貪欲な権力者達
「そう来たか……」と天音は内心思った。
大抵の事は「命令だ」と言ってしまえば大抵の人間は従うだろう。
軍とはそう言うところではあるが、天音としては上官が部下が命令を聴いて当たり前と言う風潮はあまり好きではない。
そう言い訳する人間は部下をちゃんと管理出来ていない事が多いからだ。
分隊長に任命された訓練兵などがよくやってしまうミスでもある。
分隊長としての責務を任されたなら部下がどんな命令でも聞けるように管理し模範を示し時に自分を犠牲にしなければならないと天音は考えている。
そうすれば、どんな命令をされても部下は分隊長を模範にしてそれに習い行動し易いからだ。
扱うのが機械ではない、人間だからこそそう言った管理がもはや、必須と言っていい。
そんな手間をかけるのが面倒と思うなら、機械化された兵士に機械の分隊長を配備すれば良いだけの話だ。
その辺の管理で出来ない部隊は正規兵であってもいつか、破滅するのを天音は何度も見て来た。
だから、こうして命令書を傘に来て指示を出されるのは好きではない。
「命令に従わなければ、実力行使かしら?」
「最悪、そうなるだろうな。1人の娘を大勢で叩くのは忍びないが我々は人類全体の平和と正義、利益を考えねばならん。その娘1人の判断を優先する訳にはいかん。例外は認められん。その技術が使えるか使えないか判断するのは我々だ」
「と言ってもね……あの子は私と契約結んで中尉待遇で扱ってるだけの軍属よ。雇い主まで嫌だと言ったらどうしようもないのよね」
「その雇い主は?」
「アクセル社モーメントよ」
「大企業絡みの利権か……それは厄介だ。下手な事を言って反感を買うのも得策では無いな。ここは一旦、手を引こう」
(良かった。一応、手を引いてくれる見たいね。流石、天下のアクセル社)
アクセル社の影響力が大きい事で事なきを得た。
彼らも世界の電力事情を掌握する組織と敵対したくはないだろう。
アクセル社が造る最新鋭核融合発電施設は従来のモノと一線を介す。
アクセル社がエネルギー問題と言う人類の名題を解決したと言っても良い。
そんな企業と敵対するのは3均衡と言えど、避けたいのだろう。
「だが、君とはどう言う関係なんだ?コードブルーは君の計画物なのだろう?」
「私の計画に必要な人材がモーメントで発見され根回したのよ。だから、コードブルーは共有財産でありモーメントから出航扱いなのよ」
「その君の計画とは何だ?データにも書かれていないが?」
「本当に重要な機密は誰にもバレないものよ。まだ、形にするほどでも無いのも理由だけどね」
実際はバラしたくないのだけだ。
アクセル社が敵対するかの組織がどこで繋がっているか分からない以上、誰にも明かす事は出来ない。
もしかするとヒュームやリオがその手先と言う可能性もある。
天音はかの組織のように戦いを増長する事を望んでいない。
平和を願う1人だからこそ、アクセル社から齎された情報に危機感を抱き、アクセル社に協力しているのが最良であると判断しているのだ。
「私やボーダーにも秘密にしたいと?」
「じゃあ、聴くけど?貴方コードブルーについて何を知っているの?彼女を判断するに足り得る情報がある訳?それで間違った使い方して損害を与えたらどうするの?幾ら兵士だとは言え使うのは人間よ。彼女の反感がどんな結果になるか?貴方わかるの?」
「君には分かると言うのか?」
「私にも分からないわよ。でも、そんな不確定要素を力として行使しているのがコードブルーよ。永続飛行もその範疇の事だ。だから、「慎重に成れ」と言ってるの。貴方達が下手に刺激して反感を買うべきでないと言っているの。分かる?」
御刀 天音と言う女がここまで一兵士を肩を持つ事は一度もない。
その想いと気迫が電話越しに現れていた。
無論、感情論ではない。
天音にそう言わせるだけの根拠がある。
ヒゥームは天音の言葉に隠された意図を見抜いた。
