不貞腐れの課題

 テロリストが大国と交渉する時、最も有効な手段は何か?爆破テロ、ハイジャック、バスジャック、乱射事件。

 そのどれも有効かも知れないが、ファザーと言う情報統括下でそんな手間と時間、そして計画性がある行為は大半が事前に潰される。

 管理下に無い地域はまだ可能性はあるが、それでも統合政府の諜報機関が存在するので、さして変わらない。

 では、何が有効か?




 誘拐だ。




 戦闘経験の無い邦人を誘拐するのだ。

 特に社会的ステータスが高い人間は獲物だ。

 非戦闘員を襲うのに計画は要らない。

 極端に言えば、銃を持って外人が乗る車を適当に襲えば良いのだ。


 銃を車越しに突きつければ、大抵慌てて止まる。

 そのまま降りる様に促し、車に積み込んでアジトに逃げ、その後で拉致した邦人を効果的に使える所に連絡を送る。


 大使館、企業、大学とにかく社会的に影響が有り、人質と関係有りそうな場所だ。

 実際、そう成ったらどうするか?

「テロリストと交渉はしない」と政府は嘯いているが、それはただの建前だ。

 救出部隊を送っても、部隊がバレた時点で人質は殺される。

 多くの兵士を送る訳にも行かない。

 だが、テロリストは必然的に人質を護る側に成るので数も多く、拠点兵器でも使われると救出困難になり易い。


 とはいえ、見殺しにすると後で世論に叩かれる。

 仮に世間に対して、ファザーで隠匿しても限界がある。

 人伝に伝わり、その度に口封じしていたらキリがないからだ。


 そう成ると交渉して助けるしか無くなる。要求は大抵、現金、武器、収容中の仲間の解放等だ。

 だが、どれを与えても、更なるテロを増長すると言うのがこのやり方だ。

 この時代でもそれは変わらない。




 ◇◇◇




 アフリカ エジプト カイロ




 そこでは、パーティーが開かれていた。

 カイロは治安が良く旅行客も多い。

 そんな団体旅行客がホテルでパーティーを開いていた。

 資産家、家族連れ、夫婦……種類はバラバラだが、俗に言うところのセレブの集まりだった。

 ツアーとして参加、朝からエジプトのピラミッドから登る太陽を鑑賞し、バスで移動、昼食を取り、再びピラミッドに戻り、観光スポットを回り、評判の占い師に占って貰い……そして。夕食を兼ねたパーティーが今、開かれた。


 ホテルの代表が「皆さま!お疲れ様でした!」と労い、渡された飲み物で乾杯した。

 その夜は語り明かし、酒を食らい、互いの出身地やプロフィールを明かし、大いに盛り上がった。

 中には、有力な資産家と知己の関係を築こうと政略を巡らせる者達もいた。

 多くも者たちが酒に酔い、腹を満たし、語り尽くし、明日の事を夢見ながら寝静まった。

 VIPという事でホテル周りの警備は万全であり、何事もなく夜を過ごす。


 翌朝、ツアーガイドは不審に思った。

 約束の時間に成っても誰もバスに来ない。

 ガイドは本社連絡後、ホテルの各部屋に赴き、お客を探した。


 しかし、どの部屋にも人はおらず、居たのは未だ異変に気づかず、寝息を立てる子供だけだった。


 その事は警察沙汰となり、調査が開始された直後、犯人からの犯行声明が出された。

 後の調査で分かったのは、昨日の占い師が実はサレムの騎士と繋がりがあった元ロシアの諜報機関の人間であり、催眠術のプロフェッショナルであったことだ。


 占いに参加した者に催眠術をかけ、パーティーの席で「酒を飲む」と言う行為をすると催眠術が発動し、意識朦朧となりながら催眠術で外に出る事を強要されたパーティーの客をホテルの従業員を金で買収し、裏口に誘導し何処かに連れて行ってしまうというカラクリだった。

