生まれ変わった少女
訓練終了の2ヶ月前
「あぁ……通知きてる」
アリシアはいつもの様に体を鍛え、一旦休息を入れようとした。
その矢先一通のメールが表示された。内容はこうだ。「明日よりAP基礎操縦過程受講を許可する」と書かれていた。
「あぁ、そっか。わたしAPのパイロットになる為に此処にいるんだった」
自分の本来の目的すら忘れる程に彼女の此処での生活は多忙で充実していた。
AI相手でも人殺しにはやはり抵抗がある。
楽しんでいる訳ではない……と言えば、嘘かも知れない。
少なくとも自分を限界まで追い込むこの生活にやり甲斐と生き甲斐、挑戦し甲斐を感じている自分がいる。
介護士としての自分がこの生き方を否定する事もある。
だが、それと同じ位に自分に何処まで厳しく居られるか……試す自分が好きだ。
一度は自分に嫌悪し否定し続け、自分が嫌いだった。
そんな自分を初めて認められた時に出来た自分……自分に厳しくする事で自分に優しく生きられるこの生き方が好きだ。
自分を認められる今が好きだ。
自分が目指した極地とも言えるAPの操縦は彼女にとっては大変喜ばしいと言って良い。でも、1つ疑問があった。
「確か、カリキュラムだとAP関連の訓練はこの訓練の後だったはずだよね?」
そう、吉火が当初予定したカリキュラムでは、AP関連の訓練はこの訓練が終わった後とATに入る前に聴かされていた。
その前に”本来の課題”をやるとも言っていた。
吉火がアリシアの訓練の様子を見て、カリキュラムを変更した可能性は無い……と言うより無理だ。
思考加速時間と現実時間では200倍の時間差が存在する。
つまり、吉火はリアルタイムでアリシアの進捗を知る術は無い。
知るのはあくまで訓練終了後に吉火も思考加速をかけてアリシアの記録を閲覧するしかない。
吉火が現状、知れるのは彼女のバイタルだけだ。
つまり、カリキュラムの変更は現時点で不可能なのだ。
考えられるのは吉火が事前に嘘を付いて、予め設定している可能性だ。
現状のアリシアは吉火にどんな意図があるか分からないが、吉火が決めた事と判断するしかない。
他に可能性がないならそれ以外無い。それに吉火は言っていた。
必要な技量と体力が付いた時に本来の課題を出します。
なら、これがその課題ではないのかと考えた。
目標だった歩兵過程は既にコンプリートした。なら、今が本来の課題をする時なのではないだろうか?「APに関連した訓練を本格化させる」とも言っていた。
恐らく、本来の課題でAP基礎操縦過程受講を受けさせ、ATを終わった後にAP応用操縦過程受講(APに関連した訓練を本格化させる)を受講するのだろう。
「そうなると吉火さんも考えあっての事だろうし……受けるしかないよね」
アリシアは明日の為に訓練を早めに切り上げて就寝した。
ただ、遠足ではしゃぐ子供の様に明日が待ちきれず、中々眠るのに骨が折れた。
◇◇◇
次の日
アリシアは更衣室から出て来た。
APのパイロットに必須なダイレクトスーツを着込んでいた。
体に流れる体電流をフィット感あるダイレクトスーツで検知、受容、増幅を行う事で機体の挙動に反映する。
それと併用してVR技術と同じ擬似感覚システムを使う事でAPを動かす。
APを動かすにはまず、擬似感覚システムがパイロットに擬似感覚を与える。
これがないと精密にAPは起動しない。
コックピットに座ったままの状態で「歩く」と言う体内信号を出すのは難しいからだ。
擬似感覚は座った状態で歩く、走る等の感覚を明確化し、AP特有の「飛ぶ」と言う感覚をパイロットに付与する事も可能としている。
その信号をダイレクトスーツが受容、増幅して初めてAPは動く。
その為、体電流検知と擬似感覚の効率的な伝導を考えると身体全体的にフィットさせるパイロットスーツに必然的に成ってしまう。
「う……なんとも、恥ずかしいな……」
今までもダイレクトスーツに似た動き易いインナーを着ていたが、その事を今まで意識もせず、こうしてAPに乗るという意識に改めて着てみると羞恥心のようなものを感じていた。
アリシアは更衣室で手順書を見ながら、ダイレクトスーツを着込んだ。
AT入った時も着たが、その時は吉火に手伝ってもらっていたので1人でやるのは不馴れだ。
密着したスーツをつま先から入れた。
スーツにはチャックの様な物は無く洋服とも違い、首の穴を広げ、そこからつま先を入れて全体に着込む。
その後でデバイスと言う装置を背中にあるダイレクトスーツの留め金に固定する。背中にあるダイレクトスーツの接続穴にカチとはまれば問題ない。
後、カチューシャ型のインカムを片耳に着ける。
デバイスの部分に歩兵用の武器を近づければ、デバイスのアームが武器を検知し保持する。
このデバイスはコックピット着座時搭乗者を固定する機能もある。
アリシアは全ての準備を終えると自分の姿を鏡で見た。
入隊前の自分とは、見違える程に引き締まった体。
腕はたくましく力瘤が出来、腹部は割れており厚みもある、脚も引き締まり僅かに胴回りよりも大きい。
全体的に軽く力を入れれば、フィットしたスーツがその隆起を顕著に出る。
戦う為に鍛え上げた体。
その体を強調し、鎧としての役割を果たすダイレクトスーツが鋼の肉体とも言える彼女の力を現していた。
「これが……今の私……」
鏡を長い間見てなかった。
彼女が最後に覚えている自分の姿は、全てが変わったあの日の早朝で顔を洗った時くらいだ。
あの時の自分と今の自分は違っていた。
特に眼つきが違った。刺々しいと言うのは妥当ではない。
ただ、以前よりも真っ直ぐとした眼に見えた。
少なくとも自分でそう思える位には成った。
「あの時とはもう……本当に違うんだね……」
彼女は自分の置かれた状況を確認する様に自分の顔を見た。
自分が放つ異様なまでの真っ直ぐな瞳に自分がたじろぐ。
それほど彼女は変わった。だから、分かる。もう後には引けないんだと……。
実戦を経験してからでも結論は出せるかも知れない。
だが、今の自分は介護士に戻るにしても不可逆的と言っていいほど変質していた。
もう、あの世界では生きられそうに無かった。
ある意味、自分は立派な一般社会不適合者に成ってしまった。そう思えて成らない。
戦う事、命を失う事、その痛み、知らない訳ではない、それを恐れていない訳でもない。
ただ、何故か逃げたいとも思わなかった。
死ぬ事は何よりも怖い。それは嫌と言う程自分に叩き込まれた。
でも、それ以上に戦わない事で失う自分がいる事が怖かった。
あの老人が言っていた。
人は救いを求めず他者が滅びる事を望んでいる。
自分もそれに加担していた。
今なら、それがどれだけ恐ろしい事か分かる。
悪意の無い悪意がどれだけの恐ろしいか、アリシアは知ってしまった。
知った事で出来たのが今のアリシア アイなのだ。だから、自分は……アリシアは鏡の前から立ち去りながら呟いた。
「私は忘れない為に戦わなくちゃ」
アリシアは決意を固めて前へ出る。
振り返る事無く、更衣室を出る。
かつての弱弱しくか細い背中はそこにはない。
弱かった自分は既に死んだのだ。
堂々と背筋を伸ばし、自分の生き方に胸を張って生きた命の姿だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます