まるで何が起きているのか分からない最後

「AP隊が全滅か……」


「はい、友軍全てから戦意停止信号の発信を確認しました」


「敵を新兵と思い早急な対処が出来ると思ったが仇となったか……新兵とは言え、侮れないな。流石と言っておこう」




 ウィーダルは敵を賞賛する。

 敵は新兵とは言え、少数精鋭に恥じない力があると見て取れる。

 この短期間で新兵でも十分な戦果を挙げられる様に教育したアリシアの采配に脱帽すらする。




「敵性コード”ブルー”!更に接近!このままではあと数分で此方に取り付かれます!」




 ウィーダルは考える。

 彼女が何を狙っているのか。

 ADに対して接近をするのは愚策だ。

 圧倒的な弾幕の中で接近するなど通常なら自殺行為だ。

 となるとアリシアには接近すれば、こちらを沈める作戦が存在するとウィーダルは予測した。


 ウィーダルはそれを理解したからこそ、接近させまいと手を打った。

 だが、アリシアは是が非でも此方に接近したい様だ。

 それが作戦の要と見える。





(そうなると彼女は何処まで接近する必要があるのか?バリアの遠方からか?それともゼロ距離か?)




 そうなると彼女の考えは今のバリアの展開状態を考慮している可能性があったのではないかとウィーダルは予測した。

 ウィーダルは直ぐに決断した。




「攻撃中止!全出力をバリアに回せ!バリアを出来る限り広域に展開しろ!」




 ウィーダルはオペレーター達に檄を飛ばし指示を出す。

 アリシアはケルビムのバリアの展開範囲の挙動からウィーダルの思考を読み取った。




「気づかれたか……流石、ウィーダル」




 ウィーダルは気づいた。

 アリシアが接近も目論んでいるなら、ADに接近出来ないくらい広域にバリアを展開すれば良い。

 アリシアは現在のバリアの展開具合から接近の目処を立てていた。

 バリア越しに近づき、概念照準器でロックオンする予定だった。


 だが、前提であるバリアの範囲が変われば、作戦に支障が出る。

 もうダメージを恐れている場合では無い。

 アリシアは人型形態から戦闘機形態に変形、更に加速をかけた。

 極大級の加速で敵のロックオンを無理やり外す。




「敵!急速接近!」




 ウィーダルは一瞬、「読まれた!」と思いギクリとした。だが、長年の勘が事で躊躇えば、勝機を流すと告げるので迷わなかった。




「止まるな!作業を続けろ!」


 


 もうこうなったら、どちらが先に先手を取るかの時間との勝負だ。

 1秒すら無駄にできない。

 ADはバリアに出力を回し始めた。

 次第にアリシアに対する弾幕も薄れていく。

 だが、決して弾幕として弱いわけではない。

 加速をかけたと同時に侵攻の邪魔となるリフレクターによる援護はカットした。

 その分、加速出来るが弾幕が直接的にアリシアに注ぐ。


 アリシアは最低限の回避はするが、ほぼ直線的に敵に突撃を仕掛ける。

 ネクシレウスの装甲には僅かな被弾の跡が見て取れる。

 致命傷では無いが、機体のダメージメーターに累積していく。

 モース硬度100で強靭な装甲材であるアストロニウムであろうとADの火力では無傷ではすまない。


 アリシアは緻密にかつ繊細に攻撃を避ける。

 機体の被弾は最小限にとどめながら、敵に向かって直進する。

 そうしている間にも弾幕は落ち、バリアの展開範囲が広がる。




『限界予測まで後5秒!』



 アストが知らせる。

 バリアが予測を超えると概念照準器でロックオン出来なくなる。

 アリシアは決断する。

 被弾を気にしている場合ではない。

 アリシアは更に加速をかける。




「!」




 最大展開まで後5秒。

 ウィーダルはもう指示をする暇すらなく思わず、息を呑んだ。

 敵は弾幕を御構い無しに突貫してくるのが見え、死力を尽くして勝ちに来ようとする勢いと気迫が機体越しに滲み出ていた。

 ウィーダルの心境としてあとは神に委ねるのみと言った感じだ。




「いっけぇぇぇぇぇ!」




 アリシアはなりふり構わず、突撃する。

 そのまま敵のバリアに突撃する。

 残り5秒の間に更に加速更に加速、その更に加速をかける。

 もう止まる事は出来ない。

 このままではバリアに直撃するだろう。

 ウィーダルも言葉を発する事も思う暇すらないが直感した。





(勝った)





