化け物と呼ばれる苦悩

 答えるはずのない問いかけを、どこの世界にいるかも分からない相手にした。

 だが、これはせめてもの気持ちであり誠意だ。

 ステルス機能が時間切れを迎えると同時にアリシアは上空へ飛び出した。

 射線の上を陣取りスラスターを展開し、国家軍の懐目掛けて突貫、国家軍は突然の奇襲にたじろぐ。




「蒼い奴だ!」


「クソ!撤退するぞ。やりあっても勝ち目がない」


「撤退させません!」




 アリシアは敵の懐にダイブロールする様に飛び込んだ。

 敵陣の中に入った事で、敵は咄嗟にナイフに切り替えてきた。

 だが、既に居合の構えを整えた。アリシアは反撃の余地なく勢いよく回って、敵の下半身を斬り裂いた。

 レジスタンスは国家軍が一瞬でやられたのを見て、仲間割れを起こしていると認識した。

 だが、その意識の隙を作る為にわざ、国家軍から攻撃した意図などレジスタンスに分かるはずがない。


 アリシアはそのまま反転、少し上空を取りながら”来の蒼陽”を魂の”空間収納”に戻し、左マウントハンガーに格納されたG3SG-1アリシアカスタムバトルライフルに持ち替え、レジスタンス目掛けて突貫した。

 レジスタンスは突然の事に動揺し、アリシアの射撃に一気に2機の重心変化装置を撃ち抜かれ、落とされた。

 レジスタンスは反撃を乱射する。


 だが、弾丸を見て避けられるアリシアに並みの弾丸は通用しない。

 レジスタンスは段々と距離を詰められ、アリシアはそこで一気に急降下した。

 レジスタンスの射線は上に向いたままで銃口の修正にかかるもアリシアは地面にそっと着陸し、足の脚力とスラスターの点火を使い敵の懐にダイブロールした。


 そして、敵のすれ違い様に敵からコルトガバメント式のハンドガンを奪い、敵陣の中心で回転をかけながら的確に重心変化装置だけを撃ち抜いた。

 敵は姿勢が保てなくなり、その場にドタと落ちる。

 ダイブロールからの敵陣へのアプローチ。

 敵の懐に入り混戦に持ち込まれせる市街地戦の戦術の様だ。

 APにとって脚とは着陸、姿勢制御、時に足技を使う為の物であり、機動戦術として使う事は無い。


 だが、スラスターの無いAP擬きは足が機動そのものだ。

 脚を使った戦技は彼等に分があるのだ。

 この世界では脚の蹴りを使い、ダイブロールする事すらない。

 それが敵に対しては奇襲に成っていたのだ。

 アリシアは脚の蹴りとプラスしてスラスターの加速を使った。

 その奇襲力はオリジナルを凌ぐアリシアだけの戦術となった。




「ありがとう。リナ。助かった。これなら効率的に倒せそう」




 会ったことも無い。正確な名前かも分からない相手にアリシアは敬意を抱く。

 使ってみて分かった。

 恐らく、リナは一流の技量を持った洗練された忠実で粘り強く、無駄の無い戦い方をしていたのだろうと分かる。


 その洗練された技から彼女は非常に自分の目に叶う、命ある人間だと分かる。

 彼女の成果が結果的に自分を助けてくれた。

 これには感謝しても仕切れない。

「祝福を与えたい」と思ったのだが、どうやら自分がやる必要はなかった様だ。

 彼女は既に祝福されていた。

 しかも、妹と仲良くあっちにいるようだ。

 それもシンの縁者だ。






(なるほど、確かにそれならわたしと相性が良い訳だ)






 ”過越”を受けたらある意味、同じ肉を分けた存在になる。

 そもそも、同じ者なら親和性も高い。






(良い縁者を持ったね。シン)






