死からの解放
アリシアは仮定的な神と言う存在に不平を何度も抱いた。
そう言った存在がいるなら、助けて欲しかった。
全知全能を名乗るなら、その力で助けても良かったはずだ。
何度も願い、何度も祈った。
助けて欲しいと……だが、その希望は何度も砕かれ、今の自分がいる。
悪魔の恐怖を感じながら、生きる自分がいる。
だから、神などいないのだ。今更、それを覆す事実なんて聴く気もなければ、聴きたくもない。
どうせ、言葉巧みにまた騙して自分から希望を奪う企みに違いない。
この老人は偽の預言者を気取っているのだ。
「ほうほう。いっぱい考えとるの〜。まぁ、その気持ち分からんでもない。確かにお主からすれば儂は希望を奪うハゲ鷹かも知れんな。そう見えるのだから仕方ない」
老人はまたアリシアの思考を全て読み取る様に語り始めた。
一切、微笑みを崩さず、太々しいまでに姿勢を崩さず、堂々としている。
まるで自分の言い分を一切恥じず、完璧なものように振る舞い様は高慢にも見えなくはない。
その態度が余計に腹立たしくも思う。
「じゃがな……自分の意見だけに固執して他者の意見を聴かず一方的な考えを真理とし不平を漏らす。それも高慢な事よ。そんな今のお主とお主がドラム缶の中で否定した者達、一体何が違う?」
老人は白髪に隠れた髪の奥にある瞳からアリシアを優しく……それでいて炯々な眼差しで見つめる。
その投げかけは確かにアリシアに残った善良で優しい心に届き、心臓をその言葉でゾクッと息を吹き返すような音がした。
何故、吉火以外知らない事実を知っているのかと言う問題は今はどうでも良かった。
ただ、自分の抱いていた疑問がフッと解けた。
あのドラム缶の中で悩んでいた答えが光が差し込めたようにようやく見えた。
そして、彼女は素直に受け入れた自分の罪を……。
そう違わない。アリシアと彼等は違わない。
アリシアと彼等は自分の都合だけ押し付けて、自分の感情を押し付けて、自分の常識を押し付け、考えに固執した。
それがアリシアの罪なんだ……それを失う事を恐れ、自分が絶対正しいと言う慢心を持った浅ましい人間なのだと……。
彼女の生気を失った瞳はかつての優しさを取り戻しつつあった。
今までの言葉で自分が罪のある人間であり、相応の罰だったと思えば、自然と受け入れられる気がした。
でも、だからと言って……今の自分が抱える問題はそれでは乗り越えられない。
今、気持ちが楽でもまた、奈落に落とされると言う一抹の気持ちを彼女は抱いていた。
その答えを老人は答えた。
「お主は何故、神が自分を救わないか問うたな。その答えは単純じゃよ。お主も含めて世界が救いを求めていないからだ」
「世界が救いを求めない?」
聴きなれない言葉を聞いた。
人は救いが欲しいから神と言うモノに懇願していた。
それは1年目の時に読んだ歴史の本の史実をみれば、明らかだった。
少なくとも祈りを通して神に救いを求める習慣は人類にはあるはずだ。
なのに、この老人は歴史に逆らう事実を言ってきた。
それが何故なのか、自然と耳が傾き話を聴くようになる。
「この世界には争いが満ちている。それは国家だけじゃない。高慢を持った人間は五万と居る世界じゃ。お主とてその1人なのは自覚しただろう?つまりはお主の様な子供ですら高慢を持っている位にこの世界は滅びを求めている」
「滅びを求める?人がですか?」
アリシアにはその理屈が分からなかった。
救われたいと願っているのは人間なのに、心の本質では実は破滅を求めていると言う事になる。
理屈は分からないが、アリシアは自然とそれが事実であり、人間と言う者が酷く歪に見えて来た。
ATに入る前からその片鱗を人類史から学んでいたのが理由かも知れない。
そう考えると人間はまるで健全な羊の皮を被った獰猛な狼の様だと感じた。
「如何にも……だからこの世界は救いなど求めていない。滅びる事を望んでいるのじゃよ。出なければ戦争の歴史は繰り返したりしない。お主が兵士になる事もこんな苦痛を味わう事も無かった。それは世界が救いではなく互いを滅ぼす事に費やしているからだ」
アリシアは話を聴く度にまるで呪いが消え、元の状態に引き上げられる気持ちになった。
まるで心の中にあった澱んだ悪魔の水が洗い流され、浄化されていくように心が清々しく透き通る様だった。
だからこそ、老人の話を聴く事が出来、理解もできた。
正直、人類史における人類を許す事は出来ない。そんな互いを滅ぼす悪意が本当ならそれは無自覚に撒かれている。
アリシアは悪意なき悪意に害を受けた。
その事は理不尽極まりない事で絶対に許さない。
だが、自分もそれを振り撒いた。
人の害悪で自分が苦しめられたと考えると頭に血が登りそうだったが、それ以上に人間としての自分が許せなかった。
間違いなく自分にはそう言った高慢があった。
そう言った害悪を自分は振り撒いていた。
それが許せなかった。彼女は心の底から願った。
(わたしは自分を……変えたい!)
