神誕神話大戦

家に不審物?

 アリシアとフィオナ、リテラはイギリスにいた。

 そこでレベッカ ヨーク代表と面会する為に自治区官邸の待合室に座って待つ。

 どうも、レベッカは元イギリス王室の王女だったらしい。

 WW4時にイギリスと言う国は消え、王族の殆どがその戦争で消えたが当時、15歳だったレベッカだけが生き残り、政治的な意図と本人が為政者向きだった事もあり、今では自治区の長をやっていると調べて分かった。




「お待たせしました」




 レベッカはにこやかで清々しい笑みを浮かべ、一度お辞儀してアリシアの目の前のソファーに座る。




「初めまして、アリシア アイさん、フィオナ オコーネルさん、リテラ エスポシストさん。わたしのイギリス自治区の自治区長のレベッカ ヨークです」




 今の言葉にフィオナとリテラが驚いた。




「えぇ?なんで?」


「なんで、わたし達の名前を?」


「そう可笑しな事ではありません。客人の名前を事前に知っておくのは務めです」




 随分、意識が高い事にアリシアは舌を巻いた。

 アリシアの護衛(として扱っている)であるフィオナとリテラの名前まで把握している。

 きっと、自分との関係を少しでも良好な者にしたいと言う思いから為せる事であり、その道のプロだから為せるのだろ思った。

 そう言った意味ではアリシアにとってレベットの最初の心証はかなり良かった。




「初めまして、ヨークさん。アリシア アイと申します」




 アリシアに続いてフィオナもリテラもフルネームで自己紹介した。




「でも、感激だわ。あなたのような歴史に名を残す偉大な英雄と出会えて本当に嬉しい!」




 レベッカはにこやかに笑っていた。

 良い笑顔だ。

 式典の時のような作り笑いではなく本当に心の底からそう思っている人間の笑顔だった。




「わたしはそんな大層な女ではありませんよ」


「御謙遜を。あなたを知る者なら誰もが思うはずです。戦記モノや神話に出てくるような英雄を彷彿とさせるその武勇にその高潔さ。かのアーサー王とて引けを取りません。わたしはあなたの事を知って年甲斐もなくはしゃいだモノです。子供の時に夢見たおとぎ話の英雄が今、現実にいると錯覚したほどです。だから、わたしはあなたを名誉貴族の候補者に推薦したんです」




(ふぇ?この人がわたしを貴族に推薦したの?てっきり、軍の思惑で貴族にされたと思ってた。もしかして、軍としても渡りに船だった?わたしが貴族になった方が宣伝効果が大きいから?)




「えーと、このような事を聴くのは失礼かと思いますが……そんな個人的な感情で推薦して大丈夫なんですか?」


「そのような事はしませんよ。たしかにわたしの感情があったのは否定しませんがちゃんと厳密な審査をして、あなたの人類への貢献を加味した上で合格基準を満たしていると判断されたのはたしかです」




 アリシアからすれば「なら、別に良いか」とも思ったが、同時に一抹の不安として貴族としてのあり方とか礼儀作法などはよく分からない事に少し不安を覚えた。

 貴族になるのだから、貴族らしい振る舞いをするのが当たり前になるはずだが、そんな生活とは無縁の生活をしていたのだから分からなくて当たり前だ。

 領地を管理するにもアリシアが軍をやめると言う事は今の所ない上、軍も辞表を受け付けないだろう。

 その辺の疑問をレベッカに聴いてみた。




「問題ありません。あなたは今まで通りの仕事をして下さって問題ありません。領地の管理などはこちらでも行いますのでわたしがあなたに求める事があるとすれば模範となる生活をして欲しいくらいです」


「模範ですか」




(なんか、随分とアバウトだね)




