新たな契約者

 フランス パリ


 リリーは待ち合わせ場所に現れた。

 大通りにあるレストランにとある人と待ち合わせていた。

 向こうから連絡があった事に最初は驚いた。

 何せ、かの有名な平和指導者がガイアフォースの一社員でしかない自分にアポを取りに来たのだから……。

 予約された席に向かうとそこには既に待ち合わせ相手が座っていた。




「お待たせした。ミス アシリータ」


「いえ、私がお願いしたのです。ありがとうございます。ツイ少尉」




 かの人物、レベットはリリーにコンタクトを取り、約束されたレストランに来ていた。

 2人は料理をオーダーし今回のオーダーの話を始めた。




「お話は伺っています。彼、シンに会いたいのですね」


「シン。それが彼の名前ですか?」




 シン。

 名前を聞いた限り、やはり記憶にない名前だった。

 だが、デジャブだろうか全く記憶にないとは言い切れない。

 何か心に引っ掛かりを感じる名前でその名を聞くと心の奥底に忘却された記憶が蘇えりそうな感覚がした。




「えぇ。ですが、私は彼の連絡先を知らない。知っているのは彼と行動を共にしていた女性の方だ」


「では、その方の連絡先を教えて貰えませんか?」


「間が悪いですね」


「間が悪いですか?」


「私は隊長から彼女との仲介役を任命されました。本当は個人的に彼女との繋がりを持つ目的で連絡先を教えたんですが、隊長にバレてしまいまして……私個人が教える訳には行かないのです。ごめんなさい」


「いえ、それでしたら仕方ありません。なら、直接極東に赴くだけです」


「あの……差し支えなければ教えて欲しい。どうして、そこまで彼に会いたいのか?」




 レベットは少し躊躇ったが、他言しない事を条件に彼女に事情を話した。

 何故、彼を気に掛けるのか……彼が何故、自分に憎悪するのか……何故、自分だけの秘密を知り……何故自分を偽善者と呼ぶのか?その疑問を彼女に伝えた。




「成程、偽善者ですか……」


「えぇ。あそこまでハッキリとした殺意がなんのか私は知らねばならない……そんな気がするのです。ごめんなさい。初対面にこんな事を……」


「いや、こちらとしては問題ないです。それにしても……まさか……」




 リリーはこの出来事に心当たりがあった。

 自分が犯した事に似ている気がしたのだ。

 悪意の無いままに悪意を振り撒き、害を齎す。

 それはレベットが置かれた状況と似ているのではないかと。




「機密に関わるので詳しくはお話出来ませんが、恐らく、あなたは気付かない内にあなたの平和活動で何人いや……もしくは何百人単位の人間を殺しているのかも知れません」


「私が……ですか?」




 レベットは自分の職柄とは程遠い言葉に耳を疑う。

 リリーはレベットの表情からそれを伺い知るが「無理もないか」と思いながら話を進める。




「勿論、平和活動をすれば反発され戦う事もあるでしょう。そう言う間接的な犠牲ではなくあなたが指示した直接的な行為があなたの気付かない間に人を殺しているのかも知れません。あなたが平和活動のつもりでやっていた事はある人から見れば殺人だった。恐らく、シンはその被害者だったのではないかと私は考えます」


「でも、私は彼には会った事は……」


「そこは謎ではあります。ですが、それは重要ではないと考えます。結果的に彼はあなたから危害を受けたと思っている。それが一番重要なんだと考えます」




 確かに言い逃れをしてもシンが自分から被害を受けたと思っている限り会った事があろうとなかろうと言い訳にはならない。

 彼とどこで会っていようといまいと事実だけは変わらないのだから……。

 



「私の部隊にも気付かない内に直接的な指示で何百人も殺した者がいます。我等の隊ではその件の調査をしています。それを知るきっかけになったのがシン達極東の部隊でした。彼等は恐らく、そう言った事件を調査する憲兵か何かだと考えられます。彼等は言っていました。知らなかったにしても殺し過ぎる。わざとなんじゃないか?と」




 レベットはリリーの知る情報を聴いて顔色が少し悪くなる。

 それが本当ならレベットが被害者の立場でもあまり良い気持がしない。

 罪悪感が心から沸くようだった。




「では、尚の事私は真実を聴かねばなりません。その女性の方は極東基地にいるのでしょうか?」


「今はジュネーブにいるはずです。丁度この前、式典に参加してましたから」




 レベットはその言葉にハッとなった。

 そのように言われる人物は最近においてはただ一人しかおらず英雄と称される女を指す言葉だったからだ。




「まさか、その女性とはあのアリシア中佐ですか?」


「えぇ、そのアリシア中佐です。ですが、今、アポは取れないと思いますよ。こちらの情報ではアリシア中佐はあの化け物の対策会議に呼ばれる可能性がありますから」


「そうですね……」




 確かにレベットの私的な事情の為に彼女の時間を割くのは得策ではない。

 レベットの事よりも今は神を僭称するあの化け物の対策を検討する事の方が急務だ。

 ここで彼女に接触するのは人間としての良識を疑う話だ。

 そんな人間の話など聞いてはくれないだろう。




「それよりもまず、あなたは自分の行動を振り返るべきかも知れません」


「わたしの行動ですか?」


「今まであなたがして来た行動、その行動が現在、如何なっているか?それを知る必要があると私は考えます。彼らに接触出来ないなら出来るところから潰していくしかないと考えます」




