お家事情
しかしだ……
「えっと。入学しないとダメですか?」
「あなた達の戸籍は極東で預かっているの。戸籍上あなた達は義務教育として一般高か万高に入学しないとならない。でも、あなた達一般高に送る様な余裕はないから万高入って貰う。何か問題?」
「いや、ただでさえ仕事多いのに学業はちょっと……」
アリシアの教徒達にはよほどの事が無い限り、学業や仕事に専念するように伝えたからその模範、栄光としてアリシアの学生姿を見せる事は本来、間違ってはいない。
ただ、そんな事をする暇があるなら1人でも良い教徒を育てる事に専念したいと言う気持ちもある。
両者を天秤にかけると今のところ僅かに学業を断念した方が効率的だとアリシアは試算している。
それに対してフィオナ、リテラ、シン、オリジンも同意見だった。
「もう少し世界が平和ならね……」
「オーバーワークなのもそうだけど、そんな事している暇があるなら任務をした方が良い」
「大体、オレは戸籍が無いから関係ないな」
「右に同じ!そもそも、人外です!」
天音は「はぁ……」と溜息をつく。
「あなた達に言う事は尤もで学業出来ない程世界が緊迫しているのも知ってるわ。あと、戸籍無しと人外……だったかしら?とにかく、2人の言い分も、まぁ……分からんでも無いけど、それでも入学しないとこっちが困るのよ」
「なんで?」
「アリシア。あなたの保護者は誰?」
「ふぇ?吉火さんですよね?」
「その吉火に問題があるから入学して欲しいのよ。出ないと彼の命が危ないわ」
「ふぇ?何で?」
まるで意味が分からなかった。
何で自分の入学が吉火の命に繋がるのか、皆目見当がつかない。
「あなた……吉火が勿論、どんな人間か知ってるわよね?」
「えぇ?元4閣さんで元日本軍の軍人で……あぁ、そう言えば何か名家の家の出でしたね」
随分前に滝川 綾と言う女性と会った事を今になって思い出した。
命罪財団と言う財団の社長と言っていた。
それと自分の入学に一体何の関係があると言うのか?
「その顔だとなんで自分の入学に関係あるのか全く分かってないわね」
「はい、全く分かりません」
天音は再び「はぁ……」と息を漏らし机の上で手を組みその上に顎を乗せた。
「命罪財団の事は知っている?」
「えぇ、日本の軍事財団で斑鳩重工も傘下に入っているほどの組織と聴いています」
「なら、命罪流については?」
「いえ、それについては何も。財団のサイト情報には全て目は通したはずですが、その名には聞き覚えはありません」
「まぁ、仕方ないか。そっちの名前は公にはされていないしね。命罪流って言うのは吉火が所属していた古来より伝わる武装組織よ。命罪流財団もその組織を母体に誕生したの。そして、吉火はそこの98代目当主だったの」
「そうですか」
「あまり驚かないのね」
「驚いてますよ。吉火思った以上に凄い人なんだって」
「そう。まぁいいわ。それでね。吉火の組織は色々、政界とか軍に太いパイプがあって、そこから連絡があったのよ。彼等なんて言ってきたと思う?」
「さぁ?」
「滝川 吉火の愛弟子が社会的にステータスが一般基準にも満たないのは家の信頼に関わるからせめて高卒まで取らせろ。さもないと裏切り者を粛清する。だってさ」
「ふぇ?裏切り?粛清?……ああ、もしかして、吉火さんが雲隠れしたからそんな風に……」
「まぁ、そんなところね。尤もこじつけと言うか、脅迫に近いでしょうけどね。あなたと間接的に繋がりがあれば、命罪流の評価が上がる。そう考えちゃったのよね。わたしとしても命罪流の申し出は断れない。軍の支援者なのよ。ここで信頼裏切ると基地全体に影響が出るわ」
その時、アリシアは天音の言葉とは別の所に意識が向いていた。
天の国から声が聴こえた。
天音の言葉と並行しながらアリシアはそれを聴いていた。
ストラス絡みの申し出であり神である以上、アリシアはそれを守らねばならなかった。
「あぁ……そう言う事ですか。では、仕方無いですね」
「あら、素直に納得するのね。拒否すると思ったわ」
「命罪流の問題はあまり関係ありません。まぁ、多少はありますが……ただ、わたしにも最優先の任務が出来た。それだけです」
「それは
「天音さんは
先日の事を考えれば、天音はアリシアの事を信じてはいない。
