マリナの絵

 更に数日後




「マリナ・ベクト中尉!本日付けてGG隊に着任します!」




  アリシアは自室でマリナを出迎えた。

  ジュネーブ本部にマリナを転属させ、こっちに下さいと頼んだらあっさり許可してくれた。

  どうも、本部は被害が少ない案件ならアリシアの要求を呑む度量はあるらしい。

  ヘルビーストの対応もそんな風に受けてくれるとありがたいのだが、他の基地も含めてヘルビースト問題は完全にアリシアに押し付けている。

  この前もヘルビーストを想定した模擬戦を提案しても誰も乗らない有様でシュミレーターのデータも用意したのに誰も使っていないと徹底して他人事だ。





(まぁ、そんな愚痴は置いておくとして……)





 ネクシレイターであり、貴重な軍医である彼女をそばに置いておく事はメリットがある。

 それに以前から頼んでいた物がどうなったのか聴きたいところだ。




「例のモノはどうなっている?」


「ストーンポーションの事ね。これになるわ」




 マリナは机の上に灰色の石に緑色の稲妻のような刻印が刻まれた石を出した。

 ”神刻術”を与え、製作する様に依頼したアイテムの1つだ。

 アリシアはそれを手に取り出来栄えを確認する。




「中々、出来ですね。効果の方はどうなってるの?」


「軍人数人と契約を交わした上で使用しましたが問題はないわ。石が人と接触した時にちゃんと患者のデフォルト状態をDNAから読み取って欠損部を元通り戻しているわ。」


「うん。良い結果ですね。他の臨床データは?」


「軍の医療開発と一環と言う形で魚鱗癬の赤子に治療に使ってみた。患者のDNAを採取して異常個所を修正したデータを組み込んで投薬したところ問題なく治療できた。後遺症の類も確認出来ないわ」


「これなら人間に対する投薬も問題はなさそうですね」




 正直、データを見る限りアリシアが治療するよりも高効率で治療出来ている。

 期待通り、神刻術と神回復術を会得しているようでかなり良質な物になっている。

 アリシアが同じモノを作ろうとしたら2倍の神力を要求されるだろう。

 その点に関してはマリナの医療、回復関連のスキルは自分よりも上かも知れない。


 この絶対が消えた世界だからこそ、一部でも神を凌駕する人間が現れてもおかしくないのかもしれない。

 それはそれでのんびりはしていられない気もするが、同時にそこまで頑張ったマリナを素直に尊敬したくなる。

 これを軍に支給すれば、病が速やかに癒え戦線維持も容易となり、その貢献度も大き、これはこれでアリシア達の福音に役に立つに違いない。

 しかも、人間には複製不可能な為、情報流出の心配もない、最悪、「わたしの能力で作りました」と言い訳すれば、軍や政府もそれ以上詮索しないだろう。

 念の為に今日中に最終チェックして明日にでも支給できるように手配する事にした。


 それに各医療機関にも支給した方が良いのかも知れないとも考えた。

 数に限りはあるので、難病や高度医療が必要な低所得者限定にすれば、そこまで騒動にもならないと思われるのでその方針で行こうとも考えた。

 幸い、この地上にある現状の病なら”神回復術”を応用すれば、治せる範疇ではある。

 ”医術”も要求されるほどの事は近未来を見た限り今のところ、無いから大丈夫だろう。



「よくやりましたね。わたしの想像以上の結果です」


「神に想像以上なんて言われるなんて光栄の極みであります」




 マリナは右手を前に構えて軽くお辞儀した。

 多少、軽い悪ふざけだが、別に軽蔑している訳ではないので咎めたりはしない。




「今後もより良い働きに期待します。それとここではわたしの事は呼び捨てで良いから間違っても人前でそのお辞儀はやめてね」


「わかった。それと今回の件に対して少し褒美が欲しいのだけど良いかしら?」




(褒美を要求する教徒など始めてだが、それに見合う働きはしたし……聴くだけ聴こうかな?)




「何が欲しいの?」


「あなたの絵を描きたいから被写体になって!」




 マリナは切望の眼差しをギラギラとこちらに向け、まるで狙いを付けた獣のように烱々に見つめる。

 その意気に少し引いてしまう。




「え、絵ですか?ちなみにどんな?」


「あなたの裸体!」




 遠足前に興奮する子供のようにマリナの目が更に輝く。

 



(何故、そんな者が描きたいのか知らないが神の絵と言うのは別に問題はないかな……神の栄光を現すために描かれた絵もまぁ……無くはないしね。絵を描く事自体は褒美として問題はないよね……今回は少しマニアックだけど……)




「分かった。ただ、あんまり時間は取れないかもしれないから手短にお願い」


「喜んでそうするわ!」




 こうして、シオンの一室を使ってマリナの絵を描く事にした。

 マリナの要望で懸垂しているアリシアの絵が描きたいらしく裸体でそうする事になり、1時間ぶっ通しでやる羽目になった。

 その後、マリナの自室にはその絵”女神の生痕跡”というタイトルの絵が飾られ目撃者によるとマリナは陶然とその絵を見ていたと言う。

 なんでそんなに見つめているのかと隊員の1人が質問すると「心が汚れた時は美しいモノを見れば心が清くなるからよ!」と答えたらしい。

 マリナの心が清くなったなら、自分が被写体になったのも意味があったので良かったとアリシアは思った。

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