「ただ、一兵にそこまで警戒はしないし恐れもしない……と言いたいところだが私もルシファー件は知ってしまったからな。仮にその娘を倒せても損害も大きい。況して、あのルシファー事変の真相は分かっていない。誰が放火とやらの国家機密も漏らしたのか?誰がルシファーをテロリストに渡したのか?まるで分かっていない。そして、我々は対処出来なかった。コードブルーを除いてな。それに君がそこまでお墨付きを出すんだ。私もこの命令を再検討くらいするさ」
ヒュームはニヤリと微笑んだ。
天音は心なしか安堵を浮かべた。
心のどこかで「アリシア アイと戦争」と言うモノを避けようとする自分がいた。
正直、彼女一人で大きな破壊ができるとは思えないと頭では分かっているが、心の中に疼く畏怖がそれを拒絶するのだ。
「彼女を敵に回すな。死ぬわよ」ともう1人の自分が語りかけるような緊迫感があった。
その危機を脱した事で安堵を浮かべたのかも知れない。
そして、天音は本題を切り出した。
「ところでヒゥーム。アンタの管轄下にあるADはどうなってるのかしら?」
「どうなっているとは?どう言う事だ?君の知っての通り定期メンテをしているだけで特に変わった事はない」
「本当に定期メンテだけ?出撃予定とかないでしょうね?」
「例え、予定があっても君に答える義理は無い。それにそんな大ごとなら事前に君にも伝えている」
「そう。なら良いわ」
天音は通信を切ろうとしたがヒゥームがそれを制しした。
「待ちたまえ。君にそんな不気味な事を言われて私がこのまま返すと思うのか?」
「別に良いわよ。気にしなくて、根拠のない仮説を確認しただけだから」
「根拠の無い仮説ね……それはあの娘さん絡みかな?」
「さぁね?ただ1つ忠告ついでに言っておきましょう。あの子を舐めない方が良い。一兵扱いすると足元を掬われるわよ」
「君にそこまで言わせるとはな……肝に銘じておこう」
彼はこれ以上の会話は不要と判断し失笑しながら、通信を切った。
「さて、会議を招集せねばな」
さっきの件を再検討せねばならない。
ヒゥームはモダンな部屋の木製の机の椅子に腰かけ、ホログラム装置を起動させる。
起動するまでの間の外の雨の音を楽しむ。
「天音はあのように言っていたが所詮、一兵だ。わたしを暗殺出来ぬならそこまで恐れる必要もないか……」
彼はなんやかんや言いながら、アリシアの事を見下していた。
国家や世界を相手に1人の兵士に何ができると言うのか?と当たり前のような蔑みの心で天音の言葉を解釈していた。
あの天音がそこまで言うからには一応、警戒はしていたが、これ自身そこまで危機感を抱いてはいなかった。
だが、それが彼の本性だった。
この時には彼の運命は既に確定していたのかも知れない。
彼の罪深い「見下し」の本性が彼の運命を帰結させてしまう。
誰にもチャンスは与えられた。
だが、そのチャンスを活かすも殺すも全ては人間の本性なのかも知れない。
◇◇◇
「今回もハズレだね」
辺りには霧散するテロリストの機体が散らばる。
彼らはこの僅かな期間にあり得ない速度でサレムの騎士などテロ組織を撃滅していた。
周辺テロ組織の間では「藍色の機体と蒼い機体を見たら逃げろ」などと言う通信を度々、傍受するくらいの変化はあった。
だが、最近シンの様子も少し変だった。
「あぁ、そうだな……」
「他の候補地に行かないと……」
「あぁ、そうだな……」
「話聞いてる?」
「あぁ、そうだな……」
「シン!」
アリシアは機体越しに彼を殴った。
コックピットが激しく揺れ、彼は我に帰る。
「何をする?!」
「何をする?!じゃないよ。話しかけてもちゃんと返事をしないから」
「えぇ?あぁ……すまない」
彼は数日前の起きた出来事を悩んでいる。
報告は粗方分かっている。
レベット アシリータと会ってから彼の様子が変だ。
まるでトラウマに近い感情に囚われている様だ。
「レベット アシリータさんとの関係は聞かないよ。でも、このまま問題になるくらいなら相談くらいには乗るよ?」
シンはアリシアの申し出を聴いて少し悩んだ。
