わたしはこの瞬間を待ってたのかも知れない

 4日後


 バビ国家は解体された。

 国内の戦力はたった6機のAPで全て破壊された。

 この戦争の死傷は公式上0人(統合軍の死傷者は含まれない)、バビは独自に開発していた心理兵器が世に明るみとなり、統合軍の武力介入を受けた。

 だが、彼等に抵抗する力など無い。


 そのままバビは解体され、統合政府に吸収された。

 バビのシリコン生産ラインを政府は確保、バビによるシリコン基準の職業基準も改められる運びとなりつつある。

 結果的にレジスタンスが望む結果となった事に歓喜を挙げる民達。

 レジスタンスのやり方には加担できないが、誰もが職業差別からは解放されたかった現れだろう。


  彼等は自由な職業選択の権利を得た事に希望と夢を抱く。

  職業による迫害や差別も是正される。

  それを為した英雄は陥落した首都の広場で佇んでいた。

  APの掌の上に乗り風を感じていた。

  歓喜に沸く風を……。




「わたしはこの瞬間を待ってたのかも知れない」




 この光景を見れば自分の苦しみも苦労もやった甲斐があったと言うモノだ。

 この世界で平和な世界を築くのはハッキリ、言って無理だ。

 だが、少しでも平和でないとアリシアの民となってくれる者も現れず、悪魔を倒す事はできない。

 なにより、ここにいる多くの人間は魂が解放され、真の意味で自由を得ている。

 何者にも縛られず、自由に羽ばたく姿は実に心地いい。


 アリシアはただ静かに髪をなびかせ、街を眺める。

 戦痕の残らない綺麗な街。

 誰も傷つかず喜びしかない人。

 不法を働いた者は断罪された安寧のある場所。


 でも、その安寧も一途だ。

 世界にはまだ、戦争が溢れている。

 此処がまた戦火に晒されるとも限らない。

 だからこそ、自分は救い、導かねばならない。


 彼女の下に人が集まっていた。

 誰もが英雄を一眼見ようとその場に集まっていた。

 誰もが一様に「ありがとう」と口にする。

 この国に内戦を終わらせた英雄の存在を知らぬ者はいない。

 内戦中に負傷した民間人、国家軍、レジスタンスの兵士を癒し、建物に1つも傷をつけずに戦った英雄。

 神の存在を皆が信じていた。

 そして、また理不尽に打ちのめされたある男が声を出した。




「神よ。どうかわたしに御姿をお見せください!」




  アリシアは呼びかけに応じて、そのまま飛び降り地面に着地した。

  そして、問いかけた者に問う。




「私を神と信じるのは何故?」


「あなたは傷を負った者達を癒した所を見たからです。その様な事が出来るのは神しかおりません。それでどうか!このわたしの娘の皮膚病を出来れば治してくれませんか」




  男は彼女の目の前に体を全身が膿で覆われ、所々血が出ている少女がいた。

  顔からも痛々しさが伝わる。

  恐らく、重い皮膚病で医者でも完治出来ないと言われたのだろう。




「出来れば……ですか。もしわたしが神なら出来ない事はないはず。それでもあなたはわたしに出来ればと言うですか?それに信じる者は何でもできますよ」




 アリシアは男の心を吟味する。

 意地悪を言っているつもりはない。

 彼が信者足りうるか、蒼い瞳が見つめる。


 男はすぐに取り繕う。


 アリシアが何を言いたいか分かったのだ。


 自分は疑っている。


 相手を神と言っておきながら、その存在を疑っている。

 自分が試されていると直感した。




「すいません!どうか、治して下さい。わたしの不信心な心があるとしても!それでも娘を助けて下さい!」




 彼は地に這い蹲り、懇願した。

 仮にこの男が不信心だとしても自分の足りなさを認めて、懇願するなら神としてその足りない所すら補い、願いを叶える。

 アリシアは「分かった」と答えた。


 アリシアは女の子の皮膚に手で触れた。

「あなたのお父さんの言葉通りになりますように」と”回復術3”と言うオブジェクトを使い、神言術と神回復術などを複合技として使い、手を体に逸らせながら滑らせた。


 触れた所は綺麗な皮膚に変わっていった。

 少女の顔も徐々に和らいでいく。

