神の裏切り
その声で自分を休む事は許されないと感じた。
真上から聞き覚えるある声がしたと思うとその女性は真上からコバルトブルーの剣をイリシアに振り翳した。
イリシアは満身創痍の中、大太刀で受け流し距離を取った。
だが、イリシアの胸に僅かに傷が走る。
「あなたは……何故こんな事を!」
「そんな状態で初段を躱しますか。やりますね」
「そうじゃない!何のつもりです!アステリス様!」
そう忘れもしない。
自分を創り出し自分を救ってくれた恩人にして創造主アステリスだ。
アステリスはイリシアを本気で殺そうとした。一切、手加減などなく確実に首を刎ねようとしたのだ。
イリシアはどう言う事なのか問い詰めた。
「イリシア。あなたは強くなり過ぎた。わたしを超える程に」
「それをあなたは望んだじゃないですか!」
「嘘ですよ」
「嘘……?」
「自分達の私欲の為に世界そのものであるわたしを殺そうとする人間を救済すると思ったの?自分達で戦争起こしておきながら、人類の平和?希望?人類の存続?笑わせるわね。反省もしないで戦争ごっこして悔い改めたふりをして、天の世界に甚大な被害を出してる。そんな人間を本気で救済すると思った?」
今のアステリスはイリシアの知るアステリスの口調では無かった。
品性に欠けまるで高慢で人間を嘲笑し、あざ笑う人間のような振る舞いだった。
だが、言っている事は間違いない。
天の世界に来て分かった。
人間は精神の深いところで繋がりを持ち、因果に介入している。
つまり、運命と言う奴だ。
世界における運命と言うのは全て人間とサタンの同意で決定している。
並行世界で人間同士の争いが起きるのも異星人同士の争いが起きるのも全て人間が事前に決めた未来なのだ。
アステリスはそれを戦争ごっこと言っているのが分かるのでその気持ちは理解できた。
地球の争いから離れ、地獄での争いに身を置いたからこそ分かる。
あの世界での戦いは全て台本のある舞台であり、本物の戦争じゃない。
下らぬごっこ遊びで自分達の世界が傷つけば、見放したくもなる。
だが、なら何故、イリシアを救ったのか疑問が残る。
初めからそのつもりなら身捨てれば良いだけだ。
「ならば、何故!わたしを救ったのですか!」
「くくくふははははは!」
アステリスは突然高笑いした。
イリシアはアステリスとは思えないような仕草に驚いた。
「救った?わたしが?あなたを?何か勘違いしてない?わたしはあなたを地獄に送ったでしょう?」
「でも、それはサタンを倒す修練の為に!」
「だ・か・ら。わたしが人間を救済するわけがないでしょう!救ってもキリがないもん。面倒臭いわよ。わたしがあなたを救って見たのはあなたを道化にする為よ」
「道化……?」
「永劫の幸せという希望をチラつかせて絶望に落として楽しむ為に決まってるでしょう!だから、地獄に落としたのよ!」
アステリスの歪んだ笑みにイリシアの顔が徐々に歪んでいく。
「後は貧相に泣き喚いて無様に死ぬ様を拝んでやろうと思ったけど、事もあろうにあなたは死なず高慢にも神を超えようとした!」
「!」
「このままではいずれ下克上される可能性があった。だから、疲弊している今なら討ち取れると考えてわざわざ出向いたのよ」
「そんな……嘘……」
イリシアの腕がダラリと下がった。
失望と絶望で今まであった強い意志の根幹を失いかけていた。
アリシアはアステリスを救おうと身を粉にして戦い続けたのだ。
その想いが今、この瞬間に裏切られ、あざ笑うかの如くボロボロと崩れ落ちる心の音が聴こえた。
そして、アステリスはトドメの一言を放った。
「でも、余興で始めた事とは言え楽しめたわよ。それでこそ、道化戦士を育てた甲斐があったわ」
「育……てた?」
「えぇ。そうよ。あなたが地上で生を受けてから道化戦士にする為に色々施策したんだから……3人の子供もその為に用意した。それを喪失して不屈の精神を培う様に集落にAPをけしかけてた。やられ役3人は即刻退場廃棄処分で地獄に放り投げたわ!」
イリシアの顔が急激に歪み、歯軋りを立て始めた。
「あら?怒ってる?なんで怒るの?あなたはその為に産まれたのよ?わたしがあなたを作ったんだからあなたは与えられた役目に準ずれば、良いのよ。いや〜でも、驚いたわね。生存率ゼロの世界で全ての地獄を本当に制覇するなんて!次は念密に調整しないを……」
「アァァァァァァスゥゥゥゥゥテッェェェリィィィスゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!!!」
イリシアは疲労困憊を吹き飛ばす程に激昂、大太刀をアステリス目掛け振り翳す。
だが、彼女の一閃は目の前に突然、現れた硬い物に阻まれた。
アストロニウムで出来、剣化した大太刀に切れない物はない。だが、確実に何かに阻まれている。
イリシアは違和感を覚え、直ぐに距離を取る。
すると、その硬い何かが徐々にアステリスの目の前に現れる。
それは人の形をした巨人。
人間を超える豪腕な腕と脚を持った機械じかけの巨人。
その姿は忘れるわけもない。
それは自分の相棒だった存在だ。
「アスト……」
突如、現れた相棒の名を思わず口にする。
「なんで?アストが……」
「この者はサタンとの戦いで散った私の意志の残滓だ。わたしはお前にくれてやった物を返して貰っただけだ」
