罪に対する授業
「仮に仮にだ!サタンが本当に存在するとして!何故、人間の大多数がそのサタンの眷属なんですか!」
「それは人間の誕生に関係します」
「人間の誕生だと……」
ウィーダルはこの話がただ事でない事を感じ始める。
人間とサタンの関係が計り知れぬ関係であると暗示するようだった。
「人間は元々、天使だったんです」
「我々もルー君と同じ存在だと?」
「ですが、わたしも含めた人間全てはサタンに唆され天国で大きな罪を犯した。地球や他の惑星は言わば、罪を犯した囚人の監獄と言った所です」
人間が生まれた時から囚人。
ハッキリ言えば、聞こえは悪いだろうが事実である以上、そう伝えるしかない。
だが、自由の無い囚人と聴かされて反駁しない人間もいないだろう。
そんな想いを持ったある隊員が口を開く。
「だが、オレ達はそんな罪覚えていない。それを言い掛かりではないか?勝手に人を罪人扱いするなんて高慢ではないか!」
そう、彼の質問は人間なら誰もが抱きそうな質問そのものだった。
記憶にない罪を押し付けられ、神の真理で自由を縛り付けようとしているのではないか?と不安に思いたくなるのは気持ちとして分からない訳ではない。
「忘れているだけです。それが神のせめてもの情けですよ。実際、その罪を認識したら人間の自我が崩壊してしまう」
「でも、それだと我々に罪がある事を証明出来ないではないか!」
「なら、質問に答えて下さい」
アリシアは一瞬だけ有無を言わせない気迫を放つ。
「な、何ですか?」
男はその気迫に当てられ口を制した。
「あなたは誰かと言い争いをした経験はありますか?」
「あります。人間なら当然でしょう」
「では、その時自分の意見を出しましたか?」
「あぁ」
「では、相手の意見を今でも間違っていると思っていますか?」
「そうだ」
「その相手の良いところを上げてみて下さい」
「そんなのは無い!アイツは下衆だ!」
「失格。あなたには罪がある。潔白ではありません」
その言葉に男は納得がいかないようで反駁した。
「な、何でだ!こんなの誰でもある事だろう」
「その誰でもあるから言い争うをしても良いと考える事がサタンの眷属の証ですよ」
男は話の意図が少し見えた気がして微かに悟り意識がハッとなった。
少し自分が間違っていたと理解し反駁したい気持ちが血の気が引いたように収まった。
何か恐ろしい事をして恐怖に駆られたように言葉を押し込め彼は借りて来た猫のように大人しくなる。
「質問を続けます。言い争いとは良い事ですか?」
「いいえ」
「あなたはさっき自分の意見を通して相手の意見は間違っていると言いました。それは理解出来なかったからですか?」
「はい」
「それは理解しようとしない言い訳とは思いませんか?相手が落ち着いて話を聴くように諭したのにあなたは怒りに任せて喚き散らして一生懸命伝えようとする相手の言い分を踏みにじり、怒りに任せて相手を混乱させ満足な言い分を言わせないまま「説明しないお前が悪い」と全て相手のせいにした。相手はあなたの事を想い優しい嘘をついた。それなのにあなたは「ゲームが上手くいかなかったのはお前の操作ミスだ、言い訳するな」と怒り彼の優しい嘘を蔑ろにした。彼が「そのミスは本当はゲームのバグだった」と説明した。そんな嘘をついたのはあなたを嘘つき呼ばわりしたくないと言う彼の優しさだった。でも、あなたは「そんなバグは絶対ない自分の間違いを言い訳するな、謝れ、ごめんなさいわ」とあなたは良い友人をまんまと裏切った。しかも、あなたがゲームをミスしたと思い込んでいる時から彼は謝る必要がないのに再三、謝っている彼に対して怒りに任せて謝罪を聞き入れず「ごめんなさいわ!ごめんなさいわ!」とそんな訳の分からない謝罪を強要して彼を更に混乱させた。わたし以外ならそんな友人絶交されて当たり前です。ちなみに言いますけど、あなたが知らないだけでそのバグはありますよ。ゲームなんだから、データ送信の遅延やゲーム負荷などで思いがけない不具合やバグが起きるのは自明です。少し考えれば可笑しいと思いますよね?」
男はギクリとした。
自分と絶交したその友人としか知らないような状況を事細かに知っているとしか思えないセリフ。
しかも、友人の視点と自分の視点を交えながら語る客観的な神の視点で物事を判断する明哲さ。
彼の中でアリシア アイと言う存在が神である可能性が更に一歩増した。
それ故に背筋が凍るような気持ちで冷や汗が滲む。
彼女は自分の罪を事細かに知り、それを裁く力があるのだと知覚してしまったからだ。
「少しは自分の罪を自覚しましたか?」