「貴族たる者、市民の先頭に立ち模範を示せ。それが上に立つ者の矜持である。先先代のイギリス女王である母の言葉です」


「なるほど、たしかに言い得てるかも知れません。上に立つ者が下の者に仕える。当然の事です」




 アリシアが知る限り上に立つと言うのは一生安泰に暮らす権利ではない。

 それはただのオプションに過ぎない。

 上に立つと言うのは誰よりも下にいる者に仕える事だ。

 そもそも、上の立場にいて自分の時間が多くあると考えるのはただの甘えだ。

 動物界でも群れのボスが幼い動物の世話をする。

 それが世の理であり、順理(そのようにやれば上手くいく理)だ。

 上の人間は自分を犠牲にして他人に仕えるのだ。


 アリシアが見てきた良い指揮官は少なからず皆そうだ。

 カエスト閣下はわざわざ、前線に出る必要もないのに自分を犠牲にして前に出て部下を生存の為に尽力していた。

 天音もアリシアのわがままと言える要求に応える為に時間を割いてでも応えてくれた。


 逆に悪い指揮官ほど他人を消費したがる。

 宇喜多とか言う俗物がその悪い指揮官の良い例だ。

 だからだろう。レベッカのその言葉の意味はよく分かる。




「それが分かるあなたは本当に上に立てる人間なのでしょう。あなたを選んだわたしの目に狂いはなかった」




 彼女の顔はどこか誇らしげだった。




「あなたはその歳で物事の本質をよく理解している。あなたのような貴族が多ければきっとあんな戦争は無かったでしょうに……」




 その言葉を発した時だけ彼女の顔が一瞬、暗くなった。

 何か嫌な記憶でも思い出したようだ。

 顔を見れば分かる。

 だが、その言葉でアリシアはある事を思い出した。

 最後のイギリス国王であり、レベッカの年の離れた兄であるリチャード ヨークは戦争推進派の1人であり、軍事需要を上げて資本増大を図るためにわざわざ、やる必要もない戦争に煽りをかけて戦争拡大をし多くの貴族がそれに賛同したようだ。


 だが、それが悪かったのかアメリカや中国などに目をつけられイギリスは戦火に晒されて国王は流れ弾で死亡。

 戦後、国王に加担した貴族も戦犯として全員が粛清された。

 そのせいか、戦後のイギリスは貴族達の殆どが失われ、残された領地と空き家が点在する有様となった。

 そこで統合政府の中でも人類の貢献した人物を名誉貴族として抜擢するシステムが生まれたのだが、そのシステムを作ったのが他でもないレベッカ ヨークその人だ。

 ただ、その選抜試験はあまりに難関でいくら有名な資本家であろうと名誉貴族にはなれないらしく一説にはハーバード大学に入る方が楽とまで言われるほどだ。


 多分、レベッカは貴族として模範的な人物を選びたいのだと思う。

 祖国を滅ぼした原因が王族や貴族にあるなら同じ過ちを繰り返さない為に上に立つ資格のある者だけを厳選したいと言う彼女なりの平和への想いを垣間見える。

 自分がそれに相応しいのかは分からないがせめて、期待を裏切らないように正しい者であるように努力したいモノだ。






 ◇◇◇







 それからアリシア達はロンドンから移動してアリシアの家となる領地である南西部に向かう。

 辿り着いたのは1家の家だった。

 その門の前にはアリシアがこの家を受け継ぐと聞いた世界中の記者が詰めかけている。

 軍との取り決めで共に屋敷の中を見て回ることになっている。

 アリシアの受け継ぐ家が立派ならそれが軍の権威に繋がる。

 浅はかだが、たしかに効果的ではある。

 それは仕方がない話だ。


 ただ、それにしても広い。

 門の前に辿り着いてから今のまで直線距離300m、その周りに低木々がレンガを積み上げたように綺麗な壁のように手入れされている。

 遠くでは噴水の音が聞こえ水の飛沫と落ちる音が緑と調和して溶け合う。

 至る所で周囲の木々を霧のように水を与えその飛沫が虹が出来、直線上にアーチを作る。


 レベッカに案内されながら、アリシア達は呆然と屋敷を見回る。

 これが自分の家になると言われてもあまりに実感が湧かない。





(わたしは2ヶ月前まで難民キャンプのような家に住んでたんだよ……)






 それなのにいきなり、こんなお金持ちが住むような家に住めますと言われても夢かそれとも新手の詐欺かどちらかを疑う。

 しかも、明らかに1人では住みきれない。

 フィオナとリテラとシュアしても全然、余裕がある。

 その後、食堂やら大広間、寝室などを見て回る。

 どうやら、粛清された貴族の備品などがそのまま残されており家の雰囲気などが残っている。


 印象とも言えるが、どこか暗い影があった。

 イメージだが、この家はあまり賑やかな家系ではなかったのだと思う。

 賑やかな家系は賑やかな家系らしい雰囲気が家の雰囲気でわかるモノだ。


 これは介護士だったアリシアの勘だ。

 色んな家を回ったからこそ何となく分かるのだ。

 そうなると後で色々、揃えないとならない。

 今のままではアリシアのイメージには合わない。

 これからアリシアの家になるのなら家主の顔になるように家にするのが主人としての責務だ。

 さて、どんな構想にしようかな?などと考えながら歩いていくうちに外にある離れに連れて行かれた。


 その建物を見た時、アリシアの体に悪寒が奔った。

 アリシアの視線の先には教会があった。

 それも屋根の上に堂々と十字架を掲げる教会だ。




(なんでだろう?)




