不穏な紅い影と謝罪

 同時刻




「相手について何か分かったか?」




 吉火は今日の事件についての情報がないか、上司の男にモニター越しに尋ねた。

 初老の上司は相変わらず、癖のように蓄えた白い髭を撫でる。

 一旦、撫終えるとまるぶち黒のグラサンに右手を当て、整えてからもう一度髭を撫でる。




「どうやら、ガイアフォースが噛んでいる様じゃ」




 吉火はその言葉に訝しみ、殊更な態度を取るように首を傾げた。

 何か幻聴でも聞いたと思える内容だったからだ。

 それだけ、その組織名が持つ名前と意味が大きかった。




「あそこはそこまでブラックだったか?完全ホワイトとは言えないが、そっちよりだろう」




 ガイアフォースとは、フランス外人部隊を母体としたPMCだ。

 大戦で多大な戦果をフランスに齎らしたAP部隊の名前を介している。

 統合政府発足と共に民営化の煽りを受け、民営化し民間PMCとなっている。

 外人部隊の入隊制度も生きているので、民間からPMCに入りやすい希少なPMCだ。


 今では軍、政府御用達のPMCでもある。

 株主は政府持ちで、軍の人間が正規軍で有りながらガイアフォースに所属するもしくは入隊する事もあるので半正規軍的な立ち位置だ。


 民営化、戦時の知名度もあり警護や防犯教練、将又民間人向けの護身術の指導等を行う組織だ。

 今回の様な黒い作戦に投入されるのはまず、避けられる組織だ。

 だが今回、作戦目標無明瞭な作戦に投入されており、何か言い知れぬ異常さを感じざるを得ない。

 結果的にあの件は放火だった。

 だが、やり口が違い過ぎるのが、あの件の不明瞭な点だ。




「一体、どういう経緯があったんだ?」


「ガイアフォースが近辺で作戦行動をしていた。そこに友軍のAP隊からの救援信号を受けた様だ。撤退した友軍に代わり、後詰めでテロリストの拠点を制圧した。と言う事になっている」


「彼らがテロリストでないのは明らかだ。あんな武装の彼らにAPと戦えないのは目に見えている」




 やはり、不自然な点が多過ぎる。難民達がテロリストでないのは目で見て明らかだ。

 あの集落は外界との繋がりを完全には断たれてはいない。

 自警団が武装している事くらい軍やガイアフォースが見抜けぬ筈がない。

 そんな事すら分からないほどこの時代の情報網は落ちぶれてはいない。


 


「結果的にお主の出撃が=彼らの犯行意志と見なされている様じゃな。所属不明=全部テロリストとして扱っとる」


「私にも落ち度があるにせよ。事実確認無しに軽率過ぎるな。まるでわざと戦いを広げている様だ」




 停戦信号を出した上でAPに攻撃されれば、人間の心理として反逆と受け取られる行動をして然るべきだ。

 彼等にAPパイロットを雇う金がない事など自明だ。

 況して、人間としての生存本能と言う自然摂理をテロ行為と見做すのは、言いがかりとしか言えない。

 敵のパイロットも一度も攻勢を止める素振りすら見せなかった辺り、パイロットもこの件に同意した異常者である可能性が浮上する。




「恐らく、管理者ファザーとそれに組する者の仕業だろう」


「エレバンか……」




 吉火はデスクにあるコーヒーを啜りながら、神妙な面持ちで敵の名を口にする。

 一度瞼を下ろし、心を落ち着かせるように鼻から息を吸い口から吐いた。

 鼻に残るコーヒーの香りを味わいながら楽しむ。

 まだ、口に残る余韻を余す事なく味わう為に、もう一度吸って吐く。

 吉火が気持ちを落ち着けるのを待って、上司の男は事態の深刻さを物語るように話を進める。




「奴らの行動原理は全くもって理解不能としか言いようがない。今回の件でも無闇に争いを広げているのは明白。このまま野放しにすれば、また大きな戦争を無為に起すやも知れん」


