福音侵攻界と英雄とのコンタクト
登校中
基地から出て登校するアリシアはエミールを走らせ、大通りの信号で停車する。
街には朝の通勤の為に歩く人の姿が見受けられる。
一応、エミール使うよりは走った方が速いのだが、街中で車以上の速度で走る訳にもいかないのでエミールを使っている。
エミールを使えば体力も使う必要はないというメリットはあるのでそれはそれで良い事だ。
「ここなら丁度、良いか」
アリシアはヘルメットを外し天高く左指先を上げる。
「
”神時空術”を起動させ、特殊な異相空間を形成、周囲5万人の時間を止める。
これはアリシアが福音を伝えるが為に作った術。
福音を伝える対象となった人間達は外界と物理法則的に隔絶された空間に置かれ、福音を聴き易い状態になる。
現在、本人達は夢でも見ているような状態であり、ここから外に出れば何事もなかったように活動する。
ただ、これは種のえり分けだ。
”過越”を受けるか、受けないか、普段のその人間達の行いが強く問われる空間だ。
時空間的な作用で因果を刺激し増幅する事で神に属するか、悪魔に属するか、ハッキリと別れる。
神の被造物である人間にはただ、裁かれる道しかないわけではない。
神はちゃんと逃げ道を用意している。
もし、罪を悔い改める気があるなら人は”過越”の言葉に反応して”過越”を受ける。
人間を作った際にそのように設計してあるのだ。
ただ、それもその者の普段の行い、因果力によって大きく左右される。
人間は基本的に特殊な例外を除いて因果力が高いほど”過越”を受け易い。
何故なら、因果力が高いと言うのは神に近いと言う証であり、怠惰や高慢がある限り高い因果力は形成されないからだ。
因果力は過去、現在、未来の行動により培われるモノであり、未来が変われば過去も変わり過去変われば現在も変わる。
歴史を変える事も理論的に可能ではあるが、潜在集合無意識などの強い補正で殆ど変化する事はない。
だが、それでも個人単位の因果力には大きな影響を与える。
過越を伝えた現在が変わらないなら未来のいつかに期待してもその因果力には変化も成長もないと見なせるので人類の未来の可能性を奪うと言う”理不尽”は一切発生しない。
幾ら正義の味方が「人は少しずつ成長していつか、きっと良い未来を作れる」と言おうと”過越”を伝えた時点で変わらないならそんな日は永遠に来ない。
知的生命体に於ける因果力のあり方としては基本的な法則だ。
尤も、中には特殊なスキルで因果力を補正された存在もいるが、それは例外存在なのでそれに対する準備も怠りはない。
この空間は通常よりもその補正抜きにする作用をこの空間は持ち合わせている。
本来は”過越”のスキルがあれば十分補正を排除できるが、これはただの用心だ。
バビでは軍役の合間を縫って教徒達の模範としてこの空間抜きでも伝えてはいたが、ストラスの内容的に悠長に福音伝えている暇もないので今回から基本的にこの方法主体でやるつもりだ。
少なくとも彼女の心情としては好き好んで種のえり分けをしている訳ではない。
ただ、アリシアに仕える神……そして、自分と言う神は公平な神なのだ。
悪い事をした者を天国に送る事は理不尽以外の何者でもない。
この地上でも全ての犯罪が裁かれている訳ではない。
アリシアが知る限り、刑事や検察が賄賂を受け取って冤罪を作ったりしているような感じだ。
意外な事に冤罪を作るのは思っている以上に簡単なのが現代だ。
全てを見通す目があり、世界の全てを知っているアリシアがそれを許す事はしない。
人は世界の全てを知っている訳ではない。
時に敵意と固執で思い上がり、他者を悪と断じて裁く。
それが悔い改める良い人間だった場合、その殺した者が不幸になる。
だから、全てを知る神が公平に裁くと言っているのだ。
冷酷かも知れないが、これも仕方がない事だ。
人間ですら悪人を死刑執行は決められた時に行うのだ。
神とて同じだ。
決められた時まで同じ刑務所に入れ、決められた時に刑を執行する。
だが、神より人間の方が理不尽だ。
