悪魔の胎動
ジュネーブ 防衛省 対策本部
通常のテロ対策とは違い、今回は防衛省を拠点に作戦を展開する事になった。
テロリスト達の所在はCIAの捜査と軍の諜報部の調査で割り出した。
良い事から報告からあげるならまず、敵の拠点は広大な砂漠の地下であり、辺りには何もなく見晴らしが良い事この上ない。
軍事力を行使しても人的被害は出ない土地だ。
敵は見晴らしの良い土地なのを利用した長距離砲撃火器や多少の拠点用レーザー兵器を設置している。
難敵だが、強敵とは言えない。
テロリストの拠点として良くある物だ。
多少の敵性APもいるが、それを踏まえても強敵では無い。
そして、地上で戦闘をする分には地下にいる人質には被害は出ず、地下に救出部隊を送り込み内部制圧すれば救出可能という事からAP部隊による陽動をかけた後の迅速な救出が望ましいと言うのが今回の作戦だ。
だが、そこまでは良かった。
そこまで作戦を立てた所で問題が発生した。悪い最新情報が入ったのだ。
CIAとカイロの軍属が電話で応答し始めた。
2人はある報告を聞いた時に顔を真っ青にさせながら、重要な事らしく「本当か!本当なのか!」と聞き返した。
だが、結論は変わらず「分かった、御苦労だった」とその労いの言葉からは意気消沈しに声から抑揚が消えていた。
2人はお互いに顔を見合わせた。
「そちらはもしや……」
CIAの代表が軍属に恐る恐る尋ねた。
「あぁ、悪魔が再臨した様だ」
2人は周知が一致した事に愕然とした。
2人は机に肘をつき、項垂れるように顔を沈める。
防衛省の代表はその名に心当たりがあり「そうであって欲しくない」と言う僅かな希望に縋るように尋ねた。
「まさかだと思うが……旧ロシアが開発したルシファーではないだろうな?」
そうでない事を願った。いや、そんな事があって良いわけがない。
そんな事が起きてはならないのだ。それが起きたら破滅しかないのだ。
だから、そう願わざるを得なかった。
神がいるなら、そうならない事を切に願った。
だが、無情にも2人は首を縦に振って言った。
「「はい、ルシファーです」」
その言葉に一部を除き、顔が真っ青になり、絶望が浮かんだ。
まるで世界の終末でも予見され、それが現実のモノとなったかのような衝撃が奔り、顔が真っ青になる。
知る者にとっては死神の宣告には等しい死の報せと同義だった。
だが、一部の者にはその脅威が伝わっていないらしく。
その重苦しい空気に耐えかねたテロ対策の議員が状況の説明を求めた。
「すまない。ルシファーとは何だ?名前からしてまともなものではなさそうだが……」
軍属は事態の深刻さを現すように重苦しく口を開く。
「まともでない物ならまだ、救いですよ。それなら損害を出しても武力制圧出来ますから……」
議員は首を傾げた。言っている意味がまるで分からない。
何故、彼らがこれほどの絶望感に浸っているのか、分からなかった。
元軍人の議員としてテロ事情や世界に出回る各種兵器について、それなりの知識がある。
彼にとってはこの場にいる一同の深刻そうな表情の訳が分からなかった。
彼にとって兵器とは、勝利の決定要素ではない。
どれだけ最新鋭の兵器を使うと非対称的な旧式の兵器が戦場で絶大な効果を発揮する事もある。
つまり、どんな最新超兵器を持ち込んでも絶対勝てるわけではないのだ。
APにおける現代戦とは空戦もあるが、陸戦による戦闘が大半を占める。
APの所属とは基本陸軍扱いであり、陸戦においては時間、空間、力の3大要素を基軸として戦術を練るのが基本だ。
これの基本原則は集団戦で大きく動けば戦闘能力が高く(攻撃型)、散開して動かなければ戦闘能力が低い(防御型)という考え方だ。
指揮官はこの基本を押さえて時を見計らい、空間に存在する主要素を活かし、力を使って戦闘するのだ。
仮に超兵器が現われようとそれが攻撃無効のバリアを展開しようと不思議な力で機体の出力を上げようと決定打ではない。
