罪深い英雄の誕生

 アリシアが作戦行動をする少し前


 ある部隊がアリシア達を監視していた。

 彼らは衛星からアリシア達の動向を確認し予測進路を割り出す。




「隊長。このまま行けば予定通りです」


「そうか。各機気を引き締める。相手は神殺しだ。並みの相手だと思うなよ」




 隊長のその言葉に中隊全員が「「「了解」」」と連呼した。




「隊長。本当にこれ大丈夫ですか?」




 隊員が隊長に不安げに尋ねた。




「何がだ?」


「いきなり、ジュネーブから命令が降りてあのアリシア アイを排除しろ。なんて、何か可笑しいと思いまして」


「確かにそうだな。近辺で不審な行動をしている。それだけの理由で撃破命令が下るのは軽率な気がするな。異常な敵を撃墜する様な極秘部隊だ。怪しい行動の1つ2つしても可笑しくはないはずだ」


「俺達、大丈夫ですかね?噂だと任務で虐殺を指示した兵士がいたらしいですよ」


「そう深く考えるな。俺達は軍人だ。指示された事をやれば良い。平和の方針は考えられる奴がやれば良い」




 すると、紅い仮面をつけたあの男が口を開く。




「その通りだ。平和は政府が導き俺達はその助けとなる。これもその為に必要な事だ。我々の行動が1つ1つ人類の平和に繋がると考えれば良い」




 部隊には随伴する機体がいた。

 その機体は紅く塗装された機体で4枚の重厚感のある羽を携えていた。




「そうだぞ。御同輩のそう言っている。要するにそういう事だ。えーと……」


「ロア ムーイだ」


「そうそう、ロア大尉もそう言っているんだ。大丈夫だ。心配いらんさ」


「は、はい」




 隊員は少し歯切れが悪いが一応、納得した。




 ロア ムーイ大尉。

 ジュネーブ本部から派遣された大尉だ。

 今回の作戦に随伴する事になり、実質指揮官の様な立場だ。

 だが、誰も彼の軍功を知らず名前すら聴いた事は無い。

 しかも、何故か顔に上を隠す様に紅い仮面をつけており、何処かのアニメで見た様なキャラクターだ。

 性格は決して破綻しておらず寧ろ、正義感と仲間思いな所もあり、隊からも嫌われてはいない。




「隊長。目標を捉えました。どうやら、交戦状態にある様です」


「何と戦っている?」


「どうやら、サレムの騎士と交戦している様です」


「ここは敵の消耗を待って攻めましょう」




 ロアは部隊長を促す様に具申する。

 指揮系統が違うが、ロアは基本この部隊長に従う立場にある。

 彼がするのはあくまで具申だけだが、隊長もロアの意見には賛成の様だった。




「了解した。全機!この場で待機!」




 隊員達はその場で待機をした。




 ロア ムーイは作戦を振り返りながら、自分の身に起きた生い立ちを思い出す。





 ◇◇◇



 ツーベルト マキシモフはΣ隊の取り調べを受けていた。

 聞けば聞くほど、頭が可笑しく成りそうだった。

 自分が政府の正義の為にやった行いが、ただの虐殺だったのだ。

 それもどうやら、コードブルーが事件の被害者であり、告発者と言うのが外から聞こえ、自分は愕然とした。

 コードブルーは自分を含めた多くの迫害の中で正義を貫いた。

 だが、自分は紛い物の正義を貫いただけであり、その事実が重く圧し掛かる。

 自分がやったのはただの虐殺……ただのテロ行為……ただの悪だ。


 何かの誤解であって欲しい。正義をした自分が何故、迫られなければ成らない。誰か助けてくれ……そう思った時であった。

 自分の手錠のロックが外れ、鍵が掛かった取調室のロックも外れた。

 徐に扉に近づいたが、辺りには誰もいない。

 目の前には監視が座った椅子が一つ置いてあり上にはCPCが置いてあり、ツーベルトは目にCPCを付けた。

 すると、メッセージが現れた。


「真実を知りたくはないか?知りたくば、脱出経路を教える」と出てきた。

 ツーベルトはまるでそれが恰も正しいと呪われているとすら思える判断で一切、迷わずCPCに表示された指示に従い進んで行った。

 不思議な事に誰にも出くわす事無く外に出る事が出来た。

 そして、指示通りに駐車場に止めてあった紅い車に乗り込みそのまま逃走した。

 ガイアフォースの基地を出た所でようやく憲兵達はツーベルトの失踪に気が付いた。




「ツーベルトが脱走した!」




 ジオは驚きを隠せず、声を張り上げる。




「はい。隊員の呼び出し命令により持ち場を離れた隙に逃げた様です」


「直ぐに追跡しろ!」


「それが追跡車両全てエラーを起こし追跡出来ません。現在、代わりの車両の調達。並びに警察と連携し追跡しています」




(馬鹿な……この一連の事は上手く行き過ぎている。取調室の電子ロックは8億通りの開錠法が存在する。短時間でかつ電子工学のスキルが無いツーベルトに容易に解けるはずはない)