信じていないと言うよりは神と言う者を信じていない。
寧ろ、神様と名乗った事で白い目で見たはずだ。
「いつさっき考えを改めた。それじゃダメ?」
「目の前で電撃を落としても信じなかったのに?」
「あの時は何かのトリックだとも思ってたのよ」
「でしょうね。仮にわたしが金塊を落としてもトリックで片付けたでしょう」
「でも、さっきの基地防衛は見事だった」
天音は改まって語り始めた。
「戦艦の性能も凄いものだった。けど、それ以上に凄かったのは誰も予期していない事件を察知していた事よ。あの攻撃、宇喜多からでしょう?」
「えぇ、多分、そうでしょうね。わたしと天音さんが気に入らないと言う理由で落としたと言う趣旨のやり取りを見つけています」
宇喜多の居場所は分からないが、何処ぞの衛星を使う際に言いがかりとも言える命令で衛星を借り受けたようだ。
「GG隊に加担する御刀は信用できない。奴の動きを牽制するのだ」らしい。
「成る程、アイツらしい理由ね。色々、言ってやりたい所だけど無駄だからやめておきましょう」
「ともかく、あなたはわたしや基地の誰も予期していなかった攻撃に対処した。徹底した監視体制の置かれたこの世界で誰もが見逃した事実に気づいて行動に移した」
「そんな事が出来る者をわたしは1人しか知らない。それだけであなたの言葉は信じるに値する。そう思えたのよ」
彼女なりに合理的に考えてくれたと言う事らしい。
正直、天音とは縁が無いと思ったが、どうなるか分からないモノのようだ。
見込みがあっても救いを捨てる人もいれば見込みがなくても救いを受ける人間はいる者だ。
要は本人の意志に由来するところが大きい。
「成る程、わたしの事を信じてくれるんですよね?」
「えぇ。信じるわ。態度も改めた方が良いかしら?」
「今まで通りで結構です。上司と部下の関係のままです。なら、今すぐにわたしの血を啜って貰えますか?」
アリシアが指先を切り滴る血を天音に吸うように促すと天音は躊躇わずそれを啜った。
「なるほど、悪くないわね」と満足そうな笑みを浮かべた後、天音はトイレに行くと席を立った。
「そうだ。入学手続きの紙は机の上よ」
天音はそう言い残すとトイレに向かった。
天音が立ち去った後、アリシア達は机の上に置かれた入学申請の紙を手に取った。
アリシアは全員に入学用紙を配った。
紙には既に設定された軍歴が書かれていた。
流石に”放火”としての経歴を書くわけにはいかない為の設定のようだ。
本来なら放火された人間は公の場に出る事は無いのだから当然の処置と言える。
それをフィオナ、リテラ、シン、オリジンが読み上げる。
「えーと何々。第1青年士官学校に特別枠で入学。飛び級で修行過程を終了(訓練兵の過程で数々の実戦を経験した為、十分な技量あり)」
「任官後、極東基地第105機甲連隊第32中隊に着任」
「その後、司令から技量を買われ、司令直属の外部独立部隊GG隊に転属」
「あーこう言う設定なんだね。理解したよ」
一同が設定を理解し記憶し終えた頃にアリシア宛に電話が入った。
アリシアはコール中に「来ましたか……」とため息交じり口にしアリシアは電話を取った。
「はい」
「アリシア アイさんのお電話で宜しいですか?」
相手は丁寧な言葉使いの女性だったと言うか、以前にも聴いた事のある声だ。
「滝川 綾さんでしたか?」
「覚えていてくれたのね」
「えぇ、それでこのタイミングでの電話は意図してと言う事ですよね?」
自分の入学を催促したくらいだ。
自分が入学の話を見越した上で連絡して来たんだろうと予想はつく。
「全て、お見通しか……尋ねたい事があるのよ。あなたがわたし達とどう関わっていくのかを?あなたの立ち位置を明確にして欲しいわ」
(まぁ、現代社会で生きる以上、当然かな?本意ではないけど、わたしは命罪財団と関わりがある。一応株主だし。無関係ですと言い張るには少し無理があるよね。たしかに立場をハッキリさせた方が良いかもしれない)
「ついてはあなたをお食事に誘おうと考えているわ」
「食事ですか?」
アリシアの中で交渉のプロセスが見えた。
交渉に置いて食欲を抑える事は交渉では大きなカードになる。
3大欲求を満たせば、人は簡単に落ちてしまう。
あるいは薬でも盛る可能性もある。
自分達に優位な交渉に運ぼうとしているのだろうか?
