入学式

 1週間前


 それはアリシアがネクシル ヴァイカフリと戦い地獄の獣を追い返した日だ。

 天の世界からの報告によると地獄との接続による余波が地球で伝播、天使候補者の一部が気を失ったと聞いている。

 アリシアはその候補者を探す名目も兼ねてこの学校に入学した。


 この学校には幸か、不幸か、日本における候補者が局所的に集まっているのだ。

 だが、サタンの妨害もあり、アリシアやその候補者の顔とか名前を知らない。

 だが、どうやらいきなり当たりを引いた様だ。


 彼女、橘 千鶴はサタンの眠りから自力で覚め、自分のところに現れた。

 自力で寝覚めた辺り天使として相当な素養があるのが伺える。

 本来なら今すぐにでも”過越”を施したい所だが、関係構築が出来ていない段階で踏み切ると不審に思われ、断られる可能性があった。

 それでも因果があれば何とかなるが、良い因果を作っておくのも福音には重要な事だ。


 何せ、”神の大罪”と呼ばれた宗教に基づいた思想を受け継いだのがGG隊だ。

 下手にやると怪しいカルト宗教部隊で終わってしまう。

 特に昔から日本は宗教倫理に対する警戒心が強い。

 宗教と聞けば、みんなが嫌な顔をする。

 特に普遍化したキリスト教ならともかくGG隊の教理は世の中的に異端の部類だ。

 日本は昔からそう言った異端を敵視し易い。


 アステリスが旅の中で日本に教会を建てようとした時も通常の100倍の労力が必要とまで言わしめた程だ。

 逆に言えば異端を付ければ、何でも敵対したがるあたり争いを好むサタンに簡単に騙され易い地域が日本とも言える。

 それ故に日本は”神の大罪”の前に神の福音が最後に完了すると言う意を込めて“地の果ての地域”と言う異名を付けられていた。


 ともかく、日本でネクシレイターを見つめるのは至難の業と言う事だ。

 その分、ネクシレイターにとって悪条件な環境だからこそ、強力なネクシレイターの素養を持つ者が多いのも確かだ。

 だが、その機会は今ではない。




「そうですか。大変でしたね」


「本当、大変よ。まぁ、作業はだいたい終わったから良いけどさ。後はカバーをかけるだけよ」


「一応、中身確認させてくれますか?」


「あぁ、そうよね。一応、お決まりだもんね。良いわよ。ただ、あんまりいじらないでね」




 千鶴としては作業が完了に近い中で確認の為に解体される事を嫌がっている節があった。

 それだけ手間がかかったのだろう。

 アリシアは千鶴のそんな気持ちを受け取り「承知しました。姉様」と答えコックピット周りを見た。

 コックピット周りを数秒触るとアリシアは「大丈夫ですね」と納得した。




「えぇ!触っただけで分かるの?」




 アリシアは床に落ちている回路を指差した。




「そこの制御回路。それ主に飛行時の機体管制システムです。その部分を変えたのは自明です。でも中々、見慣れない回路を使っているみたいですね。センサー類が多く使われている。それに合わせた回路なんでしょうね。自作品か何かですか?」


「ふぇ?えぇ、まぁ……そんなところ」




 千鶴は触れられたくない内容に思わず口が篭る。





(凄い……触っただけでバレてる。この娘、可愛い顔して超人だわ)





 彼女の異常な観察眼と思考に逆に警戒心すら抱く。

 回路に直接触ったならまだしもカバー越しに数秒触れただけで見破るのは最早、人外の域だ。

 一体どうやったらそんなスキルを身に付けられるのか教えを乞いたいくらいだ。




「一通り見ましたけど、爆発物も無い。機体のOSも新しい回路に最適化しただけで殆ど手をつけてない。あ、でもコックピットのネット環境使ってゲームをしていたみたいですね」