超兵器が単騎で殆ど動かなければ、集団で勢いがついた敵にやられるのがオチだ。
要は指揮官の采配によるところがあるとその様に議員は考えているのだ。
その故に自分以外のほとんどが大げさに……たかが1つの兵器に思い詰めている心情が理解出来なかった。
もしかしたら、部隊のコードネームかもしれないと議員は解釈した。
「どういう事だ?そのルシファーとはそんなに厄介なのか?まさか、連隊規模の勢力なのか?」
「いえ、個体は1機。ルシファーとはAPの事です」
議員は尚の事分からない。なんで一個兵器にそこまで危機感を抱かねばならない。
ソルやADの様に“時”を度外視し“空間“の主要素を破壊できる兵器ならまだしも……たかが1機のAPに何をそこまで畏怖せねばならないという疑問だ。
「何故、1機のAP如きにそこまで恐れねば成らん?」
そこでCIAの代表は議員と同じ考えを持つメンバーの為に暗く項垂れた顔を上げ補足した。
「ルシファーとは、対AD用に開発された世界初の
テロ対策をしている議員は聴きなれない言葉に更に首を傾げる。
「心理兵器だと?一体どんな効果がある?」
「心理兵器は一定範囲内の人間を狂気させ、自害衝動に掻き立てる兵器です。精神感応波という技術を使い人間に対して効力を発揮する。ADに使えば無力化も可能ですが、ADの長距離射程の前では効果範囲に入れる事が至難であった事と様々の事情から数機の試作機に留まり破棄されたと聞きます」
「それが何らかの形でテロリストに渡ったと言う訳か」
「恐らく……」
「だが、そんなに凄いのか?そんな攻撃、精強な正規軍の兵士の精神と気合いと戦術でなんとかなるだろう!」
そこで未だ意識が絶望の中に頭を埋めたまま、項垂れている軍属も重い口を開いた。
「何とか成らないから問題なのです。旧ロシアで開発されたこの機体は数回の実戦運用の際に誰一人としてルシファーに攻撃出来ぬまま自滅したのです」
「な!自滅だと!」
「自滅」と言う言葉に議員は戦慄した。
歩兵をしていた彼はよく知っている。軍とは、甘いところではない。
物見遊山気分で入隊しようとする奴がいたがそんな奴は大抵「実戦がしたいのに機会がない」とか「雑用ばかりでつまらない」とか「地味な事ばかりで強くなれそうにない」とか「ヒーローみたいな活躍がしたい」とか言うが、そんな奴ではやっていけない環境だ。
雑用一つ従順に出来ない奴は役に立たない。
その従順を貫き通す事が如何に難しいか、彼は知っている。
その過程を経てこそ、精強な精神を培うのだ。
だから、そんな兵士が簡単に自滅を抱くなど信じられない、いや……あってはならないのだ。
それが議員の心情であり、彼にとって軍や兵士とはそう言う者だと確信を持っている。
しかし、その精神を以てしても全く歯が立たないと言われた議員の心胆ではかなり衝撃が奔った。
まるで頑丈に作られた城の基部をいとも簡単に破壊されたような感覚だった。
ルシファーと言う存在が得体の知れない化け物だと議員もようやく理解し始めた。
軍属は議員が状況を理解したと分かり根本的な話を始めた。
「対抗手段はAIか長距離射撃しか有りません。ですが、前者はHPMで不可能、後者はルシファーにも対策があり重装甲に加え、フレキシブルアームも全面に展開され戦艦のレーザーにも耐え得るコーティングを施しています。しかも、相手は中〜遠距離戦専用です。並みのAPでも歯が立たない火力に加え仮に接近戦に成れば心理兵器の餌食になる」
議員は軍属の彼の説明に現実を疑う様に空いた口が塞がらなかった。
何かの冗談みたいな兵器だ。
AIが効かないのは当然の事として、戦艦のレーザー攻撃に耐える防御力にAPの実弾が歯が立たない装甲値、APで装甲を抜こうと接近すれば心理兵器の餌食になる。
「そんなモノ一体、どうやって倒せば良いんだ?」と言う考えが、議員の中で湧き出る。