 アリシアは既に特攻を仕掛けたも同然だ。

 レーダー上では既に回避行動出来ない速度と距離だ。

 最後の最後で一体何がしたかったのか分からなかったが、彼女の作戦は失敗したと直感した。




「まだ、だぁぁぁぁぁ!」




 完全展開まで2秒。

 バリアとの距離はほぼ0距離になった瞬間、アリシアは戦闘機形態の機体の機首を反転させ人型形態となった。


 空中で逆立ちする様な姿勢になった彼女はそのままスラスターを最大限まで噴かせる。

 回避不能と言われる加速を無理矢理変更、そのままバリアの展開線に沿う様にギリギリの所の軌道で沿っていく。

 バリアの展開具合に合わせ、展開線に合わせながらスラスターを噴かせ、激しいGが彼女の体を襲う。




「くっぐうぅぅぅぅぅ!」




 急激な加速を耐えながらバリアとのほぼゼロ距離で軌道を取るのは無茶苦茶だ。

 ”加速度変換”のスキルを使っているにも関わらず途方も無いGが全身を襲い、強力なエネルギーバリアに至近で近づいている為、機体の装甲は剥がれ、エネルギーが機体のコックピットまで到達していた。

 アリシアは全身でGと体に流れる電流に苦しめられていた。




「くうあぁぁぁぁううぅぅぅ」




 全身を襲う苦痛に耐えながら悶える。

 ”汎用戦術コンバット1”にセットされた”過越”の効果が作用して電撃と言う環境状態にも適応するがそれでもやはり苦しかった。

 レバーを握る手は自然と力強く握り締め、意識を保とうとする。

 普通の人間なら到底耐えられない苦痛の中でもアリシアは汗を滲ませ、1回深く呼吸を吸う。

 そして、時間を長くおいて吐き終わる。


 もう一度深く呼吸を整える。

 深く深く深く呼吸を整える。


 体を刺激する感覚。

 その昂りを沈め呼吸をする度に腹の底から打ち消すようにエネルギーを生み出す。

 彼女の中から覇気の様な物が溢れ出る。

 その目には苦しい中でも目的を失わない強い意志を宿していた。

 アリシアはレバーを握る手をグッと握りコントロールする。




「これで!王手です!」




 アリシアはバリア側面を滑走する様な軌道を取りつつ、ハウントハンガーのライフルを取り出した。

 滑走する機体の装甲を剥がしながら彼女は概念照準器をADに向ける。

 最大展開まで0.1秒。


 重力バリアが概念照準器のロックオンの捕捉をジャマーしている。

 ADとバリアの距離が近ければロックオン出来だが恐らく、もうロックオン出来ないだろう。

 このままなら……。




「アスト!私を勝たせて!」


『御意!』




 ネクシレウスの全身を光が包む、特に右腕で蒼く光だし輝きを増す。

 アリシアは障壁で機体全体を覆い、右腕に力を集結させ機体の腕を補強した。




「はぁぁぁぁぁぁ!」




 アリシアは滑走しながら右手手刀をバリアに突き刺し食い込ませる。

 ネクシレウスの鋭利な刃のような前腕部まで食い込ませるとそのまま滑走を続ける。

 前腕が光を纏った刃となりバリアを裂いていく。

 だが、それでも自機への負荷は無視出来るものではない。


 右腕は火花を散らしていた。

 すると、右手は限界を迎え、ボンと吹き飛ぶ。

 飛んで行った右腕は砂漠に落ちていく。

 だが、切り込まれた大きな穴に左手のライフルを通すのは簡単だった。


 アリシアは姿勢を反転させ、来た道を戻る様に斬り込みにライフルを入れ、斬り込みに沿う様に軌道を取った。

 バリアは完全に展開されたが、概念照準器はみるみると敵の概念を捕捉した。




「任務完了!離脱します!直ちに攻撃開始!」




 概念照準器でロックオンしたデータが直ぐに友軍に共有された。




「受信確認しました!」




 天使が吉火に告げた。




「了解!砲撃戦用意!システムアタランテ起動!」


「了解。アタランテ起動します!」




 その呼び声に反応する様にシオンの前方に弓の様な形状のパーツが出現し組み立てられ取り付けられた。

 アタランテの攻撃性が天使達との検討で評価され、シオンの主砲として採用されていた。

 リテラ達の試作品とは違い細かな出力調整が為され、ダイヤモンド惑星のような惨劇が起きないようにしてある。




「アレは……弓か?」




 ウィーダルを遠目から戦艦から伸びる異様な形状を見つめる。