 なお、占い師は発見時には、既に蟀谷こめかみに弾丸を喰らって倒れていた。

 警察の調査が行われる前に大使館経由で犯人から犯行声明があった。




「我々はサレムの騎士。我々は50人の人質を預かっている」




 そこには縄で縛られた人質の姿があった。

 中から代表となる男の人質を連れて来た。

 顔には殴られた傷跡があり、憔悴し、目がぼんやりとしカメラに焦点が合っていない。

 男は2人の男に後ろで抱えられながら、無理やり立たされていた。


 何とか気力を振り絞り立っているが、足にも踏ん張る力強さがなく、2人の男に持たれている。

 2人の男はしきりに英語ではない言語で「立て」と言っているのか、男を無理やり、自立させようと拘束している腕をしきりに動かす。

 だが、男はそれが出来ないほどに疲れ果てていた。

 2人の内1人が苛立ち、耳元で男に叫ぶが、テロリストの代表と思わしき男に止められる。

 テロリストの代表は人質代表を指差し、こう言った。




「これが証拠だ。統合政府大統領の孫は我々の死中にある。我々の要求は仲間の釈放と現政権が行なっている放火の公表だ」




 政府関係者の一部はこのメッセージを知って、戦慄した。放火……知られる筈のない、知られてはいけない事実を公表しろうと言っているのと同じであり、とても飲める要求ではないからだ。

 尤も、政府が定義している徴兵制度“放火”と難民達が誘拐事件と言っている“放火”とは同音異語な定義であり、指している意味が違うモノであったので、政府はそこをそれほど重要視していなかった。

 最初は、テロリスト達の要求を難民達が噂している”放火”の方だと思い、テロリスト達を嘲笑した者もいた。

 難民の世間的には、政府の徴兵の”放火”は誘拐事件として語られているだけであり、犯人などは分かっていないようになっている。

 情報操作で近隣のテロリストの仕業と言う事にしてあり、テロリストがその事を騒ぎ立てても「テロリストが言い掛かりを付けた」と世論に言い張れば、痛くも痒くもない。


 だが、開示要求が細かくなるに連れ、その笑みは薄れ、顔が真っ青になり、嘲笑は消えた。それが徴兵制度の”放火”であると分かったからだ。

 誘拐の方ではなく本来、知られる事もない。知られてはいけない方の”放火”を意味していたと理解したのだ。

 放火にあった訓練兵が送られるレベス基地の公開や公式ではない放火訓練兵を使った非人道的な作戦記録の開示要求、その中で特に機密性が高く公開されれば、政府の信用が失墜すると容易に想像できる作戦の細かな開示要求などだ。

 もし、情報を隠蔽すれば、「人質の命はない」と言う脅し付きだ。普通なら見殺しにする事も考えるが、今回は毛色が違った。


 大統領の孫を見殺しにする事も出来ないからだ。万が一にも、大統領の親族を失えば、ここにいる者達の地位が脅かされると考える者も少なくなかったからだ。

 ただ、大半の人間は放火が何の事を指すのか分からず、首を傾げ、今にも卒倒しそうな一部を除いて大抵、「テロリストがそこまで重要ではない情報の開示を要求している」と心胆で安堵していた。

 その一方で一部の者からすれば、本当に急を要する事であり、身内とは言え、放火の事を伝えるわけにもいかず、一部の防衛省関係者が自ら率先して事件解決に乗り出した。



◇◇◇



 犯行声明を受け、その日の内に早急に会議が招集された。場所はジュネーブにある防衛省の地下施設で行われた。

 赤いカーペットに木製の円卓のある薄暗い会議室。円卓を囲む様に並んだ椅子には陽炎の様に移る人影と実体を持った人間がいた。

 ホログラムで映し出された会議の参加者と会議室である防衛省の代表とが、モニターに映るテロリストの犯行声明を改めて眺めていた。彼は犯行声明を聴き終わると会議を始めた。