「裏切ったの!最初から!この為にわたしを騙していたの!ね!答えてよ!答えなさい!アスト!」
だが、アストは無言でその場に鎮座する。
「どうやら、この者はお前と話す事はないようだ。せめてもの情けだ。わたしがこの機体を駆り葬ってくれる」
そう言ってアステリスは両手を広げ、宙に浮いた。
コックピット辺りまで上昇するとコックピットに溶け込む様に入って行った。
そして、ネクシルのバイザー越しのツインアイに火が灯った。
アステリスは自身が持っていた剣を巨大化させ装備、振り心地を試してみた。
「はははは!なかなかどうして、人の業で作った物もそう悪くはありませんね」
イリシアは呆然と眺める。
前にも何処かで似た様な経験をした。
そう自分が殺されるきっかけとなった日あの日に似ている。
違うのは相手が人間ではなく神である事と自分の相棒である事だ。
あの時に同じ危機であの時とは違い、裏切りにより同じ目に会おうとしている。
その時のトラウマによる恐怖や怒りや失意が入り混じり、感情がよく分からなくなる。
「ですが、これでは動きが重いですね。私の反応速度に追いつくには足りません。作り直すしかありませんね」
すると、ネクシルの周囲で蒼い光が迸りそれが徐々に全身を包んでいく。
「これはまさか……」
イリシアは知っている。
アステリスがなにをしているのか……。
かつて、昼と夜を作り天と地を作り人や獣を作り上げた創造の御業だ。
高位の”神言術”により為される世界すら創った言葉だ。
ネクシルの鋭利な装甲はその鋭さを増す様な硬い素材に変わり、脚部や腕部が本当に刀身の様に鋭く変わる。
まるで全身を刃にした様な殺人的な美しさが出ていた。
そして、最後に自身が持っていた剣をより鋭利により細くより薄く作り直し構えた。
イリシアも構えた。
アステリスが本気なのが伝わるからだ。
「うん。良い仕上がりです。これこそ神が乗るに相応しい」
「ネクシルでわたしにトドメを刺すなんて……悪趣味」
「否。この巨人はネクシルに在らず!人の武具ではない。神の武具となりし機体。ネクシレウスだ!」
「ネクシ……レウス」
「イリシア。お前には敬意を顕そう。一千万軍天使の将である私に本気を出させるのだからな!」
すると、ネクシレウスは目の前から消えた。
「気配がない!何処に!」
すると、微かな気配を背後から感じた。
イリシアは直感と本能で右横から迫る何かを大太刀で防いだ。
並みの巨大な獣なら今の防御で防げるが、次の瞬間イリシアは大きく真横に吹き飛ばされた。
見えない地面を転がる様に滑走しあまりの速度に摩擦熱が発生し裸体同然の彼女の身を焼いた。
「ああッああぁぁぁッ!」
イリシアは悶えながらも今まで培った精神力で痛みをねじ伏せ、体を再構成しようとした。
だが、上手くいかなった。
それもそうだ。今までイリシアが再構築と言う回復能力を上手く行えていたのは今まで信じていたアステリスの助言によるものだ。
”魂から湧き出るWNで生きている”と固く信じるのです。
そう信じていた。
信じていたから出来たのだ。
だが、アステリスに裏切られたと言う事実が力を奪っていた。
しかも、あのネクシレウスはバカみたいな膂力を持っている。
136億高年分に迫る獣と同等かそれ以上の膂力であり、そんな相手に回復能力無しに挑むのは不可能だ。
今の彼女に残されているのは極限まで鍛え上げられた無防備で所々、焼き爛れた裸体と神の前では棒切れ、同然の大太刀だけだった。
だが、今のアステリスは無慈悲にも彼女に立ち上がる隙すら与えず、鋭い刃となった脚部で立ち上がるイリシアを斬り飛ばした。
「がっは!」
イリシアは再び吹き飛ばされた再び地面を転がり、摩擦熱が再び身を焦がし、体の一部が炭化しようとしていた。
だが、アステリスは冷酷にも彼女が転がり終わる前に一瞬で先回り、今度は殴りつけた。
そして、それを無限に繰り返す。
殴り蹴り剣で斬り裂き、殴り、蹴り、斬り裂いた。
圧倒的な神の前に人間など無力と誇示する様に一方的な戦いだった。
あまりの撃圧に血飛沫を飛ばしながらイリシアは上空へ飛ばされた。
「まだ、息があるとは。流石に頑丈に出来ますね。なら、これならどうです?」
アステリスは空中に浮いた彼女に剣で照準を合わせた。
すると、複数の剣が召喚されイリシアをロックオンする。
「穿て」
アステリスは静かに冷徹冷酷に唱えた剣は弾丸よりも速く飛んでいき、その剣はイリシアが1cm落下もする事も許さない。
そのままイリシアの胴体と脚、腕を貫きながら地面に叩きつけた。
「ぐっはぁぁはぁっぱ……は」
まるでキリストが十字架にでも掛けられた様に地面に磔にされた。
右腕の関節は無理矢理力任せに磔られた事で既に外れている。
アステリスはズシリズシリとイリシアに近く。
「これで終わりです」
アステリスは一瞬失望したとも悲しいとも取れる様な一言を呟いた。
そして、無言でイリシアの腹に刺さった剣を横に払い彼女の上半身と下半身を切断した。
血が大量にドバと流れ出す。
「がああああああああぁぁぁぁぁぁ……」
最後に地獄を轟かせる程の断末魔を挙げ、彼女は絶命した。
アステリスは静かにその結末を見た。
「これで終わりです。希望は潰えたのですね」
アステリスは力なく剣をその場に落とした。
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