 アリシアの手は両腕、お腹、脚へと伝い、最後に顔を覆うと少女の皮膚病は治っていた。

 集まった民衆はその奇跡に驚いた。疑う事はない。

 皆がアリシアを神と崇めた。




「あぁ、神よ!娘を助けて頂きありがとうございます!この事は忘れません!」


「忘れない?本当にその気持ちがありますか?」




 すると、男は首肯した。




「勿論です。あなたという御恵みを忘れません!」


「ならば、わたしを信じるなら今後もこの誓いを果たしてくれますか?」




 アリシアは血の弾丸と肉の弾丸と契約の弾丸を娘を助ける様に懇願した男に渡した。

 その弾丸に込められた意味と契約について語り、男にこの儀式を仕切らせる事にした。

 それ以降、この地域一帯の民の病気は治り、疫病にかかる事も敵から侵攻を受ける事も無かったと言う。

 




 ◇◇◇




 バビ解体戦争は世界中で取り上げられた。

 メディアは特番を組み報道した。

 そこには世界に向け、演説したアリシアの肉声と素顔があった。

 番組では戦争の専門家やナレーターや芸能人がトークしていた。




「この偉業を為したのはあのかの有名な神殺しにしてGG隊の隊長であるアリシア アイ中佐だそうです。先生、小隊で小国とは言え、国家を倒す事とは可能なのでしょうか?」




 ナレーターが紛争学の権威である大学教授に尋ねた。




「まず、不可能ですね。そもそも、戦争は1人や少人数でする者ではありません。各部隊が各々の役割に準ずる事で1つの目標を果たす。本来、戦争とはそう言うものです。だが、今回は戦争の規模に対して明らかに人数が足りていません。逆にどうやってやったのか……わたしが聴きたいくらいです」


「では、どうすればそれが可能と考えられますか?」


「パイロット達が心技体の面で高い技量も持ち、尚且つ敵の情報を精査する優秀な頭脳が必要でしょう。この戦争の最大の特徴は死人が1人もいない事です。今までの常識では必ず死人が出ます。ですが、アイ中佐の作戦行動は死人を一切出さなかった。これだけでも余程の作戦の緻密性と本人の実行能力と小隊指揮の高さが伺えます。それにより、バビが統合政府合併後、衝突や反感を抱く事なく合併出来たと考えます」


「つまり、それだけ優秀な人材という事ですか?」


「端的に言えばその通りですが、だとしても彼女のスペックは異常としか言いようがありません」




 そこで1人の男性タレントが陽気な感じで口を挟んだ。




「いや、でもこの子凄く可愛いよね。演説の凛々しくてカッコいいし強くて可愛いとかもうチートでしょう。現地だと神様と言われてるらしいし、性格も良いんだろうな~」




 そこにギャル系の女性タレントが軽口を叩く。




「でも、神様と言うのは胡散臭いですよね。神様なんているわけがないんだし」


「そんなのただの比喩だよ。きっと、性格が神対応なんだよ」




 そこでディレクターが補足情報を口を挟んだ。




「そう言えば、アイ中佐にはこんな噂があります。戦時中に野戦病院など周り怪我人を触れただけで治したと言う逸話があります。他にも同様の事例で皮膚病を患った女の子を治療したと……」




 どれもこんな感じのニュースばかりだ。

 一様に可愛い、カッコいい、強い、異常とか取り上げたりした。

 番組によってはネットの動画に挙げられたアリシアが皮膚病の少女を治す姿が映し出された。


 だが、「胡散臭い、合成映像、トリックがある」と疑いの目を持つ者もいた。

 アリシアが宇宙神を倒せるからそのくらい行えると信じている者もいたが、無神論者や現代科学主義者は非科学的と一蹴した。

 例え、本当の正しい行いをしても事実を事実として見ない人間が多いのはこの世の特性だ。


 何かをネットに上げれば、あっと言う間に拡散、真実を嘘とすれば、それが真実にされ易くなる。

 それがサタンの働きだったりする。

 人とは、どれだけ真実を語ろうと最終的には信じたい物だけを信じる物だ。




  ここにもそんな男がいた。




「アリシア アイは3均衡の承認無しに独断で作戦行動を取った挙句……一方間違えれば、国家間の政治摩擦を発生させて戦争を起こそうとしたのだ。だが、それが上手く行かずに偽装して英雄強いては神を気取っているのだ」


