貪欲な忍耐

 狂おしい程の訓練は基礎体力作りだけでは無く、戦闘能力にも反映された。

 ある陽動作戦に参加中、仲間と離れ、孤立して敵に包囲された。

 前なら物量負けしてキル判定を食らったが、今回は違う。何が違うか?

 勿論、ご期待に添えずキル判定を食らった。


 だが、今までと違い光明が見えた。

 自分にとっての作戦が上手く行く時、自分にはある程度のゆとりがあった。

 気持ちが緩んでいるとか油断している訳ではない。


 ただ、極度に緊張していないと言う状態だ。それが追い詰められると緊張して、いざと言う時に動きを固くなった。

 結果、キル率を上げていると言う事に気付いた。


 なら、緊張しないようにする訓練が必要なのだ。

 彼女は仮想空間と言うネットワークを使い過去にデータから自分に最適な教育者を選別した。

 そして、見つけた。

 杜山と言う日本人で2000年代初頭に活動した武術家でありマージャルアーツを教えていた故人。

 優しそうな目をしており頭は禿げている。

 無論、教えるのは生前の本人の人格を模倣したAIであり設定年齢は50後半だ。


 人柄として鬱病や統合失調症の人間を引き寄せ、導いたとされる人間だ。

 ある意味、悪魔に蹂躙され、鬱に近かった自分向けの人材だった。杜山指導の下、特訓を始めた。


 正直、あの時の感動は忘れない。

 並みのAI兵士なら素手で殴って倒せる程に成っていた自分がまるで歯が立たない。

 攻撃は全て見切られ掠りもしない。


 今まで簡単に当てられたのに……まるで心を読むエスパーではないか、と思わせる程に当たらない。


 彼は彼女の拳を手で触れた。

 そう……触れただけなのだ。

 それだけで彼女は床に沈んだ。アリシアは思いっきり床に落ちた。




「あいたた」


「大丈夫か?思いっきり突っ込んだけど?」



 杜山(AI)はアリシアを心配そうに気遣う。

 本人もかなり思いっきりやった節があると思っているようで、ケガとかがないか心配している様だ。




「えぇ、このくらいは。でも、何で当たらないんですか?」




 そこが最大の疑問だった。

 自分は多少、武術を齧っていたがそれを以てしても杜山に手も足で出なかった。

 まるで暖簾相手で戦っているようなフンワリとした感覚であしらわれているようだった。




「それはね。アリシアちゃんの技に斑があるのと”間”があるからだよ」


「斑は何となく分かりましたけど”間”って……何ですか?」




 聴いた事も無い単語を聴いた。

 父から習った武術でもそんな話は聞いた事が無い。

 ボディメカニクスや型などは学んだ覚えはあるが、それとも違うと言うのだけは何となく分かった。




「”意識の隙間”の事だよ。誰もが持つ隙の事だよ。その間では人は何も出来なくなる。だから、アリシアちゃんの攻撃は当たらない。やられもするんだよ」


「意識の隙間ですか……」




 ”意識の隙間”と言う単語を初めて聴いた気がする。

 恐らく、その隙間を狙われると敵の攻撃が目に見えていても反応困難な瞬間の事を指すのだと体感的に理解出来た。




「それとね。凄い鍛えたのと今までの生活習慣かな?そのせいで体が固い」


「体が固いですか……」


「私が見てきた子の中には鬱でいつもビクビクし寝ても覚めても息を張り詰めた生活していた人がいたよ。そのせいで体が固くて、それが余計に緊張を与えていたね。君もその人と同じかな」




