「アクセル社はOSの情報ソースを高く評価しています。真相とさらなる情報獲得に必要と判断したからですよ」




 だが、その言い方でもやはり、引っ掛かるところがある。

 情報ソースがあるにしても権威、権能の為の武装組織だとしても、本当にそれだけの為かな?

 理屈は間違っていない気がした。

 しかし、そんなOSの宗教リズムを安請合いしている気もする。

 宗教リズムで企業が動くほど、損得勘定は甘くはない筈だ。

「やはり、別の狙いがあるのでは?」と勘繰ってしまう。

 何せ、聖書の預言とは今の世の中では、何の根拠もない非科学的な空想話と変わらないからだ。

 預言成就されなかった事から”神の大罪”とすら言われる有様だ。

 OSのそんな一言で私設武装組織を果たして作るのか?誰もがそんな素朴な疑問を抱くだろう。

 それを窺い知る事はこれ以上出来そうにないが、一応、聴いては見る。




「本当にそれだけが理由?」


「えぇ。そうです」




 吉火ははっきりと肯定した。多分、嘘をついている。

 仮に他意があっても恐らく答えてはくれない。気になるが、それを押し殺して別の質問をした。




「私にそのAPに乗って戦えと言うのですか?」


「その通りです」


「断れば……此処そらから突き落としますか?」




 冗談とも本気ともつかない事を言ってみせる。

 半分冗談ではあるが、それに準ずる事を本気でしてくるとも思っている。

 何せアリシアは色々知り過ぎ、人間とは手間を省きたがる生き物だと知った。

 口封じに殺してしまう方が確実かつ効率的なのは、今日の戦いで学んだ事の1つだ。

 吉火は良い人そうだが、同時に仕事人間だとアリシアは思っている。

 絶対とは言えないが、本当にここから落とす可能性も否めない。




「そんな事はしないが……出来ればNOとは言って欲しくない。それにタダ働きをさせるつもりもない。給料も出します」


「幾ら?」




 アリシアは淡白な表情で尋ねた。

 元々、就活の為に仕事を始める予定だったが、今は不安の方が圧倒的に勝り金銭勘定を意識するほどの余裕は無かった。

 多くもらえる事に越した事はないが、あまり貰えないと高を括っていた。

 なんでも昔、読んだ本にはフランス外人部隊と言うのは月に1000ドル(10万円)しか貰えないのだと言う。

 なんの実戦経験もない素人がそれ以上貰えるはずがない。




「基本給月10万ドル(1000万円)です。危険手当などを込みすれば更に貰えますが、これだけあればお父様の病気も治療出来ますよ」


「っっ!!!」




 今の言葉はアリシアに取って、別の意味で聴き逃せない言葉だった。

 吉火はここぞと言わんばかりにトドメの言葉を刺す。




「あなたは気づいているのでしょう?あなたは馬鹿じゃない。お父様がタダの病弱では無い事くらい気づいているのでは?ご両親は伏せていた様ですが、人を思いやるあなたは既に気づいているのではないんですか?」




 吉火は最後の一撃と言わんばかりに紳士的にニヤリと微笑んだ。

 この笑みが今回は嫌身に見えた。

 まるで手の平の上で踊らされ、トドメの一言を刺されたようだった。

 的確に心臓を抉るかのような見事な手際だ。アリシアは呆れたように「はー」と溜息をつく。




「大人ってズルいですね。それを言われたら断れないじゃないですか」


「どんな手を使っても結果を得る。それがプロです。悪いかな?」


「いえ。その考えは尤もです。良いですよ。答えはYESです。それに犠牲無くして守れる者は無いって、学んだばかりです。自分の命くらい天秤に掛けられます」




 彼女はこの歳にしては成熟が速い。

 物分かりが良い、それは生きるために働きに出ていたのにも影響しているだろう。

 歳の割に現実主義者なのは親の教育も良かったと伺える。

 それとも育った環境の影響なのかもしれない。


(これがの娘か?変な所は似なかったらしいな)


 そう、変な所は似なかった。変な所はだが……。


 会話が弾んでいた間に飛行機は目的地到着のアナウンスが流れる。

 2人はシートベルトをしっかりと着用し着陸態勢に入った。

 アリシアは窓から外の様子を伺う。

 辺りはすっかり暗くなり闇が深く地面が何も見えない。

 まるで自分の不安が現れているようだと心で比喩する。

 この1日で自分の人生は大きく変わった。元々、介護の仕事も不安ではあったが、兵隊をやる事はもっと不安だ。


 何せ、自分が命を賭けて戦う事など想定していなかった上に自分の意志ではあったが、環境がそうさせたような無理強い感は否めない。

 自分の意志で本当に決めた事なのかも怪しいところだ。

 やはり、今後どうなるかまるで予想出来ない不安が彼女の中の焦燥感を駆り立てた。

 

 