それはルシファーの脅威を理解しつつあるメンバーも同様だった。
「お分かりですか?例え、ルシファーに挑んでも我々は全滅するだけで終わるのです。しかも、奴にはマイクロウェーブ受信装置で基地から無尽蔵に電力供給が行われ、常に心理兵器の稼働を安定させます。そうなれば、我々は先に基地を制圧しなければ成らない。この作戦の順序が逆になるのです」
本来の作戦はAPで陽動後に基地への侵入、人質救出だ。
だが、ルシファーがいる以上、陽動の効果が薄れる。
作戦を成立されるには先に敵基地を落とし、マイクロウェーブ送信機を止めねば成らない。
そもそも、ルシファーを起動されると潜入部隊も狂気に落ち、自害する恐れもあった。
それが人質に及ぶ危険性もある。
敵を起動させる事すら危うい、八方塞がりな状況に陥った。
「何という事だ!どうしろと言うのだ!そうだ。設計者はどうだ?それを設計した者がいるだろう!その者に対策を仰ぐのだ!」
その議員は焦燥感に駆られ、額に汗を滲ませ、もっともらしい打開案を提示した。
だが、皆の顔色は優れないまま絶望的な重く澱んだ空気が会議室を占める。
中には「それなら何とかなるかもしれない」と言う声もあったが、軍属はまるで更なる絶望を突き付けるように真実を述べた。
「ルシファーのAP設計士オラシオ氏は既にこの世にいない。そして、彼は数機のルシファーシリーズを作った最中の事故で心理汚染を受け設計データと共に死んだ」
「何だと……」
議員は彼等の間に
「これでは完全に袋小路ではないか」とまるで自分達が出口のない暗闇の迷宮に迷い込み、どうしようもない程、抗いようのない壁にぶつかったようだった。
CIAの代表がトドメの一言と言わんばかり重々しく結論を要約する。
「これでお分かりでしょう。もし、これでもルシファーと戦うなら……その精神支配に打ち勝てる程の強靭な精神力の持ち主が必要となる。しかし、そんな人間はいない。それが出来ればそれは最早人間ではない!化け物ですよ!」
流石のCIAの代表も焦燥感に駆り立たれ、焦りを顕にする。
彼だけではなく全員の額から嫌な油汗が滲む。
誰もがルシファーと戦う事を想像すると悪寒を奔らざるを得なかった。
まるで背筋に死を体現した何かが突きつけられた様だ。
それはもはや悪魔の宣告と言って差し支えないものが、自分達のすぐ後ろにいる。
あまりに生きた心地がしない話だ。そこで防衛省の代表が重々しく口を開く。
「対策としては戦艦からの飽和的な遠距離戦しかなさそうだな……果たして、期間中にどれだけの艦隊を集められるか……」
その試算をタブレットを操作して出した軍属が答えた。
「正直、微妙ですね。万全の用意が出来るとは言い難い。相手は仮にもAD戦を想定した機体。並みの戦艦では歯が立たない。しかも、この地形……」
軍属は作戦地域の地形を指さして説明した。
「APを使うだけなら広大な砂漠ですが、全体を見れば広大な砂漠と海を隔てる様に山がある。海からの攻撃は実質、出来ません。我々には陸上戦艦を使うと言う選択肢しか有りませんな」
期間が限られた中で多くの戦艦を必要とする作戦で海からの支援が使えないのは痛手だった。
HPMでミサイルは実質、使えない。
海から実弾を使った放物砲撃もAD戦を想定したルシファーには打撃不足、そもそもAPなので常に同じ場所にいる訳もない。
海上戦艦の攻撃が当たらない事は自明だった。
彼等の会議はしばらく続く事になった。
その中で不意に防衛省の代表が小言で口にする。
「公表するしかないのか……」
残された手は陸上戦艦による殲滅。
それしか手段は残されていない。
だが、倒せるかは五分五分。
もはや、選択などあるのか?と問いたい。彼は神が廃れたこの世で神に祈るしかなかった。
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