舞踏会のお誘い

 更に数日後の日曜日


 地獄での任務を終えたアリシアは昼間近くまで眠っていた。

 土曜の夜遅くまで地獄任務に浸った。

 尤も、あそことは時間の流れが違うので実際は現実時間の数万〜数億或いは数兆の時間が流れている。


 だが、それだけ費やしても減らせたヘルビーストは全体に1割も無い。

 何せ宇宙や並行世界の罪人全てがあの地獄一箇所に集められている。

 宇宙1つとってもかなりの数だが、並行世界の数など宇宙1つの生命体の総量と同等以上ある。


 最低に見積もっても40億個の並行世界が存在するのだ。

 それだけの数の世界の罪人が1つの地獄に押し寄せ神の大罪により並行世界が生まれてから300年間ずっと続いているのだ。


 その数は最早、尋常ではない。

 本来、浄化竜であるパーシヴァルの浄化と熱量でヘルビーストの発生すら許されないのだが、”権能”の消失でサタンの干渉もあり、地獄は炎は”圧焼”よりは“変質”に偏り”変質”した事で発生し易くなった大量のヘルビーストの莫大なSWNの量と質があまりにも酷くヴァルが穢れ、不調を来し暴走していたほどだ。


 アリシアの力が増大すればヴァルの性能も上がるのでオリジンプログラムとの相性も相まって今はそれで賄えているが、地獄は悪くなる一方だ。

 これを維持するには今、以上に力が必要になってくる。

 なにせ、並行世界の中には生命が全滅した世界もあれば文明が壊滅した世界まである。

 その破滅には何らかの形で人間の戦争が関与している。

 つまりは「英雄による殺害」だ。

 聖書が効力を失った事で本来起きえない輪廻転生がおきている。

 その理の影響力は小さな英雄の干渉でもあれば、輪廻転生の輪から外れ、天国か地獄に送られるが大抵、地獄落ちだ。


 地獄に落ちた健全な魂は救えるが健全ない者はそのまま落ちる。

 ただ、残念な事に健全でないからと言って、今の第4の時代に関しては、地上が続く限り、マサフミ・オカダ、カツ・シラカワの様な人間の屑でさえ、時が来るまで誰でも悔い改めるチャンスはあるのだ。