だが、これは自分だけで解決しないとならないとも一瞬、思った。
相談しなければどんな計画も挫折する。
参議が多ければ実現する。
そんな事を誰かが言っていた気がする。
このまま抱え込んでも失敗してアリシアに迷惑をかけるかも知れない。
そう思いシンの拘りは捨てた。
「アリシア。悪意のない悪意は罪でないと言えるか?」
アリシアは彼の言葉を真摯に受け止め少し考え込んで即答した。
「悪意が無くても罪だよ」
アリシアはシンの言葉にきっぱりと端的に答えた。
「知らなかったとしたら許す事は出来る。けど、罪がないわけじゃない。知らなかったら仕方ない事もあるけど、だからって人殺ししていい訳でありません。でも、もし教えた上で無自覚に悪意を振り撒くなら、それはその人の責任だよね。忠告しているのにそこから学ばないなら忠告した人を見下しているのと変わりません。どんなに見た目が善良でもその人は高慢です。高慢な人間は裁かれても仕方ないとは思いますよ。だから……」
アリシアはシンが抱えている悩みを的確に捉えたようにその世界の本質を見抜くような深く蒼い眼で覗き、彼に答えた。
「レベットさんにもう説明したのなら……例え、レベットさんを殺してもそれはレベットさんの責任です。人の身であるわたしがこんな事を言うのはおかしいですが……わたしがもし裁く者ならそうなって当然と考え時を見て裁きます。だから、あなたが罪を背負う必要はないと思います」
シンは自分がレベットを殺す事で
だから、レベットへの復讐心に戸惑いを覚えていたのだ。
だが、答えは得た。
自らレベットを狙いに行くような真似はしない。
だが、もしまた彼女が目の前に来たら……それが彼女の最後の時だ。
「ありがとう」
シンは自分の気持ちを真摯に受け止めたアリシアに感謝の意を示す。
彼の気持ちに折り合いがついたまさにその時、レーダーに反応があった。
「何かが接近している?」
「この反応。ペイント社の識別信号!」
すると、カメラ越しに確認出来た。
複数のワイバーンMkⅢが真っ直ぐ此方に迫って来た。
そして、ワイバーンMkⅢはアリシアのネクシルに攻撃を仕掛けた。
アリシアは敵のロックオンに鋭敏に反応し直ぐに距離を取る。
「狙いは……私!?」
ワイバーンはアリシアに狙いを定めて攻撃を仕掛ける。
シンには目もくれずアリシアを一点に狙って来る。
アリシアは反射的にライフルを抜き、意識の隙がある敵から落とそうと引き金を引きかけた。
だが、気づいた。
咄嗟に引き金を引くのを躊躇い距離を取る。
シンも援護の為に加勢に入ろうとした。
「撃っちゃダメ!」
アリシアはシンを制止した。
「あの機体構成……よく見て」
シンは解析をかけた。
アリシアの言動からおおよその検討はついた。
だから、外れて欲しかった。
だが、無情にもその結果をテリスが告げる。
『解析結果。前回の特攻機と類似率99.752%』
結果は当たった。
解りきっていた。
計算など無意味な程に……
「冗談がキツイぜ。笑えないどころか憤りすら覚える。100機以上の特攻機だと!ふざけるなぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
シンの迸る憤怒が周囲に木霊する。
◇◇◇
数日前
「回収部隊はまだ着かないのか!」
ニジェール支部の代表は作業が遅れている焦燥感を部下にぶつける。
「最近、所属不明のAP2機が近隣でサレムの騎士と交戦しており輸送部隊の襲撃を恐れて輸送を遅らせるとの事です」
代表は苛立ち壁を蹴飛ばした。
「ふざけるな!敵はタカが2機だろう!そのくらい輸送の護衛部隊でどうにかなるだろう!」
「そ、それが……敵は2機で既に300機近いサレムの騎士を葬っておりその戦闘能力が未知数です。正体が分かるまで作戦行動の自粛するようにとの事です!」
「クソ!折角の出世のチャンスが!このままでは……!そうだ。此方で処理すれば良い。今すぐ出撃だ!」
「しかし、作戦を自粛しろと!」
