黒竜の試練

 地獄


 イリシアの修行は更に苛烈さを増す。

 足腰を徹底的に鍛え上げられ、その要領で136億光年の3倍の質量の枷をつけられて懸垂を行なわされ、136億光年分の足枷をつけられ、肋木腹筋を強要されたりした。

 どれも過酷であり、しっかり上げ切らねばトレーニングメニューを全てやり直し時間内に目標セットを終わらせなければ、またやり直しを喰らった。

 体力などは既に限界を超えているが、負けられない彼女は1回1回に全力と気力と命を全て注ぎ込み、泣き叫びながら愚痴も弱音も吐かず、やり通した。

 それだけでも脅威的だが、身体能力を徹底的に鍛え上げたらその次に待っていたのは地獄のような実戦だった。

 今までの実戦は経験していたがより実戦を重視して生身であらゆる敵と戦った。


 APを使って倒すのがやっとだったあの亀やエベレスト山のように巨大なボス亀の大軍の前にたった1人で生身で挑んだ。

 逃げたくても逃げ道はない。

 勝つしかイリシアに道はなかった。

 ”来の蒼陽”を携え敵の首を吹き飛ばし、内部に侵入して狼型の獣の群れを蹴散らし、亀の主脳を斬り裂く。

 狼や亀を狩る度にイリシアの戦闘技術は上がり、神力と筋力も増していき、髪も伸び、今ではセミロングの髪を後ろに束ね、ポニーテールにしている。

 その過程で多くの苦戦も苦しみも味わった。


 山のような亀は通常の亀よりも固く”来の蒼陽”でも首を吹き飛ばせず寧ろ、折れた挙句、生き残るために群れで迫る亀の頭部を鍛え上げた膂力で吹き飛ばしながら、敵の返り血で血だらけになりながら、何度も生き残ろうと努力し死んで努力して死んで何度も上手く行かなくても愚直に繰り返した。

 例え、精神が摩耗しようとそれを繰り返した。

 そうする中でイリシアの体は戦闘能力と効率は上がり、膂力と体のタフさは増大、刀も戦闘を重ねる毎に”武器創造”で強化されていく。

 武器はこんな感じだ。




 来の蒼陽 7式


 神力保有 SSS


 攻撃力 極大 攻撃力 極大Ⅱ 攻撃力 極大Ⅲ 神力 極大 神力 極大Ⅱ 神力 極大Ⅲ 神斬鉄 極大 神斬鉄 極大Ⅱ 神斬鉄 極大Ⅲ 心意斬撃? 偽神特攻 大




 地獄に耐え抜く為に何度も”武器創造”を繰り返し、失敗と成功を繰り返す内に彼女の武器の性能は地球にいた時よりも規格外なモノになっていた。

 これも如何なる地球での戦いとは比べ物にならない過酷な戦いに耐える為の彼女の神化しんかだった。

 イリシアの肉体と精神と武器は戦う度に地獄しれんを味わう度に強さを増し強大になっていく。




「はぁ……はぁ……ふんはぁ……!」




 彼女の短く吐いた瞬間、剣先から爆炎が鳴り響き、銀河ほどの大きさがある蛇の群れを薙ぎ払う。

 蛇は大きさの割に素早く、巨体にも関わらず塵のように小さなイリシアを確かに睨みつけ、殺気を放つ。

 スキルで言えば、”神威圧”を保有した敵がイリシアただ1人を殺す為に”威圧”を放つ。

 どれほど鍛えた人間だろうと矮小な人理的正義感を持つ者では決して耐えきれない瘴気がイリシアに突き刺さる。

 だが、彼女は決して臆したりしない。

 彼女は宇宙を駆け、蛇の首筋に回り込むと銀河を跨ぐほどの大きな跳躍と共に蛇の首を斬り落とす。


 首と胴体が離れた蛇は霞のように霧散しイリシアの糧に変えられる。

 規格外の敵からは規格外の力と規格外のスキルと法外な数のスキルが滝のように流れる。

 地獄のような日々だが、力を糧に変えた時の力の流れがなんとも言えない快感に変わり、力が日毎に高まる毎に自分が生まれ変わる事に向上心が沸き上がり、更に意志が強くなり神力が高まり、刀の斬撃が鋭くなり、その度に強敵を倒していく。