 アリシアは思わずほくそ笑んで、再びスラスターを展開した。

 嬉しかった。

 彼が復讐だけの鬼にならず、ちゃんと人を救えた事もリナと言う素晴らしい魂を持ったパイロットの力が借りられた事も両方誇らしく嬉しい。




 ◇◇◇




 それから数十分の後


 蒼い機体は戦域のほぼ全ての敵を掃討した。

 残るは基地を防衛する国家軍だけだ。

 レジスタンスはこれを好機と見たのか、全軍を投入して敵の基地の制圧にかかる。

 尤もアリシアにとっては良くない展開だ。

 レジスタンスが黙っていてくれれば、自分だけの被害で済んだのだから。




「基地司令。蒼い機体とレジスタンスがこちらに向かってきています」


「止む終えん。試験を兼ねてアレを使う。アブガドを起動。友軍に射線からの退避を命じろ!」




 基地に接近すると防衛部隊が変な動きを始めた。まるで射線を確保しているかの様な動きだ。

 すると、その先に1隻の陸上戦艦が目の前の格納庫から現れた。

 先端部には巨大なパラボラアンテナが取り付けられている。

 明らかに「触れるな!危険」と誇示している。

「隠す気が微塵もないのか!」とツッコミを入れたい。




「やっぱり、あったね。ルシファー擬き」


『ありましたね。面倒な物です』




 アリシアとアストはワープ中に感じ見た未来のビジョン。

 近い将来、バビが国土拡大の為にルシファーの技術を利用し、侵略戦争を起こす事を……複数のルシファー擬きが各地に侵攻し、無血勝利を収めながらアフリカ圏を統一、統合軍は対応仕切れず、アフリカを破棄する。

 だが、近い将来拡大化した欲は更なる欲を呼び、バビは統合政府との戦争に発展。

 統合軍は対抗策としてルシファーをサルベージして量産配備する。

 後は精神を腐らせる悲惨な戦争を互いが滅ぶまで続けるだけだ。


 今のアリシアには、それが分かる。

 分かってしまうから、バビが本格的に動く前に戦力を削り、レジスタンスに心理兵器が使われない様に両軍の敵に立った。

 そうすれば、国家軍は心理兵器を最大脅威のアリシアに向けるしか無くなる。

 また、レジスタンスとも敵対すれば、レジスタンスは迂闊に自分には近づかず、レジスタンスに心理兵器は向けられず、2次被害も避けられると考えていた。

 尤もその打算は外れてしまった。

 いや、打算が外れる様に仕向けられたのかも知れない。




「なんであんなに仰々しいんだろう?アレだと狙って下さいって、言ってる様なものでしょう」


『調べた結果。技術は入手したものの小型化出来なかった様です。パワーはルシファー以上ですが、電力消費も激しい様です。総合的に見れば劣化版ルシファーです』


「でも、威力はルシファー以上なんでしょう?」


『ですが、連射能力は乏しいです。ルシファーがボルトアクション式ライフルなら、こちらは正しく戦艦の大砲です』


「威力に天と地ほどの差があるんだけど……」


『あなたなら、多少傷つく事があっても致命傷ではありません。問題はそれ以外の者達です。レジスタンスの精神汚染は免れない。更に射線上にある人や街に直撃すれば、被害は甚大なものになります。心理兵器への干渉は膨大なWNが無ければ出来ません』


「つまり、わたしは放たれる心理兵器を自分の身を盾にして防ぎつつ、レジスタンスと国家軍と戦う必要があるんですね」


『簡単な話でしょう?』


「そうね。いつも通り1人で戦争するなら話は単純明快です」




 最近、気付いた事だが……どうにも自分は損な役回りを押し付けられている。

 しかも、誰かに賞賛される事よりも排斥される事が多い。

 出なければ、殺されはしないだろう。

 今回もレジスタンスを守る立場にあるにも関わらず、レジスタンスに銃口を向けられると言う損な役回りだ。


 与えられた使命と体質から考えて多分、自分には貧乏くじを引く才能があるのだとアリシアは確信した。

 だが、今に始まった事ではない。

 もうその体質とは、地球の寿命以上の付き合いなので考えるのはやめた。

 アリシアは「はぁ~」と軽く息を漏らし整えた。




「アスト。わたしが相手をしている間に基地にハッキング。心理兵器のデータを削除と並行してデータを取得をお願い」


『了解』


「それじゃ行こっか」




 アリシアは戦艦に突貫した。



 ◇◇◇





「敵の接近を確認」


「切り札はまだ使うな。レジスタンスをポイントに誘導後に一掃するのだ」




 戦艦はレジスタンスに向け、ミサイルと砲弾をロックオンする。

 続けてAP部隊を使い、敵を囲む様に左右に展開、包囲を狭める様に攻勢を開始した。





(なるほど、徐々に包囲を狭めて一か所に固まった所を1発で仕留めるつもりですか……)






 今のアリシアは敵との距離が近ければ近い程、敵の作戦の意図を読めてしまう。

 3次元では能力に制約はあるが、この世界で戦争する分には情報と言う有利点を必ず取れる。





(まずはミサイルと砲弾で敵を牽制……そこに追い打ちをかける様に外からAP部隊で強襲。理に叶っていますね。ですが、看過する訳にはいきません。だから!)