 だが、その弓には弦は無い。

 緑を基調とした黄金のラインの奔るシンプルで神々しい輝きを放つ弓だ。




「アタランテ。発射スタンバイ!」


「了解!」


「アタランテ。エネルギー充填率70……80……90……100%!」


「目標照準良し!対象認識!周囲被害演算!オールクリア!」


「キャップ。最終セイフティ解除の許可を」




 吉火の座席の右横から赤い大きなボタンが現れた。




「最終セイフティ解除!」




 吉火は握り拳で赤いボタンを押した。

 すると、アタランテの弓からエネルギー体の弦が出現、弦は自動的に引き伸ばされていく。

 まるで艦そのものを矢として放つのではないかと思わせるほどに艦の最後方まで引き伸ばされた。




「アタランテ!撃てぇぇぇ!」




 アタランテの引き伸ばされた弦が放たれた。

 弦は力を解放し擬似形成された微量質量を持つ矢を放った。

 放たれた光の矢はADに向け放たれる。

 ウィーダルは既に危険を感じ、バリアの広域展開から展開範囲を狭めて部下に指示した座標50の50にバリアの局所的に展開した。


 ADのど真ん中を撃ち抜こうしている。

 蒼い戦艦の前方から放たれた矢が圧倒的な高火力レーザー砲と化してADに直進する。

 だが、AD側に重力バリアがある以上、光学兵器は無意味とウィーダルは判断した。

 レーザーが空を割き飛んでいき、ケルビムのバリアに直撃した瞬間、光は淡い蒼い粒子となった。


 次にウィーダル達が見た現実はケルビムに直撃した光だった。

 モニターに眩い光が放たれ、何も見えない。

 ウィーダルは思わず、右腕で目を隠す。

 そんな中で聞こえてくるオペレーター達の声に我を疑う。




「前面副砲及び主砲破損!使用不可!」


「装甲破損率70%!」


「各部で機能不全!復旧不可!」


「エマージェンシー!各部に異常!リアクター破損、フィジカルコンデンサー破損!艦行不可!まもなく、墜落します!」




 まるで何が起きているのか分からなかった。

 それを最後に艦はまるで力を失った様にぐらりとふらついた。

 そして、ウィーダル達は落下する様な感覚に襲われた。

 ウィーダルは確信した。




「またしても負けたか……」




 アタランテは全てを貫いた。

 その砲撃はケルビムを貫いてもなお飛翔する。

 だが、この光は捉えた物以外は破壊しない。

 前方に飛んでいた地球統合軍の輸送機は突如、現れたレーザーに戸惑い直撃したが、決して害を受ける事は無かった。

 ウィーダルは悔しかった。

 悔しくはあるが、清々しい敗北だった。

 宇宙統合政府の未来を背負った戦いではあった。

 だから、そんな風に思うのは不謹慎なのだろう。


 だが、1人の戦士として全力で挑んだ。

 その上で死ぬなら本望だ。

 ウィーダルは死を覚悟しソッと目を閉じた。

 思えば、自分の人生は復讐に彩られていた。

 20年前コロニーにいた妻と娘は地球のAP部隊の攻撃により、コロニー諸共破壊され、殺された。


 以来、復讐の機会を伺っていた。

 家族を目の前で殺したある機体への憎しみと地球統合政府への怒りが彼をここまで駆り立てた。

 だが、もう疲れた。

 これで自分は妻と娘のところに行ける。




(いや、無理か……わたしは穢れ過ぎた。わたしは地獄に落ちるだろう。もう、会えないか……)




 彼の目から不意に涙が零れる。

 我が人生は悔いを残して死ぬのか……全て終わった。

 後は光に包まれ消えるだけだ。

 彼は死を悟りそう思った……が、突如落下する様な感覚が消えた。

 艦が浮力を取り戻したのだ。




「どう言う事だ!状況報告!」




 ウィーダルの指示に踵を返すようにオペレーターは慌てて調べる。




「リアクターロスト!イオンスラスターロスト!何故浮いているのか分かりません」


「スラスターもリアクターも無いだと!どう言う事だ!」


「この艦は既に艦橋ここと僅かな区画しか残っていません」


「何……だと……」


「幸い、死者は出ていません」




 ウィーダルは状況が飲み込めなかった。

 あり得ない状況が今の自分達を包んでいるからだ。

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