 これが彼女に許された地獄での唯一の楽しみだ。


 それしかできないが彼女にとっては地獄を深く潜る毎にかかる次元圧と言う負荷と言う苦しみが力に変えていく。

 今の彼女は地獄すら楽しんでいた。

 最初のその事に悲観すらしたが、そんな悲観的な考えをする事自体がこの世界で生き抜く上で無駄であり、洗練を繰り返す度に人間らしい不要なところが削がれた結果が今の彼女になっていた。

 そこには人間が持つような矮小な正義感や人理など介在しない。

 そんな者を持った者が如何に矮小で愚かしいか地獄では嫌と言うほど味合わされる。

 地獄は長い箸に似ている。

 長い箸で食べ物を掴みそれを自分で食べようとすれば、箸が長すぎて食べられない。

 故に飢えて死ぬ。

 個人や集団の正義や人理を押し付け合い善人や正義の味方のように振る舞い、驕り高ぶる者はそのように死ぬ。


 だが、愛があれば互いに愛するので長い箸をお互いの口に持っていき食べさせられる。

 イリシアは1人だが、その隣には少なくとも彼女を助ける誰かはいるのだ。

 彼女はそれを硬く信じているから生きているのだ。

 偽善者では死んでいる。


 日毎の糧を得て、己を鍛え、生きる為に呼吸を繰り返す。

 それを繰り返すごとに1日の全てを傾け、彼女の時間は長いが全力で走った事で何者にも負けない強さを得て不可能と思われた地獄の走破を目前にまで引き寄せた。





 ◇◇◇





 イリシアは宇宙へと繋がる険しい階段を登っていた。

 それは太陽系を飛び出し銀河を飛び出し、更に別の銀河すら通り越す。

 数多の敵と出会い戦ってきた彼女の肉体と精神は既に人智など介在しない。

 神の域すら越えようとしていた。

 引き締まりを帯びた肉体はスレンダーな体つきに鍛え上げた肉体を詰め込めるだけ詰め込んだ様に肉厚で張りがある。

 全身の肉付きに無駄はなくこの世界で何よりも硬く強靭に出来たアストロニウムをも凌ぐ肉体。

 過酷な環境でも心が何度も不毛の地に成ろうともその度にまるで大樹の様に生き返り、地獄の業火で不純物を取り除かれた洗練された精神。


 それらが合わさり彼女からは激しい生命力の迸りを感じる。

 蒼く輝く真っ直ぐな瞳に鋭く凛としてどこか妖麗さすら醸し出す風貌が彼女の懐の深さと高位に高まった強い意志と静けさを出していた。

 宇宙に続く階段は徐々に終わりが見えてきた。

 常人ならまずこの急な階段を登る体力すらない。

 イリシアがいる距離は地球から太陽ぐらいの距離だ。


 それ以前に此処には酸素はない温度も極寒であり灼熱で真空だ。

 WNの力を使えない者では到底生きてはいけない過酷な環境だ。

 そして、最上階まで辿り着いた。

 一面は目には見えない透明な壇上の上でありそこには地獄において最強最大の存在がいた。




「ドラゴン……」




 イリシアがそう呟くそれは燃え盛る黒い太陽。

 その全長は最早、人智などが介在しない強大な存在、地獄の怒りそのモノと言われるほど強大にして巨大、2720億光年分の大きさに相当する黒竜。

 奇跡や伴わない口先だけの意志行為等に頼る矮小で貧弱な人間では到底、傷一つ付ける事も叶わない存在、人間如きが起こすあらゆる奇跡をねじ伏せる圧倒的な力がそこにあった。