「はい……」
「では、あなたが逆の立場で相手があなたの意見を聞き入れず下衆呼ばわりしたらあなたはどう思いますか?」
「よくは思いません……」
「あなたのした事は高慢にも欲深く自分の意見ばかり押し通している。言い争いするしかない態度を取っていた。罪を好む者は争いを好む者です。あなたはこれでも自分には罪が無い。覚えていないから理解出来ないから自分には罪が無いと言えますか?」
「いえ、わたしには罪があります」
この問答に他の人間もグーの音も出ない。
彼等は理解した。
自分達は知らず知らずの内に日常的に争いを好んでいる。
自分達も似たような経験をしていると感づいたから何も言い返せなかった。
「確かにこれは日常で起こる小さな事かも知れません」
アリシアは穏やかにゆっくりと諭すように語りかける。
「ですが、小さな事が出来ない者に大きな事を成す事は出来ない。幾ら世界平和を掲げても日常レベルの小さな平和すら築けない者達には平和は永遠に築けない。過程を重視しない結果だけを求める愚かな者と変わりありません。それは平和指導者を見ても同様です。極小の小さな所から始めず、国や組織単位から平和を築こうとする。その行動と考えそのものがサタンに囚われているのと同じです」
アリシアは一個人の質問に答えながら、全員が納得する説明をしてみせた。
アリシアは決して争いを好まない。
自分を高める事は好きではあるが、戦いが好きなわけではない。
彼女は他者を説得したり伝える時以外は討論をして言い争いはしない。
「ハッキリ言っておきます。世界は変わりません。ですから、自分が変わる事そして、人を変える事が重要なのです。それが世界を変える事に繋がる。プロセスが逆であってはなりません。それは不平不満と同じです。自分を犠牲にして変わる事をしない愛の無い死んだ者も行いなのです。我々は世界を変える者ではありません。人の変える者なのです」
アリシアは最初の穏やかな口調から穏やかでありながら熱の籠った言葉で彼等に語り掛ける。
「わたしと話したロア ムーイがまさに罪を愛し争いを好んだ人間です。みなさんがわたしと彼の会話を聞いて、今のわたしの話を聴いた上で聴きます。あんな風になりたいですか?」
ロアの時もそうだ。
彼女なりにロアの言い分を理解した上でロアを説得していたに過ぎない。
ロアが人の平和と未来の為に戦う理由は分かる。
人として当然な事だと言う事も過去から逃げる為にアリシアを否定するしかない弱い所も正しいとは思わないが一応、知っている。
だが、正義の味方を自称する上で悪党の手の平の上で踊らされている事実を伝えなければ彼は悪党で終わってしまう。
だから、その事実を伝えたつもりだ。
だが、結局彼はアリシアの気持ちを理解しようともせず否定するだけ否定した。
もう彼は救いようがないのだろう。
自分の正義を絶対視し罪を愛し争いを好む人間の在り方だ。
そこにいた面々はみんな黙り込んだ。
お世辞にもロアの在り方は“醜い”の一言に尽きる。
正義の味方と聞けば聞こえこそ良いが、一歩間違えれば悪党と大差ない。
人の世の正義と悪は表裏一体。
誰かだけ特別な正義がある訳でも無い。
誰かだけ特別な悪がある訳では無い。
そこで自分だけは違うと特別だと言い張る事は高慢に過ぎない。
例え、神であろうと高慢を見せれば世俗的な正義と悪と何も変わらない。
その高慢さが争いを生んでしまうのだ。
だから、神と言う存在は己を無にして謙り誰かに仕えるのだ。
そうする事で余計な争いは起きない。
だから、アリシアは人がやりたがらない様な宴の片付けや雑務、将又ウィーダル達のお弁当まで作っていたのだ。
真の正義とは高慢を減らし誰かに納得させる為に誠意を以て、動き証しようとする者だけが持つ事を許される。
間違っても武力的な勝敗で正義を決してはならない。
アリシアは口調を静かな口調に戻し彼らに語り直す。
「話を戻します。つまり、あなた達は生前に大きな罪を犯し刑務所たる地球に追いやられた。人間は多いにしろ少ないにしろ必ずサタンの眷属として生まれてしまう。だから、そもそも人間は罪人だから正しい行動を取れずサタン好みの行動を取り易い」
ここまでは暗いシリアスな話ばかり伝えて来た。
流石にそのままでは気が滅入り良くない方向に行ってしまう。
ここからは比較的に前向きな話を入れながら徐々に切り替えていく。
尤も、まだ伝えないといけないシリアスな話は残っているが……。
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