「なんて強欲な女なんだ。許せない!」




 ロア ムーレイは怒りを滲ませ、右手で握り拳を作る。

 彼女の指揮した小隊により第2特殊任務実行部隊はロアを残し全滅した。

 ロア自身はファザーが用意していたテレポートシステムで生き残ったと説明された。

 自分の義やプライド、信念が彼女に引き裂かれたと感じるロアは頑なにアリシアを否定する。

 更に彼女はあの宣言がロアの心を頑なにする。




  私は下らない戦争を嫌う。お前達が茶番を繰り返すなら私は全てを敵にし全ての破壊する。




 ロアからすればその戦争を起こしているのは彼女であるのが白々しい。

 しかも、戦争を茶番呼ばわりする。

 多くの人間が命懸けで平和の為に戦っている。

 様々な思惑があっても目標があるから命懸けで戦い、各々が抱く人の平和や希望を守る為に戦いを終わらせようとしている。

 人は優しい温もりを持ち、誰もが平和と安寧を望んでいる。

 その為に戦っているのにアリシアはそんな想いを茶番と言ったのだ。

 それを認める事は出来ない。




(許せない)




 だが、否定したくても……否定仕切れない事実がある。

 彼女の前に自分は何一つ証明できず、無力なまま帰って来た。

 宇宙神と戦えると自負していたが、その自信も砕かれ、それが自惚れだと一蹴された。


 そんな人間が導いた戦いの結果が、無血による併合だった。

 戦争を望む女が何故、人を殺さなかった?

 何故、こんなにすんなりバビが併合に応じたのか?




(分からない)




 自分が目指した平和の為の行動と彼女との差に何がある?ロアにはそれが分からなかった。

 だが、ロアはアリシアとは違い自分の罪と言うモノを認めず、自分にとって不都合の事実を自分なかではなく相手そとに求めてしまった。

 自分は何も悪くなくアリシアが悪いと決めつけた。

 存外、アリシアとロアはほとんど大差がなかったのかも知れないが、2人が唯一違ったのは「悔い改めた」か「悔い改めなかった」かの差だったのかも知れない。

 アリシアは悔いたが、ロアは悔いないと言う”怠惰”に進んだ。

 彼は最終的にアリシアが行った事を「それも大きな戦争の為の布石なんだ」と決め、全てアリシアが悪いと責任転嫁した。

 人間の正義に流された方が楽だから、彼の罪は”怠惰”に流されたのだ。





 ◇◇◇





 そして、此処にも自称王を名乗る男が腹を立てていた。




「おい!どうなってるんだ!心理兵器の事バレねーんじゃねえのか!」




 宇喜多は作戦失敗に苛立ち、ファザーに当たり散らす。




「そのはずでした。バビがテロ国家としての勢力拡大を最大限まで増長させた所を大義名分で排除する予定でした」




 ファザーは機械的に淡々と言い訳を並べる。




「それで近くの刑務所に攻撃を受けて偶々逃げ出した俺がバビ解体の英雄になるシナリオだったろう!たく、何やってんるだ!この役立たず!」




 宇喜多はファザーに切れた。ファザーはただ「申し訳ない」と謝罪した。

 宇喜多をもっと動きやすい立場にすべく公然的に英雄に仕立てるはずだった計画はアリシアの活動で瓦解した。


  しかし、ファザーの中では計画と宇喜多の中の計画では少し認識に差があった。

  宇喜多は早急に終わる戦争だと考えている。

  だが、ファザーの中では数十年単位の戦争を起こして、そこで宇喜多を優秀な指揮官に仕立て上げるつもりだった。

 それがだとファザーは演算しているからだ。

 だが、全てはアリシア アイにより計画は破綻した。




(こうなれば、現在残っている最後の計画を使って戦争を起こすしかない)






 それはADを使ってこそ最大効果がある。

 宇喜多の知らぬところでファザーの心中でそんな演算が行われていた。

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