ただ、無理に断るとそれを言いがかりに変な要求をされる可能性もある。
今回はストラスもあったから要求を呑んだが、何度もストラスと合致した要求が出るとは限らない。
その辺も踏まえて一度は念を押した方が良いかもしれない。
「良いですよ。何時にどこに行けば良いですか?」
「場所と時間は直ぐにメールします。その方が安全でしょう?」
今の時代でもメールが残っているのはその安全性だ。
送信時データは暗号化され、受信時に復元する仕組みを取るメールはSNSほどの利便性はないが盗聴されるリスクはかなり低い。
特に場所や時間を他者に把握されたくないならメールで送るのが鉄則と言える。
つまり、メールを指定して来たのは万が一にも知られたくはないと言う事だ。
ただのお食事ではない。
「承知しました。では、後ほど」
アリシアは電話を切りすぐ手続きを済ませようと近くの机の上で必要事項をタブレットPCに入力していく。
◇◇◇
綾は電話も切ると月夜を眺めた。
日本庭園を思わせる作りの庭にそれに合った古民家式の木造家屋に見せかけた家の廊下に座り、綾は静かに目を閉じ思いにふける。
「中々、礼儀正しい娘ですが、少々気が立っている様ですね」
綾は側にあった粗茶を啜り夜風が心地良く彼女の髪を靡かせる。
「やはり、可笑しなものですね。彼女……本当に15歳なのでしょうか?武人としての無駄の無い呼吸使い。聴いていて聴き入ってしまうほど整っていた。ただ、恐ろしく研がれ過ぎている。まるで息を吐くように殺したとすら思えるほど、達人である鳳凰師範ですら辿り着いていない域に達していた」
綾も電話から読み取れるアリシアの情報を整理していた。
武道家でもある綾には分かる。
初めて出会った時も凄いと思ったが、今はあの時よりも凄いと思えた。
彼女の域は並ではなく達人すら凌駕しているかも知れない。
息一つとっても歳不相応なまでに整っている。
あの呼吸を綾が再現するには人間の一生では足りない気がした。
彼女に剣を教えた鳳凰すら到達していない。
一体何をどれだけ経験すればあの高みにあの歳で体得するのか聴きたいくらいだ。
一体どんな激戦や死闘を括ればあの域に達するのか逆に興味すら覚える。
「本当に兄さんの弟子なのかしら?兄さんも出来は良い方だったけど、彼女は常軌を逸しているわね」
綾はアリシア アイと言う少女に興味を持った。
滝川 吉火の愛弟子で優秀な戦士。
アリシア アイに対する命罪流の周知はそんなところだ。
だが、そんなモノでは計り知れない何かが彼女にはある。
きっと、自分が想像をしないような深い何かがあり、綾はそれが気になって仕方がない。
良くも悪くもそれが頼もしくもあり、同時に恐ろしくも感じるからだ。
「そろそろ時間ね。支度しないと」
綾はアリシアとの会食の準備を始めた。
万一があってもならないと綾は私服からスーツに着替え、胸にホルスターをつけ拳銃を仕舞い込んだ。
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