 悪魔との生活の中で彼女は常に悪魔に怯え、乗っ取られない様に常に気を張り詰めていた。

 眠ろうとしてもまるで睡眠妨害する様に襲ってくるのだから、おちおち眠れない。

 更に悪魔から解き放たれた後も人外離れのトレーニングで意識しないうちに勝手に固くなっていたのだ。




「この固いのは治せますか?」


「それは君が治したいと思えば治せるよ。宇宙はそう言う風に出来てるから」




 宇宙がどうとかはさて置いて、出来ないと言ったら確かに出来ない気がした。

 アリシアは「やれば、できる」と呟きながら、しばらく彼の元で柔らかくする事も目標にした。


 その過程で相手の隙を見切る技も習得した。

 全体を見る様に一点見るそれが見切りの極意らしい。

 彼から学ぶ中で面白い話を聴いた。


 杜山曰く、人が殴っている時、人は既に目で対象との距離を脳が計算した上でパンチを放っている。

 その距離感を狂わせれば、敵のパンチは勝手に外れる様で自分もそれを味わった。

 杜山先生は距離を変えずにアリシアがパンチを繰り出した時に左構えの状態でその瞬間だけ右肩を前後に動かす。


 これだけでアリシアの脳は距離感が狂い、パンチが不発に終わった。

 そこでアリシアは考えた。

 銃でも応用出来るのではないか?

 銃は相手との距離を目で見てから発射する。

 ならば、狂わせれば誤射させる事が出来ると考えた。


 しかし、銃におけるパンチの部分はトリガーを引く動作に当たる。

 言うまでもないが、それはあまりに短い。

 最短で0.1秒弱の間に狂わせないといけない。


 普通に考えれば不可能に近いが、アリシアはそうは思わなかった。

「やれば、できる」それ以上の答えはアリシアにはない。

 アリシアは訓練のためにCPCコンタクトレンズパーソナルコンピューターにプログラムを組み込んだ。

 指示はこうだ。


 “銃を持った敵がトリガーを引いたら使用者の体を動かす体内信号を出せ”


 これでトリガーが引かれると同時にアリシアの体が自動的に動き、敵の狙いがブレる。

 あとは体と目が慣れるまで反復するだけだ。

 だが、本来生身での行使が困難な動きを肉体に強要するので使えば、体力が一気に無くなる……はずだった。




「なんだ!狙いが!あわぁぁぁ!」


「くそ!何で狙いが勝手に!ああああ!」


「ば、化け物だぁぁぁぁ!」




 こうして銃を無力化された敵兵は彼女のナイフで首筋を斬られ、即死。

 それと同時に表示された「ミッションコンプリート」が彼女の成果を物語っていた。




「思ったより体への負荷はない。もう100回試せそうかな」




 彼女以外の人間からすれば、それは最早、戦慄すら覚える。

 常に体全体の動きを反応速度を0.1秒弱で無理矢理、行使させている様なモノだ。

 それは自分以外の意志に自分の意志を操らせる様なモノだ。

 だが、彼女にとってはそんな事は慣れている。


 これなら大した負荷にすら思わないのだ。

 自殺を強要されるより遥かにそれでいて有効かつ有用な手段で良好と思っている。

 成果はこれだけではなく発射前の銃には個人単位で癖がある事も知った。

 そこから隙を突けば、かなりゆとりを持って戦える事を知った。


 攻撃する時の癖を見せない動作を杜山から習得し、それを銃の動作にも反映した。

 そうする事で相手に抵抗すらさせずに楽に倒せる様に成った。

 更に手を握る動作、脚の跳ね上がりの動作と言った反動を加える殴り方を学んだ。


 ただでさえ常人越えの膂力に加え、そのバネを加えた拳や蹴りはより楽に無駄な体力を使わずに敵を素手で殴り倒す。


 更にアリシアは持ち前の思考を活かし、こんな事も考え始めた。

 杜山(AI)に”つながる”と言う極意を習った時の事だ。

 感覚的な話だが、体をバネの様にして相手と触れると相手もその力に応じて力を跳ね返す傾向があるのだ。


 ある意味、反作用とも言える現象でその状態を維持したまま相手を動かすと力を入れなくても相手はまともに逆らえず、為されるがままに動いてしまうという極意だ。


 これをアリシアはこの様に解釈した。


 “間接接触でも繋がれば最小の労力で敵を簡単に吹き飛ばせる”