「諸君の中にはわかる者いると思うが、これは国家の一大事である。あの事を世間に公表される訳には行かん。大統領の御子息の事もあるが、あの件も重大だ」





 事情が分からないCIAのテロ対策を任された代表が右手に持っていたペン先で頭を掻きながら、判然としない要素について質問した。




「あの件とは、放火と呼ばれるものでしょうか?それは何です?」




 そこに防衛省の代表は慇懃を込めた態度でCIAの代表に答えた。




「すまない……レベル10の機密事項だ。君には言えない。とにかく、これが公に成れば、国家の危機となると心得てくれ」




 レベル10。

 それは国家において一部の人間以外知られない機密事項だ。防衛省から派遣されたこの男はその重大性を知るが故に派遣されたのだ。

 本来は一般の誘拐事件に関わる人材ではない。

 それだけでこの事件が只事ではないと伺い知るには十分だった。




「分かりました。今回はテロリストと交渉をしないと言う事ですね」




 CIAの代表が確認すると防衛省の代表は首肯した。

 加えて、この作戦は大統領と軍の総司令の決定の元で行われており、放火に関してはこの会議であっても明かせない旨を言及した。




「では、我々はテロリストのアジトの探査と調査で宜しいでしょうか?」


「そうだ。それと犯行グループのメンバーは可能なら捕獲しろ」


「捕獲ですか?」




 CIAの代表は怪訝な態度でまたペン先で頭を掻く。

 普通なら見つけ、次第殲滅すると思ったからだ。




「奴らが放火をどの程度知っているか、聞く必要がある。取り調べは此方で行う」


「取り調べなら我々の専門ですが?」




 これまでと対応の違う点にCIAの代表は逐一確認する。

 怪訝な態度を取っているのは承知だが、こういう前例のない対応は随時確認するに越した事はない。

 防衛省の代表は話が進まない事に多少苛立ちを覚えるが、CIAの代表の意図を理解してか、苛立ちを押し殺し、冷静に努めようとする。




「今回の件は高度に政治的な問題だ。機密の為にも今回は我々が行う」


「承知しました」



 そう言われると反論の余地は無いと言うより……する気もない。

 与えられた仕事をするだけで別に知る必要が無いなら必要無いからだと言うのが、CIAの代表……と言うよりCIA職員として当然の周知だったからだ。


 自分の仕事は、国家を護る事であり、国が破綻する様なら無理に暴く必要も無い。

 国家を失うと退職後の税金暮らしにも差し支えると……考えるまでもなく誰もが持つ心理によるところもある。




「だが、かと言って大統領の御子息を見殺しにも出来ん。大統領もこの作戦に注目しておられる。失敗すれば、我々は国民の信頼だけでなく大統領からも見放される」




 それにアフリカのカイロ担当の巌のような老齢の貫禄がある軍族が、机に肘をつき、手を組んで目を炯々に光らせて答えた。

 よほど、経験が豊富なのか、殺気を出さなくても気圧される雰囲気に全員が思わず息を呑む。




「今回の件はかなり異質です。御子息のSP2人も行方不明になっている。あり得ない事だ。こちらでも調べているが、やはりホテルから誘拐された足跡が見えない。まるで自分の意志で移動したようだ。どう考えてもあり得ない」




 軍人は頭を抱え悩まされる。

 この時点ではSPも催眠術にかかっていた事は誰も知る由もない。

 それが判明するのは数時間後の話だ。

 そこでCIAの代表が手を挙げ答えた。




「これだけ大規模な事件ながら、我々はその前兆すら気づかなかった。組織だった行動をしながらその痕跡もない。更にレベル10の機密も知っている。中々、不気味ですね」




 そこにいたテロ対策の議員が腸が激発するように大きな声で進言した。




「今すぐ、周辺地域に軍を派遣しテロリストを根絶やしにすれば良いのだ!そうすれば、すべて解決する!」




 それを聴いたカイロの軍属が「はぁ……」とため息を漏らす。

 議員の態度と言動に辟易し苛立つが、一度肩回りを大きく動かし、自分を落ち着かせてから議員に進言した。




「議員。そんな事をすれば、犯行グループを刺激して返って危険です。それに周辺地域には民間人もいます。無作為に攻撃すると我々が糾弾される恐れもあります」




 軍人はあくまで落ち着いた面持ちで議員を諭した。

 エジプトは統合政府の管轄地だ。

 仮にテロリストが居たとしてもエジプト地域で民間人を巻き込む行為をすると自国民への攻撃と同じになるのだ。


 そうなれば、反感を持たれるのは必然だ。

 議員もそれが理解できたようで一瞬だけ口を閉じたが、彼は頑迷した考えしか持てない様で……まるで自分が袋小路に会っているような気分になり、思い通りにならない事に苛立ちを顕に席を猛然と立ち上がり机を強く叩く。