人間の刑務所は死刑人が刑務所から出る事はないが、神は”過越”を受ければ釈放すると再三、警告して……そして今、これからその警告をするのだ。
それで聴かないならそれは本人の自己責任と言うだけの話だ。
自由の神でもあるアリシアはその自己責任を強要する事はしない。
強要したらしたで「神の独善だ!」と不平を漏らすのが人間だ。
その場合は哀れみを持ってその者を地獄に送るだけだ。
アリシアは時間停止の中で5万人の人間の福音を伝える。
その中の1人とアリシアの間でこんな事があった。
相手は40代のメタボ体型の男性だ。
見た限りかなり色欲が濃い男性で望む薄だが、それでも伝えねばならない。
アリシアは彼と軽く挨拶を交わし、「この様な空間に急に呼び出して申し訳ありません」と断りを入れた。
男性は特に気にする事無く「いえいえ、大丈夫です。それにしてもアリシアちゃん、可愛いよ」などと鼻の下を伸ばしてアリシアに近づく。
アリシアは微笑みながら手でそれを制し距離を取るように促す。
「それでは早速、質問なのですが、あなたは天国に興味はありますか?」
「ごめん。全く興味ない」
いきなり、出鼻を挫かれる。
本当に全く興味がなさそうでうんざりしている。
「天国に入れば愛に溢れいつまでの幸せに生きられますが、それでもですか?」
「この世にも愛が溢れているから十分だよ!僕のオ〇〇チンで女の子とS〇Xをする事で愛を育むんだ!」
アリシアは苦笑いを浮かべる。
卑猥過ぎてもう、完全にヤバい人だった。
姦淫とかの類は悪魔側の考えに属している。
結婚して子供を作る事も姦淫なのかと言う質問をバビに居た時に受けた事があるが、そうではない。
やり過ぎが問題なのだ。
彼の場合のような快楽に根差した行いがよくないのだ。
それで天国なんてどうでも良いとかポルノに根差しているのが、非常に良くない状態だ。
それは愛ではなくただの情欲だ。
「それは愛とは言いませんね。愛と言うのは己を犠牲にしてこそです」
「自分を犠牲にして愛を施すなんて高慢なんだよ」
彼はヘラヘラと笑いながら平然と恐ろしい事を口にする。
もう完全に脈がない。
だが、最後にこれだけは確認したい。
「”過越”と言うモノを受けないとあなたは死ぬかも知れませんが、それでも良いんですか!」
力説で彼を憂い必死に伝えた。
多少、語弊はあるが、概ねその通りだ。
”過越”を受ければ、天国行き確定だ。
仮に受ける機会がないまま死んだなら現世での行いに応じてあの世でチャンスは与えられる。
少なくとも現世で良い事をしていれば、その報いは受ける。
もしかすると、この過越の機会を逃しても公平な神はチャンスはくれるかも知れない。
ただ、この彼にはそのチャンスはない。
彼の過去を覗いたが、とてもではないが良い事よりも悪い事の方が多い。
「死ぬかも知れない」と言ったが「かも」の可能性はこの時点で途絶えた。
もうアリシアが受ける機会を与えたのでここで受けないなら彼は本当に死ぬ。
だが、彼の顔が急に険しくなり怪訝な態度になり、まるで逆鱗に触れたように苛立ち怒った。
「宗教勧誘、本当ムカつくからやめて」
ヘラヘラ笑っていた彼はこの時ばかりは真顔で反駁し逆鱗に触れたように激怒していた。。
”過越”を嫌うのは悪魔の習性だ。
彼の反応を見れば彼がどちらに傾いているか一目瞭然だ。
正直、心が痛い。
彼が救われない事が哀れでならない気持ちと自分はただ、救おうとしただけなのに謂れのない酷い仕打ちを受けている事が故郷での出来事を彷彿とさせて心が痛い。
こうして、この世界のシオンの中にある“裁きの書”に彼の名前が自動的に書き記される。
今回の収穫は5万人中5万人が“裁きの書”に名前を記され“命の書”に名が記された者はいなかった。
5万人とも彼とベクトルは違えど多かれ少なかれ、こんな感じでアリシアはその度に心が痛かった。
◇◇◇
翌日の放課後
繭香はまだ学校に来ない。
昨日で一通り検査は終わり外出も許されていたが、医師からは不可解な昏睡状態の影響が気になる様だ。