 ◇◇◇



 アフリカ 旧ベナン アラダ基地


 つい四時間前まで旧ロシア連邦のサランスクにいたが、アリシアは既に北緯から南緯の大陸にいた。


 田舎暮らしだった自分にはこんなに速く移動出来る移動手段がある事に驚きだ。

 世の中には音速旅客機と言う物がある様だ。

 初めての乗り心地は気持ち以外は快適そのものだった。

 何を考えてなのか、会長専用のプライベート機と言う高級な飛行に乗せられていたとさっき聞かされた。

 ちなみにこれは吉火の判断だ。

 ただでさえ、無理強いに近い形で連れてくる可能性を想定していた。

 万が一、機嫌を損ねると反発心を抱いて今後の訓練に支障をきたすと考えて態々、アクセル社会長の専用機を借り受けたのだ。


 アリシアはまだ見ぬ地に足を踏み入れた。

 旅客機が去っていくのを見送り、改めて辺りを見渡す。

 暗いせいなのか、辺りには何もないように見える。

 正確には遠くに街灯が見え微かに建物を照らしている。

 だが、それ以外は本当に何もない。

 基地と聞いていたからてっきり人がいっぱい行き交うと思っていたが、行き交う人すら見受けられない。

 夜なので人気がないのか、それとも非公式部隊だけに人員が絞られているのか、分からないが夜の暗闇と合わさり不気味な静謐感がある。




「あの、ここにはどの位の人がいるんですか?」


「わたしとあなただけです」




 アリシアは思わず「ふぇ!!」と驚嘆した。軍事に疎い彼女でも流石に可笑しいと言わざるを得ない。

 仮にも基地なのに人員が2人だけしかいない基地などあるはずがない。

 万が一、襲撃でもされた日にはどうなるか想像に難くなかった。




「何分極秘なモノでね。規模が大きいと政府に悟られます。ここはモーメントが買い上げた捨て値同然の元基地です。あ、全自動化していますのでちゃんと基地としても機能してますよ」




 一応、対策を打っていると聞いて途端に安堵を浮かべる。

 これで夜は安心して眠れる……のかな?と少し不安だったが無いモノをねだっても仕方がないので何も言わない事にした。




「ここで何をするんですか?」


「何の訓練もなしに実戦投入しません。それが答えです」




 要は自分を鍛える様だ。当たり前と言えば、当たり前の話だ。

 幾ら最新鋭機を与えられたとしてもそれで英雄になれると考えるほどアリシアも子供ではなかった。

 ただ、軍隊の訓練は辛いと聞く。

 ある程度覚悟はしているが、それでも足りないだろうと薄々感づいていた。




「今からですか?」


「やる気があるのは良い事ですが流石にそんな事はさせません。今日は休んで下さい。明日からは悲しむ暇はありません」


「はい」




 吉火はアリシアの心理面を気遣っていた。今日だけで色んな事があり過ぎた。

 吉火ですら予想外のアクシデントがあったくらいだ。

 アリシアが受ける心理的な負荷は相当だろうと思われた。

 それに明日から悲しむ暇すらないのだ。

 今夜が悲しみと別れ、整理をつける最後の時間である事を暗示していた。




「明日からよろしくお願いします」


「はい。よろしく。宿舎はこの地図の場所です。好きな部屋を使って良いです。私は少し用があるので離れますが1人で行けますか?」




 吉火はアリシアに懐中電灯を渡しアリシアはコクリと頷きそれを受け取った。そして、最後に聴いた。




「今夜は1人で居られるんですよね?」


「えぇ。1人で居て下さい」




 それを聴いたアリシアは「お休みなさい」と軽くお辞儀をして暗闇の中を急ぎ早に進んでいく。

 その背中はやはり、まだ弱弱しく、悲しみに押し潰されまいと必死に堪えていた。

 何とも見ていて痛々しかった。吉火は彼女の後ろ姿を見ながら、聴こえる事のない謝罪を口にした。




「仕事とは言え、本当は別れる時間をもっと設けるべきなのは分かっています。こんなダメな男を許してくれ。」




 吉火は首を微かに下げて謝罪した。




「せめて、今夜だけは泣いてくれ」






 宿舎に着いた。コンクリートで出来ただけの質素の建物。

 扉は鉄で出来ており懐中電灯とともに渡されていた鍵を使って扉を開け、中に入る。

 鉄の扉はアリシアの膂力では少々重くドアノブに手をかけ、全体重を乗せなてようやく開くような引き戸だった。

 十中八九、侵入者ように想定されている作りだ。


 中は1つの廊下に同じ様な扉が一直線に並ぶだけだ。廊下の突き当たりの窓から微かな月光が照らすだけだ。

 流石にこれでは薄暗いと思い懐中電灯で辺りを見渡す。左を振り向くと照明の電源らしくスイッチがありそれを押す。


 すると、辺りを白い光が照らす。アリシアは思わず左腕で目を覆う。

 飛行機の時もそうだが、アリシアは自然光に慣れた生活をしてきたせいで、人工光が目に合わない。

 少しの間、その場で目を覆いながら、なんとか光に馴染ませる。


 何個か扉を開け、徐に確認したが中はどれも同じ2つの2段ベッドがあり小窓が1つあるだけだ。

 どれも同じ部屋ならせめてと自然光が強い月明かりが良い部屋を選んだ。

 部屋に入って就職のために用意した荷物を片方のベッドに置き、自分は反対のベッドに倒れた。

 仰向けに倒れると共に感情が込み上げてくる。

 1日に色々あり過ぎて本当の意味で泣く機会など無かったからだ。アリシアは泣いた。

 外まで響き渡らんとするほどの鳴き声が静謐な夜に微かな音の余韻を残す。

 アリシアは枕に自分の顔を埋め左手を強く枕に叩きつける。




「御免なさい‥‥御免なさい‥‥御免なさい‥‥エド、エル、エイミー、皆んな‥‥はぁぅぅうぁぁううはぁぁはぁぁうぁぁぁぁぁ!」




 アリシアの悲しみを月明かりがそっと包み夜の静寂に響き渡る。

 それはどこからか見ている者には確かに届くほどの声だった。

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