「では!どうすれば良いのだ!!」




 議員は不満を爆発させる。

 仮にも元軍人のテロ対策の議員なのだから、もう少し冷静さが欲しいと周囲は内心思った。

 だが、仮にも民意で選ばれた議員だ。不用意な発言は出来ず、CIAの代表が助け舟を出す。




「まずは調査です。敵の拠点、戦力規模、今回の首謀者の情報。そこから調べてからでも遅くは無い。幸い、取引まで猶予がありますしね」




 もっともらしい事をこじつけると議員は我に返り「そ、そうだな」と自分の言動を恥じ、席に座り直す。

 元軍人の議員だけに情報の重要性が理解できるようで、それを言われれば何も言い返せなった。

 直情的で熱血漢だが、決して道理が分からない男でもないと周りは評価している。

 この件は一旦、それで収束を見せ始めた。

 だが、災厄は彼らの喉元まで迫っている事を彼らは知らなかった。



 ◇◇◇



 ベナン基地




「私は違う、違うあんな人達と違う……」




 アリシアは基地の隅にあるドラム缶の中で永遠と思考を巡らせる。

 自身が納得いく答えを思考する。

 あの彼等と自分がどの様に明確に違うのか、誰も否定しようの無い答えをまるでコンピューターになった様に演算する。

 何が違うのか?自分の捉えたい様に事実を捉え、吉火を非難した自分。





(自国の権利を捉えたい様に主張した彼等。何が違う?被害規模?権欲行動?利己行動?違う……どれも違う!本質的じゃない……本質的に私は彼等と変わらない……でも、違うっ!!)





 どれだけ思い巡らせても答えがでない。自分を正当化しようにもどれもしっくりくる答えがない。

 無理に納得させていると感じざるを得ない。その感情を論理的に説明できないのが尚、もどかしく、彼女を苛立たせる。

 唯一、納得行く答えが自分と彼らがであると言う事だ。だが、彼女の気持ちがそれを拒む。

 大量殺人犯と自分が同列と認めない、認めたくなかったのだ。




「ここにいましたか」




 不意に上から声がした。

 ドラム缶の上に空いた穴から空を見上げる。そこには吉火が微笑ましく笑っていた。




「探しましたよ。まさか、こんな所に隠れるなんて予想外でした。呟きが聞こえなかったら見逃す所でしたよ。軽く自己ベスト更新されましたね」




 最後に言った意味は分からなかったが、吉火はどこか懐かしんでいるように思えた。

 だが、吉火が何を思っているのか、分かるはずのないアリシアは顔を埋めて塞ぎ込む。




「悩んでみてどうですか?」


「……」




 アリシアは何も答えようとせず、不貞腐れて屈み込む。

 なんと答えて良いのか、分からない。

「自分は彼らと同列でした」などと言う事は口が裂けても言えなかった。

 そんなモノは認められないからだ。

 吉火は何かを汲み取ったのか、特に怒る事もせず、アリシアは諭す様に謝った。




「さっきはすいません。怒ってしまって……貴方の言い分は正しいです。けど、感情的でもあった。正当化するつもりはありませんが……あの時、戦わなければ皆殺しもあり得た」




 色々、悩んだアリシアだったが1つだけ気づいた事があった。

 介護で絶対にやってはいけない事。

 相手の話を聴かない事、そして受け答えマシンにならない事だ。


 人の話はでは駄目なのだ。心を傾けて。傾聴をしなければならない。そして、それにただ相槌を打つだけもダメだ。


 ちゃんと受け答えをしなければならない。

 母から教わった事だ。

 自分はそれをせず、感情的に吉火の行いを自分の感情的に収まりが良い様に考えた。

 

 少なくとも、吉火の言い分を聴いたとは言えない。

 そこは……そこだけは自分の悪かったとハッキリ、分かった。

 分かっていたつもりだったが、吉火の気持ちを全然分かっていなかった。




「その……ごめんなさい……」




 アリシアはドラム缶の中で更に縮こまった。

 吉火はそれを微笑んで受け止めた。

 縮こまって目線をしっかり合わせなかったが、正確に言うなら不敵な笑みを浮かべていた。

 実は微笑んでいたようで内心では良からぬ事を考えていた顔だったと後々気づく事になる。




「そうですね。許しますからその代わりに私の課題を乗り越えて下さい」




 まるでとって付けたような太々しい態度で免罪符と言う名の課題を彼は提示してきた。




「課題ですか?」


「大変かもしれません。ただ、あなたにはこの位の荒療治が無いといけないかもしれません。そう言う課題です」




 荒療治と聴いて一抹の不安感があったが、自分の罪悪感もあり快諾……とはいかなかったが、アリシアは「うん」と頷き、承諾した。

 自分は悪い事をしたから、これはある種のペナルティだと受け入れたからだ。


 今、思えば……その課題をやるか、やらなかったか、で自分の人生が大きく変わっただろう。

「やって良かった」と言うのが結論だ。

 ただ、ハッキリ言える。


 これから味わう辛い訓練の中で最初に死ぬほど辛かった。


 何度も間違いない。


 恐らく、この時から彼女の普遍的な日常は完全に壊れ始めていたのかもしれない。

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