 だが、“英雄”はそのチャンスすら奪う。


 基本的に神の福音を伝えた上で”悔い改めない”と選択した魂が神もしくは神の名を受けた使徒等が裁いて地獄に堕ちる場合は”理不尽”にならない。

 だが、それ以外の方法で地獄に堕ちる場合は英雄に殺されようがなんだろうが、多かれ少なかれ”理不尽”にあたり英雄の殺害が最も大きな”理不尽”となる。

 そこから発生する”理不尽”はヘルビースト作る際にヘルビーストの根幹にもなり、その”理不尽”と言う負の感情がSWNを増産する原因にもなっている。


 今の地獄はそう言った要因からあまりに汚染され過ぎ、神の御業が簡単には行使出来ない為、滅ぼす事も出来ない。

 アリシアでも無ければ、あそこまで活動出来ないのだ。

 ただ、地獄で敵と戦えば良いわけでも無い。

 悪魔との決戦や膨れ上がる地獄の穢れを浄化する為に戦いの合間に地獄で修練を積まねばならない。

 辛いがその方が力が増し、浄化する力も増すからだ。

 その分、体力もこの上なく使う。

 その甲斐あって御業の行使は原初神であるアステリスに劣るが、魂の大きさとWNの保有量は神外の域にまで達している。

 今はサタンの力で抑制されてはいるが抑制が無ければ、アリシアはアステリスとアスタルホン2人がかりでも5分5分の勝負が出来る。


 だが、3次元に戻るととにかく疲労感が反動として襲う。

 任務の内容は知らないが部下全員はアリシアに気を遣い、寝ているアリシアを起こそうとはしない。

 言い知れぬ任務に従事しているのは知っているからだ。

 尤も任務の後は大体12時間眠れば勝手に起き上がる。


 逆に言えばその間何があっても動かない。

 例え、近くで爆発が起きようと銃口突きつけようとその時だけ無防備同然になる。

 流石に限度があるだろうが、そんな状況は今のところ遭遇した事はない。


 アリシアは抱き枕にしていた巨大なヴァルから離れ、ゆっくりと自然とベッドの上から起き上がった。

 ヴァルは気づいていないらしく、可愛らしく寝息を立てている。

 その顔に思わず顔が綻ぶ。


 多少、寝惚けているが周囲の状況から大体思い出す。

 昨日の夜、任務から帰って意識混濁の中、汗だくのままダイレクトスーツを更衣室で脱がず自室で脱ぎ捨てて自室のシャワーで体を洗った。


 体を拭き、そのままベッドインした記憶がある。

 つまり、今は生まれた時の状態だ。

 体付きは引き締まりを帯びたスレンダー型。

 腕や腹部、脚は所々隆起している。

 体には無数の切り傷や刺し傷、炸裂した様な裂け目や弾痕等傷が体を覆い新しい皮膚が所々生え変わっている。

 この体を見れば全身が満身創痍であり彼女がどれだけの地獄を味わったのかよく分かる。

 その高い運動力から肌合は代謝が大きいのもあり艶やかで全身には張りがある。


 だが、女としては正真正銘の傷物だが、アリシア本人は別に気にしてはいない。

 傷の中には誰かを救う為に負った傷もある。

 寧ろ、誇りであり勲章だ。

 それに普通の女としての人生は捨てたので未練はない。

 だから、肉的に好かれない体でも別に構わない。

 傷の数だけ自分の誇りが増すのだから……と自分の姿を化粧台の鏡で見ながら冷蔵庫のペットボトルの紅茶を飲んでいると普段は鳴らない扉のインターホンが鳴った。

 アリシアは意識が薄い中でインターホンに出た。




「はい?」


「アリシア、良いか?」




 どうやら、正樹らしい。

 彼はアリシアの監視として特例でシオンに入る事を許されている。

 正樹はどうやら、ここの暗黙のルールを知らぬまま部屋に来たらしい。




「宜しいですよ。今、開けますね」




 アリシアは全裸のままドアを開けた。

 正樹は外で待つ薄暗い部屋から人影を歩み寄って来るのを見た。

 だが、徐々にシルエットがハッキリして来て何か違和感を覚えた。




(アレ?いや……そんな馬鹿な……けど、えぇ!?)





 だが、そんな馬鹿な事だった。

 現れたのは生まれた時の姿のアリシアだった。

 美しい鎖骨のラインやくっきり出来た括れ、全体的に鍛錬された引き締まった肉体に手頃な大きさの胸の膨らみ。

 正樹は思わず生唾をゴクリとする。




「何か用?」




 アリシアは正樹の気など気にも留めず、話しかける。




「えーと、だな。うちのお袋が今夜お前を舞踏会に招待したいんだとよ」


「それって殺し合いの招待券?」




 半分寝惚けている所為なのか、アリシアはボケた。




「いや!それは武闘会!オレが招待したのは武を競ったりしない奴だから!全然違うからな!」




 思わず、声を張り上げる。

 正樹などどこ吹く風と言わんばかりにアリシアは飄々としていた。




「ふーん。それって任意?義務?」


「あーお袋にはほぼ義務で連れて来いって……ダメかな?」


「別に良いよ」


「えぇ?良いの?」




 アッサリOKを得られるとは正樹は思わなかった。

 話に聴いた限りアリシアは命罪財団とは関わらない方針だったはずなので綾も義務とは言っていたが、ダメ元で誘っていた節があった。

 これは思わぬ棚から牡丹餅だった。




「吉火さんの親族ですからね。わたしとも繋がりはあります。積極的に関わろうとは思いませんがここで顔を出さないのも良くないでしょう。近親者を蔑ろにしろとはここでは教えていませんから」




