく。
スラスターを噴かせながら、互いに移動し接近して肉迫する。
時に絶技とも言える様な肢体の運動で相手の太刀を避け、空中から大振りで斬りかかる事すらしながら、その動きに一切も無駄はなく。
剣の速度が上がりまるで視界では追い付けず、司会席の綾が司会を忘れて呆然と眺めるほどだった。
今の攻防を見た観客達は呆気に取られる。
彼等も武を嗜む者として今の攻防が只事でない事は理解出来た。
「何だ!今の動き!」
「間を見切る様な攻撃。俺にも見切れなかったぞ」
「あの蒼い娘もスゲー背後から見切った上であんな機動見せるなんて」
「アレがAPの動きなのか!別次元過ぎる」
それを見た綾と鳳凰、そして正樹も息を呑む。
一瞬一瞬に息を呑むほどの美しさがあった。
綾は思わず、解説を忘れてしまった事を思い出しすぐに我に返り解説に戻った。
「おっと!これは凄い!鬼面の男、叔父貴の一撃必殺を今大会のダークホース。アリシア・アイが初めて避けたと思いきや既に激しい攻防に変わっているぞ!まるで台風!まるで鬼神の如き、剣と薙刀の応酬があの戦場を包んでいるようだ!」
両者は睨み合う。
互いに相手に必ずある意識の間を読み合う。
睨み合う両者。
精神の制御に長けた鬼面叔父貴の方が読み取りに優位だろう。
だが、アリシアは必ずそれに対応してくる。
そうなれば、目では追い切れない瞬間移動にも等しい機動スペックで間合いを詰めてくる。
叔父貴は間を見切りすぐに間合いを詰めるか?
アリシアは叔父貴にカウンターを仕掛け、叔父貴の反撃を許さず、間合いに入るか?
そんな駆け引きを巡らせる。
だが、それだと見切りの得意な叔父貴が必ず先手を取り、叔父貴は薙刀を構え、真っ直ぐ迫る。
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