 レベットはある言葉が過っていた。



 甘えるな!そんな事は自分で考えろ!何度も教えて貰えると思っているのか!




 彼の……シンの言葉が過る。

 ここで彼らに答えを求めに極東に行けば同じ事を繰り返す様な気がした。

 ここで自分で考えねば彼に会う資格すらない……そんな気がしたのだ。

 まずは、自分で考え、調べる必要がある様に思えた。




「あの……お仕事を依頼したいんですけど良いですか?」


「仕事ですか?何でしょう?」


「わたしがやってきた活動を調べ直すのはかなり時間がかかり人手が足りません。場合によっては武力行使も必要でしょう。そこでガイアフォースの力をお借りしたいです」




 リリーはそれを聴いて1回頷いた。




「分かりました。掛け合ってみます」


「ありがとうございます」




 リリーは会社に連絡をして後日、それが正式な依頼として成立した。



 ◇◇◇



 ベナン基地


 アリシアは一旦、音速輸送機を手配しベナン基地まで戻った。

 中佐になったお陰なのか、モーメント社のジュネーブ支部に掛け合ったら2つ返事で借りる事が出来た。

 ベナン基地に戻るのは今からやる事を万が一にも他の人間に知られたくない為だ。

 ちなみにリテラとフィオナは妨害耐性力Cだ。

 なら、やる事は決まっている。

 突然、帰ってきた事に吉火は驚いていたがアリシアは軽く挨拶を済ませて吉火にある命令を下した。




「えーと。どういう事ですか?」


「どういう事も何もありません。彼女達はNPに入って貰いますから機体を下さい」


「そんな勝手に契約を結ぶのは……」


「私にはNP内で如何なる権限も行使出来るはずですよ?」


「あぁ、うん。そうだな。何でもない」




 吉火は諦めた。

 言い出したら彼女は聴かない事くらい分かっていた。

 しかも、契約違反は一切していないのだから何も間違っていない。

 何をどう決めようと彼女の自由にする決まりだ。

 それでもやはり唐突過ぎる行動に吉火は面喰らう。

 もっと事前に言ってくれれば良いんだけどな……と吉火は思った。




「ネクシルタイプの機体はどのくらい掛かりますか?」


「今から作って2日で完成です」


「なら、2日後に取りに来ます。わたしはそれまでイギリスにいますので」




 天音や軍の方から一度はイギリスに行くように命令されている。

 断りたいが自分が面倒だからという我儘で断る気にもなれない。

 どうやら、軍としてはアリシアが爵位と領地を受領するところをしっかりと放映しておきたいらしい。

 良いように宣伝に使われているが、宣伝戦略の重要性は理解できるので細かいところは目を瞑る事にした。




「了解しました。ところでOSはどうするんだ?普通のOSで良いのか?」


「OSは入れないで。後で入れるから」


「後で入れる?何か特殊なOSなのか?」


「多分、この2人なら複製したTSを使えるはずだからTSを入れる予定だよ」




 吉火は顔が真顔のまま硬直した。




「えぇ?TSの複製?出来るんですか?」


「出来るよ。上手くいけばね」




 どうやら、彼女と契約した事は決して間違っていなかったらしい。

 アクセル社のこの15年の間ずっと研究してきたがTSの解明は何一つできず、TSの複製も不可能と言う結論に達していた。

 だが、彼女は僅か2ヶ月で既にTSの複製に可能性を見出していた。


 将来的にTSの量産化が成功すれば、世界の戦いは様変わりする。

 仮想的かつ理想的な武器を兵器として出力し現実に行使する事が可能な兵器が完成する。

 そうなれば、NPはあの組織と互角以上に渡り合える。

 吉火は思わずニンマリした。




「吉火さん。何か良からぬ事を考えてませんか?」




 吉火はギクリとして我に返った。




「そんな訳がないでしょう。喜んでいますよ」




 吉火は何事も無かったかの様に装う。




「でも、どうやって複製するんですか?良ければ教えて欲しいですね」


「仮説の段階だから無理。それに仮に正しくてもそれを吉火さん達が信じる信じないで大きく変わりますから。今は普遍性の無い量産方式とでも思ってください」




 吉火はそれ以上、聴かなかった。

 気になりはするが、それ以上は知る必要がないと言う事なのだろう。

 少なくとも吉火やディーンはTSの量産を画一する方策が思い浮かばなかった。

 だが、アリシアにはそれが出来る。

 彼女にそれだけの判断材料があると言う事だ。

 なら、吉火が言う事は何もない。



 ◇◇◇