「げぇ!えーと、それは……」




 本当はしてはいけない事だ。

 軍備品の私的流用は禁止されている。

 無論、言うまでもないがみんな隠れてやっている。

 パイロット科のちょっとした危険なお遊びだ。

 だが、入学したばかりの1年生は肩の力が抜けていないのもあり、規律などを遵守したがる。

 場合によっては先生に告発する事もありそうなると最悪、独房に入れられる可能性もあり得る。




「まぁ……ゲームは程々にして下さいね。バレない様にやるのも限度があるんですから」


「えぇ?あ、うん。そうね。気をつけるわ」




 告発する気が無い事に千鶴は安堵する。

 彼女は肩の力の抜き方を心得ている様で流石と言えるだろう。

 しかし、益々分からなかった。

 何故、カバーを触っただけでOSの最適化の事とかゲームをやった事がバレているのか。

 ゲームに至っては履歴すら消しているはずなのだ、バレるはずがない。

 この件で分かったのは少なくとも彼女が名ばかりの軍人では無い事だけは千鶴でも理解出来た。




「ところで姉様。最後に確認なんですけど、姉様以外にも突然、倒れた人はこの学校の病院に運ばれているんですか?」




 千鶴は質問の意図が分からなかったが、聴かれた事に答えた。




「さぁ?わたし以外にもいるのかも知らないし……でも、校内や入学が確定した生徒は優先的にここの病院に入れられるわね」




 アリシアはそれを聞いて「なるほど、ありがとうございます」と答え、お辞儀をした。

 次の手掛かりになりそうな話は聴けた。

 そろそろ、次の仕事をせねばならないのでここで一旦、お別れ事にした。




「では、次の仕事があるのでこれで」




 アリシアはその場から立ち去ろうとした。




「待って」




 千鶴に引き留められアリシアはその場で止まった。




「また、会えるかしら?」




 千鶴は何処と無く不安げに尋ねた。

 何故かは分からないが、千鶴の中には焦燥感があった。

 アリシアを手放してはいけない。

 離れてはいけないと思う気持ちだ。

 優秀な後輩だから繋ぎ止めたいというそんな物欲的な理由では無い。

 言い表せない根本的な問題な気がした。

 アリシアは背中を向けたまま語った。




「あなたとわたしには縁がある。だから、また会えますよ」




 アリシアはそれだけを言って去って行った。

 千鶴はその言葉に言い知れない安堵を覚えた。

 




 ◇◇◇




 入学式


 アリシア達は一緒に会場入りした。

 校内を隈無く探したが、怪しい物は特になかった。

 だが、油断は出来ない。

 もし仮に敵が攻めるとすれば絶好のタイミングは確かにあるのだから。

 入学式の席には座席指定が無い。


 アリシア達は2階席の端の一番上に座る。

 ここなら背後の敵だけに意識を向ければ警戒の労力も少ない。

 尤も、後ろは日差しの良い窓ガラスだが、万高等学校はあらゆる危機を想定した作りになっている。


 ガラス窓は防弾ガラスでAPの砲撃でも2、3発耐え得る作りであり、周囲には別に施設が臨在している。

 海、空からの狙撃は非常に困難。

 高い狙撃能力を持つリテラですら狙撃するには骨が折れる。

 ここは建設当初から緻密にテロ対策を練られている。

 



