再会

 5時間前


 アリシアはユリアとネロを一度、イギリスに送り届けた。

 転移させても良いのだが、妨害された環境での転移はどの程度安定しているか不安が残る為、ユリア達を直接、イギリスに届けた。

 そして、そこでアリシアの帰りを待ち望んでいたように子供達に迎えられ、抱きつかれた。

 そこにはちょうど、子供達の面倒をみていたクラリスとレベッカがおり、目を丸くしてアリシアを見つめていた。




「嘘……生きてる……」




 レベッカは呆然とアリシアを見つめる。




「そりゃ生きてますよ。ニュースにも出てたでしょう?」


「確かにニュースは見ましたが、本当に生きていたなんて……」




 クラリスもアリシアが生きていた事が信じられないと言う顔をしてその場で跪き、祈るような仕草を見せる。

 アリシアの事を本当に心配してくれていたようだ。

 小まめに連絡を取り、直接話した事は殆どなかった。

 悪い人ではないのは知っていたし仲が悪い訳でもなく寧ろ、電話では親しい感じ話したがあくまで仕事の付き合いと言う側面を強く考えていたが、こうも顕著に心配されるとそう考えていた自分が馬鹿馬鹿しく思えた。




「良かった、良かったわ……その歳で苦労ばかりして……死んだと聴いたからあまりに不憫だと……」




 クラリスは突然、泣き始める。






(なんか、これだとわたしが悪いみたいだね……彼女にとって、わたしは孫みたいに見ていたのかな……)