 イリシアの呼びかけに応じる様に黒い太陽は徐々に姿を変える。

 自然界ではあり得ない漆黒に燃え盛る炎を纏った左右2対の4枚の翼は広げた。

 肢体は屈強さを思わせるほど盛り上がった筋肉。

 左が黒と右が赤の2色の眼を持ち頭には頭頂部に左右に大きな角を生やしていた。

 太陽そのものと呼べる竜は確かにイリシアに対して敵意を露わに咆哮を放つ。


 イリシアのその咆哮に一歩引いた。

 イリシアの本能が確かに感じていた。

 敵の大きさだけではなく確かな強さをこの竜は持っており未だかつてない強敵に息を飲む。




「これが神ですら勝てなかった獣……」




 人は神に似せて作られた。

 それは地球の生態系のおける人間の立ち位置と似ている。

 人間は知恵を使い、動物を捕食し管理している。


 だが、自然界に放り出された人間は素手でライオンに勝てるだろうか?


 仮に人間が生物兵器を作り出し何の管理も出来なかった時、素手で挑んで勝てるだろうか?




 神においても同じだ。

 知恵と御業を使えば勝てない敵ではない。

 だが、純粋な戦闘本能では神とは言え、獣には勝てない。

 イリシアの最後の戦いとは人間が素手でサメの様に獰猛なシロナガスクジラに挑むよりも絶望的な状況に挑む事だ。


 彼女が挑むのは世界で最も大きな太陽そのものなのだから……。

 しかも、地獄の最深部とはWNの力が大きく制限される。

 WNは神の御業の素だ。

 スキルを使えば勝てるが、それは神の捨て身の攻撃と同義だ。

 そして、今のイリシアにはスキルはほとんど使えない。


 今まで”神刻術”や”神回復術”、”武器創造”を使っていたが、ここは地獄の中でも究極の地獄、ヘルオブヘルだ。

 地獄の獣達が生きていく事すら出来ず、燃え尽きてしまうほどの地獄だ。

 特殊な条件でも整えない限りスキルは使えない。

 今はただ、生命維持に使っているだけだ。


 イリシアが勝てる要素は無いと言える。

 だが、関係ない。

 ここで死ぬなら所詮自分はサタンすら倒せない醜い罪人だったと諦め、大人しく地獄の刑に入るだけだ。

 生きたければ1秒でも長く生きろ。

 それだけだった。

 これ以上の言葉は不要だった。

 イリシアは大太刀を構えた。


 竜は敵意を露わに湧き上がる太陽フレアを放った。

 イリシアは鍛え上げた超人的な速さで太陽フレアを避ける。直撃は避けるがその熱量は尋常ではない。

 普通の人間なら即死だが、イリシアが避ける分には軽い火傷程度で済む。

 だが、そうは長くは持たないだろう。

 イリシアは高速でポジションを変えながらフレアを避ける。

 ドラゴンは避けるイリシアは疎ましく思ったのか蚊を払う様に翼を大きく羽ばたかせWNの風を巻き起こす。


 イリシアの体は風に取られ動きが止め、ドラゴンは太陽フレアを放った。

 イリシアは大太刀に剣化の上に更にWNを流し込み、流し込まれた膨大なWNの塊をイリシアは振り翳した。

 大太刀から放たれたWNによる剣圧はドラゴンの風を打ち消した。

 刀身にWNに流し込み力と技とする。

 それがイリシアがこの地獄で覚えた技の1つだ。

 イリシアは迫り来るフレアを後方に下がりながら避けるが、フレアはイリシアを追尾する。

 イリシアは後方にバク転をしながらバク転の反力を利用して後方に更に後方へと飛んでいく。

 イリシアはバク転で大きく宙を飛び空中で姿勢を戻した。


 フレアとの距離は開いたが、フレアは未だにイリシアに迫り、イリシアは再び大太刀にWNを流し込む。

 さっきとは違いWNそのものを鋭い刀身とする。

 ドラゴンは更にフレアを強めイリシアは迫り来るフレアの前に構えた。

 大太刀を後ろに回し狙いを定め大きく振った。




「はぁぁぁぁぁぁぁぁっあぁぁぁぁぁぁ!!」




 大きな叫び声と共に蒼い輝きを放つ光の刃がまるで濁流の様に地面を抉りながら、ドラゴンに向けて放たれた。

