神を信じているか?

 そのまま4年目に入った。


 この時期が一番辛く……そして掛け替えのない出会いが訪れた時期でもあった。

 アリシアは部屋に引き篭もった。

 何もせずただ、引き籠った。

 そんな中で唯一出来たのが、ゲームぐらいだった。

 ノベルゲーム、戦略シュミレートゲーム、恋愛シュミレートゲームもやった。

 やる度にどこか虚しさと空虚な感じがあったが、今の自分には他にこの心の空白を埋める術がない。


 虚しいと分かりながら、虚しい事を繰り返す。

 まるで喉の渇きを一時の海水で紛らわせている程、愚かしい事だ。

 様々のゲームをやっていると何度も無機質な中で不意の主人公に目が行ってしまう。

 バッドエンド物もあったが、ハッピーエンドで終える最後に勇ましく精強にかっこよく立つ主人公に憧れを抱いた。


「自分もあんな風になれたら……」と嫉妬に近い羨望の感情を抱くが、そのヒーロー像を何が違うとも思う時もあった。

 そう言う現実の戦う職業はヒーローごっこをする場所では無い。

 全体が纏まり1つの目標に向かって進むものだと……もっとも自分が抱く理想は只の偶像に過ぎないと言う現実も知っている。

 それでも……少しでも良い……あんな強さに近づけたら……と何度も思った。自分もあんな風に強く逞しくなれたらと叶いもしない願望を抱く。


 だが、その度に「信用に値しない」「何の価値もない」あの言葉が刺さって仕方ない。

 そして、何の理由もなく不意に襲う呪いのような言葉が過る。

 その言葉が自分を逆撫でし頭に血をカッと昇らせ、怒りと憎しみの衝動に駆り立てる。

 自分をこんな不幸に陥れたあの赤い機体に激しい怒りを抱く。


「なんでわたしがこんな目にぃぃぃ!」そう何度も思った。

 だが、何度その感情を抱こうとそれを晴らす事はできない、今の自分では殺す事すら出来ない。

 無力な自分に苛まれ、無力な自分に絶望する。

「なんで、あの赤い奴力がありわたしにはないのか!」とその理不尽に打ちのめされ、怒りは止まる事を知らない。


 その度にどんどん気力が尽きていく。どんなに憎悪を巡らせても晴らせない恨みにある一定を超えるとそれは無気力に変わり、無性に生きていたくないと思えてきた。






(死にたい……)






 そんな自分は無性に喉元にナイフを突き立てたくなる。

 もう何度も突き立てたのだ。

 しかし、やりたくてやっているわけではない。

 もうウンザリなのだ。希望を抱く事も、生きている事も、嫌で死のうとする自分とそれでも死ねない自分が死なない様にする。

 生存本能が無性に抗う。

 自分でも死にたいのか、生きたいのか、よく分からない。ただ、苦しかった。


 こんな事(じさつ)は止めたいと何度も願った。

 出来る事なら何もせず、何も感じず、無気力に朽ちていきたいと思った。でも、それが出来ない。


 自分の中に入った悪魔は……そんな自分の心を傀儡にして、死にたくない自分に自害を強要する。アリシアは何度も思った。





(苦しまずに死ねたら、どれだけ幸福なんだろう)





 自分が産まれた事を呪う程だ。

 産まれて来なかった方がどれだけ幸せだっただろうか……反出生主義者のような事を何度も思った。

 常人から狂った様な考えと思われる思想にすらアリシアは希望すら抱くほどアリシアは徹底的に壊されていく。


 確かにもう自分に生きる希望はない。

 自分と言う存在に絶望を抱き、消えたいとすら思う。

 でも、だからと言って苦しみながら死にたくはない。自殺は無性に怖い。


 どうしても生きたいと思ってしまう。

 こんな感情が無ければ楽になるのに……なんで自分は機械ではなく人間として生まれてしまったのかと何度も思った。

 いっそATから出れば……今まで行った自殺の反動によりここから出た瞬間に確実に死ねる自信があった。

 だが、生存本能が拮抗し、それすら拒む。

 それに万が一、生き残ってもゴミみたいな自分に一体何の価値があると言うのか?


 彼女は忌まわしい想いを忘れる為にゲームをし全てを忘れる為にただ没頭しただ、ひたすらにやった。

 だが、忘れられない……忘れられないのだ。

 まるで呪われたように自分から離れないのだ。


 虚しいモノが心に注ぎ込まれるような差し詰め、悪魔の水だ。

 悪魔だと分かっていても、もう止められない。やはり、忘れられないのだ。


 時には一心不乱に壁をぶん殴った。

 でも、取り憑いた悪魔は離れる事を知らない。

 何をしても悪魔からは逃れる事は出来なかった。

 そんな状態では何をやっても成果は出ず寧ろ、自責に駆られる。




(自分なんてダメなんだ……何の力も……才能すらない……何をやってもダメなんだ……)