 今なら分かるが、人間だった頃はその心が分からなかった。

 何とも恥ずかしい限りだ。

 そこまで心配してくれた人に対して仕事思考で接していたのは、何とも失礼だとアリシアはその時、悟った。




「あー大丈夫だよ。クラリスさん。死んだけど、ちゃんと生き返ったし」


「でも、痛かったでしょう……」


「えーうん、まぁ……」




 死ぬ時に痛くない訳ではない……その時、嘘をつけば良かったと思った。

 その後、クラリスに泣き付かれた。

 アリシアは必死に宥めるが、クラリスはそれでも泣き付いた。

 よほど、自分の事が心配だったとよく伝わる。

 こう考えると自分が命を奪った事でどこかでクラリスのように悲しむ人を自分は作っていたのだろうと顕著に思う。


 あの時はそうするしかなかった。

 アリシアも死ぬ訳にはいかなかった。

 殺さず、生き残るほどの力も無かった。

 誰でも最初は弱い。

 アリシアとて例外ではない。

 仕方がない事だったかも知れないがやはり、どんな大義名分があろうと戦いとは軽々しくやって良い事ではない。

 人を殺すのは本来は悪い事で慣れて良い事ではないのだ。

 だから、アリシアは人を殺し慣れた事はない。

 殺す度に気持ちを殺して気持ちを噛み殺して気持ちを無にして殺してきたのだ。


 「もしかすると、戦の神としては反した理念かな?」とフッと思った。

 いずれ、訪れるであろう戦いが無い世界てんごくで戦の神なんて一番要らないかも知れない。

 だからこそ、自分がやってきた「殺し」は本当は無益で自分の気持ちを殺した事も本当はなんの価値もないかも知れない……それでもアリシアはこのままでも良いと思っている。

 アリシアはアステリスのようにはなれない……全く同じにはなれない。

 だから、アリシアは結局のところ、アリシア以上の何者でもないのだ。

 その殺す事への葛藤も含めて、今のアリシア アイなのだと改めて思った。


 大切なのは命を奪うのは本来、あってはならない事だと言う事だ。

 少なくとも大義名分とか正義だとかそんな瑣末な事でしてはならない。

 ハッキリ言えば、そんな大義名分はこの宇宙全体から見れば、ゴミにしか見えないのだ。

 だから、そんな「ゴミ」に赴きをおいて、戦う事だけはしないとアリシアはそう思っている。


 その後、何とかクラリスを離して、アリシアはユリアとネロを2人に預けた。

 アリシアが去ろうとした時には背後ではユマリアと再会したユリアの喜びの声とネロが他の子供達と打ち解ける声がした。


 バトルジャッキーかも知れない自分が言うのも変だがやはり、戦いは好きでは無い。

 寧ろ、こうして、大切な人達が笑い合うような平穏を大切にしたい人間なのだとシミジミ思った。

 戦いとは、強くても弱くても誰でも傷つくのが戦いだ。

 もし、戦って傷つかない者が世に溢れているなら、復讐や報復など起こらないだろう。

 そんなモノは極論、虚しい。

 戦えば戦うほど心が摩耗して自分が何なのかよく分からなくなる。


 戦っても戦っても際限なく戦いは広がる。

 誰かの不平不満1つで戦いが起こり、際限なく繰り返される。

 飽くなき欲望のままに振り撒けば、戦いなど終わるはずもなく対話など無価値に等しい。


 気が狂いそうなほど戦って来たアリシアだから分かる。

 子供達の声が聴けただけでアリシアの苦労は報われ、安らいだ気がした。


 だからこそ、意識してしまう人類が行きつくかも知れない未来の先”地獄”と言うモノを……地獄は全人類の一度一瞬でも地獄に叩き落せば、少しは悔いるかも知れない。そして、永遠に癒えないトラウマを残せる世界だ。

