ヘルビースト

 1日後


 砂漠地帯ではまるでノアの箱船の伝説を思わせる程の豪雨が鳴り響く。

 降り注ぐ雨は戦痕で出来たクレーターに注がれていき、シオンはクレーターの横を陣取り、嵐の中浮遊している。

 先日起きた地獄の門を観察する為だ。

 今は安定しているが、以前として空間が歪んでいる。


 寧ろ、歪んだ状態を固定する可能性もあり得た。

 バビでもその予兆があり、ブリュンヒルデ達に監視させていたが案の定、こちらの戦いに呼応して心理兵器の実験場跡地での心理兵器の干渉で歪んだ次元に僅かに亀裂が入り、狼型の獣が現れ戦闘になったと言う。


 幸い、100匹前後の敵で済み、ブリュンヒルデやクーガー達の連携もあり、被害はなかった。

 バビでの次元の歪みはアリシアの力で完全に戻したが、こちらの次元の歪みは大きく完全には戻り切っていない。

 既にブリュンヒルデ達をこちらに召集し地獄の門の監視、迎撃態勢を整えている。

 現在、シオンはここに在留しているのは権限によるものだが、流石に事が事である為、3均衡を含めた軍の上層部で電話会議する羽目になった。




「皆さん、お集まり頂き誠にありがとうございます」




 アリシアは軽く挨拶を交わし最低限の礼は尽くす。

 今の彼等は礼よりも現状の把握に躍起になっており、余計な挨拶は逆に苛立ちを与えるだけだ。

 会議に集まるのは基地司令や副司令並びに本部の高官並びに3均衡だ。


 皆が一様に若き天才に目を向ける。

 彼等の間でもアリシア アイの存在は大きく若干15歳で多大な戦果を残し、圧倒的な技量とカリスマ性で3均衡に部隊編成を嘆願し即日に編成させた。

 彼女の名は彼等の間で轟き入場と共にざわついた。




「さて、長口上はあなた方の望む事ではないしょう。だから、結論から申し上げます。ヘルビーストは敵です。コンタクトは取れません」


「ヘルビースト。それがあの敵の名前か?」




 ビリオ大統領は項垂れる様に尋ねた。




「えぇ。人間だけを喰らう怪物と言う認識が正しいでしょう」

 



 CIAの長官ヒュームが手を挙げ、質問してきた。




「君はアレについてどこまで知っている?」


「何でも知ってますよ。弱点から誕生秘話まで全て」




 そこである基地司令が聞いてきた。




「では、答えてくれないか?アレは何だ?どう対処すれば良い?と言うよりまた現れるのか?」


「1つずつ述べましょう。まずアレは人間の成れの果て。対処は根源を断つのが望ましいです。そして、近い内にまた現れます」




 辺りが騒然となる。

 あんな異形の大軍が再び攻めてくるとなるとゾッとする。

 通常戦力でどうにかなる物なのか気になるところだ。

 以前の偽神のように通常の対応ができない敵だと尚の事を困ってしまう為だ。

 ここにいるメンバーの何人かは既にあの獣の存在は知っている。

 カエストを通してアリシアが生身で戦った事を既に知れ渡っている。

 だからこそ、その脅威があの物量で攻めて来る事をなによりも恐れている。




「人間の成れの果てと言ったがどう言う事だ?」


「言葉通りです。アレは死んだ人間です」


「死んだ人間だと?」


「これは量子力学にも絡む話なんですが、説明宜しいですか?」

 



 会談参加の面々はお互いに顔を見合わせながら、共に相槌を打ちアリシアは説明を始めた。




 ヘルビースト


 量子的な人間の魂が低次元「地獄」に堕ちた際に変容した姿。

 本来、地獄とは穢れた人間に「裁き」を行う=永遠に近い殺菌を行う場所だった。

 高次元に至れない=罪を悔いなかった事(罪を持ち続ける事を選んだ事)=SWNが次元災害を起さない為にその魂を永劫と言える時の中で徹底的殺菌しZWNの浄化するそれが地獄だった。

 その殺菌には本来、高い次元圧により魂を焼却殺菌するような苦痛が伴い人はいずれ死に至る。

 だが、約300年前その法則が歪められ、次元圧で“殺菌、焼却”されるのではなく“変質”と言う在り方に変わってしまった。


 その次元圧に適応する為に魂は徐々に変容、最終的に自我を無くし元来が持つ貪欲などの罪だけが本能として変わった形こそヘルビーストだ。

 その元来の罪の大きさや性質によりヘルビーストは様々な種族に大別され、下級の獣がヘル ウルフと言う狼型から元来の罪の巨大さと捕食したヘルビースト達の力を取り込み銀河をも跨ぐほどの巨大な猛禽類まで千差万別だ。