「現場の判断だ。このまま作戦が破綻する事はあってはならん!契約にも現場の判断を優先して構わないとある。今がその時だ!」
「しかし、此処の戦力を割くのは……」
「馬鹿野郎!何のためにあのゴミどもを手に入れたと思う。こう言う時に使うんだよ。特攻する機体が敵の心理的かつ確実なのは”カミカゼアタック”が証明してるだろ?なぁ?」
「は、はい!ですが、残存するゴミは20機です。幾ら何でも足りないと考えます」
指揮官はそれにはグーの音も出ない。
確かに事実そうだ。
カミカゼアタックは奇襲してこそ、その最大効果を発揮する攻撃戦術だ。
奇襲出来なくともその戦法は絶大だ。
だが、敵が2機にも関わらずその戦闘能力値が未知数と言う事は敵はかなり場数を踏んでいて特攻に慣れている可能性もある。
その場合、20機だと確実に撃墜するには足りない。
「どうしたものか……」
悩み途方にくれていると丁度、その時に電話が入った。
CPCの電話には中東基地と書かれていた。
その電話に苛立ちを覚えながらも電話を立ち上げる。
「もしもし?」
「よお……お前が元サレム野郎の指揮官か?」
相手の男は此方を見下している様な感に触る言い方をしてきた。
大変横柄な態度に代表も機嫌が悪くなる。
横柄なこの男と高慢な代表では互いに不快にし合う未来しか浮かばない。
「誰だ?貴様?」
「おいおい。それが中東基地司令この俺宇喜多に対する物言いか?えぇ?」
「中東基地司令だと?何の用だ?」
「上位者に対する物言いが成っていないがまぁ良い。俺は寛大だからな」
「それでその寛大な司令が何の用だ」
「そう、カリカリするなよ。俺はお前と取引がしたいだけだ。仕事の依頼と言っていいぜ」
「何だ?我々は任務に従事している。そう言う話は支部にでもしろ!」
「何、難しい事じゃ無い。お前達は所属不明の機体の所為で任務が遅延しているんだろう?俺の依頼はその機体の排除だ」
「何?」
「排除と言うのは的確では無いな。正確には俺はその所属不明機が欲しい。パイロットは始末して構わない。コックピットさえ潰せば良い。依頼を引き受けるならこちらからは2個連隊規模 (216機)分のゴミを提供する。悪い話じゃないだろう?そっちも同じ事を考えてるんだ。一石二鳥じゃないか」
代表は宇喜多から言い知れぬ底知れなさを感じ警戒し声色が硬くなる。
「何故、その事を知っている。事前に知っていたならまだしもそれはついさっき決めた事だぞ」
「今の俺にはそのくらいの事は簡単に知るくらいの力がある。テロリストと政府だと情報の質が違うと言う事だ。覚えとけ」
代表は沈黙した。
宇喜多の横柄で鼻もちならない態度に気に食わない、が改めてレベットに拾われた事に感謝したい。
政府側に着いたからこそ、改めて政府の力を知る事が出来たのだから……自分達は過去に無謀にもそんな存在を倒そうとしたのだと痛感する。
「良いだろう。引き受けよう。機体を欲する理由は聞かん。その方が良いだろう?」
「物分かりが良いじゃないか」
「それで欲するのは2機か?」
「いや、欲するのは1機だ」
宇喜多はCPCにターゲットのデータを送った。
「この蒼い機体を狙え。もう1機の方は情報がないから好きにしろ。とにかく、その蒼い奴を堕とせ」
「良いだろう。その依頼を受けよう」
「ならば、近いうちにそっちに部隊を派遣する。頼んだぞ」
宇喜多は歪んだ笑みを浮かべながら、通信が切った。
正直、その顔は見ていて不快感しか抱かず、自分以外の人間をゴミ程度にしか思えていない蔑む目に代表すら嫌悪感を抱き、電話を切り終わった後「チッ!」と舌打ちした。
「永続飛行技術……御刀なんぞにそんな力は不要だ。俺にこそ相応しい。ついでに俺の作戦を台無しにしたツケを払って貰うぞ」
彼は不気味に歪んだ笑みを浮かべた。
最早、言いがかりに等しい報復で世界の裏では2個連隊分の特攻兵器が動く事になった。
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