「学校か!楽しみだな!」




 オリジンは子供の様に足をバタバタさせる。




「こら。あまり騒がないの」


「はーい。アリシ……あぁ!ここではお姉ちゃんか」


「呼び方は好きにすれば良いよ。あぁ、他の人達が入って来たみたい」




 会場の入り口から続々と新入生が入ってくる。

 しばらくすると席が満席となった。

 周りにいる新入生は気付き始める。

 2階席の端にいる蒼髪の女の子が誰なのか……遠くからカメラで顔を撮影したり彼女の噂をし始める。

 彼女達の席に近い席でも小声で噂話をする程だ。




「なぁ、あの娘。この前ニュースに出てた。バビ解体戦争終わらせた娘じゃね?」


「まぁ、似てるけどよ。そもそも、そんな正規軍のガチ軍人が学校に入学するのか?似てるだけなんじゃ」


「おい、誰か話しかけてみろよ!」




 そんな噂話が会場全体から聞こえる。

 だが、それもここまでだ。

 無駄話をしている間に入学式開始の合図が開始され、一同は黙り込んだ。

 入学式の長い前置をアリシア達は姿勢を正して聞いていた。

 会場全体では眠気を催し眠る者や集中力が切れ注意散漫になる者、隠れてゲームをやる者など様々だ。


 学校の入学式って、こんなものなのかな?と思っていると入学生代表である黒髪ロングヘアの間藤・ミダレが壇上に上がるのを見た。

 アリシアは黙って彼女を見つめる。

 一目で見て分かる。

 彼女とは相性が悪そうだ。


 ネクシレイターであるアリシアは人の心の在り方を見てしまう。

 その目で見たミダレは高慢で自信過剰、他者を見下す本性が垣間見える。

 壇上では「清く正しく、互いに励まし合いながら協力して学生生活を……」等と恰も立派な事を言っているが、それは見た目だけ中身は何も無い。

 事前に調べたプロフィールでは日本の名家の生まれらしい。

 つまり、貴族のお嬢様だ。

 他者の前で礼儀正しく、高貴で、清楚な振る舞いをしているが中身はただの獣だ。

 他者を常に見下しており、自分より目立つ事を嫌う様だ。





(まぁ、実際はあって見ないと分からないかもだけど……注意はした方が良いかな)






 そんな感じで入学式は終わった。

 アリシア達は事前に知らされたクラスに向かう事にした。

 不幸な事に彼女達は同じクラスでは無い。

 クラス編成は事前の能力検査の結果から平均化する様に振り分けられている。

 リテラは射撃能力が非常に高く、フィオナは接近、白兵戦の能力が非常に高く、アリシアは実技だけなら全体的に高い能力を持っている。


 尤も3人とも昨日事前に受けたペーパーテスト平均点だ。

 特にアリシアは3人の中で1番悪い。

 ネクシレイターとしての覚醒したアリシア達はその気になれば、どんな難問でも解けるのだが学校のテストではそうはいかない。

 日本特有かもしれないが、テストには引っ掛けや曖昧な問題文が付き物だからだ。

 ネクシレイターの彼女達が問題を見たら曖昧な問題文から数多の解答が幾らでも出て来てしまう。


 そうなると一体どれが問題の答えなのか、さっぱり分からない。

 どうしても深読みした回答になり、学面通りに受け取る先生達からの評価が低くなる。


 仮に真実な答えを書いても採点する先生が教科書通りでないと言う理由で減点したりと散々だ。

 フィオナとリテラはまだ何とかなったが、アリシアの様に素直を過ぎる人間にはこの捻くれた問題が”フェルマーの最終定理”を解くよりも難しい。


 そんな理由もあり、学年の学力順位では3人は真ん中辺りで全体で言えば、中の上の上辺りを取っている。

 これは万高等学校が実技を優先的に評価しての事だ。

 実技がここまで評価されなかったら中の上の上にはいない。

 そもそも、クラスが別れる事も無かったのだ。


 フィオナ達と昼休みに落ち合う事を約束、アリシアは1年A組の教室に入った。

 アリシアが入ると何人かの生徒がアリシアの顔を伺う。

 やはり、話しかけて来ないがバレていると分かる。

 アリシアは指定された一番前の席の廊下側の席に座り込んだ。

 アリシアは何食わぬ顔でスマホ型PCを取り出し、シオンから送られた情報と雑務を熟す。


 正直、学校と言う物が慣れないのもあり中々話しかけにくい。

 クラスメートとも何とも言えない距離感があり、クラスメートからすればアリシア アイと言う存在は高嶺の花であり、どうやって話して良いのか困惑している様子でもあった。

 それに後ろから殺気染みた目線を送る人間がいた。


 間藤 ミダレだ。

 奇しくも同じクラスに成った様だ。

 彼女は何が気に入らないのか、こちらに目線を向けている。

 他の者に悟られぬ様に視線を逸らしている様だが、敵意剥き出しだ。

 話してもいないのに一体何が気に入らないのか、アリシアには分からなかった。

 すると、後ろから自分に近づく気配を感じた。


 アリシアは思わず振り向いた。

 その男は「おぉ!」と驚いた素振りを見せた。

 アリシアは一目見てその男が誰か気付いた。

 忘れる筈がない。

 口調などは変わっていたがその男、滝川 正樹は何食わぬ顔で「よお!また会ったな」と気軽に話しかけてきた。

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