 だが、一瞬でも人間は耐えられない。

 例えるなら、密封された空間内の圧力が上がり、加熱された火の池のような暑さが常に襲う世界だ。

 地獄で最も平安な場所すらそんな感じだ。


 戦いの果てに得るのはそんな地獄かも知れないとなると虚しく感じざるを得ない。

 誰よりも地獄をよく知る。故に地獄に堕ちる事の辛さをアリシアは一番よく分かっているからこそ虚しく感じだ。

 全員そのようになる訳ではないが、アリシアを信じなくても可能な範囲で自分を悔い改め、楽園への切符は増やして欲しいモノだ。

 大義名分で戦うくらいならそうした方が良い。


 寧ろ、アリシアにとって望ましい戦いとは、己を犠牲にして一介の兵士として忠実に任務を熟し研鑽を積んだ者だ。

 証も出来ない大義名分を持つくらいならそのように振る舞った方が祝福がある。


 そのように生きる者は非常に尊く、少なく、虚しい。

 ただ、虚しい中にも確かに希望はあるのだろう。

 少なくともあの子達の為に戦わなければ、アリシアが今、戦った事を報われたと感じる事は無かったのだから……。





 ◇◇◇





 ベナン基地




 アリシアはその脚でベナン基地に着陸した。




「ふう……着いた。なんか我が家に帰ったて気がする!」


『あなたの故郷は天の世界ですよ?』


「そういう事、言ってるんじゃないの。仮初めだろうと仲間のいる場所に戻ったんだからそれで良いの。アストは違うの?」


『……そうですね。一部を除けば帰っては来ましたね』


「一部ね」




 その一部とは吉火の事だ。

 彼は吉火が嫌いだ。

 吉火と言うよりは人の世の理を愛する正義の味方が嫌いなのだ。

 そう言う意味では人間ほぼ全員が嫌いなのだ。


 今のアリシアにはその気持ちがよく分かる。

 何せ、人理を愛する英雄の因果”英雄因子”は世界を乱す。

 悔い改めるべき人間を勇気、希望、平和と言う大衆的を喜ばせる綺麗な言葉を並べて悔いる気持ちを緩慢にするのだ。


 ただの職業軍人であるなら証は必要ないが、”英雄因子”を持つ者は証をせずに大義名分を掲げて世を乱す。

 アストが吉火を嫌うのはそう言う理由だ。

 あの人が英雄と呼ばれた人間であり……”英雄因子”こそないが、英雄として彼の意志で十分世界を惑わせた事をアストは激しく怒っているのだ。


 すると、目の前の地下格納庫のハッチが開いた。

 勢いよく藍色の何が飛び出て来た。

 続けてオレンジと緑の機体が現れた。

 藍色の機体が空中を陣取る形で3機が左右と上から銃口を向ける。




「アレは‥‥ネクシルか」


「似てるけど、なんか外見が違う。」


「でも、なんだろう。なんか、乗ってるのあの子だよね……」




 3人は感覚的に何となく分かっていた。

 アレに乗っているのは恐らく死んだはずの彼女だと……感覚がそう告げるのだ。


 だが、感覚で分かるが故にパイロットの別人とも思える覇気に戸惑ってもいた。

 機体もそうだが、感覚も彼女と似ているがまるで別人だ。

 相手は彼女に極めて近く似せた何かと思う節があるのだ。

 シンが代表して通信を入れた。




「おい。氏名、所属と階級認識番号を言え!」


「ふぇ?言わなきゃダメ?」




 天然としか思えない回答が返って来た。シンはその一言で大体把握出来たが「念の為に答えてくれ」と付け加える。




「認識番号05 1224 2311 115極東基地GG隊所属アリシア アイ中将です」


「……分かった。なら、降りて来てくれ」




 念には念を押して彼女に武装させない様にした。

 アリシアは黙ってコックピットブロックを開いた。

 シン達は固唾を飲んで様子を伺う。

 すると、コックピットに手がかかり、何かがひょっこりと頭を覗かせる。

 すると、目の前のよく分からない変な生き物がつぶらな瞳でこちらを見つめている。

 変な生き物は首を傾げて「キュー」と嘶く。




「えーと。何だ?あの生き物?」


「可愛い……」


「あの生き物がアリシア……とか言うオチじゃないよね?」




 シン、リテラ、フィオナは通信越しに各々の思いを呟く。




「そんなわけないでしょう」




 フィオナの問いに的確に答えた。

 アリシアはコックピットからゆらりと立ち上がり、身を乗り出した。

 そして、何事も無かったかの様に笑みを浮かべ手を振る。


 シンは顔認証システムと声紋システムを使って確認した。

 ほぼ間違いなくアリシア アイ本人だと確認できた。

 もとより、銃口向けられながら笑みを浮かべて手を振る神経持った人間など彼女くらいしかいない。


 彼女の変わらぬ姿に3人は安堵し、シンは自然と微笑んだ。

 彼はコックピットブロックのハッチを開き、コックピットから身を乗り出した。




「元気そうで何よりだ」




 ダイレクトスーツのインカム越しで彼女に語り掛ける。




「うん。何とか生きてるよ。お久しぶりだね」


「久しぶりと言う程離れてはいないがな」


「それでもわたしにとっては途方もないくらい久しぶりだよ」




 アリシアは何処か感慨に耽る様に語り掛けた。

 シンにはその意味がイマイチ分からなかったがなにせ、死者転生まで為した女だ。

 きっと口で説明し切れない事情があるのだろうとその位の事情を察する事はできた。


  数日前に極東からGG隊なるものを発足したと連絡があり、事の成り行きを御刀に聞いた時から計り知れない事情が孕んでいるのを薄々感じてはいた。

  アリシアの生存もアストからテリス達にちょくちょく介入して協力を申し出ていたので生存している事は知っていた。


 死んだ女が部隊を作ったと聞いた時は疑いもした。

 だが、バビで大暴れしたと聞いた時には流石に信じざるを得なかった。

 たった少数で国一つ落とす人間が彼女以外にあり得るとは思ったからだ。

 どれだけ肉体強化と超直感持ったエスパー強化人間だろうと一国を沈めるのは容易ではない。


 アリシアは確かに超人的な能力こそあるが、ただそれだけの女では無い。

 目に見えない力すら味方につける確かな強さがある。


 シンが知る限り、そんな人間はアリシアしかいない。

 出なければ、ルシファーを落とす事もADを単機で大破させる事もなく神を殺すのも到底、出来ない。

 少なくとも目の前にいる女はいつにも増してその眩い瞳の輝きを照らしている。

 目の前の女は偽物では無い自由な身の女である事はシンにも理解出来た。





「無事で良かった。とりあえず中に入ってゆっくりと話を聞かせて貰おうか」


「ごめん。ゆっくり話す暇は無いの。みんな、今すぐ出撃準備して」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る