 アリシアは左手に刀を握った。

 自分の背後にいるレジスタンスと一気に距離を離した。




「敵、急速接近!」


「まずはあの蒼い奴から堕とせ!」




 戦艦はネクシレウスにロックオンした。




「火力から予測して刀では捌き切れない……なら、少しだけスキルを使いましょう。武器創造!」




 アリシアは回避運動を取りながら、アリシアは右腕を真横に払った。

 すると、右手の延長線上に何かが形を為して、現れた蒼い光が一束化し形を為していく。

 戦艦の乗員は謎の現象に心奪われる。




「何だアレは?」


「敵の右腕部に質量体を確認、数値増大!」


「一体何が起きている」




 だが、説明するつもりはない。

 蒼い光がパッと弾けたと共にその物体は現れた。

 見かけはアリシアが使い慣れたG3SG-1をベースにしたマックスマンライフルだ。

 その間にもミサイルと砲弾がアリシアに迫る。

 アリシアは手早くマガジンを装着、銃をスライドさせた。




「私の意志がそのまま籠った弾丸!遠慮なく受け取りなさい!」




 アリシアはライフルを右で腰溜めしながら放った。

 ライフルから放たれた一閃はあり得ない速度で連射されていく。

 戦艦の計測機では、1秒間に1万発超えと言う訳の分からない値が計測された。

 圧倒的な連射速度をアリシアはいとも簡単に制御し、放たれるミサイルを迎撃し、放たれる砲弾の軌道を逸らせた。

 たった1丁のチートライフルの前に戦艦の弾幕は徐々に押され始める。




「何をしている!もっと弾幕を張れ!」


「これで全力です!敵のライフルの速射力が速すぎます!」


「なら、リロードの隙をついて攻撃するんだ!」


「敵は既に推定60万発撃っていますがリロードの気配がありません!」


「な、なんだと!そんな馬鹿な!奴の弾倉は無限だとでも言うのか!」




 無限と言うよりマガジンに弾を生成する機能を付加してWNを材料に作っているだけだ。

 彼らにとって無限とは大差ないだろうが、少なくともアリシアにはそれなりの負担ではある。

 本来、信者を使う事で発生させる御業を無理矢理起こしているのだ。

 これだけのチート武器を作れば負担は軽いとは言えない。

 彼女の目が若干霞む。




『大丈夫ですか?』


「大丈夫。この位なら地獄に比べれば大した事じゃない」




 そして、ミサイルと砲弾の雨が止んだ。




『敵、残弾ゼロ』


「こっちも撃ち止めだね」




 アリシアの気持ちに反応する様に銃が徐々に霞の様に消えていく。

 やはり、妨害に慣れていない事もあり、不安定になり易く、完全な実体に成れない様だ。

 彼女の疲労感が一気に溜まる。

 自然と息が荒くなり「はぁ……はぁ……」と吐息が漏れる。


 だが、そんな彼女の想いを裏切る様に背後から被弾があった。

 疲労感で注意が散漫になった事に咄嗟に気付いた彼女は直ぐに回避を取った。

 レジスタンスは後方から容赦なくアリシアに向けて撃ってきた。

 加えて、国家軍のAPもこちらを攻撃してくる。

 国家軍と戦うのは仕方ないが、レジスタンスと戦う理由はない。




「逃がすな!あの化け物がいつ我々を襲うか分からない!動きが鈍った今を狙え!」




 だが、レジスタンスはそうは思えなかった。

 結果的にレジスタンスを守る行動が、逆にレジスタンスの不安感を煽った様だ。

 アリシアは何度もレジスタンスに攻撃を仕掛けた。

 彼らはそんなアリシアを不確定要素として、排除しようとしているのだ。




『面倒な事をしてくれる』


「アスト。回線を開いて」


『話し合うつもりですか?』


「それで済むなら越した事はない」




 アストは黙って回線を開いた。




「隊長。敵からの通信です」


「無視しろ。敵に隙を与える事になる。相手は得体の知れない化け物だ。あの敵は我々に牙を向けた。敵と語らう必要はない」




 だが、回線を使わなくてもアリシア達には筒抜けだった。