 無気力さとつくづく何も出来ない自分に絶望して絶望して絶望して、もう……絶望する事すら面倒な位に絶望した。

 食事すら手がつかない。

 何も出来ない、何もしない自分は食べ物を食べる事すら罪悪を覚えてならない。

 自分が食事をするには何らかの制約がなければならない。


 苦しまなければ成らない。

 その為に痩せていく体の無理を押して訓練を再度行うが……結果に繋がらない。

 寧ろ、日が進むごとにスコアは悪くなり、更に負のスパイラルにはまる様に自責に駆られる。

 彼女に最後に彼女に残ったのは、微かな食事と眠くないのに眠り続ける欲求とトラウマの様に蘇るあの言葉だけだ。

 それが不意に思い出す度に自分の自害感情を蘇らせる。




「もう……やめ、て……やめてよぉぉぉぉ!!」




 そんな願いを悪魔は叶える筈がない。彼女の中では誘惑が繰り返される。


 後1回、後1回喉を刺せばそれで終わりだ……本当に終わりだ後1回だけ……。


 その度にアリシアは自分の首を刺して死んだ。しかし、生き残ると悪魔がまた囁(うそぶ)く。


 今度は頸動脈を刺すんだ。それで完璧に終わる……後1回、1回だけだ。

 さっきと合わせてこの2回で終わる。


 いや、終わらない。アリシアは知っている。

 悪魔は言いがかりを付けて自分を苦しめる。

 どれだけ自分が正論を語ろうとそんな正論は通らない。

 悪魔の前には自分の意見、主張、思想等ゴミ以下だ。


 そして、もうそこにアリシアの意志はない。抗いたくても抗えない。

 抗ったところで最終的に敗者は自分だ。

 取り憑かれた様に自分の心に刻まれる死の刻印と記憶が彼女の脳に心臓に刻まれていく。

 呪いの様に体に心に刻まれていく。

 常に見えない悪魔に怯え、意識は張り詰めさせる。

 真面な睡眠すら碌に取れない。

 極限の精神状態に常に晒され彼女は徐々に壊れていく。




「もう……いやだ……こんなのヤダ!ヤメテヨ!!イヤァァァァァァァ!!」




 そして、もう何度自分の首を喉を心臓を刺しただろう……覚えていない。

 その結果の上にあるのは、死体の様に転がる自分だった。

 生気も無くしたかの様な光を失った死んだ瞳はそれでもなお、悪魔の呪いから逃れられず、床に落ちたナイフを拾う。




 そして、わたしはまたわたしを殺した。



 ◇◇◇



 途中の事は覚えていない。気づけば外に出ていた。何で外に出たのか?そんなのは知らない。目的なんてありはしない。

 悪魔に乗っ取られた自分の魂のやる事なんて知る訳がない。

 知った事でもない。自分には関係ない事だ。


 ただ、フラフラと歩きながら背中は丸まり、両手はダラリと下がり、瞳にはかつての生気と朗らかで快活な雰囲気は消えていた。

 日々はただの地獄でしか無かった。

 ただ、無為に生き体が朽ちていくのを感じながら死んでいくだけだ。


 彼女は仮想空間の街を歩く。

 何処をどうやって歩いたのか?どんな道でそこに行ったのか?覚えていない。

 ただ、歩かされる様に歩いた先には教会があった。


 正確には本当に教会なのか分からない。

 そこには標札があり〇〇〇教会と書かれているだけで教会の名前の部分は塗り潰されているか、標札が破損していてなんと言う名前の教会か分からない。


 それに教会特有とも言える十字架も無い。

 しかも、場所は路地裏と言っていい様な場所にあり本当に教会か?と疑いたくなる。

 この世界は現実にある建物等を仮想空間で再現している。

 この教会が怪しい教会なのか真っ当な教会なのかは分からないが、少なくともこういった場所が世界の何処かにはあるのだ。




(なんでわたしはこんな所に……)




「救いを求めているのかな?」



 声がした方にゆっくりと体を向けるといつの間にか、後ろには白ヒゲを蓄えた老人が杖をつき立っていた。




(誰この人?って、人口知能?)


「儂は人工知能では無いよ」


「!!」




 ピンポイントを狙ったかの様な返答で返された事にゾクッとした。

 ただ、直ぐに冷静に絶望的な考えは推移する。




(AIだもん。演算で私の思考を演算しているんだ……)




 彼女は失笑した。最早、全ての事が皮肉めいている様に見える。

 無機質なAIが自分を驚かせようと知性のあるふりをしているのだと。



「ほほ。相当やさぐれてますな」


「それで……わたしに何の用なの?」





 アリシアは老人の言葉遊びともとれる対応に辟易し、無造作に伸びた乱雑な髪を掻き毟り、愛想もなく不躾な質問をした。




「お主、枷から解放されたくないか?」


「麻薬でもやらせる気?それで終われるならそれも良いかもね……」


「いや、麻薬よりも良いものじゃよ」


「じゃ、合成麻薬だね……早く渡してよ」



 アリシアが「へへへ」と不気味な笑みを浮かべるのに対して、老人は「ははは」と笑った。




「何が可笑しいの?」




 アリシアは老人に馬鹿にされたと思い、目尻を上げ睥睨な眼差しで老人を睨みつける。

 老人の態度が自分を嘲笑っているように見えて思わず、腹が立ったからだ。




「いや〜絶望しとるの〜それでこそ救い甲斐がある」


「何の話ですか?いいから早く渡してよ!」




 アリシアは焦らす老人を怒鳴りつけ、苛立ち老人の胸倉に摑みかかる。

 老人はそれでも笑みを崩さず、余裕そうな態度で彼女を宥める。



「まあ落ち着け。渡す前に聴きたい。お主は神を信じとるか?」




 老人は唐突な話を切り出した。そんな答えは決まり切っている。

 だから、アリシアはハッキリ言ってやった。

 そんな希望かみはないと!神は死んだ!とニーチェのように宣言した。




「いるわけがないでしょう!」



「何故かな?」



「自分に悪魔が住み着いている現実は知ってるけど、神が住み着いた事実を知らないからよ。もし、神がいるならかなりの放任主義ですよ。わたしに手を差し伸べもしないんだから!」



 そう、神なんていない。この世には悪魔しかいないのだ。

 神なんて善良と言える都合の良い存在なんているはずがない。

 いるなら、なぜ……自分がこんな目にあっているのか説明がつかないからだ。

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