 アクセルトレーニングVR空間


 アリシアに連れられ路地裏に入った。

 アリシアには「黙ってついて来て」と言われそのまま路地を右往左往しながら入っていく。




「ここだよ」




 そこは廃墟だった。

 看板が立てかけて在り、そこには完全には読み取れないが教会と書いてあった。




「待っていたぞ」




 すると、まるでタイミングを計ったように教会の中から1人の老人が現れた。




「まだ、その姿をしてるのアスト」


「今のワシはアストであってアストではない。仕事用と言ったではないか」


「まぁ、良いよ。要件は分かってるよね」


「この2人か……君達に問う。神を信じている?」


「いや、全然」


「と言うよりいる者なの?偶像じゃなくて?」




 アリシアはまるでかつての自分を見ている様だった。

 今だから言える。あの時の自分を捨てた事で自分は生まれ変われた。

 その結果は決して間違っていなかった。


 神がいようといまいと関係ない。

 彼女にはその実態は見えないしこの目で見た事もない。

 でも、確かに自分は変わり、そのお陰で救ってくれた人がいる。

 その存在だけは常に感じられる。

 それが不可能を可能にしてくれる無力だった自分に力を与えてくれた。

 そう信じている。


 きっと、神様も言うだろう。


 自分を信じる必要はない。ただ、自分の行う事を信じれば良い。


 きっとそう言うに違いない。




「何故、信じないのかな?」




 アストは彼女らに聴き返した。




「神様が良い人なら私達の集落を襲わせないはずだよね。でも、襲われた。何の罪があって私達を守らなかったのか分からない」


「それに仮にいるとしても世界には自分勝手に色んなモノを奪う人が一杯いる。そんな世界を静観するなんて余程の放任主義者って、事でしょ?なら、いないも同然じゃない?」


「なるほど、その言い分は分かる。しかし、少し自分勝手ではないかな?」


「「自分勝手?」」


「人間は自分の置かれた境遇と位置で全ての物事を判断しようとする。君達の言う通り神がこんな世界を静観するのは可笑しい事だ。しかし、君達は神がどんな働きをしているか知っているか?」


「「どんな働き?」」


「逆に言おう。神が仕事をしてもどれだけ救おうとそれ以上に人が破滅を望むから幾ら救ってもきりがないとは考えないのか?そう言った考えを失認し君達は全てを神の責任にして都合よく解釈している。だが、それは正義を都合よく解釈して君達に不幸を齎した者達と何が違う?」


「あぁ……」


「言われてみれば……そうかも……」



 2人はアストの言葉に何か悟るところを感じた。

 自分が身勝手な言い分を言っていた気がして途端にむず痒さを感じる。

 まるで幼少期の自分の恥ずかしいところでも見せられたかのように……。




「そうだ。君達ですらそんなわがままを言っている様な世界。そんな人間はこの世界に一杯いる。そんな世界で神が幾ら頑張っても救いの働き手が足りんじゃろう」


「う……言われてみれば、そうだね……」


「なんか自分が浅ましく思えて恥ずかしいよ」


「それに気付けるだけ君達はまだ救い甲斐があるよ」




 2人は途端に自分が恥ずかしくなった。

 まるで良い大人が街中で子供のように駄々を捏ねるのを傍から見た時に感じる羞恥心のようなむず痒さが全身を駆け抜けた。

 自分がそれが同列だと考えると生理的な受け付けない衝動に駆られ始めた。




「じぁ仮に神様がいるとして私達がそれを信じたら何か貰えるの?」


「まず、君達はさっきまでの身勝手な君達を卒業出来る。アリシアと同じくらい強くなれる。そして、確実な天国行の切符が手に入る」


「う……ん。最後のモノがまだ懐疑的だけど残り2つは欲しいかも……」


「と言うより私達が私達を徴兵した人間と同じ穴のムジナなんて生理的に無理!」




 2人は自分達の人間的な浅ましさを捨て脱却したいと切に願った。

 それが自分達の「罪」であると自覚した。




「ほう。では、契約するか?」


「契約?それをすれば貰えるの?」


「少なくとも同じ穴のムジナからは脱却出来る」


「なら、受けよっか」


「そうだね。その契約乗った!」


「ほう。そうか。ならば、2人とのそこに膝を付き目を閉じると良い」




 老人アストの指示に従いフィオナとリテラは膝を付き、目を閉じた。




「汝らに権威の祝福を!」




 こうして、新たな契約者が誕生した。

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