 その巨大な蒼い濁流とフレアが激しく激突した。

 互いが互いに相殺し合い打ち消し合っていた。

 だが、蒼い光が段々とフレアを推し始め、フレアは徐々に弱っていく。

 ドラゴンの屈強な肉体にも僅かに傷が入り始めた。


 だが、ドラゴンは負けずと全身を黒く輝かせた。

 黒い輝きが放たれるとフレアもそれに応答して勢いを増した。

 今度はフレアが蒼い斬撃を推し始め燃え盛る炎が迫りイリシアの体を焼いていく。

 ダイレクトスーツは所々破れていき、その部分が徐々に焼きただれていく。


 イリシアに苦々しい顔を浮かべる。

 だが、それだけでは済まなかった。

 ドラゴンの全身が更に黒く輝き始めドラゴンの口周りに光が集まっていく。




「不味い……かも……」




 ドラゴンは容赦なく口から莫大な黒い豪炎の球を放った。

 豪炎の球は周りのフレアを巻き込みながら、イリシアの蒼い斬撃を徐々に押していく。

 イリシアの斬撃は彼女に直撃するギリギリまで迫ってきた。

 迫り来る爆風と熱風が激しくイリシアを襲う。

 ダイレクトスーツは更に破れていき、イリシアは裸体同然でその身を焼かれる。





(ダメ……なのかな?)





 そんな気持ちを思わず抱くと気持ちに呼応するように斬撃の威力が落ちる。

 今までは何とかなって来たが今回の敵は明らかに別格だ。

 相手は恐らく、アステリスと同等か、それ以上の存在で神と呼べる存在でありさながら”神獣”と呼べる存在だ。

 イリシアの最大の一撃が押されている。

 獣とは人と違い生きる事に最大の労を費やす存在だ。

 人間の様に煩悩や誘惑、欲に囚われる事がない。


 故に意志も揺らぎ難い。

 迷いがない分単純なパワー勝負では知能を持って生命は勝てない。

 パワーだけならアステリスを遥かに凌ぐ生命を前にイリシアは諦めかけた。





(諦める?何の為に?諦めて一体何になるの?絶望した事なんて何度もあった。なのに今回諦める?私は今の辛さから逃れる為に命を捨てようとしている?弱さにつけ込まれて誘惑に駆られている?私はそんな自分が嫌いなのに……また、諦める私になるの?そんなの……そんなの……絶対嫌だ!)






 イリシアの中で何かが芽生えた。

 かつて人間だった時の記憶自分の悪夢と呼ばれた日々。

 その日に戻ろうとする自分がいた事に今気づき、そんな自分を激しく嫌悪した。

 堕落した自分を彼女は許さない。


 自分に厳しくする事でこの地獄でそれを捨てようとした。

 だが、まだ足りない。まだ、そんな覚悟では甘い!

 自分への厳しさは自分への優しさであり甘えだと知った。

 優しさとは愛とは人に向けるものであり、自分に向けるものではない。

 他人への厳しさと自分への厳しさは決して相容れない。

 誰かに優しくありたいなら……イリシアは大太刀を天に向け大きく構えた。






(自らを徹底的に冷徹に冷酷に殺すしか無い!自分の限界なんて関係ない。私はこの身を滅ぼしてでも勝つ!勝って生きる!)






 イリシアの瞳は真っ直ぐと眼前の敵に狙いを定めた。

 イリシアは大太刀を大きく思いっきり振り下ろした。

 自分の肉体と魂を犠牲にする程に一撃はまるで銀河がそのまま海の津波として迫る様な勢いで蒼い斬撃がフレアと黒い火球を飲み込んでいく。

 黒竜はその奔流も悶え、断末魔をあげた。

 肉は削れ黒い翼は千切れていく。


 黒く染まった鱗は徐々に蒼い王輝おうごうの輝きを放ち始めた。

 竜は途中までこそ断末魔をあげていたが全身の変色と共に安らいでいく様に力が無くなり、見えない地面に倒れ込んだ。

 竜の体は徐々に掻き消えていく。




「これで本当に終わった……」




 全てが終わり緊張の糸が切れそうだ。もう、体も心もボロボロだ。 許されるなら休みたい。



「いいえ、終わりじゃない」

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