そう決意するまでに至っていた。
その瞳はかつての生気溢れる快活な雰囲気にいつの間にか戻っていた。
ただ、違うのは今までとは違い覚悟の様なモノが彼女の勢いを与え、力になろうとしていると言う事だ。
その足も背中もまだ弱弱しかったが、かつてにないほど彼女の心の中は勢いに満ち溢れていた。
「ウンウン。良い傾向じゃな。それでこそ選んだ甲斐がある」
「1つ良いですか?」
アリシアには今までの話を聴いて2つの疑問があった。まずはそのうちの1つを聴いた。
「何かな?」
「神様がいるとして神様はわたし達を見放したって事で良いのかな?」
「逆じゃよ。人間が神を見放した。そして、その所為で神は酷い痛手を受けた」
「全知全能なのに痛手を負うんですか?」
「全知全能である事と無敵である事は似て非なる事。今の神はお主と同じように悪魔と戦っとる。悪魔と戦ったお主なら分かるだろう。他人に構う暇もない。神も似たようなものじゃ。そして、そう仕向けたのは人間であるのも事実だ。人は神の救いの手を既に払っている。人の意志によってな」
1つの目の疑問が解けた。
神様は自殺願望者の世話をするほどの余裕がないと言う事だ。
そう仕向けたのは人間であり、裏を返せばちゃんと救いさえ求めれば、助けてくれるかもしれないと言う事だ。
「最後に良いですか?」
「何かな?」
「あなたは私を救い甲斐があると言った。まるで初めからそのつもりだったみたい……何故です?私でなくても良かったはずです」
「逆だな。お主が悪魔に取り憑かれたからじゃよ」
「ふぇ?」
その答えの意図が分からず首を傾げた。
「今の世界と言うのは悪魔が動かしている。そして、その眷属達が自分達の望みを叶える為に最適な人材とそうでない者を分ける。ありたいに言えば、アニメの主人公とそうでない者だ。悪魔は前者を好む。逆に後者は自分達の邪魔となる神の力に同質な人間だ。それは本人の生い立ちや築き上げた性格で決定している。要はお前さんの様な人徳を成そうと努力した者の事じゃよ。だが、悪魔はそれを嫌う。故にそう言った者に取り憑き悪魔の道に進めようとする。あのAI隊長のその為に利用されたわけだしな。でなければ……神が直接、お主に話しかける事などせんよ」
「ふぇ?」
思わぬ言葉を聞いた。現実を疑う言葉を聴いた気がした。
まるで寝耳に水どころか寝耳に間欠泉を当てられたような衝撃が奔った。
(神がわたしと直接話した?聴き間違い?それって相当目にかけられてる?)