 様々な種族、様々な元来の罪故の個体の性格などはあるが彼らに共通している習性としてあるのが“激しい口喝感”だ。


 次元圧の中で生命として致命的なWNと言う水が蒸発し枯渇するのだ。

 次元が低いほどこの現象は大きく、低次元では体感的に顕著に感じるのだ。

 彼等は常に激しい喉の口渇感に襲われ、魂の水であるWNを求め地獄ではその僅な水を貪る様に獣同士が殺しあっている。

 だが、そこに豊富な水を持つ者がいれば優先的に我先に襲い掛かる習性を持つのだ。

 そこである軍人が手を挙げて質問した。




「えーと、つまりだ。我々に魂がある以上ヘルビーストは襲い掛かって来るのか?」


「えぇ、地球の中で人間のWN保有量は極めて高い。彼らからすれば人間は砂漠に落ちた2リットルの水相当の価値があります」


「そんな奴らがあの物量で攻めて来るのか!」


「そうなります。我々が在留する地点では既に地獄と次元的に繋がりも持っています。ある程度、手を施しましたが完全には塞がっていません。狼型くらいなら通り抜けられるほどです」


「何とかならないのか!」


「こちらも空間を正常な状態に戻す様最善を尽くしていますが現状これ以上、悪化させないので手一杯です」




 只でさえ、アリシアは今、力に制限をかけられ、尚且つサタンが現在進行系で地獄の門を積極的にこじ開けようとしているのだからアリシアですらどうしようもない。

 逆に悪魔が望んでいる事は人間が望んでいる事なのだから「何とかならないのか!」と言う疑問は理不尽な気がする。


 そもそも、この中の数人がユウキ博士のオルタ回路の製作の援助をしていたのは天使達の情報網で既に分かっている。

 ユウキ博士からの申し出を受けて軍備拡張を言い訳に安全性が確保できない欠陥兵器の製造に加担して素体調達、資金援助しなければオルタ回路の動力に使われるSWNが無暗に暴発せず、地獄の門が開く事はなかった。


 ユウキ博士は量子回路の一端を解き明かしたから満足だろうが所詮は一端。

 回路の能力と機能ばかりに固執してあの回路の中の次元災害を防止する安全装置まで手を付けなかったようだ。

 彼らはアリシアが技術を独占していると勝手に勘違いしていたようだが、アリシアが量子回路の技術を提供しないのは安全装置も満足に作れない人間に技術を渡すのが危険だったからだ。


 せめて、「何故?」その回路の情報を提供しないのか理由を尋ねてくれれば間に合っていたのにそう言った人間の権力、武力、貪欲と言った固執には辟易する。

 彼らの行動そのモノが地球を滅ぼしたいようにしかアリシアには見えてならない。




「敵の戦力はどれ程だ?」


「戦力ですか……わたしの私算ですが最低でも10^4500兆乗ですね」




 その言葉に全員が息を呑み言葉を失い中には失神するモノまで現れた。

 あまりの極大指数に頭が追いつかない。

 もしそれが本当なら勝てる筈がないとすぐに理解できたからだ。


 ちなみに10^4500兆乗のうち、10^40乗は銀河級と呼称しているヘルビーストで構成され、文字通り大きさが最小個体でもこの銀河1つ分の大きさに相当するヘルビーストだ。

 しかも、中には人間を遥かに凌ぐ知性体もいる。


 こいつらのうち1体が仮に地球を攻めてきたら本気など出すまでもなく地球にぶつかっただけで地球が終わる。

 仮に本気でも出そうモノなら銀河の10個や20個を軽くどうにも出来てしまう連中ばかりだ。

 人間程度の起こす”奇跡”など軽くねじ伏せる奴らの巣窟、それが地獄だ。


 尤も、地獄の門が小さすぎて銀河級の個体が直接乗り込んでくる事は出来ないのは人類にとっては救いだろう。

 ただ、どれだけ下級だとしても最低ヘル ウルフだ。

 あの門なら最大で山級の個体も出せるだろう。

 どれも地獄の中では弱い獣の部類だが、個体として弱くてもそんな物量で攻められた日には地球全体を覆い尽くしても足りない程の敵が流れ込んでくるだろう。




「10^4500兆乗だと……確かなのか……何かの間違いでは……」


「わたしが彼等と戦った時は1日に億から兆単位で殺してました。それでも物量は殆ど変わらなかったです」




 かなりの爆弾発言が飛んだ気がしたが、今の彼等にそんな事を気にする余裕はない。




「大体、そんな極大指数を一体どうやって数えた!そこからして信憑性が怪しい」


「それは地獄に行けば分かるものです。尤も正気を保てればですが……」


「ならば、その門の向こうに部隊を派遣して確認させる」


「やめた方が良いです。常人があの中に入れば1分持たない内に獣になります。ミイラ取りがミイラになるだけです」


「なら尚のこと。真偽が確認出来んではないか!さては貴様!口から出まかせを言って手柄を横取りしようとしているな!」




 何か前にも専門家として招集され、真実を語ったはずなのにこうしてヤジを飛ばされたような気がする。

 その時の事を思い出すと少々、不快になった。

 この中にはアリシアの事を面白く思っていない人間もおり、アリシアの人としての欠点になりを見つけ、そんなところをわざと炙り出しそこを責め立てるようにアリシアを罵倒する。




「わたしはそんなつもりは……」


「黙れ!我々を無駄に混乱に陥れよって!何がヘルビーストだ!そんな物は本当にいるのか!貴様の自作自演ではないのか?貴様が手柄欲しさに架空の敵をでっち上げているのではないか?神殺しの英雄譚を誇示したいのか!全く、これだから妄想気味の小娘は……」


「やめんか!」




 見かねたビリオが一喝した。

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