繭香によれば、今日まで検査で出られない様だ。
アリシアとしては昨日の事を気に病み過ぎていないかった事が良かったと言える。
お昼中に繭香の病室に向かい昨日依頼した弁護士と話会い、ギザスが書いた必要書類を弁護士に渡し、残りは後日ギザスが役所に提出する運びとなっている。
なお、間藤 ミダレは親の都合により停学したと朝のホームルームで代理の先生から伝えられた。
間違いなく逮捕されたのだろう。
検察の調べが終わるまでは何とも言えないが、父親と共に悪事に加担したのだ。
有罪だろう。
情状酌量の余地があるとも思えない。
アリシアが知る限り、彼女は多少の呵責があったようにも見えたが最終的にノリノリで悪事に加担している事が圧倒的だった。
情状酌量の余地を探すのは皆無だろう。
そんな事を考えながら今日から授業が始まり一通りの科目を受けた。
ある意味無双だった。
中々、難しめの授業ではあったが、ネクシレイターの力があれば何の事を言っているか大体分かってしまう。
そもそも、捻くれた入学試験問題では無く素直な口頭問題なら幾らでも答えられる。
クラスの全員と先生からは目を見張るほどの解答だった。
だが、逆に先生に聞かれた「何故、入試で活かさない?」と聴かれたので「捻くれた問題文は嫌いです」と答えた。
先生は「まぁ……そう言う事もありますね」と納得してくれた。
どうやら、そう言う生徒は稀にはいるようだ。
◇◇◇
授業が全て終わり放課後、学校の一角にあるカフェテリアに向かう。
そこの10番席で待ち合わせになっている。
受付の店員に10番で待ち合わせている事を告げると既にお客様が待っていますと告げられた。
アリシアは「ありがとうございます」と答えその足で10番に向かう。
窓際の端の10番には1人の男性がいた。
単髪で髪を軽く7対3分にした無造作な髪に好青年を思わせる風貌の男性だった。
彼は右手のカップでコーヒーを啜る。
すると、近くアリシアの存在に気付き席を立った。
「アリシア アイさんですか?」
「えぇ。あなたがわたしを呼んだ……天空寺 真音土さんですか?」
「流石に名前を隠してもバレますか。いかにもわたしは天空寺 真音土。人呼んで勝利の旋風 ザ・テンペストです!」
彼は歯を浮かせながら右手で軽く敬礼のポーズを取る。
普通ならかっこよく決まっているのだが、相手が悪い。
アリシアはそのままスルーした。
「席に座っても良いですか?」
あまりの素っ気ない態度に真音土は困惑する。
だが、気を取り直し「どうぞ」と促した。
ハッキリ言えば、キザだ。
(眉一つ動かない……今までこんな事は無かったんだが……こんな日もあるか)
などと真音土は思った。
真音土は彼女の異様さに違和感を覚えたが、特に気にする事でもないと思い気にはしなかった。
一方、カフェテリアには更に別の客もいた。
その者達はまるで仇でも見るように真音土を炯々に睨みつけ、目を光らせる。
(こちらゲイザー3。目標を確認した。これよりデバイスによる観測を始める)
(こちらゲイザー4同じ目標確認。デバイスによる観測を開始)
そして、もう1人。
(こちらゲイザー2以下略同様にスタンバイ完了だ)
そこにはゲイザー2こと執事風の店員に紛れたウィーダル・ガスタの姿だった。
彼は店の中でお客の学生に飲み物を配り、各席に着いている仲間にコーヒーを渡す振りをしながら一定のコースをグルグルと回る。
無論、怪しまれない様にコーヒーは配る。
他の者は観測をメインで行い。
ウィーダルは不審な物や動きや不測の事態を観測する役割だ。
(ゲイザーリーダー了解。これより対象と交渉に移る)
アリシアは耳につけた脳波通信機で指示を出す。
万が一彼が読心系のスキルを保有している場合に備えてテレパシーではなくスキル”読心”をカットする機械的に補正した脳波通信機を使っている。
目の前に来て分かったが真音土は英雄だ。
”戦神眼 天授”でも目を通したので間違いない。
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