あまりにも信じられない事に驚きを隠せず意識が卒倒しそうだった。
「聴き間違いではない。本当の事だ。彼女は言ったはずだ。時が来れば力を与えると」
そう、そうだ。たしかにあの日、あの声はそんな事を言っていた。
あの時、力を懇願し泣き喚いた事は今でも忘れていない。
無力でどうしようもなかった自分が何でも良いから子供達や仲間の為に何かをする。
あの状況を覆す何かを求めむせび泣き懇願した力。
あの声の主は権威の王と同じになるまで渡さないと言った謎の力。
その時、何かを悟った彼女の顔色がまるで光が差し込めハッと目を見開く。
「あの人も苦しかったはずだ。お主を最高に仕上げる為とは言え、苦しんでいるお主を見放した。本当なら今すぐにでも力を与えたかった。だが、ただ与えるだけでは力がただの暴力になってしまう。だから、権威の王と権能を持つに相応しくなるまで待ったのだ。そして、その時が今なんじゃ」
「ふぇ?それって……」
上手く事実が呑み込めない。
どこかでこの瞬間が来ると分かっているはずなのに、嬉しさのあまり頭が真っ白になる。
神様と対話したとか自分を鍛えるためにやっていたなどあまりに非現実過ぎて頭が落ち着かない。
なんで自分にそこまで尽くしてくれたのかそれすら分からない。
だが、確かな事がある。自分はその者に愛されていたと言う事だけは理解出来た。
そして、老人は彼女にも分かる明確な言葉を伝えた。
「よく頑張った。大いに喜んでくれ。お前はこの世で唯一神に忠実な者であった。だから、権威と権能を預かると良い」
その時、彼女の目から涙が溢れ出てその場に泣き崩れる。
初めてすべてが報われたと感じた。
そのかけがえのない瞬間は今までの負の感情が一気に喜びの感情へと昇華させ、はち切れんばかりの喜びが自分の胸は激しく高鳴らせる。
あまりの涙に息が荒くなり喜びで胸が苦しく両手で胸を握り絞め、天を仰ぐように泣いた。
そう、この瞬間全てが認められた。
自分の努力を認めてくれた人が現れたのだ。
目には見えないが、偉大な誰かに認められた事が嬉しくてたまらなかった。
喜びを体全体で現す彼女は気持ちが訳が分からなくなっていた。
「私は……相応しくなんてないです……私は弱いんです。何度も自殺をしました。何度も不平を吐きました。何度も高慢な振る舞いもしました。こんなわたしが権威と権能を預かる資格などありません……」
彼女は涙ながらに自分の愚かで弱い罪を訴えた。
そんな自分が力を受ける資格があるのか確かめるように老人に問うた。
老人は彼女に歩み寄り屈み込み両手で彼女を抱擁し背中をさすった。
「何を言う。十分に相応しい。神はこの試練を耐えられないとも考えていた。本来、そんな試練は与えない。しかし、お前は自分の意志で死なない道を選んだ。この装置に留まることでお前は自殺しても自殺を成立させない様に因果を引き寄せた。そして、いつ来るかも分からない時が来るまで傷だらけになりながら耐えた。悪魔に屈してこの装置から離れて自殺しなかった時点で十分に忍耐し役目を果たした。よくやった。人の身でよく悪魔に抗った。お主は権威の王と権能を受けるに相応しい。それでもこそ、永遠の生きるに能う」
アリシアは溢れる涙を堪え切れない。心にはただ、「ありがとう」と言う感謝の言葉しか浮かばなかった。
「その謙虚で優しくところをよく知っている。誰かに惜しげなく尽くすその精神もな……子供達に犠牲と言う愛を施していたのをわたしは知っている。そして、さっきの言葉に見栄や傲慢は無い。変わろうと実践するその強さがある。だから、儂はお主を選んだ。--------わたしはあなたを選んだ。いや、あなたがわたしを選ばせたのです。救いたいと思ったんです。あなたは自由になった。だから、わたしにすら縛られる必要はありません。思うままに自分の
老人の声が途中からどこかで聞いた声に聞こえた。
その声は慈悲深く慈しみのある母の温もりを感じさせる声だった。
老人はゆっくりと立ち上がると地面に膝をつけたままの彼女の額に指を当てた。
そして、老人は唱えた。
「汝に権威の王と権能の祝福を!」
ここから少女は絶望を知り同時に希望を知った。
少女はどん底から駆け上がっていく。
それは全てを喰らう鷲のように力強い羽ばたきに変わっていく瞬間であり、永遠の命を受けた瞬間だった。
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