 どうやら、ここでの特殊な教えに基づいて動いてくれる様だ。

 正直、断られたらどうしようと思っていたがその心配は無くなった。

 しかし……どうしても体の方に目が行ってしまう。

 頭からつま先まで整った様に鍛えられている。

 武術を小さい頃から嗜んだからよく分かる。

 武人として綺麗で無駄の無い体つきに肉体の隆起具合も中々、良い。

 引き締まりがあり鋼のごとく力強く巌のような強さを持ちながら女性らしいふくよかさが女性らしさを損なわず、生命力を感じさせる。

 体も傷も体に肉つきも彼女の生き様をそのまま彷彿とさせる。


 どんな苦しみにも耐え、鋼のように硬い鋼板のような腹筋で守る者の盾として仕える為に徹底的に鍛え、その腕はどんな事があっても剣を離さず、救うべき手を絶対に離さない為にどんなモノでも地獄の淵から引っ張り上げる為に愛を施す手、そして、どんな圧力や逆境の中でも押し潰させず決して歩みを止めず、誰かを想い支える謙る大地すら砕くほどの剛脚を彷彿とさせる。


 これは「強くなる」ために鍛えた体ではない「生きる、生かす」ために鍛えた体だ。

「強くなる」事を考えた奴と秀逸で見ただけで分かるのだ。

 どんな修行をすればそんなモノが手に入るのか分からないが、その価値を見抜くくらいの眼力はあるつもりだ。

 それに加えて、アリシアの綺麗な心から生命力のようなモノを彷彿とさせるので肉体の力強さと合わさって尚の事良い。





(それに……)





 正樹は一瞬彼女の顔を見る。

 彼女はつぶらな瞳がこちらを見つめる。





(か、かわいい)






 顔立ちと武人としての力強さが相まって美しく愛らしさが増す。

 加えて、内面も美人だ。





「わたしを見ても何も良い事ないよ」




 正樹は思わず慌てる。

 心を読まれた様な正確な指摘に驚いて手を大きく左右に振り、動揺を隠そうとする。




「わたしの体を傷物だから女としては出来損ないだよ」


「あ、いや、そんな事は……」


「ふふ、御世辞が上手いね。でも、良いよ。こんな体付きの女不気味だろうし見るのはタダだけど見ても良い事無いよ」


「いや、君は綺麗だぞ……本当に……」




(何を言ってるんだオレは!もっと他にやる事あるだろう!なんか誤魔化せ!)

 



 正樹は頭を巡らせる。

 嘘は言っていないが、流石に恥ずかしい。

 これ以上話すと何を言い出すか分からない。

 その時、不意に思い出した事があった。




「あのさ……そう言えば、会った時のアレどう言う意味なんだ?」


「アレ?」


「ほら、学校の初日にオレがお前の事凄いと言ったらお前はオレの事が凄いと言っただろう。アレはどう言う意味なんだ?」




 アリシアは何のことか思い出した。

 確かにそんな事を言った。

 正直、あの時の事は自分には完全には分からない確かな事は……。




「わたし、人の弱音を吐いたりしないようにしてるんだけど何故かあの時、あなたには簡単に口を開いたの。だから、理由は分からないけど凄いなって……ごめん。正直、よく分かんないや……たはは」


「あ、あ……そうなのか……」




 それに何と答えていいのか言葉に詰まるが何とか話を区切るタイミングを見つけた。

 ここが潮時の様だ。




「後、メールで連絡する。また、後でな!」




 そう言って正樹は無理矢理距離を取る。




「あ、うん。またね」




 アリシアは笑顔で手を振る。

 正樹はそのまま去って行った。

 アリシアは部屋に戻り、再びベットに沈む。




「なんか、変に避けられた気がする。気にし過ぎかな?何か悪い事したかな?う〜ん。心の感じは負の感情は無かったと思うけど……何だろう……このモヤモヤした感じ。あの人と会った時からずっとこんな感じだ。調子狂うな……」




 アリシアは布団を力強く抱き締めて気持ちを整理する。

 舞踏会とは言うが何をされるか分からない。

 気持ちの持ち様で死ぬ事だってある。

 アリシアは腹式呼吸をしながら気持ちを整える。


 この感情、神である自分ですら分からない。

 いや、何処かで分かる事を恐れている様な気もした。

 でも、分からない……分からないのだ。

 

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