『と言う風に言っています』


「……」




 アリシアは少し顔に暗い影を落とす。




「アスト」


『何です?』


「私……やっぱり、化け物なのかな?」




 アストは答えを言えなかった。

 人知を超えていると言う意味では、確かにその通りだ。

 だが、それは人間離れした高潔な精神があってこそだ。

 人間の様に私利私欲の為に他者を食い物にしない。

 その点で言えば、化け物ではない。

 アストは知っている。


 アリシアがどんな道を歩んだのか……悪魔を滅ぼすと言う大きな使命を背負い、自らの平和と安息を犠牲にしてまで地獄で戦い続けた偉大な存在だ。

 本来、地獄とは悪魔が落ちるべき場所で天使である彼女が行く必要の無い場所だ。

 だが、彼女は罪が無い身でありながら、悪魔よりも先に地獄に入り気が遠くなるような試練を受けた。


 地獄とは、悪魔ですら落ちたくはない場所だ。

 だが、アリシアは苦しいと思っていたが、決して逃げようとはしなかった。

 助けを求める事も弱音も吐かずに、ただ神に与えられた試練をやり通した。

 そんなアリシアは1つの命として

 それが彼女を化け物足らしめている反面、彼女の温もりの現れでもあった。

 でも、本当はそんな大きな力など彼女は望んでいなかった。


 ただ、普通に平穏でいたかった。

 そんな女の子なのだ。

 普通でいたい自分と異常でいないとならない自分との間で彼女は鬩ぎ合っていた。




「やっぱり、私……壊れてるんだ。やっぱり、化け物と人間じゃ相容れないのかな?」




 彼女は自然と涙ぐんでいた。

 人間としての自分と神としての自分の解離が苦しかった。

 誰もいないところで不意に弱い心を持つアリシアが弱音を吐いてしまう。

 彼女も全ての人間と分かり合えるとは思わないが、無益な争いがしたいわけではない。

 ただ、自分が化け物のせいで、争いが起きているならそれが不憫なのだ。




『だが、それがあなたの強さでもある。己の弱さと言う強さを知っている。あなたの心が強かったら、あなたは人を殺す事に慣れてる。無論、悪い意味で。あなたは命の重さを知っているから殺す事に慣れていない。命を奪う事の本当の意味を知っているからそれが出来ない。少なくともアステリスはそれを羨んでいた』


「ふぇ?」


『自分は産まれた時から裁く側に立っていて、裁かれる者の気持ちに疎かった。裁かれる側に立つ者は生きようとする気持ちが強くなる。気持ちと体が伴わなくても気持ちがあれば、私は力を貸せる。イリシアはその気持ちが強過ぎた。無意識に私から力を吸い上げる程に強かった。わたしが彼女の感情に引っ張られる程、強かった。だから、わたしは裁かれる側だったイリシアが少し羨ましく思いました。だって、わたしを超えてくれたのですから。あの子の気持ちは大きく温もりがある。非常に愛おしく美しい。立派に育ってくれて私は嬉しい。と言っていました』


「アステリス様がそんな事を……」




 誰もが羨む地位にいるアステリスが自分を羨んでくれた事に何と返せば良いか言葉が詰まる。




『ですから、あなたの抱える葛藤は決して間違っていません。むしろ、化け物である事を誇ると良い。あなたの在り方は本来の命の在り方その物なのですから。でも、あなたは戦い過ぎている。だから、一度落ち着いたら戦いの無い普通の生活をしましょう。わたしがサポートします。化け物と呼ばれる事のない普通の生活を』


「うん。ありがとう。ごめんね。弱音吐かないって決めたばかりなのにすぐに破って」


『それでもあなたは前に進むでしょう。多少、後退する事もあるでしょうが、それでもわたしが支える。だから、あなたは前を向いていれば良い』




 アリシアは涙を拭った。気持ちの整理は出来た。また、苦しむかも知れない。

 それでも支えてくれる人がいれば自分は歩んでいけると思えた。

 この苦しみは間違っていないのだから……

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