 そもそも、この極意の真髄の1つは感覚を“一定に保つ”強いては等速運動する事だ。


 つまり“センサーに一定の負荷をかけ続ける事でセンサーの判定を誤魔化す”と言い換えられる。

 人間も機械もセンサーに基づいた行動しか出来ない。故に判定を誤魔化されるとそれに基づいた行動しか出来ないという意味だ。


 そこでアリシアは人間(AI)に対してこの極意を習得した後、これを応用して恐ろしい訓練方法を考えた。

 それはAP相手に各種武器や素手を使って”つながる”状態を作る訓練を始めたのだ。


 APにさえ成功すれば、ある程度体を鍛えておき尚且つ”つながる”を作り出せればAPを大きく吹き飛ばす事も可能になる。

 一見するとAPの相手はAPがすれば良いのだから人間がそこまで求める必要があるのか?と他人が問いたくはなるだろう。


 だが、アリシアはそうは思わなかった。

 思い立った瞬間にすぐに行動に移したくなり、何が相手でも負けたくないと言う気持ちが勝ってしまうのだ。

 ここでも経験が彼女を重度の負けず嫌いにしてしまったのだ。


 だが、そんな簡単に行くはずもない。




「かはぁっっっっっっっ!」




 アリシアは地面に激しく叩きつけられる。

 肉体的なダメージが反映され、吐血をするような感覚に襲われ、演出効果で口から血が溢れ出る。

 アリシアは口を押え止めようとする。


 確かに理屈の上では成り立つ事だが、APと人間の膂力では大きな違いがある。

 一歩間違えれば、ただでは済まない。

 ここが仮想空間とは言え、ATから出れば経験した痛みが即座にフィードバックされ死痛が体を蝕む。


 まさに命がけの訓練なのだ。

 だが、アリシアにとってそんな事はどうでも良かった。

 目的を完遂出来ない自分なんて所詮、その程度の些末な者程度に自分を切り捨てる。


 今までの非現実的な訓練が明らかに彼女を人間として壊していた。

 ブレーキが完全に消え去り、アクセル全開の車が更に加速を求めるように彼女は這い上がる。


 痛々しく痛みで震える体に鞭を打ちながら、それでもAPと言う敵に挑み続ける。

 そこに恐れはなく躊躇いも迷いもない。

 ただ、鋭さを増す真っすぐな瞳が敵を捉えて離さない。

 まるで敵を倒すまで戦い続ける戦闘マシンにでもなった様に彼女は這い上がる。


 だが、痛みに耐えながら訓練をするのは相当辛い。

 彼女の断末魔混じりの阿鼻叫喚するような声が仮想空間に響く。

 体を何度も地面に叩きつけられ、体中が傷だらけになる思いをしながら何度もキル判定を食らってもなお、彼女は立ち上がる。


 腕に力も入らず、息を荒立て頭からは血が止めどなく流れ、脚はガクガクと震える。

 全身が異常を来たし、体中の交感神経が狂い始める。


 汗は滲み出て局部からは本人の意志に関係なく生理現象として副交感神経を優位にしようと体が働き、様々な体液が流れる。

 見ているだけで汚くなり痛々しさが増していく。

 だが、それでも彼女の心の中では常に願い求める様に切に願う事があった。

 それが本人の意志とは関係なく口から出ていた。




「死にたくない……死にたくっない!」




 彼女にとって「死」とは、人間が抱く肉体的終わりではない。

 彼女にとって、それは魂が生きているか、そうでないか、の問題で肉体的な事など問題視していない。

 彼女の魂が今、生きているか、いないか、の問題だった。

 あの悪魔に蹂躙された地獄のような日々に比べたら、彼女にとってこの苦しみは祝福と同義だった。

 彼女のこの苦しみに感謝の念しか抱いていない。

 少なくとも何の実りもなくただ、魂が朽ちる日々に比べたら、今と言う瞬間は自分が確かに生きている喜びを感じる瞬間だったのだ。


 だから、この過酷さをくれた何処かの誰かの事を憎んだ事は無い。自分を可哀そうと思った事もない。

 ただ、あるのは目に見えないある人への感謝だけだ。


 そんな想いを抱く中で彼女は思索と改良、技術と研鑽を積みアリシアの歩兵としての能力は抜き出た物に成っていった。

 結果的にどんな武器や素手を使ってもAPと”つながる”状態を作り出す事に成功し、体も自然と”つながる”と言う固く成り過ぎず、緩み過ぎない戦闘に程よい体を作る事に成功しメンタル面での負担がかなり減った。

 ただ、その過程で何回死んだか本人は覚えてはいなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る