 教会は神聖な物だと言う事は知識として頭で記憶しているのにこの悪寒と言うか、異常な嫌悪感をアリシアは抱いていた。

 まるで敵の巣窟にでも乗り込むようだ。

 何が一番妥当だろうか?呆れと甚だしさ、怒り色んな感情が渦巻くがその中でもたしかにあるのが憐れみだ。

 この教会に入る者がいるならそれが哀れでならないと言う憐れみがある。


 リテラとフィオナの顔を横から伺ったが、彼女達は特に何も感じていない。

 後ろを振り返りマスコミの反応も伺うが、特に違和感を覚えている者はいない。

 どうやら、アリシアだけが何かを感じていると言う事だけはわかった。

 すると、まるでタイミングを計ったようにスマホ型PCに着信があった。

 アストからだ。

 少し前までいつでも通信を繋げていたが、オーディンを倒した辺りから敵の妨害が強いらしく気軽に通信が出来なくなり、必要な時にしか連絡が来ない。

 このタイミングで電話はやはり何かあるのだと察してアリシアは電話に出た。




「はい」


『このまま着信は繋いで下さい。それとわたしの声が聞けるようにインカムを』




 アリシアはアストに言われるがまま着信をオンにしたまま、ダイレクトスーツの携帯型インカムを左耳につけた。




『結論を言いますがその教会は偽神の神殿です』


「なるほど、道理で可笑しい訳です。神聖とは程遠い禍々しい力を感じる。教会の所属は神聖ファリになっていますね。偽装ですか?」




 教会の入り口に付いた看板には神聖ファリ所属を表す看板がかかっていた。

 神聖ファリとはWW3時に旧時代宗教が解体された際にそれを母体としてできた宗派だ。

 彼らの教理は「聖書の教理に基づいた信仰」だ。

 恐らく、偽神が神聖ファリを隠れ蓑にしているのだと思った。




『偽装ではありませんよ。あれは神聖ファリの教会です』


「ふぇ?そうなの?」




 予想外の返答だった。

 でも、それが表す結論は神聖ファリが元々、偽神の一派と言う事になってしまうと言うアリシアの疑問に答えるようにアストが説明を始める。




『彼らは聖書の神様を信じるとは言っていましたが、実際は金儲けの為に教理を世俗化して健全な教えを広めているフリをしているだけですよ』


「そうなの?」


『えぇ、彼等は日曜日礼拝を訓令として定めていますが実際、聖書には1週間の7日目である土曜日に礼拝を守るように明記されています。これはAD321年のニカイア公会議で当時のローマ皇帝が好むミトラ教の教えを取り入れた結果、日曜日礼拝が生まれただけです。聖書には日曜日礼拝を守れとは書いていません。そして、ミトラ神は偽神ですので今の神聖ファリ教=ミトラ教な訳です』


「じゃあ、AD321年より前は健全な教えだったって事?」


『そうです。ミトラ神はローマ皇帝を介して様々な聖書の教えを曲解させ剰え、過越まで捨てさせました。そのせいで今の世代まで偽神に対抗する手段を人類は失っていた。我が神は様々な姿、様々な文献を残し宗教の母体を作りましたが、残念ながら人間の宗派に神の教理を守っている宗派は1つもありません。地上にある全ての宗派が全部ミトラ教と言っていいです』

 



 それはかなり致命的だ。

 そのミトラ神がどこの誰かは知らないが、偽神への対抗策である過越をそんな昔から封じてきた辺りかなり狡猾だ。

 しかも、様々な宗派がある中でその全てを統一済みとはある意味、恐ろしい。

 誰にも気づかれずに世界征服が完了し誰もそれに気づいていないのと同じだ。

 もし、アストがアリシアに過越していなかったらこの前のオーディン襲撃で人類壊滅もあり得た訳だ。

 ミトラ神は間違いなく人間に敵対的な誰かだろう。

 しかし、どこの誰だろう?と言う疑問があった。


 オーディンのような存在だとは思うが今、知っている情報を纏めるならラグナロクもオリュンポスも2300年前から地球には侵攻出来ず現れたのはつい最近だ。

 だが、ニカイア公会議があったのはAD321年だ。

 得た情報に嘘がないならラグナロクにもオリュンポスにも当時のローマ皇帝に干渉する力は皆無に等しいのでニカイア公会議を仕向けるのは不可能だ。

 そうなるともしかするとミトラ神は今の地球のどこかに潜伏しており、自分と戦う事になるのはそう遠くはないのかも知れないと思った。


 アリシアは警戒しながら教会へと足を踏み入れる。

 教会の中は煌びやかだった。

 木製の長椅子の正面には金メッキの宝石を散りばめた壁画にマリア像と十字架が中央に据えられている。

 芸術の観点から言えば中々の完成度だと思うが今のアリシアには禍々しいモノにしか感じられなかった。

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