 十歩譲って部屋を抜けても本来なら監視が居て直ぐに取り押さえられる。


 百歩譲って監視がいないにしても施設内部には監視カメラがある。

 誰にも気づかれずに通り過ぎる事は不可能だ。


 千歩譲ってカメラが不調かつ管制室が見逃したとしても駐車場に彼が乗れる紅い車が偶々居合わせる事は考えにくい。


 万歩譲って偶々ツーベルトが手頃の車を発見したとしても追跡車両が全てエラーに成るのは在り得ない。


 ツーベルトの逃走劇にはこれだけの”奇跡”が起きなければ、成し得ないのだ。

 ”奇跡”とは念入りに準備された必然とも言え、この時点でツーベルトには謎の支援者が存在すると考えられる。





(ツーベルトのバックには誰かがついているのか?誰だ?調べてもそれらしい人物は出てきていないが……)





 ジオが念入りに調べてもツーベルトの背後関係は何もなかった。

 テロリストに繋がっている訳でも軍の過激派に毒されている訳でも”放火”に関係もしていない。

 だが、今ツーベルトの背後に何者かの存在を感じざるを得ない。

 妙な不気味さだけがジオの心にシコリを残す。



 そして、ツーベルトは奇跡的に逃げられ、警察車両も次々と謎のエラーが起きヘリすらも追撃出来なかった。

 その後、ツーベルトの行方は途絶えた。





 ◇◇◇




 気づけば、ツーベルトは何処かの施設におり、CPCの案内に従い施設を動き廻った。

 そして、広い所に出ると辺りが光ったかと思うと円卓の会議場だ。

 目の前には大きなモニターがあるだけだ。




「なんだ?ここは?」


「ここは我が内だ」




 すると、モニターが点灯し画面には道化師の仮面が映った。




「お前が俺を呼んだのか?」


「如何にも」


「何者だ?」


「ファザー。エシュロンファザーと言えば分かるだろう」


「ファザー……管理システムファザー自身だと言うのか?」


「如何にも」




 人工知能と呼ばれている存在が何故か、自分の助けた事に事情が呑み込めないが、何とか冷静に今の状況を知ろうと心がける事にした。




「何故、俺を助けた?」


「私にはお前が必要だったからだ。新人類よ」


「新人類?」


「私が知る限りお前は進化した新人類ネオスだ」


「ネオス?」




 ツーベルトは何の事か分からなかった。

 いきなり、新人類のカテゴライズを貰っても実感がなかったからだ。




「ネオスとはなんだ?」


「他者との相互理解を可能とした人類。常人を超えた感覚と強靭な肉体を持つ者だ」




 益々、疑いたくなる。

 そんな者になった記憶は全くないからだ。




「助けて貰ってすまないが買い被りだ。俺にそんな力はない。その条件に当てはまらない」


「お前の中の因子が覚醒していないからだ。私が覚醒させよう」




 すると、ツーベルトの頭に電流が流れる様な衝撃が奔り、頭に呼び声と衝撃が響き思わず頭を抱える。




「何をする!」




 すると、確かな変化があり頭の中に情報が流れる感覚があった。

 まるで目が開け人以上に世界を見渡す眼力を持ったかのような解放感が彼の心を包んだ。




(これは……ファザーの意志?)


(如何にも……それが分かるという事は自分が人とは違う事は分かるだろう)


(あぁ……分かる)


(今なら私の真意も分かるだろう)




 すると、頭に刹那の間に本来なら長い時間をかけて伝えるべき情報をイメージとしてツーベルトの頭の中に一斉に流れ込んできた。

 内容を要約するとこうだ。




 コードブルーは歪んでいる。

 自身の正義の為に3均衡を傀儡とし、更にはお前の事件も捏造した疑いがある。




 どういうことだ?




 コードブルーは被害者ではない。

 現にΣ隊の隊員がサランスクで調査をした。

 しかし、コードブルーを知る者は1人もいないと判明している。




 なんだと……




 にも関わらず、偽りの証人の言葉でお前は逮捕された。

 それは3均衡を使い、Σ隊が傀儡化されたからだ。

 コードブルーは3均衡を使い、無暗に戦乱を起こそうとしている。


 お前はコードブルーに濡れ衣を着せられたのだ。

 あの場にお前を寄越し、民間人を虐殺させたのはコードブルーだ。


 その証拠は私が抑える。

 だが、このままコードブルーを……戦いを広げる悪魔を野放しには出来ない。

 正義はお前にある。

 他者と相互理解し人が望む希望を成就出来るのはお前だ。


 コードブルーではない。

 コードブルーは人の望まぬ事をする。

 平和と希望を奪う存在だ。

 ツーベルト。いや、ロア ムーイよ!コードブルーを討て!

 それが世界の平和の為であり私がお前を選んだ理由だ。



 

 ツーベルトは円卓に出された紅い仮面を受け取った。




「了解した。人の湯曇りと光を絶やさない為にこの力を振るおう」



 ツーベルトは自分にとって都合の良い事実をあっさりと信じてしまった。

 自分が正義である事に固執して自分が正しくなければならないと拘り、真実よりもファザーが与えた自分の耳に優しい信じたいモノを信じてしまった。

 況して、ネオスと言う能力を与えられ潜在的に自分が人よりなんでも理解できると言う愉悦感に浸り、自分の考えこそ正しいと自惚れ、自分の罪を自分で覆った。

 それがロア ムーイの誕生の瞬間だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る