NEXCL 再世女神の超神譚

daidroid

ルシファー事変

プロローグ 迫害されし少女

 西暦2341年10月24日 インドネシア群島 アセアン




「なんでお前達は私から全てを奪う!!」




 普段は温厚で争いを好まない、物静かな少女もこの時は、豪炎のように怒りを滾らせていた。

 群島海域の各所から海を滑走してくる敵が水しぶきをあげながら、雪崩のように押し寄せる。

 彼らは、ただ1人の敵を囲み包囲網を狭めながら押し寄せる。全ては蒼髪ポニーテールの少女1人を殺すが為に大軍であり、彼らは畏怖していた。


 得体の知れない化け物が自分達に危害を加えるのではないか、と言う心が蒼白になるような不安と棘のように張り詰めた敵愾心が彼らを駆り立てる。


 少女の戦技はその人外ぶりを表すに等しかった。いや、最早、ですらあった。

 その事が彼らの恐怖心を更に煽り立てる。

 辺りの群島には無数に散らばる敵の残骸があった。人の形をした人工物のそれは島のあちらこちらで胸の中心を貫かれ、胸の中央を基軸に上と下が完全に別れていた。


 破片や装甲は軽量素材である為、動力部が吹き飛んだ衝撃で辺りの海域に漂っており、それでも幸運な方だ。

 中には島に辿りつけず、海上で命を絶たれた者もいた。

 今頃は魚の餌になっているか、人工物が墓標になって溺死しているかもしれない。


 敵の残骸は百、千と言う単位ではない。既に死体地帯と化した群島には残骸だけで3万を優に超えていた。

 人間の戦術や策が一切通じないと言えるほど少女の力は彼らにとって強大だった。それが彼らの恐怖心を更に駆り立てる。


 少女のあまりの強さに悲鳴をあげて逃げる者まで現れるほどだ。敵の大軍は勢いを殺さずその少女1人を殺す為に一点に戦力を集める。

 人外、化け物、悪魔と言われる少女の前に並みの兵士は紙屑の様に吹き飛ぶ。




「はぁ……はぁ……」




 少女は肩から息をするように吐息を立て連戦の疲労が体に堪える。だが、疲労よりも拭えないモノを少女は抱えていた。

 少女の視線は吸い寄せられるように地面に転がる彼らを見た。


 そこには、自分の乗る機体と同型機が群島の岸辺に沈んでいた。

 既にその中に人はおらず、コックピットは無残に砕け、機体の肢体は焼き爛れた様に溶解、一部が消えていた。

 コックピットに自然と目がいき、そこに居たであろう者達の名前を自然と噛み締めるように呟いていた。




「フィオナ、リテラ、シン、正樹、千鶴姐様……みんな……うっ……」




 少女の顔に温かい物がこぼれる。彼女はそれを拭うが、また新たにそれが湧き出てしまい拭っても拭っても、とどまる事をしらない。

 彼女の中には仲間に対する慚愧の念がこみ上げる。自分が上手く守れていたら結果は変わっていただろうと言う後悔だ。




「私が……不甲斐ない所為で……皆は……結局、私はあの時と変わってない……何も守れない無力な私のまま……」




 すると、ロックオンアラートが鳴り響き、少女は反射的に後方へ跳躍する。

 自分がさっきまでいた地面には高い熱量兵器で焼かれ陥没、マグマの様にドロドロと溶けた砂浜が見える。

 少女は見上げるように砲撃してきたその主を忌々しく睨みつける。


 彼女の顔は歪み唇をかみ切り口の中にジンワリと鉄の味が染み渡る。黒いオーラを放つ紅く禍々しい巨大な機体が空から地面に降り立った。

 この機体とこの機体の主には少女は深い因縁がある。決して相いれない英雄


 自分の全ての始まりの原因であり、自分から全てを奪っただ。

 もし、彼が他にも存在するなら、その存在をこの宇宙全てから抹消してやりたいとすら思うほど彼の事を少女は憎んだ。




「よくも……よくもよくもよくも!」




 少女は抜刀した刀で紅い機体に斬りかかり、スラスターは全開にして胸のコックピット目掛けて刀を突き立てる。紅い機体は背中から生える有機生物的な4つの翼の左翼でそれを受け止める。