「エレバンは世界の為には倒さねばならない。このまま野放しにすれば、第5次大戦を起こしかねない」




 第5次世界大戦

 想像もしたくもないキーワードだ。第4次大戦の様な核兵器による一時的な小康状態が作れれば、まだ救いがある。

 だが、人間とは小康状態を破りたがる。

 況して、その敵は小康状態を望まない。

 齎された情報を見るなら、必ず大きな爆発を起こす。

 戦争により喜ぶのは、戦いが有利に進んでいる国とその利潤を吸っている者くらいだ。

 少なくとも敵は両方の旨味を吸っている。

 だからこそ、危険でならない。




「そうだ。奴らは打倒せねばならん敵だ。奴らを打倒して初めて人類は未来を勝ち得るのだ。その為にはTSを解明せねば成らん」


「分かっている。欲望に駆られた人間が何をするか分からない。万が一にも、ADでも出されれば堪ったものじゃないからな」




 人間とは、どれほど知性を働かせようと目先の欲に弱い。

 吉火の経験だが、早死にする奴は殺気が多い。

 敵を殺す事に拘ると言う名の欲が自分を殺すのだ。人間でも動物でも空腹の時に獲物を仕留め食らいつく。その時が一番意識が奪われる。

 目の前の獲物に拘り、注意力が落ちるのだ。

 吉火にとって、その時ほど絶好の狩り時はない。

 言い換えるとその時ほど人間の知性は低下する。

 どれだけ理性を働かせようと理性を失い、愚かな選択をする事も十分にあり得る。

 それが大破壊に繋がるとしても理性が働かない為、気づかず後の祭りになる可能性もゼロではない。

 この2人は意識に相違はあるが、共通認識としてその事を危惧している。




「それよりあの深紅のAPに乗っていた奴については?」




 吉火は話が脱線すると思い立ち、本題であるあの集落襲撃に関する情報を上司に求めた。

 その敵の事は気になるが、危惧や懸念を今、話しても埒が明かない。

 それよりもTSの解明、強いてはアリシアを上手く育てる上で必要そうな材料を集める必要がある。

 例えば、仇となりそうな人物の情報などだ。

 その情報に少しスパイスを効かせて闘争心を駆り立て、やる気が出させると言う手段に使えるかもしれないからだ。

 要は復讐心を煽っているとも言える。





「データはある。ツーベルト マキシモフ中尉。高いAP適性を持つ優秀な男だ。仲間想いで正義感のある人間性味ある男だ。適性値の高さから様々の試作機のテスターを兼任している。しかも、過去には避難完了出来ていない民間人を守る為に上官の命令無視で敵を殲滅、被害を出さず戦い抜いた男だ」


