緊急の依頼
訓練を終えた彼女は自室に戻り休んでいた。
昼間に訓練が終わりぐっすりと昼寝をしていた。
昼がちょうど終わる頃に目が醒めると吉火が部屋に駆け込んできた。
アリシアは眠気を瞼を擦り、覚まそうとしながら「どうしたの?」と尋ねた。
軍服は乱れ右肩から半分外れ下着が露出していたが、吉火は焦っていたのか身だしなみの事は気にせず、アリシアに詰め寄る。
「緊急の依頼です!」
「依頼?誰から?」
「カエスト少将からです!」
「ふぇ?閣下ですか?今度は何をすれば?」
「救援です!」
アリシアは「救援ですか」と呟く。
吉火は慌てているようだから詳しくは詮索しないが、自分が受ける受けないの判断はしないとならない為、必要な情報を聴く。
「敵との戦力比は?」
「10対1です」
「報酬は?」
「前回の3倍額です」
アリシアは即断した。
「受けましょう。具体的にはどうすれば?」
吉火は慌てていたのかダイレクトスーツを着てすぐにリビアに向かって欲しいと説明され、ダイレクトスーツを着てすぐにネクシルでリビアに向かった。
◇◇◇
リビアに向かう中で吉火は詳しい話を始めた。
エジプト基地の接収により一時的な混乱は北アフリカでは収まったが、完全に回復した訳ではなかった。
本来のエジプト基地の司令官は戦死しジュネーブから新基地司令と軍備再編までの一時的な軍備補填としてカエスト少将が送り込まれた。
ジュネーブも当初はサレムの騎士が大打撃を受けたと判断しカエスト少将の持つ師団だけで十分だと判断したらしい。
カエスト自身もそれで問題ないと判断した事で自分の師団と何個かの大隊を引き連れてエジプト基地に派遣されていた。
だが、つい昨日の夜時点である事が判明した。
なんとエジプト基地陥落を前提としたサレムの騎士の部隊がエジプト基地に進軍していると言う報せだ。それは戦力は2個軍団規模。
10師団相当の戦力がエジプト陥落に向けて進行して来たのだ。
まるでルシファー撃墜による作戦失敗による影響の波及まで全て予測したような急な作戦に完全に後手に回ってしまった。
尤も、10師団相当とは言ったがそれにはカラクリがあり、その大半が無人機なのだ。
しかも、大戦前の旧式攻撃ドローンプレデターMk50だ。
21世紀から大戦前まで使われ続けたプレデターシリーズ最後の型式。
HPMが登場しなければ、未だ現役だったに違いない。
兵器としての完成度は300年近く改良を加えられ、使われただけあり非常に高く、機動力はAPの戦闘機形態の巡航速度に迫るモノがある。
ただ、やはりHPM対策を容易には施せない都合上、まともな攻撃ドローンとしては機能しない。
なら、どうするか?
答えは簡単だ。特攻させれば良い。
大隊単位でプレデターを配分し動作不良覚悟で突貫させるのだ。
先にプレデターを最大速度で敵陣に特攻させ、HPMの影響下に入った際に回路に発生する電流を使い搭載した化学ロケットエンジンを無理矢理起爆させ、近接信管搭載のプレデターが敵に接近したと同時に爆破する。
そう言った特攻戦術をされていた。
これがシンプルかつかなり有効的な策だったらしく。
特攻覚悟のプレデターはあまりの機動力を誇り加えて前面装甲を強化している事で直線上に射線が通っても容易に撃墜出来ず、接近前に迎撃する事もままならず、取り残しが多く出てしまう。
更に厄介な事に爆発の範囲が非常に広く、APに対して極めて有効な熱量爆薬を使用している。
これはAPの主装甲がセルロースナノファイバーで出来ている為の対策だ。
セルロースナノファイバーは極端に言えば細かく粉砕した”木”だ。
それを加工する事で鉄の5倍以上の強度を持った非常に軽い装甲材となる。
耐弾性にも優れてはいるが、やはり元が”木”なだけにあまりに高温な熱量兵器を受けると装甲が燃える。
無論、APの基本フレームにも使われているのでそれすら燃え、最後に残るのは金属類だけになる。
そんな爆発が無尽蔵の如く沸いて来るのだから、APパイロット達の動揺は計り知れない。
その心理的な動揺も相まってカエスト少将の部隊は攻勢に出る事も出来ず、大量の特攻兵器と敵のAP部隊により防戦一方になってしまっていた。
このままでは壊滅は時間の問題であり、部隊の戦力を割けない状態に陥っていた。
そこでアリシアへの依頼は自分達が敵を前面で抑えている間に背部から挟撃、単機で敵の司令部である陸上戦艦を制圧、最悪破壊して指揮系統を混乱させて欲しい。
混乱に乗じて敵を分断、そのまま時間を稼ぎ手配した増援が来るまで戦えと言う中々、無茶な内容だった。