 その翼は決して人工物ではなく正真正銘、機体から生えた有機物だ。

 翼は強靭な肉体を現すように、隆起し血管の様なモノも生えており翼には鱗も生え、その翼はまるで空想の産物“竜”を踏襲している。




「お前はまた!あの時の様に全てを奪うつもりか!私の思い出も存在も大切な者も全て奪うのか!どれだけ奪えば気が済む!どれだけ壊せば気が済むんだ!」




 少女は燃えたぎる激情の中でも冷静さを欠くことなく、刀の一閃は受け止めた分厚い翼を斬り裂いた。

 更に刀で連撃を当てようとするが、紅い機体は後方に下がった。

 下がったと言う表現は妥当ではない。正確には”跳んだ“のだ。


 巨体に見合わずまるで瞬間移動をしたような動きを見せたのだ。その名の通りの瞬間移動で衝撃波などは一切発生していない。

 敵の男は不敵な笑みを浮かべる。まるで勝ち誇ったように少女をあざ笑う。





「俺が奪った事実はない。全てはお前の思い違い。お前に罪に対する報いだ」


「お前の罪をわたしに擦り付けて正当化するな!」


「だがそれは世界が望んだ事。それを成す俺こそが正義。それに刃向かうお前が悪なのだ。現に誰もがお前の言い分に耳を貸す事はない。それが事実だ」




 紅い機体はまた、姿を消した。

 どこに行ったのか目を凝らして探す意味はない。

 彼女は研ぎ澄まされた感覚を頼りに男の気配を探る。




(見つけた!)




 少女はそれに感づき反応した。

 だが、仲間の失った衝撃と激情で僅かに精神的な動揺があった事もあり少女の反応は僅かに出遅れた。


 背後の気配に振り返り、コックピットに刀を突き立てるよりも先に、僅かな隙を突いて来た男の機体の右翼の先についた銃口が彼女のコックピットに突きつけられる。




「勝つのは常に正義だ。悪は消え失せろ」




 翼に仕込まれた弾丸が至近距離で火を噴き、少女の機体は至近で弾丸を喰らい後方に吹き飛ばされる男は容赦なく弾丸を連射する。


 少女の機体は装甲が剥がれ肢体を奪われ原型を留めないほどの攻撃にさらされ、島の反対側の森の中に落ちた。その時、男が全ての友軍に高らかに宣言した。

 まるで自分の武勇を誇るように……。




「悪魔、アリシア アイを討ち取ったぞ!」




 その言葉に紅紫の機体の友軍が歓喜に沸く。

 皆が一様に、この地獄のような戦いが終わったと安堵し利き腕を天高く上げて大いに喜びの声をあげ彼等の歓声が通信越しに響き渡る。


 コックピットは潰れ、中にいる彼女も下半身が潰されながらそれを聞いていた。

 それを彼女は悲壮と怒りを交えた声で聞こえるはずのない声で彼等に語りかける。




「何が……正義よ……この世に正義の味方なんていない。最低だよ。本当に……あなた達はあんな世界を望むと言うの?」



 

  少女が望んだのは、あくまで平和と平穏でありそれを目指す為に今まで頑張って来たのだ。

 その過程で世界中の人間に救いの報せを伝えた。

 だが、多くの人間は聴き入れなかった。

  それどころかこうして少女―アリシア アイに反逆してみせた。


  彼女の救いが独善、高慢と言うかも知れないがそうとは言い切れない。

 それは彼等がそう思い込んだだけで彼女自身決して理不尽な要求は一切していない。


 ただ、彼等が「」「」と言う理由だけで固執と偏見を持った結果に過ぎない。

 少女は剥がれたコックピット越しに紅い機影を見つめて吐き捨てる様に言った。




「これであなた達の望みが叶うかもね。正義なんて、糞くらえ……だけど、これで……」




 少女は何かを悟った様に唇を歪ませながら空を見上げる。

 すると、直後に少女の敵達は空に浮かぶ巨大な影を見た。それは空を一面に覆うにはあまりに大きく。


 地球を包むにしても地球が小さく感じる程の巨大な何かがそこにいた。

 まるで宇宙そのものが人の形を成した様だと形容できる。


 そして、彼等が最後に見たのは巨人が宇宙に亀裂を奔らせその豪腕で引き裂こうとする姿だった。それと同時に地球に四方から伸びる謎の金の鎖が巨人を束縛する。


 少女がこのような悲惨な状況になったのは原因を辿れば、今から10ヶ月前の出来事に遡る。

 これは10ヶ月前から続き、この後2ヶ月続く少女の長く短い1年(12ヶ月)の間に起きた激動の1年の物語である。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る