「それだけ聴くと人格破綻した殺人に快楽を覚えた獣では無いな……」




 吉火はあんな虐殺をしたパイロットをある程度予測していた。

 命令されただけと言う可能性もあるが、相手のパイロットには難民に対して全く手加減や躊躇いがなかった。

 恐らく、性格破綻者か何かだと思っていたが、知った事実は真逆と言って良い様な人物像であり思わず顎に手を置き首を傾げた。




「そうだな。わしも信じられん。それとだ。その命令違反の所為でツーベルトは行き場を失ってな。その後、ガイアフォースに拾われた様じゃな」


「上官を殴れる部下は必要だか。あの男らしいな」


「何の話だ?」


「いや、何でもない」




 若き頃に言われた、誰かの事をフッと思い出した。

 その誰かは自分に対して非常に厳格で強面で冷静沈着な男で、その当時の彼の在り方は吉火にとっては良い手本であり良い刺激になっていた。

 恐らく、部隊の統率と管理の点ではあの男の右に出る者はいないと断言できる。

 だが、そんな男の元に置かれたツーベルト マキシモフと言う男が妙な違和感を生む。

 まるで白地の滑らかな布の上に微かに残った血が入り混じった黒い糞の様な印象を受けてしまう。

 聴いた限りそのようなイメージを持つのが可笑しいのだが、そう思えてならない直感のようなモノがそう捉えるのだ。




「しかし、ますます分からんな。何故、その様な男があんな事をした?性格が変わったのか?」




 理性的に考えるなら、それが妥当な考えだ。

 PTSDを隠しながら戦闘をした結果、狂乱状態になったとか、何か脳の手術を受け後遺症を残した状態で戦闘に参加せざるを得なかったなどだ。

 尤も今の仮説でも、そもそも軍医に止められている可能性が極めて高い。

 ゼロではないにしても極めて低い可能性だ。




「プロフィールのデータは此処3ヶ月のモノだ。3ヶ月で人格豹変する様なデータが有ればこっちで拾えている。すまん。これ以上の情報がない」


「ですよね。なら、偶々、命令に忠実に従っただけか……」




 吉火は訝しむ様な顔を浮かべ、右手を顎に当て首を傾ける。

 やはり、釈然としない。プロフィールを聴く限り、決して悪い男ではないはずだ。

 寧ろ、市民を傷つける事を許さない正義感と言う良心がある。

 そんな男が無抵抗同然の難民を殺す事にやはり違和感を覚える。




「報告は確かに受けました。有難う御座います。ディーン」




 吉火は上司の男を呼び捨てで呼んだ。

 ディーンは特に気にする事もなく「うむ」と頷いた。

 終始蓄えた髭を撫でる事はやめなかった。




「此方でももう少し調べてはみる。それとあの娘はどうじゃ?」


「今は泣いていますよ」




 吉火はアリシアの部屋にある監視カメラの映像から、泣いている彼女を見た。

 やはり、無理をしていた様だ。

 枕に顔を埋めて、左腕を思いっきり叩きつける。

 まるで守れなかった自分を攻め立てているように見えた。無理もない。

 彼女が出来たのは、見守る事とぎこちなくも足掻いてみただけだった。

 無力な自分と葛藤し忍耐する。

 それも戦いであると吉火は自覚しているが、アリシアの歳では、まだハッキリとは分からないであろう事は容易に想像できる。




「無理もないか。親しい者を纏めて失ったんだ。ツーベルトの件は伏せろ。人格破綻者なら未だしも、誠実な男が親しい者を殺したとあってはあの年頃の娘は錯乱してしまうやもしれん」


「分かっている。憎まれて当然なら折り合い付く。だが、こればかりはな……やり場のない怒りに囚われたら彼女がどうなるか分からない。この件は伏せておこう」


「では、彼女の事は宜しく頼む」



 タブレット型PCの通信が切れた。

 吉火は椅子に持たれデスクから窓側に振り返り月を見た。

 右手には相変わらずカップを握り、また一口啜るり上質なブラックコーヒーの香りが鼻を透き通る。

 コーヒーを飲むのは彼の20代辺りからの習慣と言うか癖だ。

 心がざわついたり言い知れぬ違和感がある時に、心を落ち着かせ冷静さを保つ為にいつしか自然と口に運ぶようになっていた。




「これから一体、どうなのでしょうね?」




 答えのない自問自答だったと吉火は思う。

 自分達が戦ったあの戦争は一体何だったのか?もし、戦争が無かったら彼女は本当に只の介護士として生きられただろう。

 彼女が戦いに向いているとは思えない。

 だが、そんな子に戦いを強要させた自分に言えた口ではない。

 あの戦いを起こした大人達と大人と成った自分は一体、何が違うと言うのか?NPと言う組織自体、新たな火種に成るかも知れない。


 分かっていながらそれに所属する自分、戦いを終わらせる為に戦った当時に自分と似て非なる行いに吉火は葛藤した。

 自分が目指した世界はこんなはずでは無かった。

 だが、少なくともその原因の一端は自分が握っている。

 あの時の事が無性に心を抉る。

 もしあの時の自分に今でも分からない、足りない物があれば……そんな強さがあれば……とシミジミ思う。




「すまない」




 不意にそんな言葉が夜の静寂に零れた。




「こんなはずでは、無かったんだ」




 その声は誰にも聞き取れない。

 夜の暗い部屋に虚しく響くだけだ。

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