「結構無茶な要求ですね。わたし1人で単身突撃なんて映画じゃあるまいし……」
現実は映画と違って1人で敵に強襲したり敵基地に侵入したりしない。
カエスト少将の要求はまさに映画で起きている事の再現をやれと遠回しに命令しているに他ならない。
「このままでは増援到着前に壊滅でしょうからね。近場にいて一騎当千出来る人物が欲しかったのでしょう」
アリシアの疑問も尤もだが、状況がそれを許さないとアリシアに諭す。
アリシアは何か納得がいかないようで少し怪訝な顔を見せて「言い分は分かりました」と答えた。
吉火は何が納得いかないのか尋ねた。作戦前に余計な憂いは絶っておきたいからだ。
「事情は理解していますし仕事なら全力でやります。ただ、わたしが一騎当千と言うのは買い被りだなって……思っただけです」
アリシアは至って真面目に皮肉すら交えず、そう答えた。
その顔は自分と言う者を冷酷に客観的に見ている。
吉火からしてみれば、彼女は自分に少々厳し過ぎるところがある。
その精神が油断や慢心を生まない強い心を培っているのだろう。
吉火からすれば、もう十分一騎当千出来るプロになっているのだが、彼女の中では実戦経験少ない=新兵みたいな考えが抜けていない。
だから、自分の力を過小評価している節がある。
だが、ある意味現実を見ている。
幾ら訓練を積んでも僅か1ヶ月の実戦でプロとなれるほど、一朝一夕の世界ではない。
それでプロと自分を名乗れば、憐憫な眼差しで見られるに違いない。
確かに時間的に言えばアリシアはプロではない。
だが、彼女は既にそれを覆すだけの密度の濃い過酷な任務を乗り越えている。
あの獣との戦いはある意味、掛け替えのない経験なのだ。
あの戦闘は吉火の25年の実戦経験と交換してもお釣りが来るモノだ。
ただ、今のアリシアは物分かりと現実をよく知っているが為に自分のそう言ったところを受け入れはしないだろう。
それに万が一にもそれで慢心されても困るのでそのまま現実を見ていた方が良いとは考えた。
だが、自信がなさ過ぎるのも問題だ。
吉火はアリシアを上手く諭す言葉を紡ぐ。
「大丈夫です。仮に一騎当千とはいかなくても500くらいは相手取れますよ。それにただのドローン負けるほどあなたは弱くはありません」
「そう……かな?」
「えぇ、わたしがそう言っているのです。信頼出来ませんか?」
吉火を信頼するかしないかと聴かれれば、答えはYESだ。
アストは彼を信頼していない様だが、彼のお陰で強くなれたと思っているアリシアは彼の事をそこまで疑っていない。
何か自分に重大な隠し事をしているのは引っかかりはするが、そうだとしても信頼はある。
彼がそう言うなら、多少なり自信が湧いてくる。
「分かりました。あなたを信じます。この非才な身でどのくらい戦えるか分かりませんが、やれるだけの事はやってみましょう」
アリシアの戦闘スイッチが完全にオンになる。
普段の穏やかで大らかな彼女ではなく凛々しく勇ましい鋭い目つきの戦士の彼女に変わる。
戦場が近づき、その空気に触れて自然と気持ちを切り替えていた。
作戦通りのルートを通りリビア南西から敵の背後に向かう。一刻の猶予はない。
敵のレーダー圏内に入った瞬間に背後に展開される前に一気に接近、陸上戦艦を叩く。
極めてシンプルかも知れないが、仮に戦艦を叩いても敵の物量に包囲される可能性が極めて高く。
生還率は0.0022%。
(前回に比べたら10倍近い生還率だ。やった。少しは安全に戦えそう)
彼女は本気でそう思っていた、
彼女の認識では普通の兵士の作戦生還率はコンマ0を下回るモノばかりと考えているが実際、そんな作戦に何度も命中する兵士の方が圧倒的に少ない。
連続でそんな任務を課せられる兵士はもっと少ない。
新兵なら尚更だ。
普通の任務の平均生還率は50〜70%と言われている。
この前のルシファー事変に至っては1000人参加しても0.25人生き残れる可能性しかない。
それも何のアクシンデントもない上での可能性だ。
普通に考えれば、生きては帰れない。
だが、吉火の中には確信があった。彼女は生き残る。彼女は少なくとも常人ではない。
身体もそうだが、何より心の在り方が人間とは違う生き物と錯覚するほど違う。
だから、人間にあるモノは彼女には無く、彼女にあるモノは人間には無い。
持っているモノが違えば、その結果は一律ではない。最近、吉火は彼女を通してそれを学んだ。
だからこそ、不思議と不安は無かった。彼女が勝つ未来しか彼には見えていなかった。
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